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奴隷と暴走

 俺達はボジョの先導で気絶していたセプトの所に到着した。だが、

「何だ……あれっ!?」

 そこはとんでもないことになっていた。地面に横たわるセプトが苦悶の表情を浮かべる中、周囲の影が刃となって無差別に暴れまわっている。おまけに周囲の岩等を切り裂きつつ、その破片が新たな影となって更に周囲へと拡がっていく。

「……魔力の制御が利かなくなっている!? ……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言った方が近いかしら。このままだと魔力が暴走して大爆発を起こしかねない」
「エプリっ! どういう事だ?」

 エプリには何か心当たりがあるみたいだった。俺は早速訊ねる。

「……さっきセプトの素顔を見た時、首輪があるのが見えたわ。……彼女は()()よ」
「奴隷?」

 奴隷。限りなく物に近いモノとして扱われる人。奴隷制がこの世界にあるのは以前イザスタさんから少し聞いていた。よくあるイメージとしては主人の命令に絶対服従。逆らえば罰を与えられ、食事等もろくに与えられないといったところだろうか。

 それだけ聞くと非人道的で許されない事だが、この世界においてある種のセーフティーネットの役割を果たしているとも聞いた。

 奴隷となるのは基本的に借金等で身売りした人か、何かの罪を犯した罪人だ。どちらも一定期間奴隷として働くか、自身を買い上げるだけの金を稼ぐ事で解放される。

 そして、主人は奴隷に対して最低限の衣食住、決められた賃金と生命の保証をしなければならない。さらに定期的に商人の所に報告する義務もある。

 野垂れ死によりはマシという程度ではあるけれど、奴隷制は救済措置であると言えなくもないのだ。

「……そう。あれは奴隷の証の隷属の首輪。契約にも必須よ。……さっきトキヒサが見た時はフードや髪で隠れていて気付かなかったようね」

 確かに慌てていたから見落としたかも。ボジョが縛っているのを触手プレイみたいだと思って目を逸らしていたのも原因か?

「……おそらくセプトは何かしらの命令を事前に受けていた。……例えば“条件を満たしたら魔力の制御を度外視して発動し続けろ”とかね」
「だけどセプトは今意識があるようには見えない。それなのになんで命令が聞ける? それにいくら奴隷だからって命の保証をする義務がある」

 意思とは無関係に発動する命令なんてそんなのありか? それにこのままじゃセプトだって。

「……おそらく非合法ね。非合法の奴隷ならそもそも報告の必要が無いし、首輪によっては強制的に死ぬまで命令を聞かせられる物もあるから。……余程の重罪人しか着けてはいけない決まりなのだけどね」
「そんな……じゃあアイツは!?」

 俺の言葉にエプリは厳しい表情をして押し黙る。アシュさんも同じだ。

 これが置き土産かよっ! クラウンの野郎。セプトに俺達を巻き添えに自爆させる気かっ! そのままエプリはくるりと後ろを向く。

「……急いでここを離れるわよ。セプトがいつ限界を迎えるか分からない。……爆発の規模も不明だからなるべく離れた方が良いわ」
「後から来る奴らにも知らせないとな。またひとっ走り行くとするか」

 アシュさんは軽くトントンと地面を蹴って今にも走り出しそうな勢いだ。エプリも戦いでボロボロになった服を簡単に縛って動きやすい姿に。……ただ、


「……ちょっと待ってくれ」


 この言葉が出たのは意識してじゃなかった。ついポロリと、零れ出るように口から出てしまったのだ。エプリとアシュさんは怪訝そうにこちらを見る。

「……まさかとは思うけど、セプトを助けたいなんて言い出すんじゃないわよね?」
「そのまさか……なんだけど」

 じろりとエプリに睨まれ、後半が尻すぼみ気味になったのは仕方ないと思う。エプリは大きくため息を吐き、何故か可哀そうな人を見るような目をこちらに向ける。

「……アナタがお人好しなのは充分に分かっているけど、この状況はどうしようもないわ。……魔力の暴走を止めるのはとても難しい。熟練者が数人居るならともかく、今の私達では止められない。……一応聞くけど経験は?」
「無いな。と言うか俺は魔法の発動自体下手だ」

