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第9話 4人の大臣

翌日の14時50分、俺とエルナース先生は
第9区にある国会の門の前に来ていた。
約束の時間まであと10分だ。

「シュージ君、ひとつ注意しておくわ。
 ベア総理大臣のスキルに気をつけて」

エルナース先生は真剣な表情で言った。

「ベア総理はスキル持ちなんですか?」

「おそらくね。
 私は獣人のベアが総理大臣になれたのは
 強力なスキルを持ってるからだと思うの。
 例えば人を魅了するスキルとか。
 そのスキルを使って選挙に勝ち続け、
 トップに立った」

「なるほど。ありえますね」

「もしかしたら今日そのスキルを
 使ってくるかもしれないわ。
 抵抗できるかわからないけど…
 とにかく気をつけてね」

「わかりました」

「時間よ。行きましょう」

エルナース先生はそう言って、国会の門に向かって歩き始めた。

門番の犬の獣人に総理大臣から届いた赤い召集令状を見せて、国会の敷地内に入った。議事堂の入口付近に1人のドワーフの男が立っていた。ダーキシ官房長官だ。ドワーフにしては珍しくキレイにヒゲをそっていて、メガネをかけたマジメそうな男だ。絶対検査を使ってみたが、彼は陰性だった。

「エルナース先生とシュージさんですね?
 こちらへどうぞ。
 ベア総理と大臣たちがお待ちです」

ダーキシ官房長官はそう言って、議事堂の中にある小さな会議室のドアの前まで案内してくれた。

この会議室の中にベア総理大臣がいるのか…
史上初の獣人の総理大臣…
そして強力なスキルを持つ男…

俺はゴクリと唾を飲みこんだ。

「中へどうぞ」

ダーキシ官房長官は会議室のドアを開けた。
会議室の中には4人の大臣がいた。


●ベア総理大臣
大きな熊の獣人の男で、
イライラしているように見える。
マスクをつけていない。62歳。

●ウソア財務大臣
ドワーフの男で、漫画を読んでいる。
大人気漫画「キメラの八重歯」だ。
マスクをつけていない。78歳。

●ラムーニスーパーインフルエンザ担当大臣
エルフの男で見た目は若い。
マスクをつけている。127歳。

●チカ厚生労働大臣
普通の人間の男でメガネをかけている。
マスクをつけている。53歳。


4人の大臣は大きな横長の机の向こう側に座っていた。俺は4人の大臣に絶対検査を使ったが、4人とも陰性だった。

「どうぞ座ってください」

ラムーニスーパーインフルエンザ担当大臣にそう言われて、俺とエルナース先生は大きな横長の机の手前のイスに座って、4人の大臣と向かい合った。
俺の対面にはベア総理大臣が座っている。ものすごい存在感と威圧感だ。3m以上離れた所にいるのに、すぐそばにいるような感じだ。

「グルルル…」

熊の獣人の口から声が漏れている…恐い…
なんでイラついてるんだこの熊総理は…?
ちゃんと時間どおりに来たのに…

「有名なエルナース先生にお会いできて光栄です。
 あとそちらは、え~と……
 シューズさんでしたかな?」

エルナース先生の対面に座っているラムーニ大臣はそう言った。

「彼の名前はシュージです。
 間違えないでください」

エルナース先生は少しムッとして言った。
いつも俺の名前を間違えまくっている先生が
注意してくれた。複雑な気分だ。

「ああそうでしたか。失礼。
 田舎町の看護師の名前なんて
 覚える価値無いですからなあ」

失礼と言いながらラムーニ大臣は重ねて失礼なことを言ってきた。

「さっさと本題に入れ!」
ベア総理が怒鳴った。

「す、すみません総理。では…
 今日お2人に来てもらったのは、
 どうやって田舎町カナイドの
 スーパーインフルエンザを終息させたかを
 聞くためです。参考のためにね」
ラムーニ大臣は言った。

やはりそれが目的だったのか。
あの新聞の3面記事を見たんだな。

「その前に…ウソア大臣、
 漫画を読むのをやめてください。
 真面目に会議に参加してください」

エルナース先生は漫画を読んでいるウソア財務大臣に注意した。

「べらんめえ!
 おめえ俺みたいなジジイが
 漫画を読むのはおかしいって言うのか?」
ウソア大臣は激怒して言った。

「そんな事は言ってません。
 会議中に読まないでくださいと言ってるんです」

「べらんめえ!
 俺は今読みてえんだよ!
 ガタガタ言ってると
 俺の必殺の歯の呼吸でたたっ斬るぞ!」

めちゃくちゃ漫画に影響されてるよこの財務大臣!

