証明
ルーチャは逡巡する。この男は今、初めて会ったばかりだ。
密偵がいた?そんな隙はつくって無い。とにかく、話をしてみるしかない。
男は、彼女にだけ聞こえるようにそっと呟いた。
「オレはギリーだ。大丈夫」
ルーチャは、言葉を返すことが出来なかった。
男は続ける。
「証明しようか」
懐から数粒の実と花を取り出す。カメロンだ。
実を指で潰し、男の緑髪に黒汁が滴る。
液が流れ落ち、緑髪の一部が夜の闇に溶け込んでいく。
その黒汁に花紛を当てる。
汁はピンクに変色し、3色になった髪が出来上がる。
そしてルーチャの顔をうかがった。
「これでもダメか?なら…」
「いや、十分だ」
ルーチャの返事を聞いて男は頷き、一歩引いた。
そして、周囲に聞こえる声で再び言い放った。
「我々は投降する!」
「了解した。総員、捕らえよ!」
こうして、小さな島の戦いは幕を閉じた。
ギリーは意識が遠のく中、ただひたすら願っていた。
生きたい。
まだ終わってない。
体はもうピクリとも動かない。
照り付ける太陽があんなに暑かったはずなのに、体は冷えきっている。
自身を背負う男の温度も分からなくなってきた。
撃たれたのは親父を助けたからだ。もしあの時、こうなるとわかっていたらオレはどうしただろうか?きっと変わらない。だから、何も後悔はない。
だけど、ここで死ぬのを受け入れるなんてのは到底無理な話だ。
一度は救われた命。救った主は「死ぬな」といった。その誓いを守れずして何になる?
オレも約束を破るのか?
いやだ。
生きたい。
生きたいーーー
「ガハッ」
大きくむせながら、男は目覚める。紫色の野菜が口からこぼれ出る。
天井が見える。随分ときらびやかな装飾が施されている。
「ゲホッゲホッ」
「リッジ兵長、大丈夫ですか!」
目の前に兵士の顔が現れる。どういうことだ?
驚いて体を起こす。少し違和感がある。
辺りを見渡すと、豪華な装飾品が目立つ家具が散見される。目の前にあったテーブルには見たこともない色どりに満ちた料理が並んでいる。
「リッジ兵長!」
他の兵士も叫んでこちらに向かって来ている。敵意は感じられない。
「聞こえていますか!?兵長!」
リッジ…兵長?
「ウッ」
ズキンと腹の奥が痛む。そこから、何かにこじ開けられているように痛みが広がっていく。
思わずその場にうずくまる。
「ウウッ」
「兵長!」
数秒ほど経って、全身に回る痛みが消えた。
会話を試みてみる。
「なんだ?」
野太い声が響く。オレの知ってる声ではない。
「お体は…」
「心配するな」
「了解しました。報告します。原住民が反乱を起こしています!発砲によりレイジード様がやられました!」
「指示をお願いします!」
原住民の反乱?レイジード?意味が分からない。
だが、こいつらの赤い兵服、兵帽は知っている。
…まさか!
近くに見える窓に駆け寄り、両手でつかんで思い切り開け放つ。
目に飛び込んできたのは見知った町の景色だった。
レンガを積みあげられて出来た4つの家、それを囲う大きな石壁。
眼下に見えるのは石畳で舗装された大通り。だが、そこにはいくつものテーブルや料理が散らばっており、一目で異常と分かる。
その異常な道を歩いていく人の群れ。
先頭に立つ黒づくめの人間は…ルーチャだ!
瞬間、目があった。彼女の黒い瞳は吸い込まれそうなほど深く、底が見えない。
いま、彼女が見ている者は兵長で「敵」だ。オレではない。
そうと分かっていても、背筋に悪寒が走った。思わずドアを閉じる。
「兵長、どうされますか!」
思考を巡らす。オレはギリーだ。生きていると考えていいだろう。だが、体は別人だ。
今、いま出来ることは何かーーー
もう一度辺りを見渡す。目の前にいる2人の兵士の他に、ソファに座り、悠長にグラスにワインを注ぐ男が一人。ちょび髭をはやし、骸骨のようにやせこけた顔は不気味というほかない。だが、他の兵士と違い真っ赤な隊服の記章には星が記されている。
「俺を見たってしょうがねえだろうよ。リッジさんよお」
この体の持ち主と同様、兵士長なのだろうか。だが、判断を任すというのであれば、こちらにとっても好都合だ。
兵士たちに下す選択肢は突撃か籠城、投降といったところだろうか。自棄になっての突撃は多くの死者を出すため、最も避けたい選択肢だ。すると、籠城か投降のどちらかだ。
ならーーー
「投降をする」
「…かしこまりました」
兵士たちは静かに答えた。指示は通るようだ。
だが問題は
「へえ、あきらめちまうのか」
この骸骨兵長だ。果たして納得するのか?
「人数、武器共に彼らの方が多い。それに既に包囲されている」
「まあ、それが賢明な判断なんだろうさ」
随分と軽い。どういう状況か本当にわかっているのか?
「従ってもらうぞ」
「ああ、分かったよ」
苛立っているのか、随分と険のある返事が返ってきた。
ルーチャは随分と慎重にやるはずだ。ギリーは辺りを見渡し、思いつく。
豪華に盛られた料理の真ん中に添えられた飾りに手を伸ばし、懐に入れた。
階下に降り、窓から銃口を向ける兵士たちに指示を出す。
「我々は投降する!銃を下ろせ!」
「ですが」
「ですが…何だ?」
「い、いえ!かしこまりました!」
ギリーは兵士を引き連れ、包囲の中へ歩んでいった。