閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その三
「話は分かった。……残念ながら、やはり信用できないな」
「……何故かしら? クラウドシープは確認が取れた筈よね?」
話し終えて帰ってきた言葉に、私はある程度予想出来ていたことだが訊ねた。
「確かに都市長様の客人であるという事は分かった。それはそれとして、こんな所をぶらついていたのは明らかに不審だ。加えて探す相手の名も明かせないとあってはな。まあ聞いた特徴の男はどちらにしても見ていないが」
痛い所を突かれる。私もなるべく名前を出さずに容姿などを説明していたが、話術に長けている訳ではないのでやはり限界はある。
「俺を納得させられない以上、やはり拘束させてもらう。手荒にするつもりは無いがこれも職務だ。許してもらいたい」
僅かに男の言葉が柔らかくなったのは、都市長と繋がりがあるとはっきり分かったからだろう。他の男達もその言葉と共に構えていた棒を下ろし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「エプリさん」
「どうしたもんっすかね」
ソーメもオオバもこちらを見ている。言葉ぶりからしてこの集団に敵対の意思はなく、ここで拘束されても酷いことにはならないだろう。だが、
「
「むっ!?」
私を中心に軽く風が吹き始める。それが自然の風でないことに男達も気がつき、何かが起きても対処できるよう構える。
「そちらに職務があるように、こちらにも事情があるの。……今は拘束されるわけにはいかないわね。ソーメっ! オオバっ!」
「は、はい」
「了解っす! いつでも行けるっすよ!」
ソーメは
「この場を逃がすとでも? 抵抗はしないでもらいたいのだが」
「それはこちらの言葉ね。先ほどは話し合いで済ませようとしたけど、邪魔をすると言うのなら……押し通るだけ」
逃げる手順は既に相談しているので問題はない。クラウドシープを確認しに行った男が戻ってきたことから見張りが居る可能性は低い。居たとしても一人か二人だろう。
力技で押し通ることになるけど、この件はおそらく後日正式に謝罪することになる。トキヒサと都市長には迷惑をかけるかもしれないが、緊急事態という事で許して欲しい。
相手も雰囲気が変わったのに気付いたのか、いつ飛びかかってきてもおかしくない。
「……二人共、私が合図をしたら全力で走りなさい」
私が小さくそう言うと、二人共何も言わず静かに頷く。少しずつ風は強くなり、魔力も十分に溜めこんでもう後は解き放つだけ。
「総員……かか」
「……今よっ! 走っ」
「待った! 双方お待ちくださいっ!!」
両陣営がほぼ同時に動こうとした時、男達の後ろから誰かが声を上げて走ってきた。
その声に男達は僅かに動きを止め、私も強風の発動を一時中断。……溜まった魔力はそのままなのでいつでも再発動可能だが。
「へっ!? のわあぁっす!?」
若干一名急に止まったためバランスを崩しているオオバが居るが……見なかったことにしたい。倒れたオオバに慌ててソーメが駆け寄っている。
こちらに走ってくるのはさっき見た獣人のようだ。しかし今の声、どこかで聞き覚えのあるような。
「はぁ。はぁ。間に合って良かった。こんな所で争っても良いことなんてないですからね。特にこれから商談になるっていう時には。……そうじゃありませんかエプリさん?」
「……アナタは!」
やってきたヒトは軽くかいた汗を拭って息を整えながら笑いかけてきた。何故このヒトがこんな所に。
「エプリさん? 知り合いっすかこのヒト……というかキツネの獣人さん?」
「おや? これはお初にお目にかかる方がいらっしゃいますね。それでは自己紹介をば」
彼は被っていた帽子を脱ぎ、そのまま胸元に持っていくと軽く一礼する。
「私の名はネッツ。ノービスの商人ギルドにおいて、未だ未熟の身ではありますが仕入れ部門の職員を務めさせていただいております。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどもどもっす! あたしはツグミ・オオバって言います。一応商人(見習い)をやってるっす! 以後よろしくっすよ!」