歯の呼吸はウソア大臣が今読んでいる漫画、
「キメラの八重歯」の必殺技だった。

「どうでもいい! 早く本題に入れ!」
ベア総理が再び怒鳴った。

「エルナース先生、お願いします。
 ウソア大臣もちゃんと聞いてますから」
ラムーニ大臣は先生に頼んだ。

「…わかりました」

エルナース先生は渋々納得した。
ウソア大臣は漫画を再び読み始めた。

「ちくしょうめ!
 ハズコは可愛いなあオイ! 萌えー!」
ウソア大臣は大声で言った。

ハズコ? ああ、
あの漫画のヒロインの名前がハズコだったな。
エルナース先生の話を全く聞く気がないな
この財務大臣……何しに来たんだ?

「どうやってカナイドの町の
 スーパーインフルエンザを終息させたかですが、
 まず私たちは冒険者を大人しくさせました」
先生は説明を始めた。

「大人しくさせた?
 具体的にはどうしたんですか?」
ラムーニ大臣は聞いた。

「マスク着用と手洗いを徹底するように
 言い聞かせました。
 そして飲み会を禁止にしました」
先生は答えた。

「飲み会を禁止にした? なぜですか?」
ラムーニ大臣は聞いた。

「飲み会は感染リスクが非常に高いからです。
 酒が入った人間は
 スーパーインフルエンザの事など考えません。
 騒いで飛沫をまき散らすだけです。
 特に冒険者はがさつで、
 しょっちゅう飲み会を開く危険な存在です。
 ですから首都トキョウも冒険者たちが
 飲み会を開くことを禁止にすればいいと思

「べらんめえ! ふざけんじゃねえぞ女!」
 
漫画を読んでいたウソア大臣が突然怒鳴った。

話を聞いていたのか…!
エルナース先生のことを女と呼んだな…

「なんで冒険者が
 そんなガマンをしなくちゃなんねえんだ!
 おおう!? おおう!?」

「ですから危険な存在だからと説明したでしょう」
先生は答えた。

「危険なわけがねえだろ! あいつらは
 みんな裏表の無い気のいい奴らなんだ!」

「気がいいとかは関係なくて、
 感染リスクの高い飲み会を
 開きたがるからと言ってるんです」
先生は言った。

「飲み会を開いて何が悪いってんだ! ああ!?
 飲み会は冒険者にとって生きる希望なんだ!
 それを奪うなんて俺ぁぜってー許さねえ!」

ウソア大臣はまくしたてた。
ヒゲもじゃの口から飛沫が飛びまくっている。

「さすが元冒険者のウソア大臣だ。
 冒険者に優しいですねえ」

チカ厚生労働大臣が初めてしゃべった。
これでこの会議室の中でしゃべってないのは俺1人になった。

ていうかウソア大臣は元冒険者だったのか。
確かにこの豪快さ、がさつさはカナイドの町の冒険者に通じるものがある。

「総理はどう思われますか?」

ラムーニ大臣はベア総理大臣に意見を求めた。

「オレも冒険者は好きだ!
 飲み会の禁止は無しだ!」

ベア総理は大声で言い放った。飛沫が熊の口から5m以上は飛んだ。俺にはその飛沫がかかりまくったが、エルナース先生にはかからなかった。どうやら風の魔法でガードしているようだ。ベア総理のスキルの攻撃も風の魔法でガードするつもりなのだろうか。

「ではそれで決定ということで。
 他にはどんな事をやったんですか?
 感染終息のために」
ラムーニ大臣はエルナース先生に尋ねた。

「…他には、
 全てのキャバクラの営業を停止させました」
先生は答えた。

「キャバクラを? なぜ?」
ラムーニ大臣は聞いた。

「キャバクラも感染リスクが高いからです。
 感染対策を全くやらずに客とキャバ嬢が
 どんちゃん騒ぎをしていた。
 だからカナイドの町の全てのキャバクラを
 休業させました。
 効果も大きくて、感染者は激減しました。
 ですから首都トキョウも
 全てのキャバクラを休業させればいいと思

「キャバクラを休業させるなんてありえません」

今度はチカ厚生労働大臣が割り込んできた。

「キャバ嬢たちがかわいそうでしょう。
 キャバクラが休業になったら
 彼女たちはどうやって
 生活すればいいんですか?
 経済的に追いつめられて
 自殺してしまいますよ」
チカ大臣は主張した。

