やるべきことを整理しよう
異世界生活十七日目。
俺はいつものように目を覚ます。軽く背伸びをして頭をしゃっきりとさせるのだが……おや? 妙に足が暖かい。そう思って足元を見てみると。
「……何やってるんだセプト?」
「起きるの待ってた。奴隷は、主人より先に起きて待つもの」
俺の足にセプトがしがみついていた。道理で暖かい訳だ。そこまでは良い。お前ベットで寝てただろとか、ここ床だけど寝づらくなかったかとか言いたい事はあるけど、それはまだ許容範囲内だ。しかし、
「それはそれは真面目な奴隷根性だ。だけどな……
何せセプトの今の格好は、寝間着の胸元がはだけて非常にアブナイ感じになっている。身体に取り付けられた器具は勿論、チラチラと見えるか見えないかギリギリの所にある二つの膨らみが……。
「どうしたの? トキヒサ」
「な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ」
「うん。分かった」
イカン。一瞬胸元に目が吸い付けられて離れなくなる所だった。セプトの声でハッと我に返り、理性を総動員して顔を背けながらセプトを引き離した。セプトはそのまま少し離れていそいそと服を整える。
「……朝からお盛んね」
その声はエプリか! 見ると既に身支度を整えたエプリが扉の脇に背を預けて立っていた。
「お盛んじゃないってのっ! って言うかエプリ。先に起きていたんなら見てたんだろ? どうして起こしてくれなかった」
「……別に危害を加えようって事でもないし、トキヒサもぐっすりと眠っていたようだから」
危害を加えないから止めないというのもどうかと思うけどなぁ。しかし考えてみると、俺が眠っている間にエプリは横で着替えをしていたのか?
想像すると鼓動が速くなるのでまた頭をブンブンと振る。煩悩退散邪念よ消え去れ……もう良いかな。俺が振り向くと、セプトはしっかりと服の乱れを直し終えていた。ふぅ。危なかった。
まだ十一歳の相手に何やってんだと思うかもしれないが、いくら妹で慣れているとは言え女性と一緒と言うのはドキドキするものなのだ。
「……で? なんで足にしがみついてたんだ?」
「足が寒そうだったから」
確かに掛けていた布はやや小さくて、足先が少しだけはみ出ていた気がする。特に気にしていなかったが、セプトにとっては気になったらしい。
「そっか。それはまあ……ありがとう。だけど次からはわざわざくっつかなくても、適当に布を掛けてくれれば良いからな」
「うん」
俺の言葉にセプトはすんなり頷く。また寝てる間にくっつかれていたら、俺の色々な何かがヤバいのでちゃんと言っておかないとな。
「それにしてもセプト。意外に寝相が悪かったんだな。寝間着があそこまではだけるなんてどんな寝方をしたんだ?」
「……? あれは、一緒に寝るならああした方が良いってアーメ達が言ってた。ダメだった?」
あのシスター三人組なんちゅうことを教えてんだっ!? 次に行った時にはその点を厳重に抗議してやると心に決めながら、セプトにそれは違うと説明する。
なんでこう朝っぱらからドキドキハプニングに遭わなきゃならんのよ。……決して嬉しくない訳ではないが。
さっさと身支度を整え(着替えている間は二人には少し離れてもらった)、三人で食堂に向かう。すると、
「昨晩はお楽しみでしたね」
「そういう事はしてないってのっ!」
着いて早々先に来ていたジューネからそんな言葉を言われ、ついつい俺もムキになって言い返す。横ではアシュさんもニヤニヤしているし、何なんだ? そんなに俺はそういう事をしそうに見えるのか!?
