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やましいことはしていません

 ジューネの部屋に戻った俺達は、これからどうしようかと悩んでいた。

「しかしどうしましょうか。私としては時間をかけて聞き出していく予定だったのですが、少し段取りが狂いました」
「ごめんなさい。私のせい」
「セプトを責めないでくれよジューネ。今回の都市長さんの頼みは、セプトにとって治療の為の交換条件みたいな所もあるからな。それに俺もさっきセプトを前に出したから謝るなら俺の方だ。ゴメン」

 分かりづらいが少し落ち込んでいたセプトはジューネに向かって頭を下げ、俺も悪かったと続く。

「ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした」

 こうしてジューネも頭を下げ、皆で頭を下げ合う妙な構図になってしまった。傍から見ているエプリとアシュさんはそれぞれ呆れたり笑ったりしている。

「じゃあもうこの話はおしまい。次に向けて切り替えていきましょう」

 ひとしきり謝り合った後、ジューネが最初に立ち直って話題を変える。そうだな。ずっと気に病んでばかりもいられない。

「私は当初、徐々に商品を売り込みながら近づいて信用を得、さりげなく情報を聞き出すつもりでした。しかし今回の事でヒース様も警戒したでしょう。さりげなく聞き出すのは難しいですね」
「やっぱり、私の……」
「ただし、今回良い風に働いた点も幾つかあります」

 また落ち込みかけたセプトの話をぶった切り、ジューネは尚も話を続ける。

「一つは時間。私のやり方ではアシュがヒース様の鍛錬を終える予定の八日後。それに合わせる想定でした。しかし逆に言えば、どうしても八日()()()()()()()やり方です。別の方法に切り替えるなら早い方が良いですからね」

 時は金なりって言うしな。時間がかかるやり方よりもかからないやり方の方がそりゃ良い。
 
「二つ目はヒース様の人となりが知れたこと。こればかりは直接当たってみないと分かりませんからね。それにセプトさんのやり方でも多少は効果がありました。結局の所上手くいった点も多いんです。ですから、もう落ち込まなくて良いんですよ」
「……うん。大丈夫。ありがと。ジューネ」

 最後に慰めるような言葉を付け加えるジューネに、セプトは静かに礼を言う。……うん。どうやら少しは落ち着いたみたいだ。ジューネナイスフォロー!

「まあこうなった以上、明日からは作戦を変えましょう」
「とするとまたド直球か?」
「上手く先ほどのようにヒース様を逃げられない状況に追い込めるなら一考の余地ありなんですけどね。それは流石にヒース様も避けるでしょう。なので……これまで通り普通に接します」

 普通にって、警戒してるって言ったばかりじゃないか。しかしジューネは大マジだ。

「どうせアシュの鍛錬の時にまた顔を合わせますからね。まずは警戒を解く事から始めましょうか。まだ時間は有りますし、二、三日は放っておいても良いくらいです」
「下手に聞いて意固地になられるよりは、一歩退いて機会を待つってことか。では鍛錬の時はまた全員来るってので良いのか?」
「そうなりますね。話を無理に聞き出そうとさえしなければ大丈夫でしょう」

 ジューネにしてはやや消極的だな。だけど一応これからの方針が立ったのは喜ばしい。明日からも鍛錬に付き合ってガンガン石貨を投げまくってやろうじゃないの!

「それにしても、今度は何を売り込みましょうかねぇ。こちらを警戒している相手に売り込むとなると……ふふっ。腕が鳴りますね」

 ちょっと訂正。全然消極的じゃないよこの商人。むしろ積極的だよ! アクティブだよ! まあこれくらいじゃないと商人なんてやっていられないのかもしれないが。

 だけどまずは明日より今日の事。今日も今日とて資源回収に勤しむとしますか。




「いやあ今日は結構儲かったな」
「……そうね。まさかここまでとは私も正直思っていなかったわ」
「トキヒサ。物持ち」

 ヒースの件の後、俺達は昨日と同じく町中に繰り出し不要品を買い取るという事をやっていた。

 今回も収穫は上々。全員とはいかないが、ほとんどの人が半額で満足してくれて助かった。満足しなかった人も少し色を付けたら売ってくれたしな。

「今日は純益で四千七十デンの儲け。元手ほぼ無しでこれだから笑いが止まらないな」

 元手と言ったら自分で歩き回る労力くらい。それでこれなら相当割が良い。ついでに市場巡りも出来るし、まだ見つかってはいないがお宝探しも継続中。趣味と実益を兼ねた実に良い仕事だ。

「ただ……これで儲かっている俺が言うのもなんだけど、そんなに素材に分けるのは金や手間がかかるのかね? そこの所がどうもよく分からない」
「……そうかしら?」

 寧ろ引き取ってもらうのに金を払う場合があるとか言われると、簡単に金に換えている身としてはピンと来ない。そこにエプリが珍しく口を挟んできた。

「……例えば串焼き屋から買い取った物に銅製のナイフや焦げ付いた金網があったわよね。アレを加工するにはどうしたら良いと思う?」
「そうだなぁ。単純に火で溶かすとか?」