「経済的に追いつめられても
 自殺を選ばなきゃいいじゃないですか。
 ホームレスになっても生きてはいけるでしょう」
エルナース先生は反論した。

「メロンちゃんがホームレスになって
 生きていけるわけ無いでしょうが!」

チカ大臣は突然大きな声を出した。
怒って目を見開いていた。

「メロンちゃん?」
エルナース先生は眉をひそめて言った。

「メロンちゃんは
 チカ大臣のお気に入りのキャバ嬢ですよ。
 第8区にあるキャバクラ店、
 ピッチピチフルーツのね」
ラムーニ大臣はメロンちゃんの説明をした。

「あ…いやっ…
 それは誤解ですよぉ。
 別にお気に入りってわけじゃ…」
チカ大臣は釈明した。

「でもチカ大臣の言う通り
 都会のキャバ嬢は耐えられないでしょうね。
 経済的困窮には。
 自死を選ぶ可能性が高いと思われます。
 田舎町のたくましいキャバ嬢と違って
 都会のキャバ嬢は繊細ですから」

ラムーニ大臣はまた田舎をバカにした。
嫌味な人だ。

「田舎も都会も同じだと思うんですが。
 キャバ嬢なんて」
エルナース先生は主張した。

「総理はどう思われますか?」

エルナース先生の主張を無視して、
ラムーニ大臣はベア総理大臣に意見を求めた。

「オレもメロンちゃんが好きだ!
 キャバクラの休業は無しだ!」
ベア総理は告白した。

「ええっ!? 総理も!?」
チカ大臣は叫んだ。

「ではキャバクラの休業もしないという事で
 決定ですね。他には何をやったんですか?
 エルナース先生?」
ラムーニ大臣は尋ねた。

「…他は、酒を提供する飲食店や
 その客を教育したりしました。
 先程も言ったように、酒飲みというのは
 スーパーインフルエンザの事なんて
 考えませんから」

「教育というのは? 具体的には?」
ラムーニ大臣は聞いた。

「教育というのは……
 脅してトラウマを与えることです。
 感染対策を徹底するように。
 再感染しないように」

エルナース先生は少しためらったが、
正直に言った。

「脅してトラウマを与える!?
 そんな犯罪まがいの事を
 やっていたんですか!?
 なんという野蛮な…これだから土人は…」
ラムーニ大臣は不快そうに言った。

「それくらいやらないと
 感染拡大は止められません」
エルナース先生は強く言った。

「首都トキョウでは
 そんな非人道的なやり方は許されません。
 そうですよね? 総理」

ラムーニ大臣はベア総理大臣に同意を求めた。
 
「そうだ! その通りだ!」
ベア総理は同意した。

「あれもやらない、これもやらないじゃ
 スーパーインフルエンザに負けてしまいますよ」

エルナース先生は鋭い目つきで言った。
かなり頭にきているようだ。

「あなた達は何のために
 私とシュージ君を呼んだんですか?
 首都トキョウの感染拡大を
 止めるためでしょう?」

「何か勘違いされてるようですね。
 言ったはずですよ。参考のためだと。
 田舎者の指図を受けるためではありません」
ラムーニ大臣は眉根を寄せて言った。

「…あなた達は現状を理

「ガッハッハッハッハ!」

突然ウソア大臣が大笑いした。
読んでいる漫画で面白いシーンでもあったのだろうか。

「…あなた達は現状を理解してるんですか?」
気を取り直してエルナース先生は言った。

「何の現状です?」
ラムーニ大臣は聞いた。

「首都トキョウの現状ですよ。
 感染者がそこら中にいますよ。
 昨日検査してみたら大変な数の

「検査はするな!!」

ベア総理が怒鳴った。
今までで1番大きな声だった。

「何を勝手に検査してるんだ!
 首都トキョウでは検査はするな!」

ベア総理は怒鳴って机をドンドンと叩いた!
石でできた机にヒビが入った。

なんてパワーだ! さすが獣人だ!
しかも熊の獣人だからか……恐い…

「そ、総理、落ち着いてください」

ラムーニ大臣はベア総理をなだめている。

「フーッ! フーッ!」

ベア総理は怒りで呼吸が荒くなっている。
よだれをたらし、目も血走っている。

「なぜ首都トキョウでは
 検査をしちゃいけないんですか?」

エルナース先生は落ち着いた口調で聞いた。

「決まってるだろう!
 感染者がたくさんいることがわかったら
 オリンピックが中止になるからだ!」
ベア総理は言ってしまった。

「…やはりオリンピックを開催するために
 首都トキョウは感染者数や死者数を
 少なく見せかけてるんですね」

エルナース先生は気後れすることなく言った。

「そんな事はしていない!
 首都トキョウには感染者も死者もいない!」
ベア総理は叫んだ。

「さっきたくさんいるって言ったじゃないですか」
先生は指摘した。

「言ってない! オレは言ってない!」

ベア総理は怒鳴りながら机をドンドンと叩いた!
ついに石の机が割れた。

なんて凶暴な獣人だ!
何でこんな人が総理大臣になれたんだ!?
やはり何か強力なスキルを持っているのか…?

