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3. お互いの色のタグ


「そろそろギルドで身分証を登録しないといけないな」
「ん?ひふほ?」

 店主のおじさんから貰ったパイを二切れ程平らげ三つ目を頬張っていた最中、投げ掛けられた…いや独り言だろうか。
 少々小さめの声色で呟かれた言葉に反射的に手が止まる、口元にパイが残ったまま身体全体を向ける様にすれば同じくパイを食べていた手が止まる。

 もぐもぐと咀嚼を繰り返しつつ、互いに目が合えばとりあえず先に三つ目のパイを口の中に入れる事を先決したのかそのまま無言を貫く。
 あっという間に収まればそのまま口元をハンカチで拭いつつ再び視線を向ける。

「お前はまだ作っていなかっただろ」
「……あ、そういえばそうだった。イヴァンはもう作ったんだっけ?」
「…まぁ、作りはしたがもう一度作り直そうと思ってな」
「あれ?イヴァン、タグ持って無かったか?」

 生きる為には硬貨が必要となるが一般人が討伐などをしてギルドに売りに来ても登録を済ませていない者の買取は禁止されている為、稼ぐにはギルドにて身分証を発行してもらう必要がある。
 例外も存在するが基本的に身分証を発行するのはギルドにて行われており、稼ぐ為には必要な事。

 そんな中"タグ"と呼ばれる身分証は必要不可欠な物である。
 自身の名前が刻まれたタグは街へ行く為の通貨方法、依頼を受ける為に必要であり常日頃から持ち歩く事が必須条件。無論タグ無しで街を行き来する事は可能だが手間が掛かってしまうのもまた事実。

 今ではほとんどの者が首からタグを所有しており、青年もまた一時期は持っていた様子だが。

「…失くした」
「イヴァンも結構抜けてる所あるよなぁ、失くしちゃったのはしょうがないな」
「嗚呼、そうだな…」
「それじゃ登録しに行かなきゃなぁ。難しいことはないんだろ?」
「手間もそんなに掛からないからな、すぐに終わるだろう」

 片手間におまけのスコーンを口の中に放り込みながら残ったパイを再び包み直す。
 この場で全部食べても良かったのだが折角美味しい物なのでまた後ででも食べたいらしい、互いに食べた為か随分とサイズの小さくなった様を横目にグッと伸びをする。

 お腹を適度に満たされたからか、満足そうな表情を浮かべ背伸びをする様に身体を伸ばししっかりと包みを抱える。

 王都が近いこの街だとギルドは複数存在するだろう、遠くへ足を伸ばしてもいいが登録するだけなのにわざわざ離れた所を選択する理由も無いだろう。
 ならば、と此処から近い所を探そう…そう思い噴水近くにある大きな掲示板へ。

 街の地図があり、そこにはこの街のギルドの所在が記されている。
 点々と印が付いており、小さなギルドから大きなギルドまで様々に点在しているが何処の場所に行っても登録方法は変わらないだろう。

「此処からなら此処とかどうだ?ほら、来る時に見たでっかい奴」
「彼処か。人通りが多そうだが、まぁ…遠くに行くのも面倒だからな」
「それは俺も思う。じゃ早く登録しに行こう!機会逃してずっと登録出来なかったからさ」
「引っ越ししたてでもう資金が空に近いからな」

 何事も働かなければお金は得られない。
 既にこの街に越して来た事で殆どのお金を使ってしまった為、早めに依頼を受けなければならない。

 互いにもう子供でもない、自分で仕事を選び行う事が出来る。此処に来るまではギルド経由ではなく頼まれ事などをして資金を稼いでいたが流石にたまるに貯まらない。
 これで漸く互いにそれなりの報酬がある依頼が受けられる。

 善は急げ、太陽が照り付ける中ギルドへと向かう。

*****

「すみません、身分証の登録に来ました」

 それから歩いて数十分程、目的のギルドに到着すれば大きい建物の中はやはり人が溢れていた。
 活気ある様子を横目に登録すべく受付と思われるカウンターへ人の間を潜りつつ辿り付く。