 エプリが聞くがアシュさんは首を横に振る。アシュさんってなんとなく物理特化っぽいもんな。牢獄のディラン看守と同じタイプだ。

「……トキヒサは細かい制御は無理だし、私もハッキリ言って自信が無い。加えてアシュ以外全員体調は最悪。あとは奴隷の主人が命令を解除するかセプトを殺すしか暴走を止める手立てはない。……クラウンが消えた以上もう逃げるしか道は無いの。それとも……あれを掻い潜ってセプトに止めを刺してくる?」

 そう言ったエプリはどこか悔しそうな顔をしていた。……分かってる。セプトの境遇は思いっきりエプリと同じだものな。

 片や契約による護衛。片や奴隷としての護衛ではあるが、どちらもクラウンに捨てられる形になっている。想像だがエプリとしてもセプトを見捨てるのはやりきれないだろう。

「他に何か方法は……そうだ! 近くに来ている調査隊の人達に手伝ってもらうとか」
「近くまで来ている中に都合よくそんな熟練者が居るか? 流石に拠点まで戻って連れてくるには時間が足りないな」
「じゃあ何とか近づいてセプトを叩き起こすとか。向こうも死ぬのは嫌だろうから協力できるかも」
「……さっきも言ったけど、首輪の強制は自分の意思ではどうにもならない。……精々少し抵抗出来るくらいのものよ」

 苦し紛れに出した提案は次々切り捨てられる。必死に考える俺だが、エプリが「時間切れよ」と俺の肩に手を置いてまっすぐ見つめてきた。その真紅の瞳を見ていると、どこか吸い込まれそうな感じになる。

「……アナタの言う“殺さないし殺されない”という考え方は尊いものだと思う。少なくとも私の生き方よりは大分上等よ。けれど、だからと言って全てを助けようとするのは驕りではないの? ……()()()()()()()()()()()。少し頑丈で死にづらいかもしれないけれどそれだけ。痛みもあるし毒を受ければ苦しむ。……誰よりもまず自分の命を大切にするべきよ」

 エプリの言葉はとても真摯なものだった。一つ一つが胸に刺さるものであり、それが護衛という契約からだとは言え、心から俺を案じてくれているのが伝わってくる。

「……エプリの言葉はもっともだと思う」

 実際その通りなのだろう。俺が強くないなんて誰よりも俺が一番知っている。地球では喧嘩もほとんどしなかったし、俺や陽菜がピンチになったら“相棒”に助けてもらうなんてざらだった。

 力もないのに人を助けようとして、結局誰かを巻き込んで自分が助けてもらう。それは確かに驕りだ。せめて自分の身を自分で守れるくらいでないと、人を助けるなんて言うべきではないのかもしれない。


 ……でも、多分それじゃダメなんだ。


「俺は強くない。ちょっと身体は加護でマシになっているかもしれないけど、一人では全然ダメな半端者だ。そんな俺が危険を冒してまで敵だった相手を助けようとするなんて馬鹿な話だと思う。自分でもそう思う。……だけど、助けたいって思ったのも本当なんだ」
「……トキヒサ」
「俺はバカだから、後先考えずに突っ走って失敗ばっかりだ。だけど何度失敗しても、突っ走った事を後悔だけはしない。そうじゃないと突っ走ろうとした気持ちまで否定するような気になるから。……だから今も、助けたいと思った気持ちを否定しない為に考えるんだ。どうすればセプトを助けられるか」

 説明になってないとか思われるかもしれない。筋道も立ってないし論点もブレブレで、子供のような言い草だと自分で思う。……でも、

「俺は痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。自分がそんな目に遭うのは出来るだけ避けたい。だけど、ここでセプトを見捨てたら多分苦しいんだ。……身体じゃなくて心が。きっと助けようとしなかった事を後悔する。だから俺は強くないけど、自分本位で驕った考えかもしれないけど、()()()()()()()()()()()助けたいんだ」
「…………子供の論理ね」

