寸止めを極めると、漢になれる。
尚もマーブルさんは俺のホットキャンディー……ではなかった、アイスを堪能中だ。
時折「みゃーん」と可愛らしい鳴き声を上げて、舌先でペロペロする。
くっ! 可愛すぎだろ……お持ち帰りしてぇ。
「猫もいいもんだなぁ」
そう呟くと、ミハイルが満足そうに頷く。
「だろ☆ オレもにゃんこにおやつあげてみよっと☆」
ミハイルは床にお尻をつき、ぺったんこ座りしていた。
えぇ、男であの座り方してるやつ、初めて見たわ。
「ほらほらぁ☆ 今からクッキータイムだぞ~ おいでぇおいでぇ!」
そう手招きすると、散らばっていた猫たちが一斉に集まる。
だが、俺の嫁……じゃなかったマーブルさんは、振り返ることもせず、アイスを食べている。
さすが、ここのボスだな。
愛着がわいたので、この天才作家が名前をつけてやろう。
そうだな、マーブル猫だから、マーラーちゃんってのはどうだ?
「なぁ、マーラーちゃんよ?」
俺がそうたずねると、猫はこう言う。
「みゃあ~」
「そうかそうか、気に入ったか。もっとしゃぶっていいんだぞ? マーラーちゃん」
「んみゃ」
うむ、癒されるなぁ。
この空間、好き。
ネコカフェ、けっこういいじゃない。
そう思いにふけていると、何やら部屋の奥が騒がしい。
ミハイルの甲高い叫び声が、壁に響き渡る。
「イヤァッ!」
俺はビックリして、思わずアイスキャンディーを床に落としてしまう。
ミハイルの方に視線をやると、そこには驚愕の光景が……。
「あんっ! ダメだってぇ! 待ってよぉ! ん、んん!」
猫の大群に金髪の美少女が襲われとる。
違った、男の子だった。
おやつのクッキーを皿からこぼしたようで。
彼の身体中に、小さなエサが付着している。
それ目掛けて猫たちが、集団で飛び掛かった。
「んみゃ~」
「チロチロ……」
「フゴロロロ」
猫たちはミハイルのことなどお構いなしに、彼の身体をなめ回す。
白くて柔らかそうな素肌を、小さなピンク色の舌先で味を確かめる。
その度に、ミハイルは声を荒げる。
「あぁん!」
俺は童貞だ。
わかっているつもりだった。
しかし、なんなんだ。これは?
相手は男の子だってのに、女以上のいやらしい声をあげやがる。
「んんっ! もうっ! いい加減にしないと怒るゾ!」
そうは言うが、相手はか弱い小動物だ。
しかも、彼がなによりも好きなカワイイ生き物、ネコ。
伝説のヤンキーと言っても、人の子。
手を挙げたりはしない。
頬を赤くして、吐息をもらす。
「ハァハァ……もうダメッ」
俺はただその光景をボーッと眺めていた。
口を大きく開き、悶えるミハイルを見て自分の中に眠っていた何かが、目覚めそうだからだ。
この感覚……俺は一体どうしたんだ?
助けるべきなのだろうが、身体が動いてくれない。
頭では理解しているはずなのに、心が俺を止めてしまう。
気がつけば、猫の一匹がミハイルのタンクトップの中に潜り込む。
「ひゃっ!」
それに驚いた彼は、床に倒れ込んでしまった。
仰向けのまま、猫に身体を許す。
無抵抗なミハイルをいいことに、猫たちは更に勢いをつける。
「「「んにゃ~」」」
タンクトップの裾がめくれあがった。
もう少しで、ミハイルの大事なところが見えてしまいそう。
俺はそれをいいことに、目に焼きつける。
こんなエッチなシーンを生で見れることは、童貞の俺にはきっと二度と起きないだろう。
脳みそのHDDに保存だ!
