(29)とんでもない加護
「就任した以上、いつかは辞める時がくるのは当たり前ですが、それがひと月先か半月先か、一年先かは明確には分かりませんな」
「それはそうでしょうが……。そのご様子だと、体調不良による辞任というわけでもなさそうですし」
「あれにこき使われて嫌気が差して辞めるというなら、とっくにお辞めになっていますよね?」
兄弟揃って不審に思いながら問い質すと、ルーファスはサラリと先程以上に衝撃的な台詞を放った。
「そうですな……。どこから話せば良いのやら。私は世間一般には加護無しと言われておりますが、実は加護持ちなのですよ」
「加護持ち……、はあああああっ⁉︎ なんですって⁉︎」
「大叔父上、一体どういう事ですか⁉︎」
予想の斜め上の発言に、とても平常心ではいられなかった二人は、驚愕の顔つきになって詰め寄った。そんな彼らとは対照的に、ルーファスは冷静に話を続ける。
「事は女好きだった先々代の国王が四十を過ぎてから、十代の私の母に目をつけたところまで話が遡る。加護持ちの王子は何人か既に生まれていたが、たいした加護ではないからもっと優秀な王子王女が欲しいと屁理屈をこねて、下級貴族出身の母を強引に第七王妃として迎え入れた」
「ええ、一応、聞いてはいましたが……」
「改めて聞くと、ろくでもないですね」
過去に人伝に耳にした内容ではあったが、当事者から聞く羽目になった二人は軽く引いてしまう。
「それで私が生まれたわけだが、当然私と母は周囲から目の敵にされていびり倒された。特に加護持ちの王子や、その生母達からな。それで母は、幼い私に言い聞かせた。『絶対に宝珠には触らず、触ったふりをして誤魔化しなさい。万が一、加護持ちなどと分かったら、あなたも私も命はありません』とね。幼い頃だったから詳細は覚えていないが、確かに身の危険を覚えた事だけは記憶にある」
「それで、大神殿主祭殿での判定時に、宝珠に触ったふりをしたのですか?」
カイルが確認を入れると、ルーファスは真顔で頷いた。
「ああ。誤魔化すのは容易かったぞ? いかにも触っているように前方に手を伸ばして宝珠の少し上で止めていただけだが、背後に控えていた神官には全くバレなかった。振り返って『光りませんでした』と告げたら、慰められて終わりだ。あの時の、いかにも安堵した様子の母の姿が忘れられんな」
「その……、それ以降、こっそり宝珠に触りに行ったのですか?」
自分が加護持ちだと分かっているのであれば、後日宝珠に触れてみたのかとアスランは推察した。しかしルーファスはあっさり否定する。
「そんなことはしていない」
「それならどうして、自分が加護持ちだと分かったのですか?」
「加護持ちの人間が分かったからだ」
「はい?」
「すみません、意味が良く分かりません」
咄嗟に意味を捉え損ねた二人は、怪訝な顔になった。それを見たルーファスが、説明を加える。
「正確に言うと、加護を含む有益な才能を持っている人間を識別できる能力が、私の加護だったようだ。最初はどうして城内にいる人間が、薄く光っている人間とそうでない人間に分かれているのだろうと不思議に思っていた」
その告白に、カイルとアスランは呆気に取られた。
「なんですか、それは」
「目がおかしくなったのかと思いますよ」
「私もそう思って母に相談したら、母は私に口外しないよう注意した上で、私が光っていると言った人間を周囲に調べさせた。そうしたら加護持ちを含む、将来を嘱望されている実力十分な官吏や騎士ばかりだけと判明したんだ。それで母は、私が単に加護のあるなしの判別ができるだけではなく、加護を含む各種才能の有無を判別できる加護を持っているのだろうと推察した」
そこまで話を聞いたカイル達は気を取り直し、ルーファスの母の判断を賞賛した。
「宰相のお母上は、賢明な方だったのですね。そんな事が公になっていたら、とんでもない騒ぎでしたよ」
「同感です。そうなったらありとあらゆる人事決定権が大叔父上の役目になって、選ばれなかった者達に逆恨みされて、寄ってたかって暗殺者を差し向けられかねません」
「下手をすると、一番有効な加護保持者の王族ということになって、周囲から国王に押し上げられかねない」
「そうなると内乱は必至ですよ。だって先代国王であるお祖父様の《三日後の天気が分かる》なんてふざけた加護とは、比較にもなりません」
口々に思うところを述べてカイル達が顔を見合わせつつ頷いていると、ルーファスが淡々と話を続ける。
「そういうわけで、この事実を公表せず母に心穏やかに過ごしてもらうことにして、私はこの加護を最大限に活かす手段を考えてみた。そうなると、官吏としてある程度上官に就任しておいた方が良いだろうという結論に達した。人事の決定権があれば有能な人材を登用できるし、そうすれば国にとっても有益だろうと判断してな。子供の浅知恵だったが。それからは各種の勉学に励んでいた」
それを聞いたカイル達は、感嘆の溜め息を漏らす。
「子供の頃から自分の立場と加護を考慮した上で、そういう明確な目標を持っておられたのですか……。俺なんて、王族から飛び出して生きていく術を磨く程度の認識で、武術に励んでいただけですが」
「俺も国に尽くすとか、そういう気構えは皆無でしたね。自分の加護が何か早く分かりたい一心で、あらゆる事に手を出して習得していただけですから」
「理由がどうであれ、きちんと有益な技量や知識を得ることができたのだから、良いのではないか? 二人とも、当初の予想より遥かに有能な人材に育ったぞ?」
「ええと……」
「その……、もしかしたら」
「うん? ああ、勿論二人とも、私の目には有能な人間に見えていたぞ? 特にカイルは、加護のあるなしは関係ない。でなければ、肩入れなどせん」
「ありがとうございます」
「これからも精進します」
(大叔父上の加護には驚いたが、誰に褒められたのより今の一言が嬉しいな)
この国でも一、二を争う有能な人物から、認められていたのがはっきりと分かった二人は、嬉しさと恐縮さが入り混じった心地になりながら、座ったまま深々と頭を下げる。ルーファスはそれに一瞬だけ表情を緩めたが、すぐに真顔に戻って話を続けた。