閑話 風使いは月夜に想う その三
次の日、ダンジョンを進む途中
トキヒサが夜中に誰かと連絡を取っていたようだけど、特定の相手だけしか連絡できないようだし、何も言わなかったという事は隠したい何かという事。無理に聞き出すこともなくそのままにしておいた。
……何の事はない。自分も秘密を持っているのだからお互い様だ。下手に踏み込んでこちらのことに必要以上に踏み込んでくるのを避けただけ。……そう。それだけのはずだ。
それからもトキヒサが呪いの指輪を手に入れたり、隠し部屋を見つけて入ったりと色々あった。あの時隠し部屋でトキヒサが崩落に巻き込まれ、目の前で落ちていく彼を見た時は正直焦燥に駆られた。
必死に手を伸ばしても届かない。速度を上げて追いすがるが、ボーンバット達が邪魔をしてギリギリ近づけない。一体が額を掠めた時も、焦っている私には痛みよりもただ邪魔だとしか思えなかった。
しかしトキヒサは途中引っかかっていた網を利用して跳ね上がるという無茶をやってのけた。さらに自分の落ちる先で金属性の魔法を使って爆風を起こすという無茶の重ね掛けまでもだ。
この雇い主は無茶をしすぎる。……もう一つ言えば、私に被害が出る可能性を考えたのか、事前に私を遠ざけたのも気に入らない。私が手を掴めなければ、そのまま再び落ちていく所だったのだ。もっと考えて行動してほしい。
途中で彼が口走った事に関しては……聞こえていたとだけ言っておく。
その後二人で部屋を脱出したが、そこでフードが取れて周りに私の素顔が見られてしまう。……反応は大体予想できたものだった。いや。予想よりは大分マシか。最悪攻撃されてもおかしくなかったけれど、ジューネもアシュも顔色を変えただけで敵意らしきものは特になさそうだった。
私はトキヒサに自分がどういった存在か打ち明けた。白髪に赤い瞳。両親が別々の種族である混血。ほとんどの種族から忌み嫌われている禁忌の存在だと。居るだけで厄介ごとを引き寄せかねない者だと。
全てを打ち明けて返事を聞く前に、私は安易な同情は要らないと釘を刺した。……私は怖かったのだ。トキヒサの私に対する態度が変わることが。
トキヒサが善人であるのはすぐに分かる。こちらのことを考えて何かする可能性は高い。しかしそれは、同情からされたのでは大抵惨めになるだけなのだ。
アシュ達の所に戻り、もう一度契約内容を確認する。護衛するのは変わらないが、一緒にいるのが迷惑なら陰から姿を見せずに護衛しても良い。
私の提案にトキヒサは……一緒に行こうと普通に答えた。気負った様子もなく、さも当然というかのような自然さで。そしてその理由が、自分は雇い主兼荷物持ち兼仲間だからだと言ってのけたのだ。
これには私も唖然とした。……私が一緒にいて得られる利点はほぼない。寧ろ厄介ごとの方が多い。トキヒサはバカではあるが損得勘定が出来ない訳ではなく、この事も説明を受けて分かっていた筈だ。それでもトキヒサは一緒に行くと言った。雇い主であり仲間として。
そして寝たふりをして話を聞いていたジューネも、私に向けて頭を下げたのだ。商人として客に対してとる態度ではなかったと。理由は多少妙ではあったが、それはあまり気にならなかった。
トキヒサもジューネも、おそらくアシュも、私の事を知って尚まともに接してくれる。それだけで……私は嬉しかったのだ。
それから元ダンジョンコアのマコアと出会い、脱出後に調査隊と合流。ダンジョン再突入など非常に濃厚な数日間だった。
「…………色々あったなぁ」
三つ並んだ月をぼんやりと眺めながら、私はこれまでのことをとりとめもなく思い返していた。月明かりで私や岩の影はとても長く伸び、一帯は静寂に包まれ生き物の気配もまるでない。これから来るであろう
「……と、油断していると思った?」
私は突如近くの岩陰から飛来したナイフをすんでの所で回避し、お返しにこっそり用意しておいた“風刃”を放った。“風刃”は途中で何かに弾かれ、岩陰から誰かが歩いてくる。姿を現した者を見た時、予想通りの顔だったことに私は軽い失望を覚えた。
「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここに既に居たことに?」
「……私がここに来た時、周囲の様子を探ったけれど全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、
「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」
