思い出と朝チュンとツンデレ?
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『ふん。“もしも無人島に何か持っていくとしたら”か。俺だったら……そうだな。ナイフでも持っていくな。それだけで大分違うだろう。無ければ現地調達でも構わないがな』
俺は夢を見ていた。……この光景には覚えがある。これは俺が異世界に行く少し前の、俺と妹の陽菜と“相棒”のたわいない日常の一コマだ。
学校からの帰り道、俺達はいつもの三人で雑談をしながら歩いていた。その時もしも○○だったらという話になって、陽菜がそんなお題を出したんだったな。それに“相棒”が答えて、この後確か俺が……。
『ナイフかぁ。まぁお前らしいと言ったらお前らしいかな。相棒。……ぶっちゃけ無いなら無いで何とかできるだろうけど』
そうそう。そんなこと言ってた。正直言って、もし“相棒”が異世界に来てたら普通に適応していたと思う。
『ちなみに俺だったら……仲間かな。やっぱ一人よりは誰かがいた方が面白そうだろ? 人手が多ければそれだけ色々出来そうだし』
『仲間? 人が増えるのはメリットばかりではないぞ。人が集まればそれだけ必要な物が増える。食料、水、居住空間。限られた資源を巡って起こる争い。……ふっ! 簡単に想像できるな』
『デメリットばっか羅列すんなよっ! ちょっと怖くなってきたじゃないか』
そう皮肉気に言う“相棒”に、俺は背中をバンバン叩きながら返す。コイツめ。こうしてくれるっ!
『もう。兄さん、ナルが嫌がっているじゃない。やめなよ』
“相棒”が顔をしかめたのを見て陽菜が俺を止めに入る。ちなみにナルとは“相棒”のあだ名だ。こうやってじゃれ合っている日常がずっと続くのだと、あの時はそう思っていたんだ。
『スマンスマン。ところで陽菜。出題者が答えを言わないっていうのはズルくないか? 俺達が話したんだからそっちも話すもんだ』
『私の? 別に面白い答えなんて無いんだけど』
『いやいや。そういう奴ほどすごい答えが出るんだって。なぁ、お前も聞きたいよな? 相棒』
“相棒”は軽く頷いて見せた。基本的に人嫌いで不愛想で皮肉屋な奴だけど、陽菜に関しては少しだけ空気を読む。……本人は気付いていないみたいだけど多分好きなんだと思う。
『そこまで言うなら……笑わないでよ』
『笑わない笑わない』
陽菜は抵抗していたが、俺の言ってくれるまで諦めないという無言の意思に根負けしたのか、はぁと息を軽く吐いて制服の胸ポケットをあさりだした。そして、
『私はその……これ……なんだけど』
陽菜が胸ポケットから取り出したのは、人魂をデフォルメした人形だった。頭の部分に紐が付いていて、何かに引っかけられるようになっている。
『人形? 見たことないやつだな。オリジナルか?』
『うん。趣味で作ったんだけど、お気に入りなんだ』
そう恥ずかしそうに、だけどどこか自慢げに話す陽菜。陽菜は手先が器用で、趣味で時々こういった物を作る。
『へぇ。良く出来てるじゃないか。“相棒”もそう思うだろ?』
『ああ。そうだな』
何かと物事にケチをつける“相棒”が何も言わないのは、それだけ出来が良いってことだ。しかし“相棒”は首を傾げている。
『だが、何故人形なんだ? あまり役には立ちそうにないが?』
『うん。私がこの問題を最初に聞いた時ね、思ったんだ。私はナルみたいに強くないし、兄さんみたいにどんな状況でも何とか切り抜けられる訳でもない。何か便利な道具を持っていっても多分扱いきれない。でもね』
ここで陽菜はニッコリ笑ってこう言った。
『自分の好きな物、大切な物が手元に有れば、どんな時でもきっと大丈夫だよって気になれると思うんだ。だからこれ』
その言葉を最後に、まるで水にインクでも垂らしたかのように急激に世界がぼやけていく。二人も遠ざかっていく。どうやら夢から覚めるみたいだ。
待ってくれっ! 俺は届かないと分かっているけど手を伸ばす。しかしますます二人との距離は離れていく。そして、届くことのない手が何かに届いたと思った瞬間、
「……知らない……こともない天井だ」
お約束のネタを早々にぶっこみながら薄っすらと目を開ける。夢と同じように手を伸ばした状態で。
ここは確か拠点にあった怪我人用のテントだったかな? 幾つかある怪我人用のベットの一つに寝かされているみたいだ。
何がどうしてこうなったんだっけ? 確か俺はセプトの魔力暴走を何とか食い止めて……そうだっ! セプトはっ!?
