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沖縄の花

52年ぶりに開催予定だった「沖縄はなげフェア」が諸事情により中止になりました。子供たちはとっても楽しみにしていたのにまさかの開始直前中止決定。すでに会場近くに宿を取り早朝から長蛇の列に並んだのに中止だなんてあんまりです。子供たちは泣きだしました。せめて中止ならもっと早く知らせてほしかったです。沖縄はなげフェアが中止になった理由を教えてください

鎌倉豊洲

この度は、沖縄ハナゲフェアの中止を深くお詫び申し上げます。子どもたちや保護者の方々、フェアに興味をもってくださった方々、子どもたちの友人、そして私自身、大変ご迷惑をおかけしました。フェアと子どもたちを救うために、できる限りのことをしたいと申し出てくださった方々に感謝しています。お金を送ってくださった方々にも感謝しています。また、お祭りや子供たちを楽しむことができる人たちのことを心配してメッセージを送ってくださった方にも感謝しています。皆様のお気持ちは大変ありがたいものです。郵送する時間がない方は、お電話でご連絡いただければと思います。どうぞご遠慮なくご連絡ください。ご期待に添えず、大変申し訳ございません。ご期待に添えず大変申し訳ございません。

山本達夫

9月15日、沖縄県うるま市の市長から、「沖縄・花魁《はなげ》フェア」の中止について遺憾の意を伝える手紙が届きました。そして、このイベントを楽しみにしていた子どもたちの家族、友人、ファンに対して、感謝の気持ちを伝えてくれました。また、市長をはじめ、イベントの主催者が中止を完全に残念に思っていることを明らかにした。また、別の個人の方からも同様のお手紙をいただきました。今回の中止は、私たちだけの判断ではなく、市長や他の主催者の正式な決定でもないことを、心に留めておいていただきたいと思います。主催者側の意向で、フェアを年末まで延期することになり、中止せざるを得なくなったのです。52年ぶりに訪れた親子連れに感謝します。この縁日を支えてくださった皆様、そして子供たちに感謝し、もう一度、縁日を再開することで埋め合わせをしたいと思います。それまでの間、市長に直接ご連絡ください。市長は、あなたが再びフェアに参加できるように手助けしてくれるでしょう。必要なお金をできるだけ早く市長の事務所に送ってください。市長は、このフェアに寄付してくださった他の団体への連絡方法を教えてくださることでしょう。ありがとうございました。

より良い沖縄を目指す沖縄県民の会

鎌倉豊洲です。

沖縄花博が中止となることは、大変残念です。フェアを継続させるためにお金を送ってくださった皆様に感謝します。

◇ ◇ ◇

『おい! 花博って確か1990年代のイベントだろうが!?』

くぐもった声が毛羽立つ。わかってる。いちいち投げないでくれ。
あんたの苛立ちは十兆と七千億光年を千基のジャゴン超時空機で中継してる。
こじれた世界線の果てで狭いポッドを操るストレスは手に取るようにわかる。
あんたは一人じゃないんだ。

『ああ、国際花と緑の博覧会は1990年4月だ』
俺は努めて冷静に訂正する。
『だよな。俺の立ち位置は1970年4月。うん、クロノグラフは問題ない』
改めて彼の五次元座標を確認する。26.20920683,127.6706016。

『那覇港。関西汽船、沖ノ島丸名瀬那覇行き。3月20日21時半着』
メインデッキの彼に確認を取る。
『なら、時空遷移《ドリフト》をさっさと直してしまおうぜ。乖離が酷くなっている』
博覧会の時系列だ。花博が花魁あげくは鼻毛フェアに化けている。

