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眼鏡女子 北神ほのか


 教室に入る際、扉に手を掛けると勝手に扉が開く。
 驚いた俺は思わず、数歩退く。

「あっ、きみは……」

 開かれた扉の前には、一人の眼鏡少女が立っていた。
 紺色のプリーツスカートに白のブラウス。まるで制服組だな。

「俺を知っているのか?」
「あの……入学式で“お尻だけ星人”になったひとだよね?」
「……」
 ん~なんだろっけな? そんなこっとあったけ?
 キミ強いよね? だけど、俺は負けないよ?


「あいにくだが……そういうあだ名は持ち合わせてないぞ?」
「ふふふ、ごめんなさい……私も今年から一年生になります。北神(きたがみ) ほのかです」
 律儀に斜め四十五度でお辞儀する。まるでデパートの店員だな。

「そうか、認識した。俺は新宮。新宮 琢人。頼むから変なあだ名はよしてくれ」
「んふふ……」
 そう言って笑う眼鏡女子、北神 ほのかは口を隠しながらよく笑う。
 まあ眼鏡でJKの制服みたいな格好しちゃってさ、ナチュラルボブがいいよね。
 花鶴とは違い、まあまあタイプかな。
 ただ胸が発達しすぎているのがしゃくだ。

「君は……入学式の時に俺を助けてくれた子か?」
「助けるだなんて……んふふ」
 なにがおかしいんだ? またあれか? 箸を落としただけわらう年ごろから抜け出せてないのか、こいつは?

「私は手を貸しただけだよ? 新宮くんっておもしろいね」
「何がだ? 俺はただの天才だ」
「そうなんだ……んふふ」
 なんなんだ、この笑い上戸は芸人なら女神なんだろね。
「じゃあ、またね。新宮くん」
「ああ」
 そう言って、北神は可愛らしい白のハンカチを持って、廊下を急ぐ。
 まああれだ。エチケットだが……聖水だろ、草!


 教室に入るとこれまた異様な空気が流れていた。
 入学説明会の時と似たような状態。
 つまりは境界線が引かれている。そうここは戦場だ。
 非リア充軍、リア充軍、共に戦線を繰り広げいている。
 もちろん俺は前者だが、これはいわゆるお約束なパターンだ。

 そう説明会の時と同じ位置に皆座っているために、俺の席はほぼ決まったようなもの。
 俺は仕方なく境界線ギリッギリのイスに座る。
 リュックを机のフックにかけて、一時間目の教科書とノートを取り出す。
 平然を装っていたのに、めまいがしてきた。

 動悸がする……中学生時代の『嫌な』思い出がフラッシュバックする。

『なんで新宮が学校に来てんだよ?』
『お前なんか、ずっと家にこもってろよ』
『死ねよ、マジで』

 息苦しい……。胸が張り裂けそうだ。


「……おはよ」


 動悸が治まった。その声で。
 とても弱弱しいが、心地よく暖かい。
 まるで、アイドル声優の『YUIKA』ちゃんのような天使の甘い声。
 右隣りを見ると、以前俺を殴った張本人で、ヤンキーの古賀 ミハイルが座っていた。


「え?」
 聞き取れないので、思わず反応してしまった。

「だから……タクト、おはよう」
「あぁ、おはよう」
 ってか、サラッと下の名前で呼ばれたな……。
「フン!」
 なんで挨拶だけでそんなに怒ってんの? 反抗期かしら?

「……悪い。あまりにも小さな声で聞き取れなかったよ」
 そう言うと、ミハイルは顔を真っ赤にさせて立ち上がる。
「なんだと! オレがまるで“もやし”みたいじゃん!」
 ふむ、そのワードは北九州よりの言い回しか?
 もやし? なにそれ、おいしそう……。
 キムチの素でご飯のおともになれそうじゃない? メモしておくわ。


「は? 聞こえなかったと言っただけだ。そんなに怒ることでもあるまい」
 俺がそう吐き捨てると、ミハイルは「ムキーッ!」まるで子ザルのように床を足で叩きつける。
「オレがタクトみたいなオタクに、挨拶してやったんだ! ありがたく思えよ!」
 いや、なにそれ意味がわからないわ。反抗期だから色々大変ね。

「まあオタクだとはほぼ自覚している……だが、古賀。そろそろ席に座れ、チャイムがなるぞ」
「はぁ!?」
 チャイムってわからない? ヤンキー用語に変換するとなんていうの?

