16話 会いたくて
雑談もそこそこに、私は意を決して切り出した。私を助けてくれた人は……クズ女を殺した人は、どうなったのかと。
何を言われても、必ず受け止める。そんな覚悟でバクバクと鼓動する胸をぎゅっと押さえていたが、両親はきょとんとした顔を見合わせてしばらく沈黙した後、信じられないことを言い出した。
「えっと……のどか、あなた何を言ってるの? そんな人がいたなんて、私達は聞いてないけど……ねえ?」
「あ、あぁ……相手の子は、急に苦しみだして亡くなったとしか……。たしかに、首を絞められた跡はあったらしいが、死因は原因不明の窒息死だと警察は言っていたな」
「え…………? そ……そん……な…………」
そんなバカな!
周りを気にする余裕なんて全くなかったが、あの時あの場には少なくとも十人以上は集まっていた。そんな衆人環視の中で堂々と人を殺した人間を知らない? 警察も? そんなはずない。あり得ない。
「のどかを助けたっていうなら、あの人でしょ? ほら、ここの看護師さん。本当に良かったわ、あの人がいてくれて」
「ああ、そうだな……。あの人も、そんな人がいたなんて言ってなかったし……のどかは意識が朦朧としてたから、きっと夢か何かと混同してるんじゃないか?」
「っ…………」
違う……嘘だ……私は、たしかに先生を見た。先生の声を聞いた。あれが夢や幻なわけがない。
だけど……お母さん、お父さん、警察、看護師のお姉さん。全員に否定されてしまうと、さすがに自信がなくなってくる。
たしかに、あの時の先生はいつもと様子が違った。いくら相手がゴミクズとはいえ、先生が躊躇なく人を殺すのも違和感がある。だけど……。
……いや。いいじゃないか、私の勘違いで。たかだか私が腑に落ちない程度で先生になんの迷惑もかからないのなら、それが一番だ。
「……あ~……うん、そうかも……。ごめんね、お母さん、お父さん、変なこと言って……ははは」
とにかく、先生が逮捕されることはない。もう安心していい。またいつでも会える。またいつでも話せる。わけが分からないが、そういうことなのだろう。
予期せずみんなから太鼓判をもらったことで、どんよりと曇っていた私の心に、眩い太陽が差し込んで綺麗な虹がかかったような、そんな晴れ晴れとした気分になった。
ああ……早く退院したい。
早く会いたい。
早く話したい。
そして、助けてくれたお礼を言わなくちゃ。いや、それは私の気のせいだったっけ……まあ、どっちでもいいや。
最初は、怪しい場所で出会った変な人だった。
不意に声をかけられて、もしかしたら不審に思ってすぐに帰っていたかもしれない。あるいは、出会わずに自殺していたかもしれない。むしろ、その可能性の方がずっと高かった。
だけど、私は先生と出会った。気づけば先生に全てを話していた。気づけば一緒にいると心が安らいだ。気づけば毎日会いに行っていた。気づけば背中を追いかけるようになった。気づけばずっと隣にいたいと思うようになった。
私を苦しめる奴は、もう誰もいない。
これから先は、頑張ればきっと夢で見たような幸せな未来が待っている。
なんとなくだけど、この時はそんな希望に満ち溢れていた。
そう、この時までは…………。
待ちに待った退院の日、私はすぐにいつもの樹海へと駆け出した。
しかし、そこに先生はいなかった。
次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、先生はいなかった。
平日は放課後から暗くなるまで。休日は朝からずっと。私は何日も何日も森中を探し回ったが、それでも先生は影も形もなかった。
あんなに会っていたのに、私は先生の住所も、連絡先も、勤めている学校も知らない。先生から話してくれなかったから、話したくなさそうだったから、なんて言い訳にもならない。今となっては、後悔しかない。
私は、近所の学校に片っ端から連絡した。毎日あの樹海に来ていたのなら、勤め先もさほど遠くはないはずだと思った。
だが予想は外れ、どの学校からも「そんな人はいない」「そんな人は知らない」と言われた。候補が一つ、また一つと減っていく毎に焦りは徐々に募っていった。まるで、先生が……春原大晴という人間自体が存在しないと言われているようだった。
焦りは諦めに、やがては絶望に変わりそうになった、ある日。
とある意外な学校で、ついに私は先生の手がかりを見つけることができた。