『そこから何が見える? 何かランドマーク的なものは』
『沖縄製粉のサイロだ』
彼の義眼が尖塔をとらえた。それを《《現代》》で共有し拡大する。
『間違いない。辻《ちーじ》の三文殊《さんもうじ》公園に行け』
『了解』
彼は船を降りて沖縄市の歓楽街へ向かった。辻は琉球王国時代から続く遊郭の一つだ。しかも1970年当時のアメリカ占領下で日本の法律は通用しない。
交通ルールも通貨も何から何まで全然違う。
「アメリカ世《ゆ》」と呼ばれる黄金時代であった、
『予防接種はちゃんと機能しているだろうな?』
俺は返還前の沖縄に降り立った彼に抗体検査を指示した。手首の腕時計に偽装したハンディ端末が彼の血液を検査する。
『ああ、新型伝染病の備えは出来ている。それで例の女は公園のどこで待っている?』

彼こと鎌倉豊洲は売春婦とコンタクトした。
●第二章 街娼エリカの日記より



「はい、いらっしゃいま……あ」
自動ドアを抜けて現れたのは、黒いジャケットを着た中年男性だった。
眼鏡の奥にある瞳には見覚えがある。
「久しぶりですね」
彼は少し困ったような顔を浮かべながら笑みを見せた。
「お待ちしておりました」
私は頭を下げ、彼を奥へと案内した。
カウンター脇に併設された個室に入ると、彼はすぐに椅子に腰掛けた。私も向かい合うように座ると、メニューを差し出した。
「コーヒーと紅茶ならありますけど」
「じゃあ、それでお願いします」
「わかりました。少々お待ちくださいね」
私は立ち上がり、部屋の隅に設置されたポットへ向かった。カップを用意し、お湯を入れている間に砂糖を用意する。角砂糖の入った容器を手に取ると、蓋に張り付いたシールに目がいった。
【1】と書かれたシールが貼られていた。
「…………」
その数字に懐かしさを覚えつつ、シュガースティックを取り出す。そして、お盆の上にマグカップを置き、お湯を入れたティーバッグをそっと置いた。そして、部屋に戻ると、男は頬杖を突きながら窓の外を見つめていた。
「お待たせしました」
私が声を掛けると、彼はこちらを振り向いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼は礼を言うと、早速、一口飲んだ。すると、ほっとした表情を浮かべた。
そして、テーブルの上に置いた私の手を、彼はじっと見下ろした。
「あの、何か?」
「いえ、綺麗なお手だと思いまして」
そう言うと、彼は優しく微笑んでくれた。
「お仕事は何をされているんですか?」
「え、あ、はい。フリーライターです。主に歴史関係の書籍や雑誌に寄稿しています」
「へぇ、すごい。それじゃあ、このお店も取材ですか?」
「いいえ。ここは違います。ただの趣味です。昔、よく来ていたので、つい」
私は苦笑いしながら答えた。
「でも、良かったですよ。あなたと再会できて。正直、もう会えないと思ってましたから」
「ごめんなさい。本当はもっと早くお会いすべきだったのですが、色々と忙しくて」
「いえ、大丈夫ですよ。こうしてまたお話しできるだけで十分嬉しいですから。でも、どうして急に僕に会いに来てくださったのでしょうか?何か特別な理由でもあるとか」
彼が期待を込めた目で訊ねる。私は小さく首を横に振った。
「特に理由はありません。強いて言えば、思い出の場所だからかもしれません」
「ああ、なるほど。確かにこの喫茶店は、あなたの人生を変えた場所の一つですね。でも、それだけで僕のところまで来て下さるなんて、ちょっと驚きましたよ。一体どういう風の吹き回しで?」
男が興味深げに質問する。
私は思わず顔を伏せた。
「すみません。失言でした。繰り返す悪夢の事はお手紙した通りです。ところが昨夜見た夢には花魁が出てきましてね。印象的でしたので歴史ライターのあなたなら何かのわかるのではないかとお電話さし上げた次第です」「なるほど。そういう事でしたら、喜んで協力させていただきましょう。それでどんな内容でしたか?花魁が夢に出てくるなんてとてもロマンチックな話じゃないですか。是非とも聞かせてください」
男は嬉々として身を乗り出してきた。
私は夢の続きを語り始めた――。※

