赤ちゃんががが その1
「て、て、て、店長さん、ご、ご、ご、ご無沙汰しておじゃりまするぅ」
その日の営業を終えたばかりのコンビニおもてなし本店に、ヤルメキスがやってきました。
ルア工房のパラランサくんと結婚しガタコンベにあるオルモーリのおばちゃまのお屋敷で暮らしているヤルメキスですが、少し前に出産しまして目下絶賛育休中なんですよね。
ちなみに、ヤルメキスですが……12つ子でございます。
ヤルメキスが元々多産な蛙人だからこその12つ子なんですけど……スアによると
「……蛙人でも、一度に10人以上は、希」
とのことでしたので、やはりヤルメキスは特殊だったみたいですね。
ちなみに……
そんなヤルメキスの後方に、ゴーレムが続いています。
このゴーレム、スアが召喚して改造を施した魔獣なんですけど……
その胴体部分が後方にずどーんと伸びています。
そこが縦3列横4列に間仕切りされていまして、その中にヤルメキスの赤ちゃん達が寝ているんです。
これ、スア曰く『ゴーレムベビーカー』というそうです。
胸の部分が棚になっていて、そこに粉ミルクを作り置きして置いておくと、赤ちゃんがミルクを欲しがって泣き始めると胸から上部分だけを180度回転させて腕を伸ばし、胸の中にある粉ミルクを泣いている赤ちゃんに飲ませる機能までついているそうなんです。
他にも、おしめ交換をしたり、ぐずっている赤ちゃんを個別に抱き上げてあやしやりと、様々な機能を有してもいるんです。
これらの機能は、すべてスアが自分で子育てをしてきた経験に基づいているんですよね。
僕とはじめて結婚して、はじめて出産して、はじめて子育てを経験したスアですが、
「……これが子育て……ふむふむ」
と、いった感じで、日々の出来事を事細かくメモにまとめては、翌日以降に役立てて……そんなことを繰り返していた次第でして、その経験を魔女魔法出版から
「魔法使いのはじめての子育て」なる子育て本や、
「魔法使いはぽよんぽよん魔獣にぽややん」なる子育てエッセイ本まで出版しているほどなんです。
ちなみに、どっちもパルマ世界の超ベストセラーになっていまして、シリーズ10巻越えにして、全巻重版三桁を突破しているそうです。
そんなスアが作成したゴーレムベビーカーへ視線を向けているヤルメキスですが、
「す、す、す、スア様が作ってくださったこのゴーレムベビーカーのおかげで、こうして外出することも出来るようになったでおじゃりまする」
ヤルメキスは、笑顔でそう言いました。
その後方のゴーレムベビーカーは、
「ヤルメキス様のためならいくらでも頑張りますわ」
そう言いながら軽く頭を下げていました。
「わぁ、赤ちゃん可愛いです!」
駆け寄ってきたパラナミオが、嬉しそうにゴーレムベビーカーの中を覗き込んでいます。
そんなパラナミオに続きまして、リョータやアルト・ムツキにアルカちゃんまで駆け寄って赤ちゃんを見つめていました。
そんな中、アルカちゃんは
「リョータ様の赤ちゃんを早く産みたいアル」
そう言いながら、その顔を真っ赤にしていたのですが、
「私のいないところでイチャイチャするのは許さないんだからね!」
そう言いながらビニーがすごい勢いで店内に駆け込んで来ました。
ルアとオデン6世さんの娘ビニーは、コンビニおもてなし本店の向かいにありますルア工房ガタコンベ本店で暮らしているのですが……時折こんな感じでリョータとアルカちゃんが仲良くし過ぎていると駆け寄ってくるんですよね……
で、まぁ、ゴーレムベビーカーと子供達に赤ちゃんを任せて、僕はヤルメキスと応接室へ移動していきました。
いえね、今回ヤルメキスが来店してくれたのは、僕が呼んだからにほかならないんです。
と、言いますのも、ヤルメキスの屋敷に居候しているケロリンから
「さ、さ、さ、最近はゴーレムベビーカーのおかげでお出かけも難しくないみたいですよぉ」
そんな話しを聞いていましたので、ならば、と、時間のある時でいいので、1度コンビニおもてなし本店に寄って欲しいと伝えておいたんです。
「……と、いうわけで……ヤルメキスにも無理ない範囲で構わないからパルマ生誕祭ケーキの作成というか、新商品の開発に協力してほしいんだ」
僕がそう言うとヤルメキスは