 その答えにエプリは軽く頷く。

「そうね。間違ってはいないわ。……でも素材毎に適した火力は違うし、下手に一緒に入れたらどちらもダメになる可能性もある。入れる前に選別作業があるけど、木材や鉄、銅、モンスターの一部と物によって使われている素材は様々。……選別だけで一苦労ね」
「それは確かに手間暇かかるな」
「それに加工用の火力が出せる炉は専門の鍛冶屋ぐらいだし、それだけに使っていられる程暇でもない。……更に言えば炉に火を焚き続けるのもタダではないもの。これだけ言えば納得できるかしら?」
「納得した」

 これだけ言われれば大体分かる。これじゃあ逆に金を払って引き取ってもらうというのも道理だ。

「じゃあ、何故やるヒトが、いるの?」

 今度はセプトも歩きながら質問する。こうして自分から普通に話しかけるようになったのはちょっと嬉しい。仲良くなったって事だからな。

「……建前としては、誰もやらないのでは資源が減っていく一方だからといった所かしら。この辺りは多分私よりジューネの方が詳しいわね。まあ本音としては、これで儲けられると判断したからでしょう。……高位の火か土属性持ちが居れば出費も抑えられるし、鍛冶屋だって素材を貯めておく必要があるだろうから。そういう伝手があれば割高でも買い取る場合はあるわ」

 ケースバイケースって奴かな。コストが抑えられるのなら、手間がかかってもやる人は居るらしい。建前の方も国の主導とかで本当にやっている可能性もあるし。

「しかしそう考えると、俺の『万物換金』って資源回収に間してとても使える加護じゃないか? 手間暇要らず出費もかからず」
「……今頃気付いたの?」

 何故か呆れられた。いやまあ俺もこれほど資源回収に向いている加護とは知らなかった。ある意味天職かもしれないな。……このやり方だと課題を終えるまで何年かかるか分からないけど。

「これで稼いでいけば多少だけど元手が出来る。生活費が貯まって余裕が出来たらエプリにしっかり払うからな。セプトにも」

 何だかんだエプリの護衛代が溜まっているからな。それはしっかり払わないといけないし、セプトもいつまでも俺の奴隷という訳にもいかない。

 能力はともかくまだ子供だしな。最低限の貯蓄をさせる必要がある。……少なくとも俺が課題を終えて帰る一年以内に。そう言って笑いかけたのだが、

「……前にも言ったけど、本当に懐に余裕が出来たらね。この調子だと自分の分が無くなっていざと言う時に困りそうだから。そうなると守る手間が余計にかかるし」
「私も、今はいい。お金は、大事。トキヒサが、持ってて」

 なんか二人して逆に心配されたっ!? 俺ってそこまで散財しそうに見えるかな? 寧ろ“相棒”の方が必要とあれば金に糸目をつけないタイプだったんだけど。

 そんな風にワイワイと話しながら、俺達は都市長さんの屋敷に戻ったのだった。




 屋敷に戻ってみると、アシュさんとジューネは出かけているようだった。行く前に頼んでおいた件は上手くいってると良いんだけど。

 コンコン。コンコン。

「トキヒサ様。エプリ様。セプト様。よろしいでしょうか?」
「別に様なんてつけなくても良いですよ。どうしましたドロイさん?」

 夕食までまだ時間があるので部屋に戻っていたら、突如ドアをノックする音と共に執事のドロイさんが訪ねてきた。

 四十くらいの穏やかな顔立ちで、フードを被りっぱなしのエプリや表情が分かりにくいセプト相手でもいつも丁寧に接してくれる人だ。

「はい。実は皆様方がお戻りになる前、一度ジューネ様方がお戻りになられまして。またすぐに出るけれど、トキヒサ様方が戻られたら言伝を頼みたいと。『こちらは順調。例の品も鑑定が終わったので、戻り次第細かな報告をします』とのことです」
「成程。……ありがとうございますわざわざ」
「いえいえ。夕食まではまだもう少々お時間を頂きます。それまでどうぞおくつろぎください」

 ドロイさんは恭しく一礼すると、そのまま部屋を後にする。執事の仕事で忙しいだろうに余計な仕事を増やしてしまったな。
 
 しかしジューネが一度戻ってまで言伝を頼むとなると……予想以上にアレは凄い物だったか? 預かり物だけど何もしない訳にもいかないしな。

「……ねぇ。今のって、今日出かける前にジューネと話していたものよね? わざわざ私やセプトまで遠ざけて、しばらく部屋に籠って話し込んでいたわね。……()()()()()()
「うん。私達を置いて、()()()()()()

 むぅ。やけに二人っきりでの所を強調するな。二人共微妙に目つきがジト~っとしてるし。なんだか分からないが視線と口調に若干のトゲがある。俺はやましい事はしていないぞ。

「だ、だから、ここを出る時にも言っただろ。ちょっと気になる物が有って、ジューネに頼んで調べてもらっただけだって。俺が行ければ良いけど鑑定士の伝手はないし、じゃあ私が持っていくので俺は資源回収に行ってきてくださいってジューネが」

 出かける前にも一悶着あったっていうのにまた再発したっ! 何故俺がこんな浮気を問い詰められるみたいな状況に追い込まれなくてはならないのか? ただ普通に調べ物を頼んだだけなのに理不尽だっ!

 そうして俺はジューネ達が戻るまで、何故自分達を同席させなかったのかとか、結局何を隠しているのかとか諸々弁解する羽目になったのだった。

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