教師ガチャ
クリスマスイブの日、俺は編集の白金が提案した『高校への取材』……入学をしぶしぶ了承した。
年が明けてから、さっそく白金と一緒に電車で高校へ見学に行くことになった。
というか既に願書も記入済み、受験ばっちしなのだ。
「なあまだ着かんのか?」
俺と白金は電車の時間を予め、決めた上で待ち合わせていた。
車両と座席も『3両目の一番うしろ』と指定され、白金に出会うや否や「まるでデートみたいですね」と言われ、テンションはダダ滑りだ。
ちなみに白金は天神経由なので、バスと電車を乗り継いで、50分近くは移動に時間を費やしている。
それでもこのロリババアはニコニコと嬉しそうだ。
「あ、見てください。DOセンセイ! 田んぼがいっぱい!」
「どうでもいいわ。しっかし、遠いな……」
「まあまあ、いいじゃないですか? たまには田園に目を向けるのも。心が癒されますよ。ほら、『にわとりせんべい』でも食べます?」
差し出されたせんべいを口に運ぶ。せんべいと言うよりは優しい甘みのクッキーに近い。
「安定のうまさだな……しかし、お前はいつも迷ったりせんか?」
「何がです?」
スカートにボロボロとクズを落としているぞ、やはりガキだなこいつ。
「この『にわとりせんべい』の正しい食べ方だ」
と言って、俺はお尻の部分がかけたせんべいを見せつける。
「どうでもよくないですか?」
「よくないだろ? 顔から食べたら『なんかかわいそう……』とは思わんか?」
「はぁ? ……めんどくさ!」
そう吐き捨てると、視線を窓に戻す白金。
「……」
やっぱ、このつぶらな瞳のにわとりさんを食べると毎回、悲しくなる……。うまいけど。
だが、一言いっておこう。
おほん……にわとりせんべいは福岡市民及び福岡県民のものだ!
東京みやげと勘違いするな!
※
「でも、なんか今日は遠足みたいで楽しいですね♪」
「楽しかねーよ、だいたいお前にとって遠足なんてイベント、どんだけ昔の話だ?」
「エ、ワタチ、ムズカシイコト、ワカンナ~イ」
今日は寄り目か……芸人になればいいのに。
「はいはい、とりあえず死ね」
そうこう言っているうちに目的地についたらしい。
白金が立ち上がって「降りましょう」と促す。
駅の名は赤井駅。
「さんむっ! なにここ? ちょっと市外に出ただけで気温十度以上下がってるだろ!」
「確かに寒いですね……まあ山に囲まれてますし、天神みたいにビルや人が密集しているわけではないですから、体感温度はさがりますよね」
体感温度ってレベルじゃねーぞ!
「さあしゅっぱーつ!」
「今からキャンセルは有効か?」
「残念。もう期限切れですね」
小鬼が!
駅を降りると、いつもは嫌々通っている天神とのギャップがすごかった。
見当たす限り、山と住宅地のみ。
「な、なにもないぞ、ここ……」
「まあ市外ですし……でも、ほらあそこにはショッピングモールの『チャイナタウン』と『ダンリブ』がありますよ」
『チャイナタウン』は主に中国地方から発展しているチェーン店。
『ダンリブ』は福岡市とは敵対関係にある北九州市からなるグループだ。
福岡市はおしゃれな先輩がいる街。
北九州市はちょっとヤンチャな後輩がいる街。
そう思えば、敵対する理由がわかるでしょうか?
赤井駅は両ショッピングモールに挟まれた状態だ。
北が『チャイナタウン』、南が『ダンリブ』といったオセロ状態。
きっと赤井駅周辺の人々が足を運ぶという利点のみで出店しているように見える。
つまりは、その地の住民しか利用しない。
「おい、ここの住民は娯楽なんぞ皆無なのではないか?」
「偏見ですよ、それ……」
「じゃあ、帰りに『チャイナタウン』と『ダンリブ』に下見しましょうよ」
目を輝かせる白金。俺をお前の彼氏なんぞにするな!