商人ギルド仕入れ部門のトップに対し、知らないとは言えまるで臆さず普通に礼を返すオオバ。……ある意味大物かもしれないわね。
「ネッツ殿。もうすぐ時間です。軽々に持ち場を離れられては」
「だからこそですよ。近くで大捕り物とあっては相手が警戒します。それに、こちらの方は私の知り合いですからね。私が対応した方が早く話が済むと思った次第です」
まとめ役の男がネッツに呼びかけると、ネッツは微笑を浮かべながらさらりと返す。
「……意外ね。一度会っただけ、しかもただの護衛を憶えているだなんて」
「ヒトの顔と名前を憶えるのは商人にとって必須ですから。それに貴方はフード越しでも印象に残りましたからね」
そう言えば、ネッツは商人ギルドで取引した相手のほとんどの顔と名前を憶えているという話だった。記憶力は伊達ではないという事か。
それに、室内でもフードを取らない護衛がつい気になったというのもあり得なくはない。……下手にフードを取れないし、仕方のないことなのだけどね。
「という訳で、エプリさん達は私に任せていただきたいのですが。そこまで時間はかかりませんので」
「……良いでしょう。ただし手短に。我々は所定の位置に戻りますので。……おい。行くぞ」
男は最後にこちらを一度じろりと見ると、そのまま他の男達を連れて去っていった。と言ってもまだ近くに潜んでいるだけのようだが。
「いやあビックリしたっすね~。にしてもあの人達態度悪くないっすか? ピリピリしてるっていうか」
「あまり悪く思わないでください。あの方々はただ職務に忠実なだけなんですよ。それに今は間が悪い」
オオバが憤慨しながらも疑問に思うという器用な真似をすると、ネッツは宥めるようにそう言った。
「あ、あの。お久しぶり、です。ネッツさん」
「貴方は……ソーメさんじゃないですか!? 一人とは珍しい。お姉様方とエリゼ院長はお元気で?」
「はい! 以前お薦めされた茶葉……とても、美味しかったです」
「それは良かった。またご入用の際はお声がけを。お代は勉強させていただきますから」
どうやらソーメとネッツは顔見知りらしい。一瞬詰まったとは言え、三つ子の内ソーメだと断定するぐらいには付き合いがあるようだ。
「では皆様方。どうぞこちらへ。何度も面倒かと思いますが、お話をお聞かせください。お時間はとらせませんので」
「……分かったわ。こちらも急いでいるから簡単にだけどね。アナタ達はそれで良い?」
「あたしは良いっすよ! さっきの人より話しやすそうっす!」
「私も、ネッツさんとなら、良いです」
一応争いを仲裁してもらったという形になったので、その分は従っても良いか。
「……なるほど。それは一大事ですねぇ」
私達が連れられた先、最初にネッツが居た開けた場所には、ネッツの部下だという商人らしいヒトが数人居た。
そこで私はネッツ達に経緯を説明する。こちらにはヒースの名前も隠さずにだ。勿論近くに隠れている男達に聞こえないよう声は潜めて。
これはネッツが都市長、ジューネとアシュ、そして今分かったことだがソーメ達姉妹やエリゼとも繋がりがあり、尚且つそれぞれから信頼されているため話しても良いと判断した。
ネッツは最初話を聞いて驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻して部下達に口外しないようくぎを刺す。
「先ほどの男達に話せなかったのは、信用出来るかどうか分からなかったため。でもアナタには話した。……意味は分かるわね?」
「はい。信用に背かぬよう、努めさせていただきます。衛兵の方々には話を通しておきますので、このまま出立してもらって結構です」
「衛兵!? さっきの人達がっすか? それにしちゃ前見た人とは服装が違うっすけどね」
「衛兵と一口に言っても様々な部門がありますから。先ほどの方々は……何と言えば良いのか」
会話に入ってきたオオバの素朴な疑問に、ネッツは少しどう答えようかと悩む。別にオオバも子供ではないので話しても良いでしょうに。
「……
「まあ……そんな所です」
どんな組織でもそういったものは存在する。隠密や諜報等を行う裏方の部門だ。私自身傭兵としてそういう依頼を受けたこともある。
