第30話 心の叫びには忠実に※五郎Side※
「思わず飛び出して来ちまったけど、どーするよ?まだ20分もあるぜ?」
優に部室から出て行くように言われ、その場のノリで瑠千亜と外に出てきてしまったまま。
とりあえず焼肉店の方向へ歩いてきたものの、時間を持て余すこととなってしまった。
「ふむ。微妙だな。30分あればどこかのかふぇなどで時間を潰すことができ、10分しかないとなれば店の前のベンチで待っていることもできただろうに。20分とはこれまた微妙な時間だ。」
「ああそうだな。てか、どーでもいいけど、お前が『カフェ』とかって外来語使うのマジで違和感あるんだけど」
「ではなんだ。茶屋、とでも言えばいいのか?」
「おう。なんかお前の場合その方がしっくり来るわ。」
「ん?でもかふぇはこーひーを嗜む場所であろう。それなのに日本語訳が『茶屋』はなかろう。」
「あーもーどーでもいいっての!お前が茶とかコーヒーとか言うからなんか喉乾いてきたんだけど!」
「それならばそこの自販機で何か買って店の前のベンチでゆっくり飲もうではないか。あ、俺は緑茶で。」
「なんでちゃっかり俺が奢ることになってんだよ!」
「仕方ないな。では俺の主観で貴様の好きそうな物を買ってくるぞ。」
「なんか危ねー気するんだけどそれ。」
「安心せい。しかとオレンジジュースを買って来よう。」
「やっぱりー!!!やっぱ俺ガキだと思われてる!?喉乾いたっつってんのにオレンジジュースはねぇだろ!っておい!何もう買ってんだよっ!」
瑠千亜が後ろで喚いているのを聞きながら、俺はそそくさと自販機で2つ飲み物を入手した。
「ほれ。一服だ。」
「いてっ。わざわざ頭に当てんなよ。テメ本当にオレンジ買ったんじゃねーだろうなぁ、、、、
って、お前これ、、、」
「アイスミルクティー。紛れもなく貴様の好物であろう。失恋にはよく効くぞ。」
「、、、見てたのかよ、、、」
「見てはいない。ただ、雰囲気で察しただけだ。」
「失恋の雰囲気出してたの?俺、、、」
「うむ。」
照れと同時に闇の落ちたような表情になる瑠千亜。
皆の前では散々ケロッとしていたようでも、やはりまだまだ傷心中だな。
「諦めるのか?」
くい、と一口緑茶を飲んで瑠千亜に聞く。
最近の自動販売機の緑茶は美味である。
「、、、、、だってしょーがねぇじゃん、、、あいつが好きなのはお前だし、、、」
瑠千亜はカコ、と控えめな音を立てながらミルクティーの缶を空けつつ答える。
「ずっとそうとは限らんだろう。第一、俺には別に想い人がいる。」
「そりゃぁそうだけどさ、、、お前こそ諦めねぇの?梨々ちゃんの好きな相手だって知ってるんだろ?」
「うむ。それについてはもう先手を打ったからな。」
「先手、、、?」
それまでずっと俯いていた瑠千亜の顔が、興味と不信の表情を混ぜながら上がった。
「梨々さんに、教えたのだよ。優がどんな人を想っているか。」
「、、、はぁっ!?」
瑠千亜は驚いて目を見開きながら、少し怒りの帯びた声を出した。
「おまっ、、、それ、梨々ちゃん悲しんでただろ!!!」
「勿論。しかしそこも含めて考えて、敢えて教えたのだ。」
「なんでそんなことっ、、、隼だってことまで言ったのか?」
「そこまでは言っとらんよ。ただ『幼なじみの男』だ、とな。」
「何でそれを優の口から言わせなかったんだよ!本人から聞いたほうがまだ傷つかなかっただろうが!」
「何故俺が優を待たねばならぬのだ?俺は自分の気持ちを少しでもスムーズに成就させるためにそうしたまでだ。」
「お前、、、ひでぇ奴だな。最低だよ。俺がこんな奴に負けたなんて本当最悪。」
「何がひどいのだ?何が最低なのだ?本心に正直に行動したまでだろう。
それに負けたと言っているが、それはお前が俺に勝つほどの行動を俺に負ける前にしなかったからだろう。
恋愛は市場競争と同じだ。
買いたいものがあれば誰よりも先に高値を出して買うべきだ。
売り手が自分に売りたいと思っていない場合は、何とかして自分に売るメリットを交渉すべきであろう。
…………実にシンプルだが熱いものであるな。」
「何屁理屈言ってんだよ、、、お前は自分が良ければそれでいいのかよ!?」
「貴様の方こそ何を綺麗事ばかり言っているのだ!?
自分の心の叫びを素直に聞いてみるがいい。
自己愛と独占欲で渦巻いているはずだろう!?」
「それでも自分の好きな人を傷つけてまで自分の思うようにしたいとは思わねぇよ!むしろ好きな人には幸せになって欲しいもんだろうが!」
「だからそれが自分の心の底の願望に由来するものだと何故気づかぬ!?
好きな人に幸せになって欲しいという願いすらも、根源を辿れば自分がその相手を好きでなければ成り立たぬ感情だろう?
その根源に何故正直に生きようとしない!?
相手の幸せのみを無条件で願うことなど有り得ぬ!
結局は相手に幸せになってもらえば自分も幸せだからそう願っているに過ぎないのだ。
………つまりはどう足掻いても相手の幸せの中に自分が居なければ成り立たぬのが恋愛というものだ。
だったら直接自分と一緒にいてその相手を幸せにするのが一番早かろう。
それを何故にお前たちは遠回りしようとするのだ?俺にはその方が理解不能である。」
自分が身を引いて相手が幸せになれば良いなどというのは詭弁である。
それは単にそれらしき理由を付けて相手の幸せの中に自分がいないことを認めて傷つくのを恐れているだけだ。
恋愛をした時点で自分がかわいいという人間の本能が露見するということを覚悟しなければならぬはずなのに。
そこに気づけずに自己愛を否定しながら相手を想うなど、そんなことが人間にできるものか。
気がつけばいつの間にか店の前に何人か部員が集まっていた。
この会話が聞かれたかどうかは知らぬ。
それは俺にとって興味の範囲外だ。
ただ、俺は瑠千亜や隼、優のように相手や周りを気遣ったようにして、自分の気持ちを見てみぬふりをする恋愛の仕方が気に食わぬだけだ。
「とにかく瑠千亜。お前が今思っているだろう、『俺が小春さんを好きになればいいのに』などという願いは俺が梨々さんを好きだという状況が変わらぬ限りは不可能であると認めてくれ。
そしてもう一度自分に聞いてみるがいい。仮に俺と小春さんが付き合えたとして、お前は本当に幸せなのか。小春さんの幸せを願うその感情はどこから来ているのか。」
口元をわなわなと震わせてまだ何か言いたげだが言葉にできないでいる瑠千亜に向かって周りに聞こえぬよう小声で言う。
恋愛は、どれだけ自分に素直になれるかで結果にかかわらず後悔の有無が決まってくるものであろう。