閑話 ある『勇者』の王都暮らし その四
そうしてあれよあれよと言う間に話は進み、私達は午後からの訓練の際にどう動くかを話し合った。
まず訓練中、頃合いを見計らい明が魔法の練習で砂煙を起こす。それに紛れながら明はサラさんの用意した人形と入れ替わる。朝サラさんが居なかったのはこの手配があったかららしい。
ただ計画については聞かされていないらしく、人形は訓練に使用する為だと言ってあるらしい。話すと止められる可能性が高いからって言うけれど、私もサラさんと同じ立場だったら止めに入ると思う。
人形には明の姿に見えるよう魔法をかけ、イザスタさんが訓練中に時折かけ直して時間を伸ばす予定だ。
「だけどただの人形じゃあ動かないからすぐばれちゃうかもよん? そこはどう誤魔化すつもり?」
「その点はおそらく大丈夫です。用意した人形は半自立行動可能の特別製ゴーレム。
「えっ!? ゴーレムって使い手が近くに居ないとダメなんじゃないんですか?」
少なくとも授業ではそう教わった。常に使い手の魔力を流し続ける必要があって、それが途切れると時間経過で消えてしまう。高城さんのような特別な加護があればしばらくは動かせるらしいけど。
「魔力で一から作ったゴーレムはそうだけど、今回のは材料を手作業で組み上げて魔石を動力としたゴーレム。だから魔石に魔力を補充すればしばらく行動可能らしいよ優衣さん。又聞きの知識だけど」
「……ちょっと待ってアキラちゃん。よく動力式なんて手に入れられたわねん。造るのに手間暇かかるから数少ないのに」
「以前自分で造れないかと試してみたんですがダメで、サラに相談したらディランという人を紹介されたんです。それで会ってみたら数日あれば調達できると……かなりの大金を請求されましたけどね」
「なるほどねぇ。まあディランちゃんに頼んだなら品質は安心して良いわよ。……『勇者』相手でも大金をふっかけるのがらしいと言えばらしいけど」
イザスタさんは何か納得したようにうんうんと頷いている。ディランという人は以前イザスタさんを『勇者』の護衛に推薦してくれた人で、それなりにここでも影響力を持った人だという。
「話を戻すよ。ひとまずそのゴーレムに戦う事を命令しておくとして、ただ魔法は使えないからどうにか誤魔化してほしい」
「その点はしばらく魔法無しの訓練って事にすればいいし、アタシなら多少の動きくらいなら合わせられるわよん」
「助かります」
そしておよそ三十分時間を稼ぎ、戻ってきた明の合図に合わせて今度はイザスタさんが目くらましで大きめの魔法を放つ。それに乗じて明が人形と再び入れ替わるという流れだ。人形はそのタイミングで目立たない場所に隠し、あとは訓練後に回収すれば良い。
「ぶっつけ本番な所があるけど、大体はこんな所ね。ユイちゃんも流れは掴めた?」
「はい。大丈夫です」
と言っても私のやる事は特にない。強いて言うなら人形が話が出来ない点を他の人から誤魔化すくらいだ。それ以外はほとんど普段の訓練と同じ。魔法の練習をしたり他の人の動きを参考にしたりだ。
私が月光幕を貼り付けるのを断ったから、二人して気を遣って私でも出来そうな事を割り振ってくれたのだろう。
「あの、二人共。私はあまり力になれないですけど、それでも出来る限り頑張りますから」
「そう! その意気よユイちゃん。がんばってね!」
「うん。頼んだよ。……ボクも出来る限り調べてみるから」
大まかに話が終わると、タイミング良くメイドさん達が帰ってきて軽くお茶会をした後いったん解散。昼過ぎの訓練までの間、私はドキドキしながら授業を受けた。
そして遂に訓練直前。訓練場に向かう私の所に明がやってきた。最後の確認をしながら並んで歩く。
「人形は先に運び込んでおいたよ。少しぎこちないけどフォローがあればなんとか誤魔化せる範囲だと思う。黒山さんと高城さんにも簡単に説明しておいた。あくまで人形と入れ替わって抜け出すとだけだけどね。黒山さんには加護で微妙にバレてるかもしれないけど」
「明。二人に全部話して協力を頼まなくて良いの?」
「今回の事はなるべく伏せておきたいからね。話すにしてももう少し情報を得られてからだ。……ごめん。色々手伝ってもらう事になって」
歩きながら頭を下げる明。
「そんな。こっちこそごめんなさい。明にばかり難しい役目を押し付けちゃう形になったし……だから、手伝える事は出来るだけ頑張るからね」
元の世界に戻る為の行動。それを明に押し付けるようになっているのは間違いない。本来なら皆でやらなきゃいけないのに。この世界で生きるというスタンスだった明にこんな事をさせ……えっ!?