食堂にはまだその二人と、隅に控えているメイドさんしかいなかった。他の人はまだ来ていないのか。
「コホン。まあ冗談はここまでにして、席に座って待っているとしましょう。もうすぐラニーさんとドレファス都市長もいらっしゃいますから」
そう言いながら席に近づくジューネ。それに合わせてメイドさんが素早く椅子を引いてくれる。ジューネに倣いアシュさんも隣の席に。冗談って……まあ良いか。俺達も座るとしよう。
俺も席に近づくと、メイドさんが椅子を引いてくれる。なんか偉くなった気がするな。実際はただの客というだけなのだけど。
セプトは奴隷だからという事で座りたがらなかったが、都市長は特に何も言わなかったじゃないかと強引に隣の席に座らせる。だって一人だけほったらかして食事をすると言うのも落ち着かないだろ? そしてエプリはと言うと、
「……へぇ」
とても優雅な所作で席に着いていた。これはメイドさんの椅子の引き方だけではなく、本人にもちゃんとした動きが要求される。一瞬だけど俺はその姿に見とれてしまう。
「……何?」
「いや、こういう所に慣れてるのかなって思って。昨日もテーブルマナーとかしっかりしてたし」
昨日の夕食の時、俺やセプトはナイフとフォークはあまり得意ではないので悪戦苦闘していたのだが、エプリやジューネは普通に使っていた。音も静かだし、俺にはよく分からないがナイフなどを使う順番も迷いがなかった。
ちなみにアシュさんは早々と箸を用意してもらっていた。箸も有ったんかいっ! とツッコミたくなったが、こっちは意地で最後までナイフとフォークで頑張った。
ジューネは商人だからこういう場でのマナーを知っているのは何となく分かる。だけどエプリは傭兵だ。俺の勝手なイメージだが、傭兵でこういう事に縁があるというイメージがない。
貴族とかのお抱えなら話は別だが、エプリは混血と言うこともあって一か所に長居するという事はなかったらしいし不思議な話だ。
「……別に。以前ある憎たらしい老人に仕込まれただけよ。今の時代は力だけでなくこうした教養も必要だってね」
エプリはそう言って顔をしかめるが、それは心底嫌がっているというより困った相手への苦笑いに感じられた。……大切な相手がちゃんといるんじゃないか。彼女が一人じゃなかったって事に少しだけ嬉しくなる。
「そっか。じゃあその人に会ったら礼を言っておいてくれ」
「今の流れで何故そうなるのかよく分からないけど……憶えていたらね」
その後しばらくしてヒースとラニーさんが一緒にやってくる。ただ一緒にと言うより、ヒースが勝手にくっついているという感じだ。ラニーさんが言うには都市長は少し遅れるらしく、先に食べ始めることに。
食事の合間に不作法にならない程度にヒースがちょくちょく話しかけるのだが、ラニーさんにはどうにも脈がなさそうだ。なんだかヒースに少しだけ哀愁を感じてしまう。
その途中ドレファス都市長も遅れてやってきて、朝食は和やかに進んだ。今度は俺も二度目だ。何とか昨日に比べて少しはまともにテーブルマナーを守れたと思う。
そうして朝食が終わり、いよいよラニーさんが出発する時がやってきた。
「すみません。見送りまでしてもらって」
「いやいや何を言うんだいラニー。僕が君の出発に立ち会わない訳がないじゃないか。またいつでも戻ってきておくれよ。……出来れば次もゴッチ達は置いておいて一人で」
「ありがとうございますヒース副隊長。次は調査隊全員で戻りますね」
ラニーさんの見送りは、俺達や屋敷の人も加えた大人数のものとなった。ヒースもここぞとばかりに点数を稼ごうとするが、ラニーさんに普通に対応されてしまう。
この明らかなアプローチにラニーさんは気付いているのだろうか? もし気が付いていてこの対応だったら少しヒースが気の毒に思える。
「ラニー。追加物資は馬車に積み込んである。今回の事態はかなり厄介だが、調査隊の行う事は変わらない。一時的な共闘と言うのなら、裏切る気の起きないようこちらの実力を見せつけろ」
「ご支援感謝します都市長。ご期待に応えるよう全力を尽くします」
ドレファス都市長の言葉に、凛とした態度で礼を言うラニーさん。確かに馬車を見ると荷物が幾つか増えている。昨日は結構な時間馬車を使わせてもらっていたが、いつの間に運び込んだのだろうか?