寝苦しい夜だった。まどろんでは目覚めの繰り返し。
『……』
私は息を呑むと、静かに目を開けた。
目の前に広がっていたのは、闇に包まれた部屋と、その上に覆い被さる巨大な影だった。
それは、かつて自分がいた吉原遊廓の天井に似ていた。
しかし、どこか違和感を覚える。
その理由はすぐにわかった。
この部屋は薄暗い。まるで月明かりのない真夜中のように真っ暗だ。
だが、そんなことはあり得ない。なぜならこの部屋は昼間だからだ。窓から差し込む陽光で明るく照らされていたはずだ。なのに今は暗闇に閉ざされている。そしてここは沖縄だ。那覇に花魁がいるわけがない。何か異変が起きている。私は直感的に悟った。
『おい! 聞こえているのか!?』
突然、男の声が響いた。
『どうなっている!? ここが何処なのか教えてくれ!』
彼は慌てているようだった。
『落ち着け! とにかく今の状況を教えてくれ!俺は鎌倉豊洲。タイムパトロールと言ったら少しは信じてくれるか。とにかくあんたが知らない未来から来た。恐ろしい病気から世界を救うためだ。返還前の沖縄に抗体を持っている人たちがいるという。あんたがその一人だ」
「よくわからないけど何で私が花魁の格好をしているのかしら。あんたが着せたの? どうでもいいから家に帰して」
『落ち着け。俺がやったんじゃない。俺は君の味方だ。信じてくれ。危害は加えない。俺が君を守る』鎌倉豊洲と名乗る男の必死な声が響く。
『いい加減にしろ!! 俺を誰だと思っ……』
鎌倉豊洲の言葉が途切れた。
代わりに女の悲鳴のような音が耳に届いた。
『やめろぉおお!!』鎌倉豊洲の叫びが室内に木霊する。
『何が起こっている? おい、誰かいないのか? おい! おい! 返事をしてくれ! 頼む! 助けて! うわぁあああ! 嫌だ! 来るな! やめて! ぎゃあ! 痛い! 苦しい! たすけ……』
そこで音声が途絶えた。
「鎌倉さん!?」
私は思わず叫んだ。

「いきなり目が覚めたんです。あの鎌倉豊洲ってあなたじゃないのかしら」
そこで彼は「そんなバカな」と苦笑した。

「僕はずっと東京で暮らしています。それに、僕には妻も子供もいます」
「でも、あれは間違いなく鎌倉さんだった。だって、彼の腕には腕時計があったもの」
「時計? もしかしたら、何かの拍子に腕時計を外したのかもしれないじゃないですか」
「でも、腕時計には【1】ってシールが貼ってあったの」
「ああ。これね。コーヒーの跡ですよ。かき混ぜたスプーンで追加の砂糖をい入れようするから」
「縁が当たったといいたいのですか」
数字にはとめはねがあった。スプーンの断面ではない。

