推せないから引く
翌日、俺は博多へと向かった。
行きがけの電車内で、以前長浜からもらった名刺を確認しておく。
電話番号とメルアドを登録しておくために。
L●NEも書いてあったが、アンナさんとの不可侵条約があるから、無視しておいた。
博多駅に着くと、駅前広場に出る。
スマホを取り出し、初めて長浜へ電話をかけてみた。
『もしもしぃ~? アイドルの長浜 あすかですぅ~ テレビ局の方ですかぁ~?』
「……」
甘ったるい営業トークで電話に出られたので、吐き気を感じた。
『あのぉ~ 取材ですよねぇ?』
「いや、俺だ。新宮だ」
すると態度を一変させる。
『チッ! だったら最初から名乗りなさいよ! アタシは芸能活動で忙しいのよ!』
クソがっ!
今すぐ帰りたい。でも、10万円のためだ。
「わ、悪いな……お前の携帯番号、まだ登録してなくてな。今かけた番号が俺のだ。登録しておいてくれ」
『フンッ! なんでガチオタの電話番号をこのトップアイドルが登録しないといけないのよ!』
殴りてぇ! 今すぐこいつの顔面をボコボコにしてぇ……。
「でも、これから自伝小説のことで連絡手段が必要だろ?」
『そうだったわね。ならいいわ! 特別に許してあげる!』
俺が許したんだよ。
「ところで、お前の事務所はどこだ?」
『それぐらい、ググりなさいよ!』
「……」
※
結局、ウィキペディアで彼女の所属している芸能事務所を調べた俺は、そこから更に検索を重ねて、どうにか住所を特定した。
俺が今いる駅前広場から歩いて数分の所にあるようだ。
はかた駅前通りを真っ直ぐと進み出す。
よく利用している喫茶店、カフェ・バローチェが見えてきた。
グーグルマップで確認するとその近くに事務所はあると表示されている。
だが、辺りをきょろきょろ見渡しても、一向に見つからない。
KYビルと言う建物の二階にあるようだが……。
博多っていう土地柄からか、色んな建物や店がごちゃごちゃと隙もないぐらい密接して、並んでいるから、全然分からない。
「参ったな……」
面倒くさいがまた長浜に電話をかけようかと、スマホを取り出した瞬間だった。
「ガチオタっ! いつまで待たせんのよ! さっさとこっちに来なさいよ!」
上を見上げると、ビルの二階から長浜 あすかが顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
ここか。
「悪いな、今そっちへ行く」
「早くしなさいよ! アタシの芸能活動の邪魔をしたいの!?」
お前が邪魔してんだよ!
エレベーターを使って二階に上がると、
腰に両手を当てた、ふてぶてしい態度の少女が立っていた。
相変わらずのゴスロリファッション。
艶のかかった黒くて長い髪を肩まで下ろして。
綺麗な顔立ちをしている。まるで日本人形のようだ。
「ガチオタっ! 今からアタシの芸能活動に密着取材しなさい!」
でも喋り出すと、殴りたくなるアイドルがいるんですよ……。