別れへのカウントダウン
さて。こうしてすったもんだの末に同盟を結んだマコアと調査隊の皆さんなのだが。
『左の通路からスケルトン三体。正面からは……スケルトンが一体とボーンビーストが一体。どうする?』
「分かりました。正面は私達が。その間にマコア殿達は左の制圧を。……行くぞっ!」
「おうっ! 隊長に続けぇ!」
意外にうまく回っていた。マコアの入った袋をスケルトンに渡したゴッチ隊長の指示で、正面から来るボーンビースト達を迎撃する調査隊の皆さん。ボーンビーストは壁を蹴って変則的な動きで襲い掛かるが、ゴッチ隊長は危なげなく持っていた片手盾で受け止める。
ゴッチ隊長の装備は片手剣と片手盾。盾で攻撃を防ぎながら、隙が出来たら剣で反撃していくスタイルだ。そしてまさに受け止められて動きの止まった今のボーンビーストは絶好の的。残った剣で首を狙うも脚を切り落とすも自由自在だが、
「ふんっ!」
ゴッチ隊長はそのまま盾で弾いて吹き飛ばす。ボーンビーストも無様に叩きつけられるということはなく、空中で体勢を整えてシュタッと着地する。見れば他の人達もそうだ。
「囲め囲めっ! 隊長に後れを取るなよ」
「しかし倒さないように戦うのは案外難しいよな」
「まったくだ。おらおらこっちだこっち!」
調査隊の人達も、スケルトンを翻弄しつつも攻撃は極力していない。せいぜい武器を狙うくらいだ。それもそのはず。
『こっちは終わったよ。あとはその二体をおとなしくさせるだけだ』
マコアの合図で隊長達は一斉に後退。それをチャンスだと捉えたのだろう。ボーンビースト達はこちらを追ってきたがそれはこちらの思惑通り。追いすがる二体の前に、
目の前に障害物が現れ僅かに動きを鈍らせる二体。だがその一瞬が勝敗を分けた。マコアを持ったスケルトンが二体に近づき袋ごと目の前に翳すと、袋から青く眩い光が出てボーンビースト達を照らしおとなしくさせる。
『これで良しっと。もう近くには居なさそうだね』
「分かりました。二班のみ警戒態勢を維持。残りの班は集合してください。それと怪我をした者は掠り傷であっても報告を」
マコアの言葉を聞いたゴッチ隊長の指示で、調査隊の人達は素早く整列する。怪我人はどうやらいないらしい。やっぱり安全第一だよな。
「皆さん。同盟者のマコア殿のおかげでここまで順調に進んでいます。またマコア殿の提案通り、出てくるスケルトンやボーンビーストを無理に倒さず制御下に置くことで、戦力の増強及び体力の消耗を避ける事も上手くいっています」
再びマコアの入った袋を首から下げたゴッチ隊長は、整列した調査隊の前で朗々と語る。
「しかしだからと言って油断は禁物。アシュ先生も仰っていました。“上手くいっている時にこそ一度落ち着いて考えろ”と。ダンジョンコアとの対話や共闘など、初日から慣れない事ばかりで全員見えない疲労が溜まっている筈です。なのでここで本日の探索は終了とし、速やかに拠点へ帰還します。……よろしいですかマコア殿?」
『まあそこは仕方ないよね。入口の近くまで送るよ。また制御下にない相手が出るかもしれないし』
「心遣い感謝します。では皆さん。今の戦闘で装備が壊れていないか点検を。五分後に出発します」
「「おうっ!」」
その言葉を皮切りに、各自で装備の点検や調整を行う調査隊の人達。う~む。前々から思ってたけどノリが体育会系のそれだ。やはりちゃんとした組織って言うのはこういうもんなのかな? それともここが特別なんだろうか?
「……ってか、俺達マコアとの交渉以外はいなくても良かったんじゃないか?」
「……かもね。調査隊の練度は相当高いし、マコア達との連携も即興にしては上手くいってると思うわ」
ポツリと漏らした呟きにエプリも言葉少なに同意する。だって俺達まだ一回も戦ってないよ! マコア自身がこのダンジョンをよ~く知っているからエプリの探査も使う意味があまりないし。……本格的に俺達要らない子じゃないか?
ボジョなんてさっきからまるで出番がないのでむくれている。それは分かったから触手で頭を叩くのはやめてくれ。さっきから調査隊の人達が不思議そうにこちらを見ているじゃないか。
「……見たか今の? あれってケーブスライムの幼体じゃねえか?」
「馬鹿言え。ケーブスライムって言ったらA級冒険者でも手こずる上級指定のモンスターだぞ。それがホイホイテイムされてたまるか。多分ウォールスライムの亜種とかそんなもんだろ」
「そ、そうか。そうだよな。ハハハッ」
……なんか妙な事言ってるな。ケーブスライムがどうとか。ボジョは確かウォールスライムのヌーボの一部だったよな。余程そのケーブスライムって言うのはウォールスライムに似てるらしい。
「よく分からないけどボジョはボジョだよな」
そう言ったら今度は触手で頭を撫でてきた。スライムのナデポというのは少し斬新だ。しかしひんやりしていて中々に気持ちいいな。夏場とかは重宝するんじゃないか? 水枕ならぬスライム枕とか。
「……でも頼られないのはある意味好都合じゃない?
