天狗の子孫3・飛松
桜子は悲しみのあまり枯れ果て、梅ちゃんは空を飛び、追いかけていった。
ワシは途中で力尽き、摂津国板宿に根を張り千年近く。寿命も尽き、枯れ木になっていたところ、切り倒されてしまった。
以前は挿し木で増やされたが、今となってはワシを知る者もなく、このまま枯れ果ていく運命のようだ。
あのあと噂を聞いた。あるじ様は、大怨霊となり厄災を振り撒いたと。
それで、国を挙げ、あるじ様を神として祀り崇め、ようやく祟りを鎮めたという。
お労しや。
「飛松(とびまつ)って、切り株になってたのか」
「桜子ちゃん、この枯れたのが飛松なの?」
誰かの声が聞こえた。久し振りに目を開けてみると、そこにはチビっこい女子(おなご)と妖艶な美女が立っていた。
しかし、植物と話せるお人は、あるじ様くらいしかワシは知らぬ。
「寝てんのかな? 起きろ、飛松! 何か言え!」
あいたたたっ!
何も蹴らなくてもよかろうに。しかしこの桜子と呼ばれた女子、ワシが話せる事を知っているようだ。
「起きておるよ」
「おお、というか飛松、死にかけじゃんね。挿し木して、増やそうか?」
「あっ!?」
この女子、ワシの意識がある枝をへし折ってしまった。
それから、あるじ様、つまり菅原道真公が甦りそうなので、それを鎮めるために力を貸して欲しいと頼み込まれた。
まさかまさか、人の身だったあるじ様が甦るなんて、そんな事ありゃしない。
「心春、こいつ天神様の話、信じてないみたいだよ?」
「はぁ……せっかく神戸くんだりまで来たのに、何も無しじゃ帰れないよね」
うおおおおおおおっ!!
妖艶でお淑やかに見えた美女は、笑顔のまま鉈でワシを斬り刻み始めた。
待て待て待て。
「待て! 本当に死んでしまうわっ!?」
「おや? 協力する気になった?」
「うんうん! するする!!」
そんなやり取りを見ていた、桜子が、ぼそっと呟いた。
「心春、こわっ……」
ワシは摂津国板宿の丘に居たはずじゃが、今では神戸の板宿と地名が変わっておった。
おまけに、久し振りに見た世の中は、随分変わっていた。
鉄の牛車もどき、人工の石造建築、油を使わない明かり。見るもの全てが新鮮だった。
驚愕すべきは、鉄の塊の、新幹線と呼ばれる乗り物だ。
「心春、どこへ行くのじゃ?」
「ん~? 私はこのまま京都かな? あっちでやる事あるし」
心春は、新神戸駅近くでお店に入り、こーひーという泥水を飲みながら、五芒星の呪符を書いている。こやつ、陰陽師なのか。
桜子はワシの枝を折った事で、神社の巫女さんに追いかけられ、行方不明となっていた。ふはは、ざまあみろ。
もちろん、心春も追いかけられたが、鉈を振り回して、巫女さん達を退け、ここまで辿り着いたのだ。
「さて、桜子ちゃんと合流したら出発するよ」
「お主らはいったい何者なのじゃ?」
「まあ、飛松には協力してもらうし、ちょっとだけ教えてあげる」
心春は、福岡にある賀茂探偵事務所という、訳の分からん組織に属し、日本中の怨霊退治をやっているのだという。
陰陽師もずいぶんと垢抜けたものだ。
洋服という衣装に身を包み、以前の狩衣(かりぎぬ)装束とはまるで違う。
心春の話しを聞きながら、そんな事を考えていると、けたたましく鳴り響く音と共に、白黒の鉄製牛車が現われた。
お店の窓からそれを見ていると、桜子が脇道から飛び出し、全速力で駆けながら、新神戸駅へ入っていった。
どうやら追われているようだ。
「あんな調子で、合流できるのかね?」
「そうねