9. 襲撃の音色
「ふーん、じゃあ此奴盗賊だったのか?」
「どうだろ…。彼奴らの手前盗賊じゃないって思いたい所なんだけどな」
「でも盗賊って金目の物ばっか狙う奴だろ?此処よりもっと王都近くの方がいっぱいありそうなのにな」
「そうだよなぁ、この辺り此処しかもう村がないしわざわざ此処に拠点作る事もないのに」
事情を説明しオーク討伐から盗賊に切り替わった事を特に気にせず二つ返事で受け入れる様子に安堵すると同時に素朴な疑問。
何が目的で此処に拠点を作っているのか、確かに森ならば水などには困らなさそうだが此処だと少々不便ではないだろうか。
盗賊は宝石や上物の魔道具などを強奪していると聞く、此処一帯にありそうとは思わないが。それに此処の襲撃の後、金品等既に盗まれていてもおかしくはない…ならば此処に執着する理由とはいったい。
「盗賊の考える事は知らないが、此処に根城を建てる理由ならば検討がつく」
「本当か!」
「…此処一帯はあまり国の管理が届いてないからな、非合法な事をしてもわからないだろう。それに確か此処は帝国の国境近くだ、簡単に想像がつく」
「非合法…?」
「彼処では確か認められているだろ、奴隷を使役する奴隷制度が」
淡々と溢す言葉に冷や汗が滲み出る。此処王都では禁止されている奴隷制度、人間をはたまたそれ以外の生物を我が物とし道具の様に扱う。奴隷として捕まった者達はそれぞれ奴隷の刻印が刻まれているらしい。
主に貴族の間柄で行われているが、帝国には奴隷商人が多数存在すると…聞いた事がある。
実際に此方の国では奴隷制度は固く禁止されており、近年奴隷制度の廃止が増えてきているが帝国は奴隷国家と呼ばれるぐらいには奴隷を使役している者達が多い。
話を聞くだけでも胸の奥がざわついて仕方ない、奴隷になった者達には人権が剥奪されその先に待っているのは死を望む程の境遇。
「奴隷制度、人体実験に違法魔道具の取引…言い出したらキリがないが、帝国は全てが認められている」
「詳しいなお前…まさか帝国にいたのか?」
「いや。……昔、少々知る機会があっただけだ。今はもっと危険な事が増えている可能性はあるだろう」
「…盗賊達は帝国と取引しようとしてる、って事か?」
「嗚呼。そのついでに村を殲滅しようと目論んでいる様にも見える」
盗賊の狙い、その為にそれだけの為に村の人達を襲ったのだろうか。少女の身体はかなり傷付いていた、この村の有様を見れば手に取るように分かる。
「ファイ、もし盗賊とやり合うつもりならやめておいた方がいい。この件は俺達の手では負えない、国に依頼し任せた方が賢明だ」
「………」
「俺達三人だけで解決できる問題ではない」
「わかる、イヴァンが言ってる事は。でもそれでも…何もせずに立ち去るなんて出来ない」
「……ファイ」
「もし盗賊達の目的が本当にそれなら尚更、無謀だってわかる。けどほっとけない、助けたいんだ…イヴァン、お前は国に言ってきてもいいよ。でも俺は残る」
考えてもやはり盗賊とやり合うのは不利だ、此方は戦えるのは三人…しかし向こうはどうだろうか?一体何人、何十人の盗賊達がいるかそれすらも分かっていない。
あの時の連中が盗賊ならば尚の事、村人達を守り尚且つ盗賊達を倒すのは骨が折れる。
ならば国に任せた方がいいだろうに、頑なに拒む彼女の姿に頭が痛くなってしまう。
もしこのまま彼女を置いて国に依頼しに行けば彼女は一人でも盗賊の拠点に乗り込み始めるだろう、そんな行為を好きにさせるわけにはいかない。
「………はぁぁぁ」
「イ、イヴァン…?」
反射的に漏れでしまう盛大な溜息。
もう彼女は止められない、改めて認識してしまう…そんな所も彼女らしい為これ以上深く追求など出来ない。
彼女は無知だ、だが無知だからこそ優しいんだろう。この村の為に今自分が出来る事を選んでいる。溜息は出るが決して嫌な感じはしない、そこまで言うのならば此方も腹を括るべきだろうに。
「…これ以上は俺も何も言わない、だが無茶はしないと約束して欲しい」
「勿論。約束するイヴァン、俺も無茶しないからイヴァンも無茶するなよ」
「…嗚呼わかっている」
「アグニもだからな!無茶して大怪我なんてしたら許さねぇからな!」
「おう!わかってるって!!」
それでもやはり彼女が心配で、こうして約束事を交わしておかないと内心穏やかでは無い。心配されている事に嬉しそうに口元を緩めてしまっているアグニに緊張感が無い、と小さく小言を漏らしてしまうイヴァン。
それはイヴァンにも言える事ではあるがこの場では誰もその事を気に留める事はない。
「…にしても遅いなあの子、薬草取りに行って来るって言った割には結構かかってる気がするな」