「セプトちゃん。短い時間ではありましたがとても楽しかったです。最後まで身体の調子を診られないのは残念ですが、治ったらまた会いましょうね」
「うん。じゃあねラニー」
セプトに挨拶を終えると、今度は俺達の方に向き直るラニーさん。
「皆さんもお元気で。私は一刻も早く戻らなければなりませんが、皆さんのこれからが上手くいくことを願います。……それとアシュ先生。ヒース副隊長を
「お、おう。じゃあなラニー。ヒースは任せておけ」
こうして最後にあまりやりすぎないよう念を押しつつ、ラニーさんは馬車に乗り込んで再びダンジョンへと戻っていったのだった。
ちなみに御者さんもまた一緒だ。今回なんだかんだ名前が聞けなかったので、次に会う時には聞いておくぞ。
「……さて。ラニーさんも出発したことですし、そろそろ我々もするとしましょうか」
見送りも終わり、屋敷の人達が持ち場に戻っていく中、アシュさんを伴ってジューネが俺達に話しかける。
「する? するって何を?」
「決まっているでしょう? 今日の予定を立てるんですっ!! 今日はやることが盛りだくさんですからね。忙しいですよぅ!」
ジューネはニヤリと笑うと力強くそう言った。そうだな。幸いセプトの方の目途も立ってきたし、エプリへ払う金も稼がなきゃいけないから文字通り時は金なりだ。早く予定を立てて動かなければ。よおし。やったるぜ。
「さて。これからの予定を立てるのですが……本当に行ってしまうんですかアシュ」
「すまないな。こっちでもヒースの鍛錬の予定を立てなきゃならんのよ」
都市長の屋敷の一室に集まっていた俺、エプリ、セプト、ジューネ、アシュさんの五人だが、いきなり問題発生のようだ。
「俺だけ教えれば良いんならともかく、他にも教師が居るならそちらとも話し合いが必要だからな。昨日は都市長殿のコネで無理に時間を譲ってもらったし、またこっちの都合でって訳にもいかない」
確かにな。ヒースは都市長の息子なんだから、その分多くを勉強しなきゃいけない筈だ。つまりそれだけ科目毎に教師が居る訳で、それぞれ時間の都合もあるだろう。話し合う事は沢山あるだろうな。
「確かに必要だという事は分かります。しかし貴方は私の用心棒であって、そうホイホイ離れてもらうと困ると言うか」
「なあに心配すんな。離れるといっても基本的にこの屋敷にいるし、打ち合わせとヒースの鍛錬の時以外は傍にいるって。……今日はちょっと長引きそうだが」
「今日が肝心なんでしょうにっ!」
二人はなおも言い合うが中々収まらない。二人の話をまとめると、ジューネは今日幾つかの所に交渉に出向くのだが、その際一人だと不安だからついてきてほしいという事だ。
「そんなんじゃありません。ただその……アシュがいるといないとでは交渉のやりやすさが全然違うと言うか。最悪荒事になっても安心と言うか」
やっぱり不安なんじゃないか。……だけど気持ちは何となく分かる。アシュさんがいるとなんかこう安心感が半端ないもんな。大抵の無理難題は力技で解決してくれそうな感じの。
「護衛と言う点なら大丈夫だ。どうせトキヒサ達も一緒に行くだろうからな。……そうだろ?」
「えっ!? そりゃあまあセプトの件も急を要するものじゃなくなったし、金を稼ぐ為に一度じっくり町の様子を見てみようとは思ってましたけど」
「なら話は簡単だ。ジューネの交渉に着いて行けば道すがら町の様子も見れる。エプリやセプトもいるから多少の荒事も問題ない」
「……あくまで
「
なんかもうウチの護衛と奴隷が真面目過ぎるんだけど。もうちょっとゆる~くいっても良いんだぞ?
「で、ですが……」
ジューネはまだどこか渋っている。理屈では分かっているけど感情では納得していないという所か。ジューネとアシュの関係も用心棒と雇い主というだけではないのかもしれない。
そんなジューネに対してアシュさんは、
「とまぁ色々言ってはみたが、肝心要の交渉自体はジューネに任せるぜ。ただ儲ければ良いってもんじゃない。
「……っ! あ、当たり前じゃないですか。商人たるもの自分だけでなく相手も儲かるように交渉できてこそ一流。アシュがいなくともそのくらいどうってことありませんともっ!」
ジューネはアシュの挑発に乗ってそう力強く宣言してみせる。……いや、挑発であることはジューネも分かっていただろう。それでも今の言葉の中には、何か譲れないものがあったのかもしれない。