「なぜお前なぞとショッピングしなければならないのだ」
「まあいいじゃないですか。これも取材のうちです」
「けっ」
駅に隣接したショッピングモールを抜けると、山に向かって真っすぐと細い道路がある。
「あれはなんていう山だ?」
「さあ、なんでしょうね?」
「それぐらい調べとけ、取材なんじゃなかったのか?」
しばらく歩くこと15分ほど……。
「おい、どんだけ歩かせれば気が済むんだ」
「あ、見えましたよ!」
白金が指差すのは小さな看板『この先 三ツ橋高校』
小さすぎて見逃すだろ、これ。
生徒に優しくない高校だ。
「やっとか……」と思ったのも束の間、更なる難関が俺を待ち受けていた。
「なんだ、このクソみたいに長い坂道は!?」
「ああ、懐かしい~」
アラサーババアが、子供のように校門の前でうさぎのように跳ねまわる。
「ウザいからやめろ。それより長すぎだろ、この坂。それに生徒たちに配慮してないだろ、斜面が傾きすぎだ」
「通称、『心臓破りの地獄ロード』です♪」
です♪ じゃねぇ!
「お前はチビのくせに、こんな坂道を毎回登っていたのか?」
「いえいえ、私は友達とバイクでしたよ」
そんなチート行為が許されているのか。
生徒いう名の垢BANしてほしかったですね、運営さん。
「卑怯だぞ、歩かんか!」
「別に卑怯じゃないでしょ。免許持ってたし」
絶対闇ルートだ!
こんな低身長なやつに免許がおりるわけないだろ! 試験官は眼科行け!
そうこうしているうちに『心臓破りの地獄ロード』は終わりを迎え、複数の巨大な建物が見えてきた。
「あれはなんだ?」
「武道館ですね」
校舎よりも前に目に入ったのは巨大な六角形の建物。
「なに、武道館? ここでいっちょ修業でもすんのか?」
「んなわけないでしょ! ここ、三ツ橋高校は部活に力を入れているんですよ。だから、体育系の建物はかなり充実しているんです」
「要約するとガチムチのホモガキどもが脳筋に特化して、新宿二丁目へと旅立つのだな」
きっとこの武道館は、武道とは程遠く……。
とてもいやらしい稽古、ハッテン場と化しているに違いない。
「いや、女子もいますけど……」
「じゃあ、あれだ。全員が百合に進化して、少子化に拍車をかける不届き者になり、世界破滅だな」
そうだ全部女子が悪い。
俺たち男に見向きもせず、やれアイドルだの、俳優だの……と比較しては幻滅し、仕方なく同性で疑似恋愛をしているのだよ、きっと。
「先生も悪口だけは一級品ですね……小説に対してもそれぐらいの情熱を持ってください」
「褒められても何もやらんぞ」
「これは嫌味ですけどね……」
「……」
武道館を抜けるとY字型の校舎が見えてきた。
広い玄関の前にはたちを待っているかのように、長身の女が一人立っている。
「あ、蘭ちゃん、おっひさ~!」
白金は蘭と呼ぶ女性を見るや否や、走り出し突撃した。
胸部目掛けて、ロケット頭突き。
女はひょいと軽くかわしたすきに、白金の顔面に右フックカウンターをお見舞い。
「いっだい~ うわ~ん!」
「お前から先にやってきたんだろがっ! 正当防衛だ、日葵」
「ひ、ひどい……ぐへっ!」
白金よ……短い付き合いだったな。
骨ぐらい拾ってやるぜ。これで高校入学も阻止できる!
「おい、お前が入学希望者か?」
そう言って仁王立ちしている女性は、サテン生地でツルピカの紫ボディコンだ。
『巨大なメロン』を重そうに両腕で支えている。
こんなクソ寒いのに、胸をおっぽり出すとは……昨年末に天神で出会った痴女先生以上だな。
それにしても、怖い顔だ。
威圧的に俺を睨んでいる。
か、帰りたい……。