「ええ。偶然の産物です。それともやっぱり気になりますか?」
「……何の番号かわかりますか?」
私は相手の目をじっと見る。
「ええ、おそらく鎌倉さんの血液の抗体検査結果だと思います」
「どうしてそれを?! つまり、あなたは彼とどこかで接触したと?」
「ええ。私、実は以前、彼に助けられたことがあって」
「その話を詳しく」
すると彼は声を潜めた。
辻で取材を重ねるうちに成り行きで病気をもらい受けた。このままでは本土に戻ることが出来ない。そうこうするうちに滞在期限が切れそうになった。
困り果てた所に救世主があらわれた。鎌倉豊洲は腕時計から小さなアンプルを取り出した。「これを飲んですぐに医者へ行け。番号を呼ばれたら『1』番の検査結果を貰え。違うと言われても強引に押し通せ。それで助かる」
彼は藁にも縋る思いで薬を飲んだ。翌日、陰性の結果が出た。
「それで彼に恩返しをしようと思ったと?」
「ええ。言うまでもなく辻の尾類⦅じゅり⦆は客を選べます」
遊郭には一見さんお断りより厳格なシステムがある。抱母⦅アンマー⦆という女主人が尾類たちを管理しており新規客はそう簡単には遊べない。まず尾類を知る仲介人を探し出しアポイントを取る。彼らは客の身辺調査を徹底する。クリアした者だけが顧客の資格をえる。ライターがどういう人脈を築いたのかは不明だが鎌倉豊洲と同じ抱女を利用していたようだ。
「君はかなさんの世話になっているだろう」
いきなりその名前を出されてドキッとした。この期に及んで嘘はつけない。
「はい」私は素直に認めた。
「私にとっては命の恩人ですから」
悪夢の源泉は口にだすのもおぞましい仕打ちだ。口減らしのために売られた先が地獄だった。そこで受けた虐待は記憶から欠けている。いろいろあってかなさんが助け出してくれた。
「その時代に自称タイムトラベラーはいたかい? 思い出さなくてもいいい」
「思い出したくはないのですがカマクラという名前にはたびたび聞き覚えが」
「そのお客と貴方は先週あっているはずです」
「さぁ、はっきりとは。ただならぬ気配で漫湖の方へ走っていきました」
「それで、彼に何が起こったのでしょうか?」彼は真剣な眼差しを向けた。「わかりません。でも、きっと大変な事になっているはずです」
「……」
「お願いします。どうか私と一緒に那覇港まで来てもらえませんか?」
「……」
彼は沈黙を保ったまま、じっと私を見つめていた。
「……」
やがて、彼はゆっくりと立ち上がった。
「わかりました。行きましょう」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
「ところで、その鎌倉豊洲という人物が、もし本当にタイムトラベラーなら、彼の血液のサンプルは残っていませんかね? もしあれば、その放射線年代を調べれば、彼の身に何が起きたのか調べられると思うのですが」
「炭素……14ですか? 残念ながらありません」
「そうですか。まあ、仕方ありませんね」
彼はあっさりと引き下がった。

居場所はかなさんが把握していた。
尾類を危険から守るためである。そもそも辻で遊ぶためには厳格な手順があっておいそれと会うわけにもいかないのだ。最初は雑談をして帰るだけだ。信頼を重ねてようやく触れることができる。

私たちは、那覇市の繁華街にあるホテルへ向かった。鎌倉豊洲は、そこで私と待ち合わせをする約束をしたのだ。
私は急いで支度を整えると、彼の待つ部屋へと向かった。
「お待たせしました」
私が声を掛けると、彼は振り向いた。
「いえ、大丈夫ですよ」
私は腕時計に偽装した小型携帯電子頭脳を操作した。
ホテルのロビーでライターの彼から預かったのだ。
「俺はここで待っている。使い方は簡単。彼の前で竜頭を押すだけでいい」
言われたとおりにした。
すると、文字盤にメッセージが表示された。
【2】の文字を見てホッとすると同時に、「やはりか」と呟いた。
鎌倉の表情は硬い。
「やっぱり何か知っているのね?」
私は訊ねた。
すると、彼は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「すみません。あなたに嘘をつきました」
「どういうこと?」
「あなたが言ったように、僕はタイムトラベラーではありません。ただのフリーライターです」

「じゃあ、どうしてあなたは、私の夢の中に出てきたの? あなたは私が夢で見た鎌倉豊洲と同じ顔をしていた。それどころか、同じ腕時計をしていた」
「それについては規則により説明できません」
彼はきっぱりと言い切った。
「ただ、一つだけ言えることがあります。僕があなたの夢に現れたのは偶然ではなく必然だということです」
「どういう意味?」
「いずれわかることです」
彼はそれ以上答えなかった。
「……」
私は諦めた。どう考えても彼は何も教えてくれそうにない。
「とりあえず那覇へ向かいましょう」
彼はそう言うと歩き出した。
「待って、もう一人が」
私は慌てて後を追った。
「あれ?」
ロビーに彼はいなかった。


