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雨宿り

下校中、突然の大雨に降られた俺と最上。天気予報の降水確率はマッタクもって当てにならない。
俺たちは息を切らせ、傘も差さずひたすらに走った。

「ふぃー…スゴい雨だったな」

自宅玄関の扉が外気を遮断してようやく、ホッと一息つく。

「天気予報で雨なんて、一言もいってなかったのにな」

「はぁ、おかげでびっちょびっちょ……」

ため息をつきながら、ぐっしょりと濡れた靴下を脱ぐのは、同級生で友達の最上。小柄なからだにはYシャツがぴったりと張りつき、うっすらと健康的な褐色肌が見え隠れしている。

……前から思ってたけど、Yシャツ直着は止めろ。インナー着ろ、インナー。

「風呂入ってこいよ。着替えは貸してやるし」

「そう?なんだか悪いな~」

「別にいいって、ほら、持ってってやるから、早く風呂場に行けよ」

「んー、じゃあさ、たかさきも一緒に入ろうよ!」

「……!?」

最上から何気なく発せられたダイナマイト発言に思わずショート寸前の俺。

無理もない。何を隠そう俺は、最上にカタオモイ進行中。その相手に風呂に入らないか、なんて誘われちゃった日には、もう……。

「……俺は最上の後でいい」

なるべく不自然にならないよう、気を付けながら言葉を絞り出す。

「お前だってびしょびしょなんだ。早く入らないと風邪引いちゃうだろ」

「別に平気だって」

「ていうか、たかさき顔赤くない? 雨か!? 雨のせいか!?」

「いや、違っ……!」

それは明らかにオマエのせいだっ!

「んー?」

怪訝そうな顔でジッと俺の顔を除き込んでくる最上。上目遣いかわ……じゃなくて。

「たかさき、お前……」

「な、なんだよ」

なにかに気づいた様子の最上。まさか、俺のやましい気持ちがバレ……!?

「もしかして、恥ずかしがってるのか?」

「は?」

「家の弟も最近、一緒にお風呂に入るのイヤがるんだ。そーゆうの『思春期』って言うんだ!オレ、知ってる!」

フフーンと少し得意そうな様子の最上。まぁ、半分当たりっちゃあ当たりだけど……。

つーか、『最近』まで一緒にお風呂に入ってたってなんだよっ!?あの最上とは似ても似つかないサイズ感のあの弟と!? 『最近』って半年か? 1ヶ月か? それとも、数日前!?

「……やっぱり俺も風呂入る」

最上の言う通り、俺はビチョ濡れだ。濡れたままイコール風邪。そう、今は緊急事態だ。決してムキになっているのではない。決っして。

「マッタク、男同志でなにを恥ずかしがることがあるっていうんだろうな」

脱衣場までくるとYシャツのボタンをプチプチと外す最上。あっという間に、華奢な上半身が白日のもとへと晒される。
しっとりとした艶やかな褐色肌……つるんとした平野にのる薄桃色の小さな粒に、思わず息を飲む。

「突っ立ってないで、たかさきも早く脱げよ」

「お、おぅ」

ベルトに手をかけ、スルスルとスボンを脱ぎ。躊躇なくパンツを引き下ろす最上。お前の可愛いさに、その男らしさはキケン過ぎるぞ!?

「……俺、着替え持ってくるからお湯入れて、先に入ってろ。濡れた服は洗濯機に放り込んどいてくれ」

「分かった。ありがとな、たかさき」

俺の内心とは裏腹に、最上はニコッと無邪気な顔と小ぶりで柔らかそうな尻を見せつけ、風呂場へと消えていった。
たくっ、人の気も知らないで……。
チラリと見てしまった最上のものが思わずして脳内を走る。小柄でちょこんと可愛いらしい最上のアレはご主人様通り、ちょこんと可愛いらしくて……そもそもこの状況。男同志とはいえ、好きな子と二人きりでお風呂に入るこの状況。かなりヤバいんじゃないか?なんかもぅ、俺……。

「少し、頭冷やそ…」

両手で頬をバシッと叩いて、煩悩を打ち消す。そんなことで消える煩悩なら、苦労してないんだけど。まぁ、気休め程度に。

※※※

「ふぃー、いい湯だな~」

向かい合わせになって湯に浸かる俺と最上。我が家の風呂はわりと広い方だと思う。それでも、二人で入ればやっぱり多少なりとも密着せざる負えないわけで……。

「たかさきの家のお風呂は、広くて快適だな」

お湯をパシャパシャしながら無邪気に笑う最上。熱めに入れた風呂のせいもあるけど、なにより最上とくっついてる部分が熱い。

「んー、それにしても」

「……なんだよ?」

ジッと俺のからだを見つめる最上。

「前から思ってたんだけど、たかさきって結構ガッシリしてるよな。鍛えてるのか?」

「特別鍛えたりとかはしてないな」

「へえぇ、それでこの仕上がり。なぁ、触ってみてもいい?」

「は?」

ナンテ?

