第14話 身勝手
「はーやーと!今から部活だろ?一緒に行こうぜー」
あっという間に時は流れて、5月も末に入った頃。
部室へ向かおうとしていたら、瑠千亜が声をかけてきた。
「うん!」
俺たちは並んで同じ教室を出る。
二人が向かうテニスコートと、それに隣接したテニス部の部室は、校舎やグラウンドから少し離れた場所にある。
丁度体育館の裏になっていて、教室からコートや部室まで向かうだけでも5分はかかるが、4面のオムニコートで審判台やネットなどの設備も新しく、整っているので、かなり練習に打ち込みやすい。
というのも、この学園はソフトテニスの強豪校として知られていて、全中でも毎年優勝候補になるくらいの人材を全国から集めているからだ。
俺も優と一緒に全中で頂上を目指すためにこの学園に入ったのである。
コートに着くと、俺と瑠千亜が一番乗りだったらしく、まだ誰もいない。
暗黙の了解で、一年は先輩たちが来るよりも早く来て、コートを均し、ネットを張って、ボールの空気調節などを済ませておく必要があった。
それは特に誰がやるなどと決められておらず、早く来た一年がやることになっていた。
「ちぇ、一番乗りか~......」
「でもほら、準備したら先輩が来るまでコートを使ってもいいってことじゃん?早めに準備終わらせて乱打しようよ!」
「あいあーい」
瑠千亜がラケットを肩にかけて少し気の乗らない返事をする。
そう。この部活は、全国から有名な選手が集まるため、学年に関係なく実力主義を採用しているから、1年生にもボールを打たせてくれる機会が他の学校よりも比較的多いことも特徴だ。
なんと言っても、部員総勢100人近くに上るから、放課後の練習時間だけではみんな満足できるような練習量にはならない。
だから、こうして少しでも時間のある時には、みんな積極的にボールに触れようとするし、部活としてもそんな選手の思いを汲んで、練習後は午後9時までコートを開放しているし、こうして準備をした1年生にコートを使わせる機会を与えたりしている。
実質的に練習後のコート開放でも、先輩が優先してコートを使うので、俺たち1年生はこうした時間を見つけていくしかないのだ。
でも.............
「ホントにお前はテニス馬鹿だよなぁー...ただでさえお前と優は、入部してその日から団体メンバーに確定してるからコートなんていくらでも使えるし、他のレギュラーの先輩と同じ練習ができるってのにさー」
瑠千亜が呆れたように言う。
そう、この部の大きな特徴のもうひとつとして、新入生の実力を見るために、入部初日に敢えて団体メンバーと戦わせるのだ。
しかしその試合ができるのは小学校時代にテニス経験のある者に限られていて、過去の成績を見て顧問が前衛と後衛でペアを組み、4組ある団体ペアのうちの1組とくじ引きで戦うことになるのだ。
団体メンバーもなると一番手から四番手まであまり実力に差はないが、やはり相性の問題などもあるので、この初日の試合でどのペアと対戦することになるかは、自分の実力を最大限に出せるかどうかに大きく関わる。
俺と優のように、小学校の頃のペアで入部してくる組もいくつかあって、たいていはそのまはまのペアでこの初日戦にも臨める。
俺と優は、一番手のペアと対戦したが、ファイナルゲームの末、ギリギリで勝利出来たので、そのまますぐ団体メンバー入りとなったのだが........
「いいなぁお前ら強くてさーだいたい、この学園の一番手ペアに勝つとか。バケモンかよ」
まだ誰も来ないコートを二人で均し、ネットを張りながら、瑠千亜がポツリと言った。
「あれはほとんど優のおかげだよ。俺が先輩の速い球を繋げるのに精一杯だったのに、優が一生懸命ボレーやスマッシュを決めてくれたから......」
「あーはいはい。本当仲いいよな、お前ら。勝っても毎回お互いのおかげーとか言うもんな」
「だって本当に優がいなかったら俺はこんなに......」
「あーわかったわかった!........ってかさ、お前らって喧嘩とかしねーの?普通ほら、こういう強いスポーツのペアって、お互いが強すぎるからこそ衝突しまくってたりするもんじゃん?」
「そうなのかなぁ......でも確かに優とは喧嘩はしたことないかも。」
「ふーん.......まああの優と喧嘩しないで済むのはお前の性格だからできることなんだろうけど......」
「そんなことないよ。優は優しいしさ、俺がつい色々甘えちゃうから世話を焼いてくれるんだよなぁ。だから、きっと兄弟みたいな感じなのかな?」
「ああ、なるほどな。ちょっと納得した。」
「俺は結構世間知らずなとこあるし...多分子供なんだよ。でも優は面倒見いいし、大人っぽいから、本当いつも色々支えられてるよ。」
思い返すと、つくづく優に助けられてるなぁ、と、ふと口元が緩む。
だから、梨々が好きになるのも分かるというか.......
