喫茶店はいつも内緒話
俺と腐りきった女子高生、北神 ほのかは、買い物を済ますと『オタだらけ』を出た。
北神は満足そうに大きなキャリーバッグをガラガラと引いている。
「じゃあ、お茶でもしよっか?」
「ああ、そうだったな……」
ため息交じりに返答する。
俺は疲れきっていた。
というのも、あの後、北神が女性向けや男性向けの成人ものばかり漁りに行っていたからだ。
その場その場で、オタクや腐女子たちから「あのカップルうぜっ!」みたいな顔をされたよ。
こいつとカップルとか、超ねーから!
アンナの方が全然マシ! ああ、早くアンナに会えないかな……。
「ここなんてどうかな?」
彼女が選んだ店はごくごく普通の喫茶店。
全国に展開しているチェーン店、『カフェ・バローチェ』
俺も何回か小説の打ち合わせで編集の白金と利用したことがある。
コスパよし、味よし、あと店員さんが優しい。
バローチェ大好きだよな、俺。
なんだったら年間パスとか売ってほしいぜ。
「しかし、あれだな。北神がこんな店を選ぶとは驚きだ」
「え? なにが?」
話しながら二人で店に入る。
先に注文をするため、カウンターに並ぶ。
「だって、あれだろ? お前のことだからBLコラボカフェとか選ぶんかと思った」
まあ俺は母さんとよく付き合わされているから、耐性はあるんだが。
「嫌だなぁ、そういうのは別腹だよ」
「は?」
話の途中で、女性店員が俺たちの番だと声をかける。
「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」
「はい、俺はアイスコーヒー。ブラックで」
「私は抹茶ラテで」
オサレなもん頼みやがって、北神のくせして。
支払いを済ませるとその場で飲み物を作り出す店員。
その間、俺と北神は話に戻る。
「別腹とはどういうことだ」
「んー、今日は狩りに来ただけだから。軍資金も底をつきたし」
「要は金欠ってことだな」
店員がキンキンに冷えた飲み物を満面の笑みで手渡してくれる。
なに、この神対応。この店員さんと結婚て可能ですか?
俺と北神は飲み物を持って、二人掛けの席に座った。
「ところで、北神。お前は一ツ橋に入った理由ってなんだ?」
「私?」
「ああ、お前も俺と同い年だろ? 全日制なら3年生の年齢だ。なぜこんな中途半端な時期に入学した?」
「そ、それはね……深い事情が……」
急に口ごもる。
なんだ、いじめか?
「言いたくないならいいんだ。俺の場合は小説家だから取材なんだがな」
「そうだったね! なんたって、あのBL作家、DO・助兵衛先生ですもの!」
ザワつく店内。
ねぇ、やめて。俺っていじめられているの? 今。
「違うだろ、ライトノベル作家だ!」
「またまたぁ~ DO・助兵衛先生は界隈ではライトノベル界に身を置いているけど、実際は腐男子で有名だよ」
どこの界隈だよ? ソースはどこだ? 特定して訴えてやる!
「はぁ……まあどう捉えるかは読者に任せるさ」
買ってもらえるだけ感謝しないとね。
「あのね…私ってこんな感じじゃない? だからよく誤解されるんだ……」
俯いて恥ずかしそうにモジモジする。
「ん? 何がだ?」
「新宮くん家はホモ耐性あるじゃん?」
サラッと酷いこと言うなよ!
「だから?」
「私、よく誤解されるの? 真面目でノーマルな女子だって……」
涙を浮かべている。腐女子も悩む時あるんだな。
俺はハンカチを渡してやる。
北神は「ありがとう」と言って涙を拭いた。
「誤解ってのは?」
「さっきの質問なんだけど……実は私、昔全日制の高校の中退者なんだ」
「ほう」
「進学校でね、成績もまあまあだったんだけど。ある日、バレちゃって……」
なんか答えが見えてきたぞ。
「それって……」
「うん、私がBL好きで百合好きで、エロゲ大好きなんだって!」
大声で叫びやがったよ。
店内からかなりのお客が去っていった、営業妨害は良くないぞ?