※ 那覇空港に着くと、彼はタクシーに乗り込んだ。
「どちらへ?」
運転手が尋ねた。
「国際通りへ」
彼はそう答えると、運転手は車を発進させた。
「ねえ、どこへ行くつもり?」
私は訊ねた。
「国際通りには花魁がいらっしゃるんですよね?せっかくですから一度お会いしたいと思いましてね」
「え?」
私は目を丸くした。
「まさか、あなたが行くの?」
「ええ」
彼は平然とした表情で答えた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとお土産は買ってきてあげますから」
「そういう問題じゃなくて!」
私は焦った。
「危険よ!殺されるかも」
「大丈夫ですよ。僕が死ぬわけないでしょう」
彼は落ち着いた口調で告げた。
「それは、あなたが未来から来たからでしょ?でも、相手は違うわ。あなたを殺そうとしているかもしれないのよ。殺されてからじゃ遅いのよ」
「心配しなくても大丈夫です。僕は死にませんから」
「どうしてそんなことが言い切れるの?」
「さっきの話を聞いていれば、だいたい想像がつくんじゃないですか?」
「え?」私は首を傾げた。
「あなたは、僕がどんな仕事をしていて、どんな人物なのか知らない。そして、僕の過去についてもほとんどご存じないようですね。それなのになぜ、僕が死なないと確信できるのでしょうか。普通なら、まず僕の身を案じるのではないでしょうか。しかし、あなたは僕の身の安全よりも、僕の過去の方が気になるようだ。つまり、あなたが夢で見たのは、僕が過去に経験したことであって、未来の出来事じゃないということがわかっていたからじゃないですか?だから、僕を心配しているふりをして、本当は僕の過去を知りたかった。違いますか?」
私は言葉を失った。
確かに彼の言う通りだ。私は自分の気持ちに正直に行動しただけだ。
「……」
私は黙りこくった。
「図星ですね」
彼がくすりと笑う。
私は観念した。
「わかった。認める。でも、もうすぐ那覇港に着くわ。そうしたら、すぐに引き返して」
「わかりました」
彼は微笑んだ。
それからしばらくして、車は国際通りの入り口に到着した。
「ここで待っていてください」
彼は車から降りると、花魁がいる店へと歩いて行った。
「あの、すみません。花魁を指名することは可能ですか?」
「もちろんです」
店の人間が笑顔を見せた。
「では、花魁を一名お願いします」
「かしこまりました」
「それともう一つ。彼女の髪の毛が欲しいのですが」
「いきなり何を」
彼はドル紙幣の束を握らせた。
「抜け毛の1、2本でいいんだ。櫛に絡みついているだろう」
「はい。構いませんが、どういった理由でしょう?」
「それは、今はまだ言えません」
彼は言葉を濁した。
「わかりました。少々お待ち下さい」
店の人間は奥の部屋へ向かうと、しばらくして戻ってきた。
「こちらになります」
彼は小瓶を受け取ると、礼を言って店を後にした。※

「おかえりなさい」
私が戻ると、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「これでよかったんでしょ?」
私は少し拗ねたような口調で言った。
「はい。よくできました」
彼は満足げにうなずいた。
「まったく、人を何だと思っているの?」
「そう怒らないでください。あなたは、今の状況がわかっていないようだったので、あえてヒントを出したんです」
「ヒント?」
「ええ。僕が何者なのか。あなたは、まだ気がついていない。しかし、いつか必ず気づくはずです」
「何を言っているの? あなたはタイムトラベラーじゃないの?」
「いいえ。僕は普通の人間です」
彼はきっぱりと答えた。
「ですが、未来から来たことは間違いありません」
「でも、あなたの話だと、未来にはタイムマシンがあるんじゃないの?」
「いいえ。タイムマシンなんて存在しません」
彼はあっさりと否定した。
「でも、さっきあなたは、タイムトラベルしてきたって」
「あれは嘘です」
彼は涼しい顔で言った。
「嘘?」
私は唖然として聞き返した。
「じゃあ、あなたは何のためにここに来たの?」
「あなたに会うためです」
彼はさらっと言った。
「私に会いに来たって、そんなのおかしいじゃない」
「どうしてですか? 僕はあなたが好きです。だからこそ、こうして会いにきた。それだけのことじゃないですか」
彼は真剣な眼差しを向けた。
私は頬を赤らめた。心臓の鼓動が高鳴る。「そ、そんなことを急に言われても困るわ」
「そうですか。でも、事実なんですけどね」
彼は苦笑した。
「……」
私は返す言葉がなかった。
「とにかく、あなたに会えて良かったです」
彼は優しい笑みを浮かべた。
「あなたは、僕にとってとても大切な人ですから」
「私が?」
私は目を丸くした。
「私とあなたは初対面よね?」
戸惑いながら訊ねる。
「そうですよ」
当たり前のように答える。
「じゃあ、なぜ?」
「理由はいくつかありますが、やはり僕がこの時代に来てしまったことに理由があるのでしょうね」
「どういうこと?」
「それは、いずれわかることです」
彼はそう言いながら、手に持っていた瓶の蓋を開けると、中身の液体を口に含んだ。そして、口移しで私に飲ませた。


