薄れゆく意識の中で
それから数分。見守る事しか出来ない歯がゆい状況が続く。しかし俺よりもっと辛いのは確実にセプトだ。
何度か先ほどのように、身体から出る黒い光の靄が勢いを増して放出される度にセプトは苦しみ、崩れ落ちそうになるが、俺が後ろから支えているのでそのまま立ち続ける。
……いや、
いくらセプト本人が言ったとは言え美少女にこんな苦行をさせなきゃならんとはっ! 俺は歯ぎしりをしながらも支え続ける。
「もう少し。あと少しで、安定する」
「よしっ! もうちょっとだけ頑張ってくれセプト」
実際さっきから影全体の動きが少しずつおとなしくなってきていた。これなら確かにもう少しで収まりそうだ。だが、
「…………っ!? あぁっ!」
呻き声をあげ、セプトはまた踏ん張りが効かずに崩れ落ちかける。また後ろから支えるのだが、これまでとは明らかに様子が違う。
「セプトっ!? お前身体がっ!」
「……もう限界、みたい。ごめん、なさい」
セプトから吹き出す黒い光の靄は、もはやちょっとしたスモークのように勢いを増していた。発光量も格段に上がっている。
「溜まっていた、分が、まとめて、出てこようとしている。これは、抑えられない」
途切れ途切れに話すセプトの目は焦点が合っていない。その小柄な身体は自分の力で立つことも出来ず、腕を上げる力もなく俺に寄り掛かっているだけと言った感じだ。
「おいっ!? しっかりしろっ! もう少しなんだろっ?」
「多分、これを乗り切れば、終わる。……だけど、もう抑えきれない」
どんどん靄が幕の内側に溜まり視界も悪くなってきた。幕から軋むような音も聞こえてくる。
「ごめん、なさい。もう、逃げるのも、無理みたい」
だろうな。もし俺の推測通りなら、これはガスがパンパンに溜まった風船から少しずつガスを抜くみたいなものだ。
下手に別の場所に穴をあけたらそれだけで破裂する。仮に今俺が幕を壊して外に出ようとすれば、その瞬間ドカンだ。
「諦めるなって。じゃないと外で頑張っているエプリやアシュさん、それに俺やお前だって死んじゃうんだぞ。だから……」
しかしどうすれば良いんだ? 考えろ俺。バカはバカなりに頭を使え。……そう言えば。
「……一つ教えてくれセプト。本来魔力暴走って言うのはどうやって止めるんだ? エプリは以前魔法の熟練者が数人いれば止められるって言ってた。つまり別のやり方があるってことだ」
「やり方は、ある。でも、貴方じゃ無理」
「無理でも何でもいいから話してくれ。時間が無い」
セプトは何故か言いよどんだが、無理やり教えてくれるよう頼みこむ。数秒経って根負けしたのか、セプトはポツリポツリと話し始めた。
「溢れ出す魔力を、誰かが、受け皿になって抑える。その間に、使い手が魔力を、制御する」
「……何だ。意外に簡単じゃないか」
「その魔力と、同じ属性持ちじゃないとダメ。もしくは、違う属性でも抑えられる、達人じゃないと。じゃないと、今の私みたいに、溜まっていって、爆発する」
成程。エプリが難しいと言ったのはこの為か。セプトの属性はどう見ても闇属性。エプリは闇属性も使えるけどメインは風属性。
それに連戦で消耗していたから自信が無かったんだ。アシュさんも魔法は苦手だって言ってたしな。
「……よし。話は分かった。
闇属性の適性は持っていないが、他に受け皿になれそうな人もいないし俺がやるしかなさそうだ。気分は人間ポンプ……いやタンクか? こうなりゃやったろうじゃないの。
「ダメ。貴方、死んじゃう」
俺の言葉にセプトはそう言って止めに入る。でもな、それじゃあダメなんだよ。
「どのみちこのままじゃ皆そうなっちゃうからな。なら一か八か試してみるさ。それに身体の頑丈さには少し自信が有るんだ。早速やり方を教えてくれ。腕にでも触れてれば良いのか?」
俺はセプトを支え直し、その右腕を軽く添えるように掴む。本気で掴んでいたら何かの拍子で力が入りすぎるかもしれない。
セプトはまだ止めようとしていたようだが、俺が譲らない事とこの状況を何とかするにはこれしかないと分かっていた事もあり、遂に息を大きく吐いて頷いた。
「……分かった。でも、どうなっても、知らない」
「おうっ! 望む所……って熱っ!?」
その言葉を言い終わるかどうかという所で、セプトから急に熱い何かが俺の身体に流れ込む感じがした。それに呼応するようにセプトの身体から出る黒い光の靄の勢いが目に見えて減る。しかし、
「ぐっ!? ぐわああっ!?」
急に身体を襲う激痛に、俺はたまらず声を漏らした。身体の中で形のない何かが荒れ狂っているような感覚。これが今までセプトの身体の中で暴れていた魔力かっ?
