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5. 雷雲の襲来


 "ノークスの森"

 近年此処の近くはどんどんと人が居なくなり今では小さな村が一つあるだけであり、依頼はそこからである。
 オーク討伐、と書かれているだけで特に珍しい事は無いがオーク討伐の割には報酬が高いのが少々疑問でもある。小さな村でこんなに財力があるものなのだろうか。

「この辺りだと思うんだけどなぁ」
「なーんか同じ感じで全然村があるって感じしねーな!なぁ、ロード」
「キュゥ!」
「………」

 受付嬢に言われた場所と簡単な地図を照らし合わせつつも見渡せど見渡せど広がるのは荒野の大地。森がある様にも見えない、一体これはどういう事なのだろうか。
 困ったように顔を見合わせつつ頭の上に乗るロードも同意する様に鳴く。このままだと日が暮れてしまう、此処に来るまでに既にかなりの時間を使ってしまった。

「もう遅くなる、今日は一旦やめにした方がいい」
「そうだなぁ、じゃあ野宿するか」
「お!野宿すんのか!さんせー!」

 とりあえず今日は一旦此処で野宿を取る事を選択、日が完全に沈む前に場所を確保する為にそのまま歩みを進めていけば丁度いい日陰を見つける。
 洞窟にしては浅く、穴蔵の様な凹みへ入ればそのまま歩いた疲れも有り地面にへたり込んでしまう。

「んー、空から見るっていうのも手だけど…」
「お前空飛べんのか!?」
「俺じゃなくてイヴァンなら出来るけど、今日はやめておこうぜ。明日になったら頼めるかイヴァン?」
「嗚呼構わない。其奴が見るのもあるが、このサイズでどこまで飛べるか分からないからな」
「キュゥ…」
「今日はもう飛べねぇってさ」

 地図をもう一度見ながらそのまま空を眺めつつその言葉に反応する者が一人。
 摘む様にロードの首根っこを持ち上げれば、既に元気が無くなってしまったのか萎れた様子の姿に流石に酷だと判断したのかすぐ様指先を離せばヘロヘロとアグニの頭の上へと着地する。
 か細い声で鳴きながらへたり込めばそのまま睡眠を貪り始める。どうやらかなりお疲れの様だ。

 ちゃっかり寝始めたロードを尻目に野宿の準備を進めなくてはならない、枯れ木を拾い集めその枯れ木の周りに大小様々な石で囲い焚火の用意をしていく。
 さて、暗くなる前に火をつけなければ。

 魔法を使うべきか、そんな風に考えながら荷物の中に火をつける物は無いかと漁っていれば枯れ木にアグニが近寄る。
 そして軽く息を、いや口から炎が吹き出れば直ぐ様枯れ木に火が灯るがまさかの出来事に驚いた様に固まってしまう二人。

 さも当たり前の様に炎を吐いたアグニを興味深そうに覗き込む。

「ア、アグニ?お前今口から火が…」
「……あ。悪りぃ、ついいつもの癖でやっちまった」
「…まさかお前魔物か?」
「違う違うって!ちゃんと人間だよ!オレの魔法なんだこれ!」
「魔法?」

 魔法には様々な種類が存在するがその中でもアグニの様にまるで魔物の様に水や炎を吐いたりする魔法は珍しくあまり居ないとされている。
 魔物は人間と違って魔力の性質が違う為、人間に出来ない魔法を扱う事も可能であり勿論その逆も然りではある。

 本来であれば人が使う魔法で魔物の様に体内から魔法を吐き出す者は人ではなく魔物、魔物の血が流れているとされており魔法が主流であってもそういった者は異端と扱われ国の制限に掛けられている所も少なくない。
 国によっては人間以外の種族は異端であり奴隷として扱っている国も少なくなく、その逆もまた然りである。

「……やっぱ変?」
「…変、と言うかすげぇなと思って」
「…すげぇ?なんで?」
「だって口から火が出せるなんてすげぇカッコいいじゃん!俺もなぁ口から出せたらいいんだけどなぁ、あ、でも舌火傷しそ…」
「……炎の魔法を使うんだ、舌ぐらい丈夫に出来てるだろ」

「いやでも熱いもんは熱いじゃん絶対。なぁアグニ、やっぱ熱い?舌とかどうだ?」
「熱く、ねぇけど…」

 驚いていたのは数秒程、怖がる様子すら無く寧ろ興味津々に聞いている。羨ましそうに炎を出してみたいとぼやきながら、やめておけと嗜めつつも特に気にした様子のない姿。

 正直に言ってしまえば拍子抜けではある、此処に来るまでは口から火を出せばまるで腫れ物を扱う様に距離を置かれた。
 別の国にいた時は異端だと言われた、ロードと共に追われた時もあった。その為友達らしい友達を作れず街を転々をする日々。