その時ふと私の脳裏に疑問がよぎった。そう言えば明は私達と違って、最初から
そんな疑問が浮かぶ中、私達はいよいよ訓練場に到着する。黒山さんや高城さん、イザスタさん達が先に着いて準備運動をしていた。
「さあ。ボク達もまず準備運動でもしようか?」
「そ、そうだね」
私は頭に浮かんだ疑問をひとまず振り払い、訓練場に足を踏み入れた。今は出来る事をやらなくちゃ。
「はいは~い! 今日も元気にいくわよ~!」
そんなイザスタさんの掛け声から始まった訓練は、今回いつもと違う雰囲気に満ちていた。
「でえりゃああっ!」
「ふんっ!」
まず準備運動代わりの模擬戦をしているのは黒山さんと高城さん……正確に言うと、高城さんの作ったゴーレム三体だ。一体が高城さんの護衛に徹し、残り二体が黒山さんに殴り掛かっている。
「おせぇっ!」
一発でも当たると大怪我を負いかねないゴーレムの拳を、黒山さんはギリギリの所で躱しながらカウンター気味に裏拳を繰り出す。普通に考えれば黒山さんの拳が傷つくだろう。しかしその瞬間、拳が真っ赤に輝いたかと思うと直撃したゴーレムの肩を打ち砕いた。
「どうよ! 相変わらず飛ばしたりとかは下手だが、一か所に集中すればゴーレムだってこの通り……っておわっ!?」
「たかだか一発決まっただけで調子に乗るな。壊れたのならまた作れば良いだけだ」
余裕で技の解説をしようとした黒山さんに、もう一体のゴーレムが襲い掛かる。更に肩が壊れた方のゴーレムも、高城さんが何やら呟いて腕を振ると少しずつ修復され始めた。
「なら直りきるまでに削り切ってやらぁっ!」
「やってみろっ! 出来るものならな!」
二人の戦いは激しさを増していく。模擬戦にしては激しすぎるかもしれないけど、これまでどちらも大怪我をした事はない。互いにここまでなら大丈夫という感覚が分かってきているのかもしれない。やはりこの二人も私なんかと違って強い人達だ。
「あっちも張り切っているわねぇ。じゃあこっちもいきましょうか! ユイちゃん。アキラちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
二人とは少し離れた場所で、イザスタさんは普段と変わらない態度でそう言う。明はこちらも普段通りに一礼するが、私はさっきから緊張で身体がガチガチだ。なんで明はこんなに落ち着いていられるんだろう。
流れとしては、イザスタさんと明が模擬戦中に入れ替わる。私は今回直接戦闘には関わらないけれど、訓練なので月属性を上手く扱えるよう練習だ。課題として月属性の初歩である“
私は出した月光球に集中しながらチラリと訓練場の周囲を見回す。不慮の事故に備える治療術師や薬師。場合によっては訓練に加わるそれぞれの付き人。他にも何人もがこちらを見ている中、抜け出すなんて本当に出来るのだろうか?
「……ふぅ! 上手くいって良かったわねユイちゃん!」
普通に上手くいきました。
明とイザスタさんは戦いの中、予め人形を運び込んで隠してある場所まで移動。明の風魔法で人形に被せた砂を巻き上げて小さな砂嵐を起こし、僅かな間周囲の視覚を奪ってその間に人形を引っ張り出す。
出てきた人形は高城さんの作るゴツゴツしたゴーレムとは大分違って、なんとなくデパートなんかに展示されているマネキンに近いように感じられた。
全体的に滑らかな丸みを帯び、顔の部分はつるりとしたのっぺらぼう。だけど明が人形の首筋にある出っ張りに魔力を流すと、人形は自力ですっと立ち上がった。
明が何やらぼそぼそと呟くと、人形は明から手渡された試合用の木剣を受け取った。そのタイミングで明とイザスタさんが人形に明の姿に見えるように誤魔化す魔法をかける。
そして本物の明が砂煙が残っている間に訓練場を抜け出して今に至ると。周りの様子を探ってみるも、皆砂嵐で驚いてはいるものの入れ替わっているとは気づいていないよう。
よく見れば黒山さんがこちらを見て笑っている。高城さんは微妙に不機嫌そうな顔だ。抜け出すとは聞いていたけど、今の砂嵐で向こうにも砂がかかったらしい。ごめんなさい。
「あとはアキラちゃんが戻るまで待つだけだけど……よっと!」
「イザスタさんっ!?」
入れ替わって気が抜けていた私を尻目に、明の姿をした人形がイザスタさんに向けて切りかかってきた。明には及ばないまでも素早い動きに、イザスタさんは軽く剣を躱して自身も試合用の槍を構える。
「ちょ~っと離れててねユイちゃん。あと月光球の集中は途切れさせないでね。……それにしても、この動きは結構良い品質のゴーレムね。ディランちゃんったら良い仕事しすぎよん。まあこのくらいじゃないと誤魔化せないか」
「大丈夫なんですか?」
「ヘーキヘーキ。ただ……アキラちゃんがした命令は『アタシが中止するまでアタシを攻撃しろ』だったからねぇ。下手に止めたら他の命令を受け付けない可能性があるし、ずっと棒立ちじゃあ怪しまれる。実質戻ってくるまで攻撃を止められないのよねん。……いやあうっかり命令権限をアタシと半々にしてもらうのを忘れてたわ」
つまり明が戻ってくるまでイザスタさんは人形と戦い続けなくてはならないってこと? しかも時折明の姿になる魔法を掛け直さなければいけないし、攻撃を当てて壊してしまう訳にもいかない。そんな無茶苦茶なっ!
人形はジリジリとイザスタさんとの間合いを詰めようとし、イザスタさんも合わせて少しずつ後退……違う。私から離れようとしているんだ。下手に近づいて万が一にも人形の標的にならないように。
そのまま少し距離をとったかと思うと、人形は再びイザスタさんに向かって突撃した。
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という訳でイザスタさんの耐久戦開始です。まあイザスタさんってだけで別の意味で不安なのですが。やり過ぎの意味で。
ちなみに他の『勇者』達も着々と能力は上がっています。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
読者様の反応は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!