「そうか……」
かくいう俺も引きつった顔で答える。
「バレた後、友達がどんどん離れていっちゃって! 私、何も悪いことしてないのに!」
号泣しだしちゃったよ……。
俺の身にもなってね? 喫茶店でBLだの百合だの大声で叫ばれてよ、しんどいって。
「一応、確認したいのだが……前の学校で北神の趣味で何かトラブルがあったのか?」
「ん? 女子高だったからつまんなくてね……ちょっと布教したぐらい」
「ちょっとってどのくらいだ?」
「同人誌を500冊ぐらいUSBメモリにぶち込んで、全校生徒に配ったぐらい」
退学もんだろうが!
「それで、反応はどうだった?」
「みんな何も言ってくれなかった……」
唇をとんがらせている。不満そうだ。
「だから辞めたのか?」
「ううん、その後もエロゲを配布したり、ASMRとか、動画とか……」
「待て、もう聞きたくない」
「え? そう? この後がおもしろかったのに……」
恐ろしいんじゃ! お前は!
「で? どれが決定的だったんだ?」
「一番は大切な変態友達が私から去っていったこと」
そらそんな事しよったら友達も逃げるだろ。
しかもサラッと変態とか言うなよ、友達もお前までのレベルじゃなかったんだよ。
「なるほど……で、一ツ橋を選んだ理由は?」
「そのあと、プチひきこもりになって、毎日エロゲで遊んでたらママにいつも怒られてて……」
よくそれだけで済んだよな。
「高校ぐらい卒業してほしいって言われたの……」
なんかママさんの気持ち、わかるわ。
こいつが全うな暮らしができるとは思わんもの。
せめて社会に適合できるような大人に矯正してやらんと。
「そんな時、ネットで『BL 高校』で検索したら一ツ橋が引っかかって……」
「はぁ!?」
どこの検索エンジンだ、バカヤロー!
「え、だって一ツ橋ってハッテン場としても有名なんでしょ?」
「う、うそ……?」
頼むからウソだって言ってよ、北神さん!
「ええ、私の界隈では有名だよ? 昔ね、全日制の三ツ橋の生徒と通信制の一ツ橋の生徒が放送室でヤッちゃってて……」
なにをだよ!
「その時、マイクのスイッチがONになっててね……全校生徒にバレちゃって」
気がつくと店内は俺と北神だけが客になっていた。
「それからは一ツ橋の男子は三ツ橋の生徒をヤリにいくていう伝説があるんだよ♪」
頭が痛い……。
「噂の間違いだろ?」
「ううん、ソースはBL界」
ダークウェブから検索してません?
「ま、まあとりあえず、北神はオタバレ(変態)したことで退学したってことか?」
「退学じゃないよ? 自主退学」
寛容な高校だな、その女子高。
ほぼテロじゃん。
「だから宗像先生には入学する前に面談したとき、言ったの」
「なにを?」
「一ツ橋高校でBL、百合、エロゲを布教してもいいですか? って」
「ブフッ!」
思わず、アイスコーヒーを吹き出す。
「それで……宗像先生はなんて答えた?」
「ん? 怪しい宗教じゃないなら、どんどん布教しろって」
宗像のバカヤロー!
「で、進捗のほどは?」
恐る恐る聞いてみた。
「うちのクラスの女子は全員、腐ったね♪」
「そ、そっか……」
終わったな、一ツ橋高校。
もうあれだね。潰れると思うよ、あの学校。
「ねぇ、新宮くんってさ。今度の小説は何を書いているの?」
「ああ、ラブコメだよ。だから取材してんだ」
「相手はもちろん男だよね!?」
ギクッ!
「い、いや……超カワイイ女子…だぜ?」
「ふーん、つまんない~」
お前にだけは絶対、アンナちゃんは紹介してやんない!
「ねぇ、これは興味本位なんだけど……私でも取材対象になる?」
「はぁ!?」
アホな声が出てしまった。
「だから、ラブコメのモデル」
「……」
しばらく沈黙を貫くと、俺はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
そしてこう言った。
「考えておこう」
まあ北神も黙っていれば、可愛いやつだからな。
「良かったぁ! これでオタサーを一ツ橋で結成できるね!」
「え?」
「だからサークル!」
「ちなみにジャンルは?」
「BL、百合、凌辱もの!」
「……」
そう、北神 ほのかは黙っていれば、可愛い。
口を開けば、変態というモンスターへと変身するJKなのだ。