「オレの筋肉と比べたいんだ。ダメ?」

「別に構わない、けど……」

多い構わないが、多いに構うという矛盾。だが、好きな子に「ダメ?」と可愛いらしく聞かれて断れる奴がどこにいるものか。俺はソッコー白旗を挙げる。

「おぉ、これぞまさしく筋肉!」

最上のちっちゃくて細い手が俺の腹に触れる。自然に触れたのとは違い、しっかりと最上を感じる。触れられて嬉しいような、恥ずかしいような、気まずいような。そんな複雑な心持ち。

「たかさきの堅い」

誤解を生むようなセリフは止めろ。堅くなりつつある理性を刺激するのはマジ止めてくれ。

「良い勉強になった。ありがとな、たかさき」

「最上は筋肉つけたいのか?」

「ん、そりゃもちろん! ガチガチムキムキの隆々とした筋肉といえば、男の永遠の夢でありテーマだからな」

中二にして、未だ小学生に間違われるサイズ感の最上。俺はそんな最上が可愛いし、愛しくて堪らないけど、本人からしたらコンプレックスなんだろう。そんなこと気にしなくていいのに。

「筋肉をつけるために、腕立て伏せとか腹筋とか、色々頑張ってんだ!んで、最近ようやく少し硬くなってきた気がするんだよね」

「へぇ……」

残念ながら全くそうは見えない。

「なんだよ、その顔。さてはたかさき、オレの筋肉を信じてないな~?」

「そんなことねぇよ。信じてるよ」

「いや、絶対信じてないね。確かに見た目はアレだけど、触ればほのかに筋肉を感じるんだ」

そういうと、なんと最上は俺の手を自分のお腹に誘導したのだった。

「な?」

「……っ!?」

悪いが筋肉の有無どころの騒ぎではない。つーか、「な?」といわれましても…。

「たかさき~、もっと真剣に触れよ」
俺の微妙な反応にむーっと唇を尖らせる最上。

「真剣に、ってなんだよ」

「こう、さ、奥底からわずかに溢れ出るオレの筋肉。リビトーを感じとるんだよ」

「さっぱり分からん……」

「ほら、つべこべいわず触る触る!」

よく分からんが、俺に触る以外の選択肢はないようだ。今度は自分の意思で、最上の華奢なお腹におずおずと手を伸ばす。
細いのにふわふわで程よい弾力のあるお腹。つるりとした褐色肌。おそらく、最上はどこもかしこもこんな風に柔らかくて気持ちいいんだろう。

「どう?筋肉感じた?」

「んー」

悪いが、筋肉の『K』の字も感じない。どう触っても広がっているのはぽわぽわな地平線……もといお腹だ。
俺がここで、「おぉっ、筋肉!」とでも言えば、最上を喜ばせることができるんだろうけど。

「…………」

こんな真剣な顔をした最上にウソはつけないし、つきたくない。

「すまんが、俺にはイマイチ……」

「……そっかぁ、オレの勘違いかぁ」

そう切なげに呟く最上。表情には哀愁が漂い…うっ、やっぱりウソでも「筋肉ぅ!」って言ったほうが良かったか……!?

「そ、そんなに気にするなよ。まだ中学生なんだし、成長期はこれからだろ!」

「そうかなぁ……」

「そうだよ!それに俺は今の最上がっ……!」

好きだ…っ!と思わずいいそうになるのを間一髪、回避する俺。ふー、ヤバいヤバい。

「今のオレが……なに?」

告白は逃れたものの、その前の言葉はしっかり聞いていた最上。興味津々といった風で俺の言葉を待っていらっしゃる。

「えと、今の最上が……」

「うん」

「……イイトオモイマス」

ウソはついてない、今俺が最上に伝えられる精一杯キモチ。
最上はしばらく呆気にとられた表情をし、「ぷはっ」と吹き出して笑った。

「あははっ、なんだそのカタコト敬語!それにその顔!」

「わ、笑うなよ、俺は真剣に!つか、顔ってなんだよ!?」

「うん、分かってる。分かってるよ」

「あぁ」

なんだか、腑に落ちない部分はあるけど、最上の笑顔が見れたからよしとする。表情がコロコロ変わる最上。そのどれもが甲乙つけがたいくらい眩しくて……でも、俺はやっぱり、

「ありがとな」

この笑顔が一番好きだ。大好きなんだ。
脱衣場からピーピーと機械音がなった。洗濯が終わった合図だ。

「そろそろ出るか。冷凍庫にアイスが……」

「よっしゃ、早く出るぞ、たかさき!」

俺が言い終わるより早く、ザバッと立ち上がり、早々に立ち去っていく最上。なんて、現金な……いや、可愛いやつなんだ。

「ちゃんとからだと髪乾かしてからなー」

「分かってるよー!」

脱衣場から聞こえる最上の声。
今はさぞアイスで頭がいっぱいなんだろう。アイスのクセに生意気な……って、俺なんでアイスに嫉妬してんだよ、バカか!?

「ふぅ…」

最上と出会って知らなかった『俺』がどんどん顔を出す。戸惑うことも、悩むこともしょっちゅうだ。
でも「たかさきっ!」って呼ぶ最上の元気な声を聞くたびに、顔を見るたびにそんな不安はふっ飛んでく。俺、やっぱり最上が好きなんだ、好きで良かったって、ホワッと心が温かくなる。

「たかさき、遅ーい!早くアイス食べようよー」

風呂上がりでホカホカになった最上が、首を長くして俺を……アイスを待っている。俺はザバッと勢いよく立ち上がると、浴室を後にした。

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