ヒトによっては忌避されるが、そういう部門がしっかりしている組織は信用できると以前オリバーも言っていた。
それを聞いてオオバは「……ああなるほど。警察の公安みたいな感じっすね」と、よく分からないことを言いながら納得したようだった。
「しかしながら参りました。力をお貸ししたい所なのですが少々間が悪い」
「取引……だったわよね」
「はい。重要な取引でして、私が今離れる訳にはいかないのです」
ネッツがそう言って済まなそうな表情をする。商人にとってはこういった仕草すらも武器なので鵜呑みにはできないが、一見すると本当に申し訳なく思っているように見える。
「そりゃ取引ってのはどれも重要だろうっすけど、こっちも都市長さんに関わる大事っすよ!」
「それは理解しております。故に私共も取引が終わり次第、信の置ける者に連絡をとって速やかに捜索に協力します。どうか今はそれでご理解ください」
「……いえ。助かるわ。ありがとう」
まだ納得いかなそうなオオバだったが、私が礼を言うとそれ以上食い下がることはなかった。
「最後に……そちらの取引は都市長が噛んでいるの?」
「その質問にはお答えできませんね」
「……その答えだけで十分よ」
オオバはその言葉を聞くと小さく「あっ!」と声を上げた。どうやら気がついたみたいね。
都市長の息子であるヒースのことなのに動けない。つまりそれ以上の、それこそ
「……そろそろ失礼するわ。話は通しておいてくれるのよね?」
「はい。ヒース様をよろしくお願いします」
ヒースの情報はなかったけど、ネッツに協力を取り付けられたので良しとしよう。早くトキヒサの所に戻らなければ。そこに、
「…………うん。……うん……分かった。急いで戻るね。……あ、あのっ! エプリさん!」
「……何かあった?」
さっきから喋らなかったソーメが何かしら独り言を呟いたかと思うと、表情を明るくして歩こうとする私を呼び止めた。他の姉妹から連絡があったみたいね。
「今、シーメ姉から連絡があって、別れた先で無事ヒース様を見つけたそう、です」
「ホントっすか! それは良かったっす!」
「それは良い知らせですね! 無事見つかって良かった!」
オオバはグッと拳を握って我が事のように喜び、ネッツも先ほどより明らかに顔を綻ばせる。私も内心ホッとする。ならトキヒサが厄介ごとに巻き込まれる前に早く屋敷に戻るのみだ。
「……それで? 他には何か言っていた?」
「はい。見つけたは良いけど、中々帰りそうにないから、しばらく、迎えが来るまで待機していると。アーメ姉にも、伝えたそう、です」
「……そう。ならますます合流が必要ね。では」
「申し訳ないが、そうはいきませんな」
今度こそ出発という所で、先ほど身を潜めた筈の衛兵が行く手を遮る。……いい加減こう何度も遮られると嫌になるわ。
「何っすか黒っぽい衛兵さん。もうお話はこっちのネッツさんに話したっすよ!」
「そうですよ。この方々のことは私が保証します。細かく話せなかった理由も伺いましたので、出発に問題はありません」
「それは大いに結構。しかし今度は我々の方の問題でしてな。……
その言葉に、ネッツは僅かに慌てた様子でこの場所に繋がる道の一つ、クラウドシープを待たせているのと反対側の通路を見る。すると、そこから数名の何者かが歩いてくるのが見えた。
どうやら向こうもこちらを視界に捉えたらしく、明らかに視線を向けてくる。何となく嫌な感じだ。
「……本当に間が悪い」
それを見て、ネッツは少し顔をしかめてついこらえきれずという具合にポツリともらした。
「……あのヒト達は?」
「今回の取引相手です。少々難しい御人のようでしてね。本来なら皆様をお引き留めしたりはしないのですが、見られてしまった以上今から出立されると怪しまれます。どうかもう少しだけ留まっていただけないでしょうか?」
どうやら今回は、私達の方に厄介ごとがやってきたらしい。これがトキヒサの方でなかったことに安堵すべきか、これでまた合流が遅れることに腹を立てるべきか。
「……面倒なことになりそうね」
やっとヒースが見つかったというのに、まだこの夜は終わりそうにない。