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プロローグ


木々の隙間からの光が少年を射し、徐々に意識が覚めていく。近くからぐつぐつと何かを煮ている音が鳴っており、
そこにいる筋肉質な体をもった初老の男が顔を上げ呟く。

「起きたか」

その顔にはいくつもの傷があり、歴戦の戦士のような風格を漂わせている。


「ゼラ、おはよう」

辺りを見ると火にかけられている錆ついた鍋があり、中には僕の大好きな肉とキノコのスープが作られていた。
それに目を輝かせていると

「ほら、アザミが好きなスープだ。」

ゼラが微笑みながら、底が深い皿に溢れんばかりのスープを注ぎ、こちらへと渡してくる。
慎重にそれを受け取り、まだかまだかとゼラを待つ。

「いただきます」

察したのかゼラは自分の分が半分も盛れていないのにも関わらず「いただきます」と言った。

「いただきます!」

ゼラに続いて「いただきます」と言い、目の前のスープを凄まじい速さで空にしていく。





鍋にあったスープも無くなり、お腹が満たされた頃。

「そろそろプリームス街に向かう。準備しとけ」
「あそこは検問が厳しいけど角、バレないかな...」
いくら髪の毛などで分かりずらくしているとはいえ、必ずバレないわけではない。
魔族とバレてしまっては滞在中はいい生活はできないだろう。

「最近は魔族の迫害も緩和してきてる、バレたからって取って捕まえられることもないだろ。」

心配するな。と優しく頭をなでてくるゼラ。
この武骨な手で撫でられると一気に心配が吹き飛ぶ。

そうしてゼラは腰を上げ、荷物をまとめプリームス街へ向け歩きだす。




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「今日はここを野営地とするか。」

今晩は小川が近くにあり、野営に適している場所を見つけ、そこで過ごすことになった。

「俺は野営の準備をしとくから、アザミは適当な獲物を獲ってきてくれ」

「分かったよ」

ゼラの期待に答えるため、何が最適な獲物か考える。
ここに居るのは一晩だけなので、あまり大きい獲物を獲っても食べきれないし、干し肉にしたりすることも出来ない。ので小さめの食べきれる奴にしたほうがいいだろう。

などと考えていると小さく丸い動物の糞が地面に落ちているのを発見した。
おそらくここら辺は日当たりも良さそうだし、兎が好きな雑草が沢山あるので兎で間違いないだろう。

‐よしっ!、今日は兎だ!‐

そう決めた僕は耳を澄ませ辺りの音を聞き分ける。

‐見つけた‐

急いでそこに向かい、兎が気づく前に後ろから捕らえる。

‐よし‐

慣れた手つきで気絶させてからナイフで絶命させ、解体しに川まで運ぶ、ついでにゼラに褒めてもらいに見せに行くことにした。

「ゼラ、見てっ、兎獲ってきたよ!」

兎を見せつけるように腕を伸ばし、ゼラの顔の目の前に出す。

「上出来だ!よくやった!」

そういいながらゼラは木と葉で出来た寝床などの野営の準備をすでに完成させている。

‐やっぱりゼラには敵わないなぁ‐

記憶を失い何者かに追われている魔族の僕を助け、生きるすべを教えてくれ、愛情を注いでくれたゼラは僕にとって父親で、尊敬している人で、、、、
そんなゼラの凄いところを見つけると無性にうれしくなる。

「じゃあ僕は解体しに川に行ってくるよ」

そんなことと、褒められたことでにヘラ笑いを浮かべながらそう言いって、川に着いてから兎を木に吊るして皮を剥ぎ、川の水で洗いながら内臓の処理などををやっていく。

‐ん?-

なにか気配を感じ後ろを振り向くが、あるのはいつもと変わらない風景だ。
違和感を感じつつも続けていき、作業を終わろうとしたその時。

トスッ

急に足に力が入らなくなり川に頭から崩れ落ちる。
状況が理解できずに止まっていると川が赤色に染まっていき、ようやく理解する。
足に穴が開いている、と。それを理解したとたん経験したことのないほどの痛みが襲ってくる。

