プロローグ 少女と少年
草花が広がる孤児院内でその日もただ変わらない日を過ごしていた。
"貧しい暮らし"と周りから見たらそう見えるだろう生活に特に不審にも思わず、流れる日々を感じていたある日見慣れない貴族が訪ねてきた。
子供達には目をくれず淡々と話す男性とそこに連れられていた一人の少年、その少年の目はまるでその男性を写しておらず距離を置くように立っていた所から院内へと入り込んで行った。
咎める者はいない、身なりの良い服装に周りの子供達はヒソヒソと小声で話ながら少年は気にする事無く黙々と奥へと進んで行く。
ふと、少年は立ち止まる。
視線を向けた先には一人の少女、座り込み花を覗き込む少女にゆっくりと近付けばパッと背後を振り返る。
「なに、してるんだ」
「…おはな、見てたの。あなたは?」
「ただの付き添い。あっちにいる奴について来ただけ」
素っ気ない少年の態度に少女は特に気にする事なくゆっくりと立ち上がる、土埃のついた膝を叩きながら少年にそろりと近寄り少女は不思議そうな目を向ける。
「寂しそうな目してる」
「……は?」
「うーん、悲しい事あったの?」
少女の問いかけに少年の目は丸くなるがすぐ様瞳は伏せられそっぽを向く。その様子に益々不思議そうな目を向けつつも両手を組み何かを考える様に唸る少女にじとりとした視線を向ける少年は小さな息を溢す。
何を突然言っているのかわからない、そう少年の目は告げていた。けれどそんな事は知らず少女は頭を抱える様にして考えていた。
「…そうだ!寂しいなら私と一緒にいよ?」
「急に、何言って…」
「それとも私みたいな子供と遊んじゃだめ、って言われてる…かな?」
ドキ、と父親の言葉が脳裏に浮かぶ。
貴族に生まれたからには庶民の者と交流するな、と…まだ幼い少年にとって理解しにくい言葉であったがそれでも周りから隔離された様に育てられている少年にとってそれが当たり前になりつつあった。
まだ幼過ぎる少年にとって自分と歳の近い子と交流する場所は常に親の目がある舞踏会や会食ばかり、年相応に遊ぶ事も笑う事も許されない。
「……彼奴が、遊んじゃだめ、って」
「…お父さんが?」
「……ん」
「なら内緒で遊ぼ?私あなたとお友達になりたいな」
「…おれ、と?でも、でも…」
「大丈夫。私あなたの所に行くから、私あなたと一緒がいいな」
ぎゅっと握られた手はとても暖かくて、先程まで暗く沈んでいた気持ちが一気に浮かんで来る。
こんなにも歳が近い子とまともに話した事がなかった少年は少女の言葉にじんわりと温もりを感じる。嬉しくて嬉しくて、そのまま小さく頷く。
そうすると少女は嬉しそうに瞳を輝かせそのまま満面の笑みを浮かべるのだ。
「私の名前、ファイって言うの。あなたの名前聞いてもいい?」
「俺は…イヴァン、イヴァンだ」
「イヴァン。えへへ、イヴァン…!カッコいい名前だね、私好き!」
「…あり、がと」
少年と少女は互いに手を握り、互いに嬉しそうな笑みを浮かべる。
──これが少女ファイと少年イヴァンの最初の出会いである。