「はい、身分証の登録ですね。お二人共、で大丈夫でしょうか?」
「お願いします」
「それではタグを持って参りますので少々多少お待ち下さい」

 受付嬢がお辞儀と共に下がり、互いにとりあえず座って待つ事にした。
 カウンターの前に備え付けられている椅子に座りつつガヤガヤと騒がしいギルド内に、少々眉間に皺を寄せてしまう。そんな様子にもう少し静かな時間帯にこればよかった…と密かに後悔する彼女。

 急げ、とは思ったものの不快な気分にさせてしまっただろうか。そんな彼女の思考を読み取ったのか、チラリと視線を向けた後に軽くトン…と触れ合う肩。

 気にするな、と言わんばかりの視線につい 笑みが溢れてしまう。
 優しいのか、甘いのか、そんな事を考えていれば受付嬢はタグを持って現れる。

「此方のタグからお好きな物をお選び下さい」
「どれでもいいのか?」
「はい」

「…ん、と」

 タグは色別で別れており、形はひし形と丸型の二択。無論他の形もあるだろうが此処ではこの二種類の様だ。
 つい敬語が砕けてしまうがそんな事に気づかず彷徨う様に手が動いてしまう。

 折角のタグ、どうせならいい物がいい。
 迷う様に考えている横で伸びる手はそのままひし形でオレンジ色のタグを手に取る。

「俺はこれを」
「イヴァンは、オレンジ色?好きだっけオレンジ色」
「嗚呼、俺の好きな色だ」
「じゃあ俺はこれ、これがいいな」

 オレンジ、と小さく呟いてからならばと伸ばした手は同じくひし形の青色のタグを手に取る。
 まだ何もないクリアタイプとタグは魔力を込める事によってそこに自身の名を刻む事が出来るのだ。

 互いに取り、其々魔法陣が描かれた机の上に置きそのまま掌をタグへと重ねる。
 ゆっくりと、丁寧に、魔力を注ぐ様にタグへと伝わせていけばじんわりと感じる熱。
 タグに刻まれていく証拠であり、そのままゆっくり魔力を込めていけば魔法陣が浮き彫りになっていきそのままタグへと収束していく。

 魔法陣が収まり、手を退ければそこにはしっかりと自身の名が刻まれている。
 ちょっぴり歪な青色のタグ、丁寧に刻まれたオレンジ色のタグ、魔力の扱い方によってはばらつきがあるのだ。

「はい、それでは一度お預かり致しますのでもう少しお待ち下さい」

 それぞれのタグを受付嬢に渡せばギルドへ登録を始める。

「……お前青色が好きだったか?」
「え?好きだよ俺青色、それにこのタグクリアタイプだから透けててすげぇ綺麗だし」
「まぁ、そうだな。…だがお前は赤色を選ぶと思っていた」
「赤色かぁ、赤も好きなんだけどな」

 不意に投げ掛けられた素朴な疑問。
 互いに選んだ色が少々意外だったからなのか、いまいち濁った様な回答にいかんせん納得があまりいかない。

「イヴァンさんは一度登録されていますが登録のし直しでよろしかったですか?」
「嗚呼」

「分かりました。…お返し致します、これで身分証の登録は完了致しました。依頼を受注される際はタグをお忘れなくお待ち下さい」
「ありがとう」

 返されたタグ、これで登録が終わった様だ。
 チャラり…と揺れるタグをそのまま首元に掛けながら自身の名前が刻まれている部分をなぞる。
 我ながら歪過ぎたな、と考えつつもこれで漸く依頼を受けられるのだ。

 受付嬢に軽く頭を下げ、このまままずは掲示板を見ようか…と沢山の依頼が張り出されている掲示板へと足を向ければ案の定の人混みの多さ。
 この多さはもう少し落ち着いてからの方がいいかもしれない。

「…俺がオレンジ色を選んだ訳だが」
「ん?」
「お前の瞳の色、だったからな」
「……なんだ、同じ理由か」
「………」
「俺も、イヴァンの瞳の色と同じだったからこれの色にしたんだ」

 相変わらず騒がしいギルド、その中で聞こえるか聞こえないかの声色で本音がぽろり。
 不意打ちとも言える理由に笑顔が溢れ、ちょっぴり耳が赤くなったのは互いに知らない事だ。


 それぞれ胸元で揺れるタグは互いの瞳の色と同じ色をしているのだから。

しおり