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁあああ゛」

稲妻が走ったように想像を絶する痛みが全身を駆け抜けていき、徐々に意識が遠のいていく。

「タイミングを見計らっていて良かった、ここまで楽に仕留められるとは。」

僕を襲ったやつであろう者の声が聞こえてくるが、痛みでそれどころではなく、傷は魔族の僕でもすぐに回復する気配がない。

「おっと、大切なことを忘れていた、あぶないあぶない」

ボキッ

頭の中に大きなが響いた。
頭蓋に亀裂が入るかと思うような激しい痛みに続き、頭の芯にずきんと半鐘が響く。

「アザミッ!!」

どこからか僕を呼んだ声がした気がするが、体全体が鉛のように重くなり、ギリギリ保たれていた意識を刈り取っていった。


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「アザミッ!!」

‐糞ッッ。油断しちまった!‐

アザミを襲った男のローブからは尻尾が出ている、その男に片方の角を折られ、
苦しんでいるアザミを見て自分の不甲斐なさを呪う。
組織の気配をここ数年は感じず、逃げきれていると思い込み、アザミを一人にすることに危機感を感じなくなっていた。
奴らの狙いはアザミの体だ、殺しはしないだろうが連れ去られた後は死より辛い未来が待っている。

低く唸るような音を響かせ、襲っている男の首目がけ斬りつける……………が、

‐斬った感覚がねぇ‐

何かがおかしい、全くと言っていいほど手応えが感じられない。斬りつけた部分を見ると液体のように変化していた。

「来るのが早いな。」

男はため息をつきながら空中に幾本もの剣を作り出し、剣の切先をゼラニウムへと向け弾丸のように打ち出す。
迫りくる剣を弾くと地面に突き刺さり、そして『水』へと姿を変え地面へ染みる。

‐魔族、、、それも俺と相性が悪い水属性魔法の使い手‐

ごくり…と唾を飲み込む。
すると、男は羽織っているローブを脱ぎ捨てる。

現れた男の頭には、腕のように太く、蛇のようにとぐろを巻いた角が存在し、先程までとは比べ物にならないほどの威圧感を漂わせる。
鳥は羽ばたき空へ逃げ、小動物達は草木に隠れる。『格』が違うのだ、生物としての格が、動物達はそれを本能で感じ、逃げ、隠れ、怯えることしかできない。
そしてそれは…ゼラニウムも例外ではない、剣を持つ手が静かに震える。

‐今回はさすがに死ぬかもしれねぇな‐

己の死を感じるゼラだが逃げも隠れず、集中し、覚悟を決め、一歩前に出る。
そして体内のマナを集め、変化させて発射する。

「火球‹ファイアーボール›」

燃え盛る火球が飛んでゆく、それを男は簡単にあしらおうとするが、火球は男へと届く前に破裂し、辺り一面が眩い光に包まれる。

「烈火の剣‹ブレイズソード›」

燃え盛る紅い炎に包まれた剣で斬りかかる。が、相手は咄嗟に創り出した剣を手にし切り返してくる。
だが、剣を交える度に水で創られた剣は蒸発し、細く、脆くなっていく。すると相手は後ろへ退きながら剣を飛ばし距離を取る。

‐遠距離戦になったら確実に負けるッ!‐

ゼラニウムは致命傷になりうる剣だけを弾き、死にものぐるいで距離を詰めていく。
肉はえぐれ、耳が取れ、片方の腕は裂かれるが歩みを止めようとはしない。
一歩、また一歩と相手との距離は縮んでゆき、遂にはゼラニウムの間合いに入る。

‐このチャンスを逃す訳にはいかない‐

「紅蓮の剣‹インフェルノソード›ッ!!」

先程よりも大きく、熱い炎を纏った剣を頭目がけ振り落ろす。相手は剣を使い抵抗してくるが一瞬でそれを蒸発させる。
けたたましい蒸発音と共に相手の上半身は蒸発し、俺は全身が焼け焦げ、倒れかけるが剣を地面に突き刺し、持ち堪える。

