鳴らないベル
結局、ミハイルからの着信は『あれから』一切なく、一週間が経った。
正直いって気まずかった。
なぜならば、今週の日曜日がスクリーングだからだ。
一ツ橋高校で出会うことになる。
その前に謝罪をするべきか? と、毎日スマホを見てはため息をつく。
だが、「ミハイル」というアドレス帳をタップするほどの勇気は俺にはなかった。
あの日……、もし俺がミハイルと付き合っていたら、どうなっていたんだろう?
そればかりが、頭から離れない。
ミハイルが去り際、『じゃあ生まれ変わったら、付き合ってくれよな☆』と言い残した。
生まれ変わる? まさかフラれたことがショックで自殺……なわけないよな。
こんな俺のために、自殺なんてするか?
たかが、3回しか会ってない関係なのに。
俺は自室で、編集部の白金から言われたラブコメの設定を考えていた。
主人公は中二病満載のオタク。
ヒロインはロシア人のハーフの金髪美少女。
「あれ?」
書いていて思った……まんまミハイルがモデルじゃねーか!
クソ……。
「おにーさま!」
人がタイピングしているというのに、横乳を左腕にのせるんじゃありません!
「かなでか……」
「どうしたんですの? 最近、元気がないですわ。かなでで自家発電しすぎましたの?」
相変わらずブッ飛んだ妹だ。
「な訳ないだろ……」
「本当に元気ないですわねぇ。ひょっとして……ミーシャちゃんとケンカでもしましたの?」
ギクッ! こいつ、けっこう鋭いんだよな。
「べ、別に関係ないだろ!」
「怒るということは、ほぼ図星ですわよ、おにーさま♪」
「クッ!」
「かなでに相談しませんか?」
目を輝かせて、モニターの前に顔を出す。
こいつ、人の仕事を邪魔したいだけだろ。
「なぜ、かなでに話す必要性がある? メリットは?」
「メリットですかぁ? ミーシャちゃんの裏情報とか?」
「はぁ!?」
なにこいつ。ミハイルん家にストーキングでもしているのか?
「ソースは?」
「もちろん、かなでちゃんですわ!」
怪しすぎる。
「かなで……ハッキングとか好きなのか?」
「酷いですわ! ミーシャちゃんとおにーさまは、既におっ友達でございましょ?」
「ん? まあ……確かにそうだな」
「ならば、妹のかなでも、ミーシャちゃんとおっ友達ですわ♪」
「はぁ?」
「これを見るですわ!」
かなでが差し出したのは、18歳未満禁止の男の娘エロゲーの自作スマホケース……。
じゃなくて中身のスマホ。
アドレス帳に見慣れた名前がある。
『♪ミーシャちゃん♪』
「おまっ! どこで手に入れたんだよ!」
「ミーシャちゃんが『パジャマパーティ』の時に、教えてくれたんですの♪」
「この前、ミハイルがうちに泊まったときか!?」
「ええ、おにーさまが寝てたので♪」
なるほど、こいつ……やりおるわ。
人が寝ている間に。
「で? それでお前とミハイルになんの関係がある?」
「かなでのおっ友達に追加されたから、毎日L●NEしてますわ」
「ま、マジか……」
俺なんか、電話するのもメールするのもしんどいのに。
「ええ、あの日以来、毎日お互いの趣味を暴露しあっていますわよ♪」
「趣味って……かなでのか?」
「もちのロンですわ! かなでは、主に男の娘のエロゲや同人ですわね♪」
俺の初めての友人に、なんつーもんを暴露してやがんだ、こいつ。
「肝心のミハイルの趣味は?」
「そうですわね……主にスタジオデブリのボニョや夢の国ランドのネッキーとか」
「フンッ、その情報ならすでに把握済みだ」
「ん~ 他にはおにーさまの趣味とか、聞かれたので、赤裸々に語ってあげましたわ♪」
「おまっ!? なにを話したんだ?」
ガグブル……。
「そうですわねぇ……まあ、かなでのおっぱいをおかずに自家発電していることは、既にミーシャちゃんもご存じでしたし……」
全くもってご存じじゃねぇ!
「あとは、確かおにーさまの女の子の好みとか?」
「はぁ? なんでそうなる?」
「かなでにも、わかりませんわ……それだけおにーさまのことを慕っていらっしゃるんですわ」
「なるほどな……で、俺の好みなんて存在するのか?」
そうだ、俺に女の好みなんてない。
「答えるのに困りましたが、強いていうならアイドル声優の『YUIKA』ちゃんみたいな子が、好きと言っておきましたわ」
ファッ!
「それからは、ミーシャちゃんとは毎日、電話で『YUIKA』ちゃんのミュージックビデオやダンス、出演しているアニメ、好むファッションやコスメなんかをずっと話していましたわ♪」
「へ、へぇ……」
あのヤンキー少年が、ずいぶんとオタク落ちしましたね。
「ま、ケンカしても、時間がお二人の関係を治してくれますわよ♪」
「そんなもんか?」
「ええ、かなでも推しの男の娘やBLで腐女子さんたちとよくおケンカしますもの」
それって友人関係に入るの? 臭そう。
「ほら、噂をすれば♪」
机の上を指すかなで。
スマホがブーッと揺れている。
名前は『ミハイル』
俺はすぐスワイプして電話に出た。
「もしもし、ミハイルか! 生きているのか!?」
『う、うるさいなぁ……生きているに決まってんだろ。一体どうしたの? タクト』
いや逆に心配されちゃったよ。
「いや、あの……この前はだな……」
『なんだあれか、忘れてくれよ☆』
忘れる? ウソォォォォォ!
「本当に忘れていいのか?」
『うん☆ それより、お前に会わせたいやつがいるんだ』
「は?」
『オレのいとこでさ。タクトのことを話したら、会いたいってうるさいんだよ』
「へ、へぇ……」
なんか嫌な予感。
『ねぇ、土曜日空いてる?』
「スクリーングの前の日か……問題ない」
『じゃあ、土曜日な! またメールすっからさ☆』
そう言うと、ミハイルは一方的に電話を切った。
「なんだったんだ……」
視線を左にやれば、ニヤニヤ笑う妹のかなで。
「おにーさま、よかったですわね♪」
「かなで……お前、なにか企んでないか?」
「なんのことですの?」
首をかしげてはいるが、口元がガバガバでゆるゆるだぞ!
まあよしとしよう……。
ミハイルから電話をかけてきてくれて、俺は心から安心していた。