「あっ……いやっ! そこは、らめっ…」
気がつくと、ミハイルの目には涙が浮かんでいた。
なんてこった。
俺は寝取られものが嫌いだ。
だが、相手は猫だ。動物、ドーブツだよ。
ノーカウント、マブダチの俺が許そう。
タンクトップに潜り込んだ猫はどんどん上へとあがっていく。
それにつれ、ミハイルの息が荒くなり、聞いたこともないような声で叫ぶ。
「あぁっ! らめらって言ってんのに……はっ!」
その瞬間、彼の目が大きく見開いた。
涙で潤ったエメラルドグリーンの瞳が輝く。
身体を大きくのけぞり、つま先をピンッと伸ばす。
頬は紅潮し、小さな唇から唾液を垂らしている。
彼はしばしの間、固まっていた。
「……」
ミハイルの異変に気がついた猫たちはビックリして、一目散にその場を逃げ去っていく。
「んっ……」
ひきつけを起こしたかのように、彼の身体は固まっている。
どうやら、猫の一匹がエサと間違えて、ミハイルのナニかをなめてしまったようだ……。
恐らく、彼も初めての経験なのだろう。
俺だってないもん!
パタッと音を立てて、背中を床に下ろす。
止めていた息を吐きだす。
「はぁはぁ……ひどいよ、みんなして……」
泣いていた。
集団で犯されたようなもんだからな。
一応、フォローしておこう。
「だ、大丈夫か? ミハイル……」
声をかけると、彼はめくれあがったタンクトップを直し、ゆっくりと起き上がる。
いわゆるお姉さん座りで、背中で息をしている。
猫になめ回された肩や太ももが、唾液で光って何ともなまめかしい姿だ。
「なんで、止めてくれなかったの?」
上目遣いで、泣き出すミハイル。
かわいそうなことをしてしまった。
だが、見ていたかったんだ……そう言うと怒るよね?
「す、すまん。俺もビックリして……」
「グスン……身体中、びしょびしょだよぉ」
艶がかった白い肌が何とも美しい。
濡れているからこそのいやらしさ。
このまま直視していると、今度は俺が襲っちまうそうだ。
機転を利かせ、近くにあったタオルケットを手に取る。
そして、俺は優しくミハイルに話しかける。
「ほら、これでふいたらどうだ?」
「ひくっ……うん。ありがと」
猫の毛だらけのタオルで、濡れた身体をふく。
罪悪感でいっぱいになった俺は、ふと後ろを振り返る。
マーラーちゃんが、こっちには目もくれず、相変わらずアイスキャンディーをペロペロとなめていた。
さすが、ボスだ。貫禄が違う。
そうこうしていると、店のお姉さんが部屋に入ってきて、利用時間の終了を告げる。
帰る前に俺が、お姉さんに質問する。
「すいません、この子。いくつですか?」
マーラーちゃんを指差して。
「あぁ、まーくんですかにゃん? 2歳ですにゃんよ」
「え……オスだったんすか?」
「はいにゃん♪ 立派なモノがついてますにゃんよ~♪」
そう言って、マーラーちゃんを抱きかかえると、股間を見せてくれた。
俺よりもデカい……。
「んみゃ~!」
完敗です、負けました。
あなたのことは今度からマーラー皇帝とお呼びさせていただきます。
こうして、初めてのネコカフェ体験は終わりを迎えたのである。
ミハイルには悪いが、俺だけが癒されてしまった。
店を出て、旧三号線の道路をとぼとぼと歩き出す。
「なんか色々大変だったけど楽しかったな、タクト☆」
「う、うん……」
先ほどのなまめかしい姿をフラッシュバックしている俺は、ミハイルに視線を合わせることができない。
「タクト? 可愛かっただろ、にゃんこたち?」
俺の顔を下からのぞき込む。
「うん、すごく……」
「来て良かった☆ また今度遊びにいこうな☆」
「ぜひともお願いします……」
なぜか前のめりで歩く俺だった。