「ねえ、これからどうするの?」
私たちは、那覇港近くの喫茶店で話し合っていた。
「そうですね。しばらく滞在する予定なので、どこか宿を探しましょう」
「それなら、私の家に来て。ホテル代くらいは出してあげるから」
「いえ、そこまで甘えるわけにはいきません」
彼は断ろうとしたが、私は譲らなかった。
「でも、泊まるところがないんでしょ?」
「まあ、そうなんですが」
彼は困惑気味だった。
「それとも、野宿するつもり?」
「まさか」
彼は首を横に振った。
「それなら決まりね」
「はあ」
彼は渋々了承した。私たちは、那覇駅近くにあるホテルへ向かった。※

「あなたが、この世界線にいたら大変なことになっていましたよ」
私は思わず声を荒げた。
「どういうことですか?」
彼は怪しげな表情を浮かべた。
「あのね、タイムパラドックスという言葉を知っている?」
私は説明を始めた。
タイムトラベラーと呼ばれる人たちは、ある時間軸から、別の時間軸へ移動することができる。もし仮に、Aという人物がBという人物を殺してしまうと、その瞬間、世界線は分岐して、新しい未来が誕生する。つまり、過去が改変されてしまうのだ。例えば、私が夢で見たように、私が彼を殺せば、彼は消えてなくなる。しかし、私が夢で見たように、私が彼を助ければ、彼は生き延びることができる。これがタイムトラベラーたちの言うところのパラレルワールドである。私たちの世界は、複数の可能性によって枝分かれしている。ただし、それは同時にいくつもの未来が存在するというわけではない。なぜなら、一つの世界に一人のタイムトラベラーは存在することができないからだ。もしも、誰かが過去を変えようとすると、他のすべての世界の未来も変わってしまう。だから、タイムトラベラーたちは、自分が生きている世界で起こる出来事を変えることしかできない。また、歴史を変えるためには、大きな代償が必要になる。そのため、彼らは、自分たちの行動が未来にどのような影響を与えるのか考えなければならない。
私は一通りの説明を終えると、コーヒーを飲んで喉の渇きを潤した。
彼は静かに私の話を聞いていた。
私は恐る恐る彼の表情をうかがった。
「……」
彼は無言でうなずいた。
「信じてもらえたみたいね」
「はい」
彼は再び首を縦に動かした。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「それで、あなたはこのことについて知っているの?」
私は尋ねた。彼は黙ったまま何も答えなかった。
私は言葉を続けた。
彼がどんな存在であれ、今はただの観光客に過ぎない。だから、彼が未来から来たとしても、問題はないはずだ。むしろ、未来から来た方が好都合かもしれない。彼の言う通り、未来は変わる可能性がある。ならば、彼の力を借りることで、より良い結果をもたらすことができるかもしれない。それに、彼が未来の人間であれば、私の知らない情報を持っているかもしれない。いずれにせよ、彼に協力してもらう必要がある。
そう考えた上での提案だった。
彼は少し考える素振りを見せると、ゆっくりと首を左右に振った。そして、申し訳なさそうに告げた。
私は落胆の色を隠せなかった。しかし、すぐに気持ちを切り替えると、笑顔で言った。
ありがとうございました。
ここまで読んでくださって本当に感謝しています。
本作はこれで完結となります。最後までお付き合いいただき、

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