第18話 元凶の元へ
「イフさん!
エルナース先生を
病院に連れて行かないと!」
「そうだね。
一番近い病院に連れて行こう」
「イフさん、ダメなんです。
首都トキョウの病院は全て
自防隊に制圧されてしまってます。
だから他の町の病院へ行かないと」
「そうなの? わかった。
じゃあ北のダサイタの町の病院へ行こう」
イフさんはそう言うと、エルナース先生を背中に背負った。
「…イフさん、
エルナース先生をおねがいします。
俺はこれからスパフルの町へ行ってきます」
「スパフルの町に? なんで?」
「スーパーインフルエンザを
終息させるためです」
「…やめなよ。危ないよ」
「いえ、行ってきます!
それではエルナース先生を
よろしくおねがいします!」
俺はそう言って、イフさんに深く頭を下げた。そして数秒後に頭を上げると、北西へ向かって走り出した。しばらく走って後ろを振り返ってみると、イフさんがエルナース先生を背負って北へ向かって滑走しているのが見えた。
エルナース先生、
どうか死なないでください!
首都トキョウからだいぶ離れて、草原に入った。青空の下どこまでも広がる緑の上を、時速90キロで駆けていく。途中でモンスターが何匹か目に入ったが、俺のスピードについて来れるモンスターはいなかった。スパフルの町は遠い。到着する頃には夜になっているだろう。どこかで魔石のランプを手に入れる必要がある。そう思った時だった。後ろから何かが近づいてくる気配がした。振り返ってみると、迷彩服が目に入った。
自防隊員だ!
しかもあいつは…!
その自防隊員は俺を上回るスピードでどんどん距離を詰め、ついに俺の前に回りこんできた!俺は急停止し、方向転換して別の方向に逃げようとした! しかしその自防隊員はものすごい速さで再び俺の前に回りこんで立ち塞がった!
「無駄だ。悪あがきはやめろ」
自防隊員は言った。
こいつ…間違いない。
カナイドの町の風の森の病院に来て、
赤い召集令状を置いていったエルフの男だ。
…靴が光っている……
光の魔法か…?
俺は絶対検査レベル1を使った。
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名前 カーク
年齢 26
血液型 AB
持病 花粉症
スーパーインフルエンザ 陰性
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「処刑命令だ。じっとしていろ。
苦しまないように殺してやる」
「待ってくれカーク!」
俺は大声で言った。
「……なぜ俺の名を知ってる?」
「俺のスキルで調べたんだ。
俺のスキルは名前、年齢、血液型、持病、
そしてスーパーインフルエンザ陽性か陰性かを
調べることができるんだ」
「……俺の年齢は?」
「26」
「俺の血液型は?」
「AB」
「俺の持病は?」
「花粉症」
俺が次々に言い当てると、
自防隊員カークは動揺の色を見せた。
「お…俺は陽性か陰性か?」
「陽性だ」
俺はハッキリと言った。
「う…嘘だ。お…俺が…
スーパーインフルエンザに感染してる…?」
「嘘じゃない! ハッキリと
この目に陽性と出ているぞ!
俺の検査の精度は100%だ!」
俺は親指で自分の右目を指さして嘘を言った。
「そ…そんなバカな…
俺の感染対策は完璧だったはずだ…」
実際は感染していないのだから、
カークの感染対策は完璧だったのだろう。
「カーク、早く病院に行って
治療魔法をかけてもらうんだ。
無症状の状態から突然重症化した例を
俺は数多く知っている」
本当はそんな例は一つも知らなかったが、
言ってやった。
「ぐっ…」
カークは俺を数秒睨んだ後、
首都トキョウの方向へ走り出した。
「そこで待ってろ!
すぐに戻ってくる!」
カークはあっという間に見えなくなった。
恐ろしいスピードの持ち主だ。
時速100キロは余裕で超えているだろう。
待つわけなかった。俺は再びスパフルの町へ向かって走り出した。草原は目立ちすぎるので、遠回りになるが森を通って行くことにした。森の中はモンスターがたくさんいるので危険だが、自防隊に比べたらモンスターなんてカワイイぬいぐるみみたいなものだ。
襲いかかってくるモンスターを余裕で回避しながら走り続け、ついに国境までやって来た。空は赤くなっていた。スパフルの町は国境の先、ギゴショク共和国の中にある。ジャホン国とギゴショク共和国は昔は戦争をしたこともあったが、今は友好的な関係を築いていて、お互い出入りも自由だ。
国境線を越えて走り続ける。疲れはあるが、休んでる暇はない。こうしている間にも、首都トキョウにいる30万人以上の感染者が次々と重症化しているのだ。ティアやベア総理だっていつ重症化してもおかしくない。
早く!
