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その女とは一回、寝ただけだ、しかも初対面なので二度と逢う事もないだろうと思っていた。
 久しぶりに一人で飲んで開放的な気分になっていたせいなのかもしれない、だから、軽い気持ちもあって知らない女と一回ぐらいのセックスはと思ったのだ。
 といっても、事前に逃げ道は作っておくべきだと考え、付き合っている女性がいると女に伝えた。
 だが、相手は、それでも構ないと言った、たまにあるでしょ、やりたいと思う時って、正直、そそられたと言ってもいいだろう、だから、俺は軽い気持ちで頷いて相手を抱いたのだ。

 悪くはなかったと思う、それが正直な気持ちだった。 


 「飲みに行かないか」

 「うーん、やめとくわ」

 久しぶりの誘いを断るとは、まったく、恋人の自覚があるのか、少し不機嫌になった俺に、彼女は姿子(しなこ)がいるから、ごめんねと謝ってきた。
 友達かと思ったら猫だという、だが、アパートはペット禁止ではなかったか、それを聞くと大家の許可は取っているから大丈夫だと、友人が旅行へ行く間、預かっているらしい。
 正直、生き物は、いや、猫はあまり好きではない、以前、付き合っていた相手が飼っていたのだ。
 何度か部屋を訪ねても、決して向こうから近づくことはなかった、多分、自分の事が好きではないのだ、だが、日がたてば少しは慣れてくれるだろうと思ったのだ。


 猫は嫌いなのと聞かれて、ただ苦手なだけだと答えた、もしかしたら冷たい人だと言われるのではないかと思った。
 ネットや雑誌などで、ペット、動物が嫌いな人は心が冷たいという話を聞いたこがある。
 それに女は犬や猫が好きだ。

 女は少し困った顔をしただけだ、だが、暫く家には来ない方がいいわねと言われてしまった。
 それが、あまりにもあっさりとした口調だったので、すぐには返事ができなかった。

 どのくらい猫を預かるのかと聞くと、はっきりとした返事が返ってこない、曖昧なな態度と言葉に男は内心、いい気分ではなかった。
 恋人の自分より、友人のペットを優先されたというのは気分が悪いというより、屈辱敵だと思わずにはいられなかった。

 「ホテルには預けられないからね」

 女の言葉に男は返事ができなかった。

 それから暫くして女の部屋を訪ねた、長かったと思いながら、だが、部屋をに入って驚いた。
 部屋には、もう一人の女、あの夜、出会った行きずりの女がいたのだ。
 どういうことだと混乱する、すると背後から恋人がどうしたのと不思議そうに声をかけてきた。

 友達なのと紹介されて頷くが、正直どんな顔をすればいいのかわからない、だが、いきずりの浮気がばれてはまずいと、男はしらを切り通すことにした。

 部屋に入ると座ったらと座椅子、いや、一人用のソファーを勧められた、かなり大きなサイズだ。
 初めて見るなと思った、新しく買ったのだろうかと思っていると、友人だと紹介された女は笑いながら座椅子に座った。
 半分、横になるような格好だ。
 まるで、自分の居場所はここだとなのだといわんばかりに。

 その姿が猫のようだと思ってしまった。

 いくら友人の家だといってもくつろぎすぎではないか、他人がいる部屋の中で、こんな態度は。

 ホットミルクを手渡された女はマグカップを両手で持ち、ゆっくりと飲み始めた。
 自分にも何かと男は声をかける、だが、恋人は珈琲、切らしてるのと一言、それだけだ。

 「ご飯の用意するから」

 恋人が話しかけるのは男にではない、座って寛いでいる女にだ。
 男は内心、むっとした

 女は雑炊を食べながら、ときおり、男をちらりと見る、無言のままでだ、正直、いい気分ではない。
 その様子、目つきは、まるで。


 「あー、美味しかった、なんだか睡くなってきた」

 「入らないの、お風呂」

 「んーっ、面倒、朝風呂は駄目かな」


 この女、泊まっていくつもりなのか、内心、むっとして男は立ち上がった。

 
 
 「友達なのか、あの女」

 「どうしたの、怒っているの、彼女、妊婦なんだから」

 男は驚いた、思わず相手の男、恋人、旦那さんはと聞くと女は不思議そうな顔をした、何故、聞くのと言いたげに。
 まさかと男は思った、あの時、避妊しただろうか。

 不安が押し寄せた。



 「なあ、妊娠してるって、父親は俺じゃないよな」

 後日、俺はなんとか恋人のいない時を狙って尋ねた、すると、あり得ないわよという返事がかえってきた。

 「できるわけないじゃない、あなた不能でしょう」

 男は無言になった、行きずりの女が口にした言葉に、だが、次の瞬間、何も言えなくなり、背を向けようした。
 すると。

 「ねえ、まだわからないの」

 振り返った男は不思議そうに女を見た、すると女は姿子よと笑いながら言った。
 それは猫の名前ろうと言いかけてはっとした。
 

 「おまえ、姿子、なのか」

 別れるときまで懐かなかった、だが、猫だけではないのだ、仲がよくなかったのは。
 女は首を振ると、嬉しそうに思い出したのと小声でつぶやきながら、笑いだした。


 「自殺って、ねえっ、忘れたの」

 「何が言いたい、まさか、俺が」

 言葉が出てこない、だが、自分を見る女の目は、まるで見透かすような、知っているのよといわんばかりだ。
 
 「首を絞めたからぐったりなったから死んだと思ってたのね、でも人間って、以外と、それに猫だって」

 そのとき、男は気配を感じて振り返った。
 
 「ね、猫っっ」

 道の端から一匹の猫が出てきたのだ、全身灰色の猫だ、まさかとや思い、女を見た。
 するとおいでと言わんばかりに女が呼んだ。
 女の呼びかけにに猫が近づいてくる。

 「姿子、なのか、どういうことだ、もしかして」
 
 男の声は心許ない、不安を帯びていた、あの猫が生きているはず゛かない、そうだ、猫だけじゃない、女も、だ。、
 付き合っていた女は猫ばかりを大事にしていていた。
 
 「大丈夫よ、あなた」

 それは小さな記事だった、会社のビルの屋上から飛び降りた男の自殺など、この現代では珍しくない。


 「姿子、御飯、食べる」

 「勿論、後で髪の毛とマッサージ、お願いね」

 「猫みたい」
 
 その言葉に女は笑った、だって猫だものと。

 だが、あの男は理解しなかった、頭からおかしいと決めつけていた、なんて器量の狭い人間だろう、それに比べて彼女はすべてを受け入れてくれる。

 「子供の名前は決めたの」

 「二人で決めましょう、だって、二人の子供なんだから」

 なんて素敵な響きだろうと姿子は思った、自分は拾われた、行く当てもなくて、そんな自分は猫みたいと言ったのだ、彼女は。
 男は自殺した、かわいそうとも思えなかった。
 いいや、考えるのはよそう、過ぎたことだ、終わった事だ。


 もう、何も考えまい、お腹の中の子供の事だけ考えよう。
 腹をさすりながら、女は口元をわずかに緩めて、眠りにおちていった。

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