「迷ってんじゃねーの?此処似たような家ばっかだし」
「それにしても流石に遅いだろ、俺達と別れてからかなり経ってるし…俺心配だからちょっと様子見て来る」
ふと、少女が来る事が遅いように感じる。
別れてから20分以上は経過しているようだが、外からは足音一つ聞こえない。地下に行く迄が遠いのだろうか、ならば此方から出向いた方が良かっただろうか。
「…俺が見に行くからファイは此処に」
「大丈夫大丈夫、さっき行った所まで行くだけだし。すれ違いになったら困るからイヴァンは此処に居てくれよ、勿論アグニも。すぐに戻るからさ!」
心配する様に落ち着きが無くなる彼女はそのまま外へ様子を伺い始める。
立ち上がろうとするイヴァンを止めつつひらりと手を振り少々急ぎ足で向かってしまえば、付け入る隙すら与えてもらえず中途半端に中腰になってしまう。
気まずい雰囲気が流れるが行ってしまったものは仕方がない、頼まれてしまったのならばそれを断る事は出来ない。
大人しく座り直し彼女と少女を待つ事に。
アグニも急に彼女が居なくなり、更にはイヴァンと残された状況に居心地の悪さを感じているのか意味も無くロードを撫でてしまう。
正直息苦しさを感じてしまうのは多分お互い様だろうに。
(気まずい)
彼女とは違いイヴァンはどこか壁があり話しかけ辛さがある、そのせいか二人(正確には三人と一匹だが)でいるこの状況は落ち着かない。
心配だからといって彼女について行こうか考えるが、残って欲しいと言われた手前行くに行けない。尚且つ彼女に大丈夫と言われて行けなかったイヴァンの前でそれが出来る気はしないのだ。
ロードが起きていてくれればこの気まずさからも解放されるのだがロードは魔力消費が激しく現在は夢の中。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている所を無理矢理起こすなどと可哀想な事は出来ない、寧ろこのまま気持ち良く寝ていて欲しい。
「………あの時」
ポツリ、と紡がれる言葉。
「…どした?」
「…あの雷使いからファイを助けて貰ったお礼をまだちゃんとしていなかったな」
「なんだよ急に…だからそれはロードのおかげだって言ったじゃん」
「あの時お前が其奴に頼み助けられた、間違いでは無いだろ。…感謝する」
「…お、おう」
素直な言葉、どこかむず痒く感じてしまう。
どこまでも彼女優先だがそれでも伝えてもらうのは悪くない、先程の息苦しさよりもムズムズする感覚が強くなったがこれもまたいい。
もっと言いたい事はあるのだがそれ以上に照れ臭さが混じってしまうからなのか何も言えなくなってしまう。
イヴァンも言いたい事を言って満足したのかそれ以上言葉を溢す事は無く視線を外してしまう。どこか強張っていた空気感が柔らかくなったのはイヴァンのおかげだろうか。
(…ありがとな、イヴァン)
言えば何のことはわからない、といった表情をするのだろう。だから今は言わない、けれどもう少し距離が縮まった時…その時言えればいいのだが。
「うっ………ぁ」
「……!」
「お前!目ェ覚めたか?大丈夫か?」
微かに聞こえる呻き声、静まり返っているこの場ではよく響き声の主の元へと近づく。
呼吸を浅く繰り返し、何度目かの呻き声を漏らしたのちゆっくりと唇が震え、動く。
パクパクと何かを言おうとしているのか、空気を切るその様子にもっとよく聞こうと耳を傾ける。
「……っ、ぁ、……たす、け…ぼ、す」
「なんだ?どうしたんだよ」
「……ぼ、……お、り……ふぁ、……ぅ…おり、ふ……ぁ、ぼ、す」
「……おり、ふぁ?」
掠れた声で聞こえるのは人の名前なのか、"オリファ"と幾度となく繰り返される。
間に挟まれるボス、そしてオリファ…つまりあの時の雷使いの名前だろうか。
何度も呟かれる名前の様な言葉、助けを求める様に手を宙に浮かせるその様はあの時の男に助けを求める様には見えない。
それにすぐに仲間であろう此奴に雷を放った彼奴がとてもボスの器には思えないのだが。
「…面倒だな、叩き起こして吐かせるか」
「ファイが怒るだろそんなのしたら、オレも怒るし。戻ってくんの大人しく待ってた方がいいだろー?」
そして再び意識を手放す様子にイヴァンは握り拳を作る、流石にそれをしては後々大変なのは目に見えている為やんわりと止めに入りつつまたしても疑問が増えてしまう。
この男は一体誰に助けを求めているのだろうか。
「きゃぁぁぁああああ!!!!!!!」
「な、なんだよ!?」
「…っ、この声、さっきの子供か…!」
突如響く悲鳴、飛び出す様に勢いよく外に出れば彼女の姿は無くそこに居たのは先程の少女と見知らぬ女の姿が。