先生とデート3
宗像先生は、ドラッグストアで大量の生活必需品をゲットして大喜び。
店から外に出ると、もう陽は暮れ、辺りは真っ暗になっていた。
「うーん! いい大人のデートが出来たな~ 新宮」
「え、今までのデートなんですか? 大人の中で?」
「あん? そりゃそうだろ……大人ってのは、ガキと違って、必死に毎日を生きるもんだ。それこそ、這いつくばってもな」
あんた、文字通り、這いつくばって福引券を漁ってたもんな。
間違ってはないよ。
「さ、ショッピングデートは済んだし、次はロマンティックなディナーデートと洒落込むか♪」
「ディナー? どこかで夕食ですか?」
「ああ、私の行きつけの店でな。あそこに行けば、どんな女でもイチコロだぞ♪」
「へぇ」
なんだろ? イタリアンレストランとかかな。
くりえいと白山を出て、赤井駅に戻る。
駅周辺には、小さな飲食店がたくさん並んでいて、夜だから看板や提灯に灯りがついている。
主に赤井町の住人やサラリーマンが、仕事帰りに一杯といった感じの大衆食堂や居酒屋が多い。
俺の住んでいる真島商店街とあまり変わらないな。
しかし、最近は時代ということもあって、田舎でも若い人々が狭い敷地を活かして、お洒落な店を開店している。
小規模でも流行れば、充分儲けられるんだから、すごいよな。
要は工夫だ。
しばらく、先生と一緒に歩いていると、一つの店の前で立ち止まる。
「さ、着いたぞ」
「え……ここですか?」
「はーっははは! しゃれとーだろ?」(洒落ているだろ?)
「いえ、普通ですばい」(普通ですね)
宗像先生が急にコテコテの博多弁を使ってきたので、俺もエセ博多弁で突っ込む。
店の名前は、『やきとり、鳥殺し』
酷いな……鳥さんたちに謝れよ。
どこが洒落ているんだ? ただの居酒屋、焼き鳥屋じゃないか。
困惑する俺を無視して、先生は店の赤いのれんをくぐり抜ける。
「おおい! 来てやったぞ! 今日はカレシも連れてきたからな!」
誰が彼氏だ!
店内に入ると、がたいの良い若い男性店員が何人もいて、大きな声で俺達をおもてなし。
「「「いらっしゃいませぇ~ どうぞ、どうぞ!!!」」」
バカみたいに叫ぶので、思わず耳を塞いでしまう。
店員たちは、皆同じ色の黒いTシャツを着ていて、黄色の文字でデカデカと店名である『鳥殺し』とプリントされていた。
小さな店だが、活気がある。
炭で肉を焼いているため、少し煙が目に染みるが、それよりもチリチリと立つ音が心地よく、また店中に漂う旨そうな香りが、腹の音を鳴らす。
俺達は、カウンターに通された。
店員からおしぼりを受け取った宗像先生は、メニューを見もせず、一言。
「いつものくれ、二人分」
なんて常連ぶりをアピール。
「はいよ! 宗像先生! いつもあざっす!」
若い大将だ。金髪のお兄さん。まだ20代前半か。
周りの店員もみな同じぐらい。
なんていうか、元ヤンって感じの風貌。
だが、感じは悪くない。
「新宮。お前はなにを飲む?」
「え、俺ですか? じゃあ、アイスコーヒー、ブラックで……」
と言いかけたら、先生に一喝される。
「バカヤロー! そんなもん、居酒屋にあるか! 酒を頼め!」
「い、いや、それは……俺、まだ未成年ですよ?」
「関係ないだろ! 今はデートという設定なんだ! 私と飲め! 大人のデートを味わないとちゃんとお前は小説に還元できないんだろ? じゃあ、飲め!」
なんて無茶苦茶な発想だ。
しかも、教師の言う事じゃない。
「ですが……法律は守らないと……」
「うるせぇ! タマの小さい野郎だ! もういい。私が頼む。おい、ハイボールを二つくれ!」
勝手に頼まれてしまった。
俺達の会話を聞いていた大将が苦笑いで「あいよ」とハイボールを作り出した。
マジで作るの?
「お待ちどう!」
ドンッ! とデカいジョッキがカウンターに二つ置かれた。
「キタキターっ! これと焼き鳥が合うんだよぉ~」
涎を垂らすアラサー教師。いや、ただのアル中。
「これ、マジで飲むんですか……」
「そうだよ! さ、乾杯するぞ!」
反抗すると殺されそうなので、とりあえず、ここは彼女に合わせ、乾杯してあげる。
まあ、あれだ。ひと口飲んだ振りして、逃げるしかない。
恐る恐るジョッキに唇を近づけると、なにか違和感を感じる。
香りだ。
これは……ジンジャーエール?
舌で舐めてみる。
確かにジュースだ。アルコールは感じない。
カウンターの奥で焼き鳥を仕込んでいる大将の方を見つめていると、俺に気がついたようで、ウインクしてきた。
近くにいた別の店員が耳打ちしてくる。
(あのさ、一ツ橋の生徒でしょ? 大丈夫、宗像先生に付き合わなくていいから。それ、ジュース)
(え、まさか。卒業生の方ですか?)
(うん。この店の従業員、みんなそうだよ)
(あ、あざーす)
危うく犯罪を犯すところだった。
先輩たちに救われたよ……ありがとう。