この痛みを歯を食いしばって耐えながらセプトの方を見ると、セプトは再び腕を掲げて魔力を頭上に放出していた所だった。目の焦点もはっきりして、さっきよりましになったように見える。
「大丈夫?」
「……ぐっ! こ、これくらい大丈夫だ。言っただろ。俺は頑丈さには自信があるって。だから、構うことはない。もっと魔力をこっちにまわせ」
セプトは俺を気遣ってか、魔力の一部しかこっちに送っていないみたいだ。そうじゃなかったら両腕をさっきみたいに翳して全体の放出のペースを上げている。
「でも、これ以上は、貴方が本当に死んじゃう」
「だがこのままじゃセプトの負担がまだ大きい。セプトが倒れたら結局爆発だ。だから、もっとこっちに送ってくれ。それに」
俺は支えながらチラッと見えたセプトの横顔が、汗に塗れながら疲労の色がとても濃いのを見て取った。無理もないか。俺の受けている痛みよりも凄い物を、現在進行形で受け続けているのだから。
「美少女が頑張っているのに、何もできないなんて悔しいだろ? ……安心しろよ。俺は死なない。だから、やってくれ」
「……うん」
セプトも覚悟を決めたのか、俺の言葉にもう片方の腕も上げる。そして、
「……っ!? ぐあああああああぁぁっ!?」
これまでとは段違いの痛みが全身を襲った。もはや痛みと言うか熱だ。身体の中に真っ赤に熱した鉄でも有るのではないかと錯覚するような熱さ。一呼吸毎に喉が焼けるのではないかという感覚にとらわれる。
……気が付けば、俺の身体からもセプトと同じ黒い光の靄が僅かに出始めていた。
「もう少し。もう少しだから」
代わりにセプトの方は身体からの靄の放出が止まり、幕の外側の様子はドンドン落ち着いていく。これならもう数分もすれば、
「ぐああああああぁっ!」
と冷静に考えるのも難しいか。だけど根性でセプトを離さない。今離したらセプトがこれを受ける事になる。
気合を入れろっ! 俺の身体っ! 身体の中で暴れる魔力が何だってんだっ! こんなもの“相棒”に本気でぶっ飛ばされた時に比べれば痛くないっ! 俺は歯を食いしばりながら、身体を内側から食い破ろうとする魔力を抑え続けた。
そして、その瞬間は急に訪れた。
「…………ふぅ」
急にセプトが両腕を降ろし、その場に座り込んだのだ。その拍子に俺の腕も外れ、俺の方に振り返ってこう言った。
「もう、大丈夫」
俺はその時になってようやく気付いた。もうこの幕の外側は鎮静化しつつあり、あれだけ荒れ狂っていた影も元の岩場に戻りつつあるのだと。道理でさっきから身体の魔力がおとなしくなってきたと思った。
「まだ少し残っているけど、時間が経てば消えると思う」
「そっか。良かった」
それなら、もう、俺も休んで良いかな。俺はその場に腰を下ろそうとして、
「……おっと」
身体の力が抜けてバランスを崩し倒れこんだ。そのまま地面に直撃するかと思ったが、ボジョが咄嗟にクッションになってくれたので事なきを得る。
ちなみにあの中で、ボジョも僅かだけど魔力の制御を手伝ってくれていた。実に出来るスライムだ。
「ありがとなボジョ。それとセプトも」
「礼を言うのはこっち。助けてもらった。……そんなになってまで」
「いや、まあ、名誉の負傷ってやつだ。気にするなよ」
身体に力が入らず、何とか首だけ動かして自身を見ると酷い格好だった。身体はあちこち傷だらけ。力みすぎたのか鼻血も少し出ている。
傷はこれまでの戦いのものもあるけれど、特に酷いのは
同属性か魔法の達人じゃないと受け皿になれないという理由がよく分かる。途中魔力が内側から身体を侵食し、皮膚が裂けてそこから魔力が血と一緒に噴き出した時は気絶しかけた。
……と言うか加護で頑丈になっていなかったら流石に死んでたかもしれん。今更ながらに怖くなる。
「それを言うならセプトもだぞ。ローブの下はもう傷だらけだろ? 俺がこんなになっているって事は、セプトも似たようなダメージを受けているって事だからな。ちゃんと治療しろよ」
流石に耐性のない俺よりはマシと思うが、それでもあんな痛みを受け続けたわけだからな。セプトの方も倒れたっておかしくないはずだ。
こんな痛い思いを強いたクラウンの奴は、次会ったら
「さて…………うっ!?」
急に目の前が霞がかかったように見づらくなった。頭もくらくらして血が上手く回っていないみたいだ。少し頑張りすぎたかな。
「大丈夫っ!? ……えっと」
「そう言えば言ってなかったな。トキヒサだ。トキヒサ・サクライ」
「トキヒサ?」
「そう。流石にちょっと疲れたから、俺はここで少し休むよ。……セプトはどうする? 今なら逃げれると思うぜ」
身体が動かないんじゃ俺にはセプトを止められない。もう少ししたらエプリやアシュさんが駆けつけてくるとは思うが、それまでに逃げる事は十分可能なはずだ。それに対してセプトは、
「ううん。ここにいる。話をするって約束したから」
「そっか。……じゃあ俺も、少しだけ……眠るよ。起きてから……話を聞かせて……もらうから」
だんだん意識が薄れていく。悪いけど倒れた後の俺はアシュさん辺りに運んでもらおう。いくら何でもエプリに運ばれたんじゃ情けなさすぎるからな。
「アシュさん達には……よろしく……言っておいて。ボジョがいれば……大丈……夫……だから」
薄れゆく意識の中、何とかその言葉を言い終える。これで安心だ。
……そう言えば、これじゃあアンリエッタに報告が遅れそうだな。また怒られるんじゃないだろうか? ……まあ、これだけ色々あったんだから、少しくらいは大目に見てくれよな。
「うん。待ってる」
そんな声が横から聞こえた気がした。……ああ、約束だ。そんな事を思いながら、俺は意識を失った。