早くスパフルの町へ行って
特効薬を手に入れなきゃ!
俺はスパフルの町にスーパーインフルエンザの特効薬があると信じて走っていた。以前エルナース先生に話したように、スーパーインフルエンザからは人間の悪意が感じられる。だからスーパーインフルエンザは人間が作ったものだ、というのが俺の考えだ。その元凶の人間は、スーパーインフルエンザと同時に特効薬も作ったんじゃないだろうか。自分自身が感染してしまった時に備えて。スーパーインフルエンザのことを知り尽くしているのだから、その特効薬も作れるはずだ。
それではその元凶の人間はどこにいるのか。おそらくスパフルの町にいる。スパフルの町は最初の感染者が発見された場所だ。今となっては世界中に広がってしまったスーパーインフルエンザだが、その元凶の人間のターゲットはスパフルの町の人々だけだったのではないか。大量の死者が出て死の町と呼ばれているスパフルの町だが、住人全員が死んだわけではない。まだ多くの人がそこで生活しているのだ。元凶の人間の目的がスパフルの町の住人を皆殺しにすることだとしたら、そいつは今でもスパフルの町でスーパーインフルエンザをまき散らし続けているのではないか。俺はそう考えた。
全て推測に過ぎないし、その元凶の人間はすでにスパフルの町を去ったかもしれない。だがまだスパフルの町にいると信じて、特効薬も持っていると信じて行くしかなかった。他にもう策は無いのだ。
遠くの方に建物の群れが見えてきた。
スパフルの町だ。
日が暮れて随分時間が経っていた。思ったより時間がかかってしまった。到着が真夜中になるとは思っていなかった。
スパフルの町まであと200mといった所で、
俺は走るのをやめて立ち止まった。
……何か嫌な感じがする……
上の方から……
俺は空を見上げた。そして絶対検査レベル2を発動させた。大量の青い煙が空からスパフルの町に降り注いでいた。目でその青い煙をたどっていくと、スパフルの町の近くにある森の中から出ているのが見て取れた。
あれは…誰かが森からスパフルの町へ
スーパーインフルエンザを送りこんでいる…?
どうやって…?
……風の魔法か……
俺は自防隊が林の中でスーパーインフルエンザ感染者の死体を燃やしていた時のことを思い出していた。煙や臭いを風の魔法で誘導していた場面を。
青い煙が出ている森へ向かった。森の近くにあった民家の庭に魔石のランプが置いてあった。それを黙って借りて、暗い森の中へと入っていった。ランプを点けて、モンスターに注意しながら青い煙をたどって森の中を歩いていく。
いつまで経ってもモンスターは一匹も現れなかった。この魔石のランプに弱いモンスターを寄せ付けない効果があるのかもしれない。
2時間ほど歩くと、洞窟の入口が見えた。森の中にある岩山の岩肌に、ぽっかりと口を開けていた。青い煙はその洞窟の中から出てきていた。俺は洞窟の中に入る決心がなかなかつかなかった。中に入ってしまうと100%スーパーインフルエンザに感染するからだ。青い煙は狭い洞窟の中に充満していて、逃げ場がない。だがここまで来て後戻りはできない。俺は感染するのを覚悟して洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は青い煙が充満していて前がよく見えないので、俺は絶対検査レベル2を解除した。青い煙が見えなくなり、先に進みやすくなった。魔石のランプの光は強力で、十分な明るさがあった。転倒してランプを壊さないように、足元に注意しながらゆっくりと歩いていった。
所々に奇妙な虫の死骸が転がっていた。この虫たちもスーパーインフルエンザで死んだのだろうか。首が白くなっているかどうか確認しようとしたが、どこが首なのかわからなかった。
分かれ道にやって来た。絶対検査レベル2を発動させる。青い煙は右の道からこっちに向かって流れてきている。俺は左の道に入って少し進んだ所でマスクを外し、息を吐いてみた。自分の口から青い煙が出ているのが見えた。
……やはり感染したか……
覚悟はしてたけど…
ショックだな……