「とにかく検査した結果、この首都トキョウに
 大変な数の感染者がいることが判明しました。
 ですからもっと真剣に政府主導で
 感染対策をしてください。このままでは
 何十万人もの犠牲者が出てしまいますよ」
エルナース先生は忠告した。

「嘘ですね」
ラムーニ大臣は言った。

「嘘? 何がです?」
エルナース先生は聞いた。

「検査のことですよ。エルナース先生、
 あなたは風の魔法の達人として
 有名だがスキルは使えなかったはずだ。
 検査なんてできるわけがない」

「検査をしたのはシュージ君です。
 彼はスーパー検査のスキルが使えるんです」

エルナース先生は絶対検査の事は言わなかった。
おそらく俺を守るためだろう。

「ああそうなんですか。
 でもスーパー検査は法律上
 1日に3回しか使えないはずですよね?
 昨日たった3件検査しただけで
 なぜ首都トキョウに
 大量の感染者がいることがわかったんですか?」

ラムーニ大臣は痛いところを突いてきた。

「そ、それは……3件全て陽性だったからです」
エルナース先生は少し困って答えた。

「検査数が少なすぎて話になりませんなあ。
 それに田舎の看護師のスーパー検査なんて
 信用できませんねえ。
 精度が低いに決まっている。
 3件全て偽陽性でしょう」
ラムーニ大臣は決めつけた。

「私たちが信用できないなら
 首都トキョウにいるスーパー検査の使い手に
 調べてもらってください。
 人口140万人もいるんだから
 スーパー検査の使い手も
 たくさんいるでしょう。
 その人たちを総動員して検査をすれば、
 首都トキョウがいかに危険な状態かがわか

「検査はするなと言ってるんだ!!」

ベア総理が吠えた。

「検査をしたら
 オリンピックが中止になるだろうが!
 オレは首都トキョウオリンピックが見たいんだ!
 オリンピックの100m走が見たいんだ!
 100m走! 100m走!」
 
ベア総理はそう言って地団駄を踏んだ!
石の床が陥没した。

そんなに見たいか?
オリンピックの100m走って…
俺は恐怖に震えながらもそう思った。

「オリンピックと首都トキョウの人たちの命、
 どっちが大事なんですか?」

エルナース先生は怒りに震えながら尋ねた。

「オリンピックに決まってるだろう!」
ベア総理は即答した。

「あなたねえ…」

エルナース先生は小声で言った。
俺は先生が今にもキレて暴れ出すんじゃないかと思ってハラハラしていた。

「もういい! とっとと田舎に帰れ!
 この期待外れめ! 一瞬で町にいる全ての
 スーパーインフルエンザを消し去る魔法でも
 使えるのかと思って呼び寄せたのに!」
ベア総理は先生を怒鳴りつけた。

「そんな都合のいい魔法が
 あるわけないでしょうが!」

エルナース先生はついに大きな声を出した。これはヤバいぞ。エルナース先生とベア総理大臣の殺し合いが始まってしまうのか。

「総理、お待ちください。シュージはともかく、
 エルナース先生は首都トキョウに
 必要な人材です。彼女は1日で
 数十人の感染者を治療できるのですから」
ラムーニ大臣は進言した。

「そうか! よし! エルナース!
 お前は首都トキョウにとどまって
 感染者を治療しろ!」

ベア総理は命令した。

「はい。わかりました総理」

エルナース先生は答えた。

…えっ?
どうしたんだ急に?
先生は何で素直になったんだ?

エルナース先生の顔からは怒りも消えていた。

「尊敬するベア総理の期待に応えられるように
 一生懸命頑張ります」
先生は力強く言った。

エルナース先生が
あんなバカな熊の獣人を尊敬してるはずがない!
これは…まさか…!

「よし! しっかりやれ! それからシュージ!
 お前はさっさと田舎に帰れ!
 絶対に首都トキョウで検査はするな!
 わかったな!?」

「…はい、わかりました総理。
 今日は尊敬するベア総理に会えて
 嬉しかったです。一生の思い出になりました」

俺はせいいっぱいの演技をした。

「よし! 会議は終わりだ! 解散!」

ベア総理は閉会を宣言した。

 

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