「ほ、ほ、ほ、本当でごじゃりまするか!?」
そう言うと、ぱぁっと顔を明るくしました。
そして
「わ、わ、わ、私、もうこのコンビニおもてなしに不要なんじゃないかと不安で仕方なかったのでおじゃりまする。こ、こ、こ、このヤルメキス、店長様のために、コンビニおもてなしのために目一杯頑張らせて頂くでごじゃりまするぅ」
そう言うと、その場でジャンピング土下座していきました。
下がソファですので、ヤルメキスはそのソファの上で一度大きくはずみながら土下座していた次第です。
……実は、今回のこの申し出はコンビニおもてなしのためというよりも、ヤルメキスのためといった意味合いが強いんです。
いえね
さっきヤルメキス本人も言っていたのですが
『わ、わ、わ、私、もうこのコンビニおもてなしに不要なんじゃないかと不安で仕方なかったのでおじゃりまする』
なんてことを、最近のヤルメキスは家でも呟き続けていたそうなんですよ。
と、いいますのも……今までヤルメキスが中心になって取り仕切っていたヤルメキススイーツなんですけど、ヤルメキスが産休育休に入っても普通に商品開発・製造出来ていたわけです。
どうも、それでヤルメキスは「自分がいなくてもヤルメキススイーツは問題ないでおじゃりまする……自分、いらない子でおじゃるでしょうか……」的な感じで不安になってしまっていたようなんです。
もともとお菓子づくりの腕前はかなりの物だったのに、どこにも雇用してもらえなくて苦労しまくっていたヤルメキスなもんですから、こういう時に考えなくていいことまで色々考えてしまうみたいなんですよね。
そのことを、ケロリン・オルモーリのおばちゃま・パラランサくん達から伝え聞いていた僕が、少し余計なお節介をさせてもらった次第です。
もちろん、ヤルメキスが手伝ってくれるとなるとすごく助かります。
一見、問題なく回っているように見えるヤルメキススイーツですけど、その内情は結構ギリギリですからね。
求人はかけ続けているのですが、いまだに条件を満たしている人は皆無。
チュ木人形も、お菓子作りのような細かな作業は出来ません。
そのため、現状は僕を中心に従事可能な店員に加わってもらって日々どうにか回しているわけですから。
その後、ヤルメキスとも相談しまして、とりあえず週に2日、半日勤務をこなしてもらうことにしました。
「ただし、無理は禁物だからね。オルモーリのおばちゃまやパラランサくんのストップがかかったら絶対に休むこと。いいね」
「りょ、りょ、りょ、了解でごじゃりまするぅ」
僕の言葉に、ヤルメキスは嬉しそうに笑いながら、再度ジャンピング土下座していきました。
……うん……久しぶりにこのジャンピング土下座を見ることが出来たけど、やっぱりこれを見るとホッとしてしまいます。
ひょっとしたら、6号店店長のチュパチャップが、アレーナにスカートを毎日のようにズリ下げられまくりながらもどこか嫌がっていない感じがするのも、この気持ちと似た部分があるのかも……
ま、まぁ、この件に関しては、加害者であるアレーナも
「な……なぜ私は毎回毎回店長のスカートを……」
と、いった具合で、事後毎回すごく後悔し、反省もしているみたいですので、あとはチュパチャップにお任せしておこうと思っています。
◇◇
で、ヤルメキスを見送った僕達なんですが、
「赤ちゃん可愛かったね」
「はい、すごく可愛かったです」
そんな会話をパラナミオと交わしていたところ、
「パラナミオも、早く赤ちゃんを産みたいです」
そう言ってにっこり微笑みました。
……うん
なんでしょう……
パラナミオの赤ちゃんなら絶対可愛いよな、と思いつつも……相手は誰? と、思ってしまうのは、やはり男親の複雑な心模様と申しますか……
階段から顔をのぞかせていた、パラナミオのことがお友達として大好きな令系魔獣のシオンガンタまでもがなんか涙目をしていたわけでして……
そんな複雑な笑顔を浮かべている僕の前で、パラナミオは言いました。
「はい、大好きなパパの赤ちゃんを産みたいです」
そう言いながら僕に抱きついてくれました。
その無邪気な笑顔を前にして、僕も心の底から安堵のため息を漏らしたといいますか……
やっぱりまだまだ一緒にいてほしいと思う男親心なわけです、はい。