 エプリは今度こそ呆れかえったようにそう呟いた。

「子供なら話し合ってもこっちが不利か。……分かった。もう少しだけ待つわ。でもそれが過ぎても打開策が出なかったら……分かってるわね?」

 これはエプリなりの優しさと最後通牒。それでダメなら引きずってでも連れて逃げるという意思の表れ。俺はそう受け取った。

「分かってるって! 俺はこう見えてロマンチストなんだ。ロマン(理想)リアル(現実)にそう簡単に屈してたまるかっての」
「……すぐ屈しそうな気がするけどね」

 エプリはそう言うと瞳を閉じて何やら呼吸を整え始める。ある程度回復したら一気に風魔法で高速移動するつもりかもしれない。つまりそれがタイムリミット。

「……で、どうするんだ? 助けたいって思いだけではどうにもならないぞ?」

 今まで黙って俺達の話を聞いていたアシュさんが、準備運動を終えてこちらに訊いてくる。問題はそこなんだよなぁ。

「こうなったら専門家に頼りますか」
「専門家?」

 首を傾げるアシュさん。……出来れば頼りたくなかったが背に腹は代えられない。相手が契約でセプトを縛るなら、こっちもプロフェッショナルを呼ぶだけだ。……そう。自称富と()()の女神を。

 ……さっき連絡したばかりだけど怒るかな? 願わくばなるべく機嫌が良い時に当たりますように。




『レディのシャワー中に呼び出すんじゃないわよこのヘンタイっ!!』

 げっ!? タイミング最悪だっ!?




「結論から言うと、手が無くもないわ」
「本当かっ!?」

 風呂上がりにタオルを身体と頭に巻いた(ぶかぶかで色気というより子供っぽさが強い)アンリエッタの機嫌は最悪だった。シャワーを途中で切り上げる事になったと怒り心頭だ。

 しかし状況を大急ぎで説明すると渋々ながらも落ち着いてくれる。

 アシュさんは通信機に映るアンリエッタを見て何か言いたそうだったが、空気を読んで何も言わずに動向を見守る。すみません。後で説明します。

「確認するけど、そのクラウンがセプトの主人ってことで良いのね?」
「状況的に命令が出来る立場っていうのは間違いない。じゃなきゃわざわざ置き土産なんて言わないだろ?」
「そっか。じゃあやはり手はあるわ。……ただ理論上可能なだけで確実ではないし、危険だから無理せず逃げた方が良いわよワタシの手駒。そこまでして助ける必要あるの?」
「助けたいから助ける以外の理由は無いな。アンリエッタだって助ける気が有るから話してくれたんだろ? じゃなきゃ何も無いって言って終わりの筈だ」

 そう言うとアンリエッタは軽く鼻を鳴らしてプイっと顔を背ける。

「まあ富と契約の女神としては、不当な契約には罰を下してやりたい所もあるからね。それくらいはサービスしてあげるわ。エプリを呼んできなさい。時間が無いからまとめて話すわ」
「分かった。エプリっ! ちょっと来てくれっ!」
 
 俺は瞑想中のエプリを引っ張ってくる。……俺を連れて逃げようとしていたエプリだが、自分が連れていかれるのは予想外だったのか目を白黒させている。すまないけど時間が惜しい。早く来てくれ。

「……成程。アナタが以前トキヒサが話をしていたヒトね?」

 エプリは通信機を一目見るなり察しがついたようで、鏡に映っているアンリエッタに話しかける。

「アンリエッタよ。本来ならワタシの凄さをしっかり知らしめてから話をする所だけど、今は時間が無いから後でワタシの手駒たるトキヒサからじっくり聞きなさい。……じゃあトキヒサ。今から手短に説明するわよ。セプトが生きたまま魔力の暴走を止める方法を」
「頼むぜ女神様!」

 非常に珍しい、アンリエッタが頼りになった瞬間だった。

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