「……そうだな」
俺達は一度ダンジョンから離れて町へ向かう。本来ならダンジョン調査と攻略を見届けたいが、幾つかやる事があるので仕方がない。
一つ目は指輪の解呪をアシュさんの知り合いに頼みに行く事。今はまだ問題はなさそうだが、いつ呪いが周りに降りかかるか分からないからな。例えるならいつ爆発するか分からない爆弾を持っているようなものだ。解呪は早い方が良い。
その人の正確な居場所はアシュさんも知らないらしいが、もう何日かしたら情報が入ってくるとか。まあ待ってろよとアシュさんは余裕の表情だ。
二つ目はゴッチ隊長の報告に証人として立ち会う事。本来なら俺達だけ先に町に行き、ゴッチ隊長は調査が一段落してから来る筈だった。しかしダンジョンコアとの共闘という特殊事例は流石に一度説明しないといけないという訳で、予定を繰り上げて少人数で一度戻るという事だ。
戻るまでは副隊長に一任するというが、その副隊長はなんとあのラニーさんだったりする。薬師と副隊長の兼任って珍しいと思ったが、本来の副隊長が色々あって町に残っているので代理らしい。
三つ目は物資の補充。ジューネが何だかんだ食料やら道具やらをかなり消費した為売り物の補充をしなければならないという。確かに商人にとって品物不足は切実な問題だ。
「マコアも了承してくれたけどやっぱり悪いからな。俺が言い出した事だし諸々片付いたらここに戻って力にならないと。しかしどんどんイザスタさんの所に行くのが遅くなるなぁ」
「……私としてはあの女は苦手だから会わなくて良いのだけどね。まあ会ったら会ったで次は負けるつもりはないけど」
エプリはそう言いながら僅かに顔をしかめる。よっぽど最初に会った時にやられたのが気に入らないらしい。勝ったと思ったらいつの間にか眠らされたんだもんな。次に会ってまた戦闘にならないか不安だ。
「…………と言っても、その時には私はもう居ないのだろうけどね」
エプリのその言葉に俺は思い出していた。ダンジョンから出て町へ向かう。つまり、エプリの俺との契約は……もうすぐ、終わるのだと。
調査隊のダンジョンからの帰路は大したトラブルもなく進み、あっさりと入り口近くまで辿り着いた。
「見送りはここまでで大丈夫です。マコア殿はそちらにお返しします」
ゴッチ隊長はマコアの入った袋をスケルトンに手渡す。ちなみに今はここにいるのは五体だけ。大人数で固まっているのも効率が悪いので、スケルトン達にはダンジョン内に散らばってもらっている。
『……おや? 返してくれるの? ここにいるスケルトンだけなら強行突破ぐらい簡単だと思うけど?』
「同盟者を試すつもりならやめた方が良いと思いますよ。
その言葉にエプリの方を伺うと「本当よ。近くに大量のスケルトンの反応があるわ」と静かに答える。もし欲に駆られてゴッチ隊長達が裏切るなら、即座にスケルトン達がなだれ込んでくるといった所か。
「一日で信用なされるのは難しいとは思いますが、その点はこれからの行動を見て信用していただくしかありません。しかしこれだけは言えます。一度同盟を結んだ以上、我ら調査隊はマコア殿が先に裏切らない限りは裏切りません。これは私がいない間の隊員全員に言えることです」
ゴッチ隊長はハッキリと自信をもってそう断言し、周りの調査隊の人達も神妙な顔で応える。マコアは黙ってその言葉を聞き、何か感じ入ることがあったのかピカピカと小さく点滅した。
『……今包囲していたスケルトン達を下がらせたよ。確かに同盟者にやることではなかったね。……ごめんなさい』
「あっ! いえいえ。疑うのも仕方のない事です。だからこそ信じてもらえるように行動するだけですよ」
心なしか少し落ち込んだ様子で素直に謝るマコア。……そういえばマコアって少し子供っぽいところがあるよな。もしかしたら対人経験が少ないからその点にも影響があるのかもしれない。ゴッチ隊長もそう感じたのか慌ててフォローを入れる。
……どうしよう? どうにも俺の中でゴッチ隊長の姿が、落ち込ませちゃった子供を慰める優しいお兄さんっていう風に見える。
『うん。じゃあここで一度お別れだね。……トキヒサもここを出たらすぐ出発するの?』
「ああ。一度拠点に戻って用意をしてからだけどな。急いでこれを何とかしないといけないから」
気を取り直したマコアの言葉に、俺は服の上から件の指輪と羽が入っている箱をポンッと叩く。これの話を知っているのは、ここには俺やエプリを除くとマコアとゴッチ隊長だけだ。
『そっか。君にはとても助けられた。ボクを宝箱から出してあのまま外に持ち出しても良かったのにそうしなかった。夢の中で少し話しただけの間柄なのにね。……正直に言うと、あの時とても不安だったんだ』
「不安?」
『そう。突然マスターが殺されて……訳も分からないままダンジョンを乗っ取られて、それであの宝箱の中に押し込まれた。壊される事も外に持ち出される事も覚悟していたけど、閉じ込められるのは予想してなかったから。……外の様子も分からないし、力の大部分も無くなっていたし、これからどうなるんだろうって思ってた。トキヒサと初めて会ったのはそんな時だったよ』
それから語られたのは、それまでマコアがたった一人で抱えていた心情だった。