「……ぐっ!? あいたたたっ!」
起き上がろうとすると身体中から激痛が走る。見ると上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていた。布を掛けられているので見えないが、下半身も同様のようだ。
落ち着け落ち着け。多分アシュさん辺りが俺をここまで運んでくれたんだろう。そして治療で包帯グルグルにされたと考えれば何の不思議もない。
動こうにもこの状態じゃあな。おとなしく誰かが様子を身に来るのを待とう。それにしても……。
「何だかんだ俺もホームシックだったんだなぁ。あんな夢見るくらいだもの」
身体が弱っている時は心にも影響があると言うのはよくある話だ。その逆も多いけど。地味にこの世界に来てから十……俺どれだけ寝てたんだろう?
まあとにかく十日以上は経っているからな。そろそろ地球が恋しくなってきたと言うか。家族や“相棒”の顔が見たくなったと言うか。……あとそろそろ白米と味噌汁も食いたい。ブラッ〇サンダーも。
「あんな夢ってどんな夢?」
「それはちょっと恥ずかしくて言えないな。男にも秘密くらい有るものなのさ。……って誰っ!?」
視界に見える他のベットは現在誰も使っていない。じゃあどこから? ……うんっ!? 気のせいか?
ゴソゴソ。
……っ!? 何かいるっ!? しかしミイラ男状態では逃げられない。急にホラーテイストに変更でもしたのかっ!? 布の中の何かはもぞもぞこちらに迫ってくる。そして、俺の間近まで来たかと思うと、
「…………ぷはっ!」
「……はへっ!?」
そんな間の抜けた声しか出せなかった俺は悪くないと思う。何故ならそこに居たのは、
「おはよう。トキヒサ。待ってた」
「あぁ。おはよう。……確かに待ってるって言ってたな。だけど
そこに居たのは、体感でついさっきまで一緒にいた奴隷少女だった。相変わらず人形じみた無表情ではあったが、寝起きで美少女の顔は……ちょっと刺激が強すぎるんじゃなかろうか? 良い意味でだが。
先に言っておこう。冷静に見えるかもしれないが、現在俺の心臓はバクバクと外に音が聞こえそうなほど高鳴っている。起きたら美少女が同じベットでおはようって……それなんてエロゲ?
「顔が赤い。熱でもあるの?」
セプトがそのまま俺の額に手を当てる。手がひんやりとしていて気持ちいいな……じゃなくって!
「あの……ちょっと、セプトさん? 出来れば可及的速やかに一度離れてベットから降りてくれるととてもありがたいって言うか……頼むから降りてくださいお願いしますこの通り」
まともに動けない状態だが、何とか切実な声アンド頭を下げてお願いしてセプトに一度離れてもらう。
しかしマズイ。これはアレか? ちまたで噂の朝チュンなのか? 鳥はいないけど色々大切な一線を知らない間に踏み越えちゃったりしちゃったのかあぁぁっ!?
「……何を百面相しているか知らないけど、アナタが想像しているようなことには多分なっていないわよ」
そんな冷静な声に少しだけ落ち着いて周りを見回すと、そこには俺とセプトの他にもう一人いた。俺が起きた時に伸ばしていた方の反対の手。
「利き腕は預けたくないんじゃなかったっけ?」
「……うなされていた依頼人の脈を診ていただけのことよ。死なれては依頼料を取り損ねるからね」
そう言ってこちらを見ながら口元を微かに上げて見せるエプリ。脈って
なんだか良く分からない状況だが、一つ言わせてもらいたい。……これもまた、ロマンだと思う。