‐勝った…‐

そう安堵し、アザミに駆け寄ろうとすると、後ろから妙な音が聞こえ、振り返る。

そこには先程蒸発させたはずの体が元通りになっている男が、勝ちを確信したような目で立っており、その手元には一本の剣が握られている。

「残念だったな、水がある限り俺は死なんぞ」

ゼラニウムは全く動かず、剣で体を支えながら動くこともなく、茫然と蹲っている。

「圧倒的な力に絶望したか、さらばだ、ゼラニウム。」

無慈悲にも男は首元目がけ剣を振り落ろした時、ゼラニウムが呟く。

「劫火」

その瞬間ゼラニウムからとてつもないマナの膨張を感じ獲り、男は焦り、逃げようとするがゼラニウムに体を捕まれ、逃げ出すことができない。
ゼラニウムの体からは熱が噴き出し、男だけでなくゼラニウム自身も燃え尽きていく。

「あばよ、アザミ。愛してるぜ」

すでに全身が崩れかけているゼラニウムが一言アザミに向けてそういうと、
高まったマナが一気に解放され辺りを劫火の熱で覆い隠していく。
その炎は余りの熱に空をも朱く染めあげ、大地を溶かし、全てを燃やしつくした。

















‐体が燃えるように熱いッ‐

勢いよく体を起こすと、全身に悲鳴が上がる。

「うぐッ…」

痛みを我慢し、周りの状況を確認するが、霧が立ち込んでいて良く見えない。
僕が攫われていないことを見るにゼラが助けてくれ、その時戦闘した影響だろう。
今も戦っているのかもしれない。
耳を澄ますが戦闘している音は聞こえない、が。違和感を感じる。

‐今までの僕だったら聞こえていたはずの距離が聞こえなくなってる…‐

慌てて角を確かめると右の角が折れていた。

‐あの時か…!‐

気絶する直前の記憶を思い出す。
相手は僕が魔族と知り、魔族の強さの源である角を折って無力化するつもりだったのだろう。
だとしたら襲ってきた相手は、ゼラが言っていた僕を狙う組織の奴らだろう。

ゼラを探すため、残った片方の角でマナを集め、足の回復を急いで行う。
十数分が経ち、歩ける程度になった足で立ち上がって、晴れて見えるようになった辺りをよく見ると、
遠くの木々が焼け焦げ、そこの地面は溶けている、その中心には黒い何かが地面に立っていた。
近づくとそれが剣だとわかる、灰や塵で汚れたそれを手で拭うと、綺麗な光を放つ。
この刀身は間違いない、この剣はゼラの物だ。

嫌な予感が脳裏を走り、近くの地面を見渡すと塵に埋もれた一つの指輪を見つける。
飾りつけの無い、無骨な指輪。ゼラが肌身離さず着けていた指輪だ。

燃え尽きた木々の中心にゼラの剣と指輪、周りからはゼラの気配を感じない。
ここまでくれば鈍感な僕でも分かってしまう。認めなくちゃいけない。

‐ゼラが死んだ‐

この燃え尽きた木々は襲ってきたやつのせいでとか、この剣は実はゼラのやつじゃないただの似てる剣でとか、ゼラの
死を認めたくない僕の考えた理想が崩れ去っていく。

「う゛わぁぁぁぁぁぁぁあああ゛」

記憶をなくし、追われる身である僕を小さい時からずっと一緒にすごしてくれた。
戦い方、計算、読み書き、人との関わり方、すべてを教えてくれた僕の唯一の家族。
ゼラが死んだ。
途方もない悲しみが襲い、僕は泣き叫ぶことしかできない。

僕はいままでゼラといれば幸せだった。
周りから見たらどんなに僕が可哀そうな境遇だったとしても、ゼラがいればそれでよかった。
そんなゼラがいなくなり僕はすべてを失ったように感じる。
これからどこに行って、何をして、僕のやりたいことは、、、、、
今の僕には全部、分からない

‐僕はこれからどうすればいいの?分かんないよゼラ!教えてくれよ!ゼラ、、、、、、ッ‐

だけど、どれだけ悲しんでも、どれだけ嘆いても、ゼラは答えてくれなかった。

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