 特に困った事はない、普通ではないのだからそれが当たり前だとずっと思っていた事だ。
 けれど何故だろう、この二人に異端だと思われて寂しくなってしまった、友達ではいられなくなってしまうのだろうか…そう考えただけで切なくなった。

 じわりと、涙腺が緩んでしまいそうで慌てて引き締める様に頬をバチっと叩けば突然の動きにびくっと肩を跳ねさせてしまう。

「ど、どうした急に」
「気合入れようと思って…?」
「枯れ木を消し炭にする気か、やめろお前」
「イヴァン!流石にアグニもそんな事しないって!炎ありがとな、これで今晩は暖かいよ」

 咄嗟に出してしまった炎、引かれてしまうかもしれないと思ったが感謝の言葉に益々涙腺が緩んでしまう。頬を引っ張りながら泣かない様に努力をしながら、突然の変顔につい笑みが溢れてしまう。
 楽しそうに笑う彼女の様子にムズムズとした感覚が反り立つ、なんだろうかこの感覚は。

 くすぐったくて、でも悪い気はしない。
つい此方も笑みが溢れてしまう、そんな気持ちに口角が上がっていく。

「アグニ、なんだよ急にそんな変な顔して…ふふ、っ!」
「へへ、なんかつい出ちまった」
「は、ははっ!アグニー!やめろってその顔ー!」

 グニグニと形を変える様に頬を引っ張れば釣られてどんどん笑みが溢れてしまう。
 お腹を抑える様にして笑う様子を眺めつつ満たされていく感覚に此方を抱える様にして笑ってしまう。
 楽しい、嬉しい、そんな気持ちが溢れる。

 二人の楽しそうなやり取りに不服そうにしながらも彼女が楽しそうな為に目を瞑る事を選び、枯れ木を足し火を絶やさないようにしようと心掛ける。

 そんな穏やかな時間、急に目つきを変え既に暗くなってしまった荒地へと視線を向ける。

「は、っ……イヴァン?どうした?」
「静かに。…誰かいるぞ」

 静かな声色で告げられれば先程の空気とは一転し冷たい空気が流れる。
 誰かいる、それだけでは特に驚きもしないが此処は荒地の場所。明かりがあるとは言えこんな辺境な地に来る人が普通の人の可能性は低い。

 同業者だろうか、それとも山賊などの可能性もあるが一体どれなのだろうか。
 だが警戒をしている様子からしてどうやらまともな人ではない事は確からしい。

「……五、十……三十人くらいか。どうやら俺達に用があるらしいな」
「こんな時間にこんな場所でどんな用があるって言うんだ」
「腹が減った、とかじゃねぇの?」
「それぐらい穏便に済めばいいがな」

 ピリつく空気に戯けて見せるもどうやらそんな雰囲気にはなれそうにない。
 じわりと近寄ってくる大柄な男達、身なりからして山賊の様にも見えるがそれにしては随分と人数が多い。寄ってたかって何の用事なのだろうか、穏便に済ませられないだろうか…そんな事を考えていれば大柄な男達の間を縫って一回りに小さめの青年が近寄って来る。

 見慣れぬ姿、周りの男達と同じ様な身なりだが周りよりも少々高価な物を身につけている様子からしてどうやらこの男がリーダーの様だ。

「なんやぁ?いい女がおる言うから来たのに好みの女おらへんやん」
「す、すんません御頭。けど此奴ら縄張りに入ったもんで…」

「あかんあかん。落とし前は自分らでつけなあかんよ、いっつも自分言うてるやろ、なぁ?」

 バチッ、と大きな音と共に御頭と呼ばれる青年の手には黒い稲妻が走っている。
 どんどんと大きくなる稲妻の音に周りの男達は距離を取る様に後退りするがそんな事を気にせず口角を上げニヤニヤと笑うと同時に一人の男に黒い稲妻が注がれる。

 黒く光る稲妻は、目の前を激しく光らせ、そして耳には地鳴りの様な重低音が響く。
 反射的に目を瞑ってしまえば、その間1秒すらなかった間に一人の男は焼けた匂いをさせその場で崩れる様に膝をつき真っ黒に染まっているのだ。

「さぁて、次はそっちの三人、誰からまずやられたいん?」

 一瞬の間に味方と思われる男を稲妻で黒焦げにしたのに、何故この青年は楽しそうに笑っているのか。

 突然の襲来に体が思う様に動かない三人。
 この男は一体何者なのだろうか。

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