「なるほどなぁーそんなに男気溢れてるやつなら、梨々ちゃんが好きになってもおかしくねぇのかなぁ」
俺が思っていたことを瑠千亜が口に出した。
そのタイミングに驚いていると、
「あ、もしかしてお前同じことおもってただろ?」
と、瑠千亜がイタズラっぽく笑いながら言ってきた。
「.......ほんとに瑠千亜は鋭いんだから。」
「まあねー!心情把握とか得意よー俺!」
「いいなぁ。その能力欲しい。」
「いやー.......知りたくもないことを知っちまうってケースも少なくないぜー?」
ボールに空気を入れていた瑠千亜が、手を止めることなく言う。
「例えばさー、それこそお前と優と梨々ちゃんのこととか。みんなの考えてることがなんとなく分かっちまうから、辛いことこの上ねぇよ。」
「.......そうなの?」
「ああ。........特にお前だよ隼。さっきだって、なんて顔してんだよ.........」
口調は茶化すようだけど、声のトーンは少し低めに瑠千亜が言う。
さっき............
それは、俺が、梨々が優を好きになる気持ちがわかる、って思った時だろうか.......
「お前と優の関係が、他の友達同士どころの結びつきじゃないこと見てればよーく分かるよ。優だって、お前以上に信頼してる人なんていねーもん、多分。だからこそ、俺は女を巡って二人が険悪になるところなんて見たくねーんだよ......」
「険悪になんかならないよっ......!だって、もし優が梨々さんを好きだとしても、梨々さんも優が好きなんだから、俺がどうこう関われる問題じゃないし......」
「優が梨々ちゃんを好きなら、な。確かにその可能性もあるとは言ったけどさ。それと同じ確率でそうじゃないこともあるんだぜ?俺ぁそんときのほうが心配だぜ。」
「それはっ..................」
全てのボールに空気を入れ終わって、瑠千亜は俺より先にボール籠を持ってコートの方へ向かう。
優が梨々を好きじゃなかったら..........
最近、梨々が頑張って優に近づこうとしているのを見る度に、優も梨々を好きであってほしいとばかり願ってしまっていた。
そうじゃなかったときの事は、考えたくなかった.......
ゴールデンウィークを機に、梨々と優は確実に少しづつ距離を縮めていた。
梨々が優と二人で出かけようと誘えば、優も応じていたし、時には優の方から梨々に話しかけることだってあった。
あの優が女の子と2人きりでどこかに遊びに行くのなんて、今まで見たこともなかったし、自分から女の子に声をかけるのだって珍しい。
だから俺は、勝手に優も梨々を好きだと考えていたのかもしれない.......
優の気持ちは、まだ聞いてもいないのに.........
勝手に、自分の都合の良いように考えていた..........
梨々を悲しませたくない。
だから、梨々と優には上手くいってほしい。
.........こんなの、俺のわがまま以外の何物でもない。
........最低だ...........
「.......まあ、お前の気持ちは一番よくわかるよ。やっぱ、好きな女には......傷ついてほしくないもんな......」
少し前を歩いていた瑠千亜が振り返りながら言う。
そう言った瑠千亜の顔は、前に帰り道で見せたようにとても悲しげで........
「というか、むしろ男ならそう思うのが普通だよ!だから.....そんなに気に病むなよ。」
俺の考えてることは、瑠千亜には全部お見通しみたいだ。
さっきまでの悲しげな顔から、パッといつもの笑顔に戻って、そう言ってくれた。
「ありがとう瑠千亜.........」
「まあ、こんな話、他の誰にもできねぇだろうし。お前はいっつも梨々ちゃんと優のことしか考えてねぇからな。たまには自分のことも考えろよ?」
瑠千亜の言葉が優しく胸の中で響く。
やっぱり普段はふざけてても、本当に優しいやつだな。
「うん、ありがとう!」
瑠千亜に追いついてお礼を言った。
瑠千亜がいなかったら、きっと一人で考え込んで、また独りよがりな行動を起こしていたかもしれない。
瑠千亜のおかげで、ちょっと冷静になれたよ。
「.........まぁ、わりぃけど、俺はお前のことも、梨々ちゃんのことも、応援できねぇけどな........」
ボソっと瑠千亜が呟いた。
「え.....?」
「なんでもねぇよ!!!それよりほら、やるんだろ?はやく打とうぜ!先輩来ちまうぜ!」
俺が聞き返したのを打ち消すかのように、瑠千亜はいつものような大声でそう言ってコートへとかけていった。
瑠千亜の言葉が気になるけど、今はとりあえず部活に集中しよう。
6月の総合大会も近いんだ。
半ば無理矢理に気持ちを切り替えて、俺はボールを2つ手にしてコートの中へと入った。