そう言って嗤うクラウンを前にして、私はゆっくりと立ち上がって臨戦態勢を取る。予想の一つではあったけれど、やはり裏切られると言うのは心がささくれる。
「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」
「……クフッ。せ~っかく
私の追及に、クラウンはそう言ってまた神経を逆なでするように嗤いだす。
「成程ね。最初からこうするつもりだった……という事で良い?」
「当然でしょう? 貴女のような薄汚い混血を、崇高なる我らが組織が本当に雇い入れると思ったのですか? 精々使い捨ての盾にでもと思ってはいましたが……牢獄ではそこそこ役に立ってくれましたからね。せめてもの慈悲で私自ら殺して差し上げようと言うのです。感謝して欲しいものですよぉ」
そんな勝手で理不尽極まりない理屈を語るクラウンを見て、これは話すだけ無駄な類だと私は微かに残っていた話し合いの考えを完全に捨てる。
「それにしても、貴女も思っていたより愚かですねぇ。あのまま半金だけ持って逃げれば良かったものをわざわざ律義に連絡してくるのですから。……おかげで貴女を殺す手間が増えましたよ」
「……あの時点ではまだ契約は切れていなかったから。でもアナタの言葉を聞いてある意味ホッとしたわ。……私も契約の打ち切りを申し出るつもりだったから、アナタのような相手なら心が痛まないもの」
そう。私がここに赴いた理由はクラウンと合流する為。しかしそれは契約を続行する為ではなく破棄する為だ。
「……先に言っておくけど、私は契約者が悪党だからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタが
元々クラウンからの依頼内容は、今回の『勇者』襲撃計画の間クラウンの身の護衛と陽動。そしてそれには計画を出来るだけ正確に話すのが最低限のルールだ。だというのに。
「今回の計画ではあくまでも行うのは『勇者』襲撃及び確保。牢獄での騒ぎはその為だったはず。……でも実際は王都のゲート破壊も計画にあったようね。あと牢獄での人為的な凶魔化。あれも事前に私が聞いた作戦にはなかった」
ゲートの破壊を調査隊のゴッチ隊長から聞いた時、顔にこそ出さなかったけど少なからず動揺していた。計画になかったからだ。
襲撃の際の流れ弾で壊れたという事も考えたが、下見した時に確認したあれは幾重にも防御術式を張り巡らされていてちょっとした流れ弾程度で壊れる程やわではない。つまり意図的な破壊だ。
それに人為的な凶魔化の事も聞かされていない。まあ聞いていれば依頼自体を断っていた可能性が高いが。……思い返すと本当に目の前の男は本来の計画をほとんど話していなかったな。
「ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」
「道具……か」
本当にあの
「……確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。……でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」
これはただのこだわりだ。……向こうが先に騙したのだから、こちらも依頼を放り捨てて半金だけ持って去ると言うのも一つの手だ。実際そういう形の契約の破棄は多く、評判も特に下がることはない。良くある話だからだ。
ただ中途半端にではなく自分の意思での契約の破棄。それをしておかないと落ち着かないだけだ。
「無駄な事を。その結果自分が死ぬのですから無様ですねぇ」
クラウンの嘲笑うような声にも大分慣れてきた。基本この調子だと分かっていればそこまで苛立つこともない。……だけどそろそろ話は終わりのようだ。
クラウンは両手にナイフを構えて軽く左右に広げる。どちらからでも投げ、あるいはそのまま切りつけに移れる体勢だけど、熟練の空属性使いにとって体勢や間合いはあまり関係が無い。
「死ぬつもりは無いけどね。……この時を持ってアナタとの契約を破棄するわ。理由は依頼内容に関わる事項の故意の偽証。謝罪の意思も再契約の意思も無しと受け取るわ。よって……」
私は話しながら溜めていた魔力を解放する。……ただ話をしていただけと思ったら大間違いだ。私の周囲を“強風”一歩手前の風が吹き荒れ、その際に被っていたフードがはらりとめくれる。
「……アナタには相応の報いを受けてもらう。覚悟することね」
その時偶然だが、風に煽られて寄り掛かっていた岩がぐらりと傾き、ドスンと音を立てて転がる。その音が戦いの合図となった。