「おーい、みんな席に着けよ~ 楽しい楽しいホームルームの時間だぞぉ~」

 そう言って、教室に入ってきたのはご存じクソビッチの宗像 蘭先生。
 歩く度におっぱいがぼよんぼよん……気色悪いったらありゃしない。

「ん? 古賀? どうした? なにを突っ立っている?」
「う……」
 ミハイルはまた顔を真っ赤にさせると席に座って、今度は机がお友達として追加されたようだ。

「……覚えてろよ、タクト」
 なにを? 君は早く基礎的な会話を覚えなさい。


「それじゃ、出席とるぞ~ ちなみに朝と帰りでも出席とるからな~ お前ら見たいなクズは朝だけ点呼とって帰りやがるからな~」
 な! その手があったか!


「じゃあ、出席番号一番! 新宮 琢人!」
「……はい」
「ああ! 声が小さい! ちゃんと大きな声で返事しろよ、バカヤロー!」
 お前はどこの反社会的勢力だ。

「はぁい……」
「チッ! 根性のなってないやつだ……」

「てか、オタッキー。一番とかウケる~」
 花鶴か……ハイハイ、ワロタワロタ。

「じゃあ、次。二番、古賀 ミハイル!」
「っす……」
「次、三番……」
 ちょい待て、なんでミハイルだけ、小声でもつっこまねーんだよ、ババア!

「三番! 北神 ほのか! 北神? あれ……さっきいたけどな?」
 ああ、今あの子は聖水の儀式中だろ。
 ここは紳士である俺が、代わりに出席をとってやるか……。

 俺は手をあげてこういった。
「せんせ~い、北神さんはお花を摘みにいってま~す!」
「ああ!? どこにだ?」
 クッ! どこもかしもバカばかりだ!
 しかも周囲の連中も。

「花なんてこの辺に咲いているのか?」
「高校生で花摘みとかバカだろ?」
 いや! お前がバカだ!


「新宮! どういうことだ? なんで、北神がわざわざ授業中に花なんて探しにいくんだ!」
 お前、それでも教師か! しかも女だろが!
「え~、それはですね……女の子、特有の儀式ですよ(知らんけど)」
「ふむ……生理か?」
 女子たちが一斉に俺を睨む。
 んでだよ! 俺は何も悪いことしてないのに!

「さ、さあ……」
 するとミハイルが鼻で笑う。
「オタク用語だから、わかんないんじゃねーの?」
「いや、オタクは関係ないだろ……」

 廊下をバタバタと走る音が鳴り響くと、扉が開く。
「あ、あの……すいません! 遅れました……」
「おう! 北神、いたのか? ところで花なんてどこに咲いてた?」
「え……」
 顔面蒼白になっているじゃないか! これは公開処刑というものだ。
 北神よ、君は理解しているんだね。よかった常識的な女の子で。

「な、なんのことです?」
「新宮がな、お前が『お花を摘みにいっている』と言うのでな」
「……」
 涙目で俺を見つめている。いやぁ、地雷ふんじゃったかな?

「あの、お花……ではないです」
 おまっ! 言うのか! 俺のジェントルマンぶりに感動してよかったのに!
「じゃあなんだ? さっさと言え! 三十路前の一分一秒はとても貴重だ。スパ●ボの周回ルートもあるしな」
 いや、最後いらんだろ。俺は1回クリアすれば、満足するけど。

「えっと……おトイレです……」
「そうか。今度から五分前には終わらせておけよ! まあ生理現象ならば仕方あるまい。生理だけにな!」
「……」
 ハハハ、誰か冷房つけてます?

「あはははっは! 超ウケる、センセイってば」
 花鶴……お前も一応、女だろ?
「お、花鶴。よくこの私のギャグセンスについてこれるな」
「マジ、ウケる!」
 全然うけねー! 寒いよぉ、ここは寒すぎるよ……そして、周囲の女子たちが超怖いのよ。

「よし、爆笑も取れたし……北神、席に戻れ」
「はい……」そう言うと、彼女は俺の左隣りの席に座った。
 涙目で必死にこらえている。
 なにこの子、超かわいそう。


「北神、済まなかった……俺が余計なことをしてしまった」
「ううん、新宮くんは悪くないよ……」
 そんな涙いっぱいで言われてもね。

「だから言ったじゃん。オタク用語だからわかんねーんだよ」
 古賀 ミハイル……お前、どんな環境で育ったんだ……。

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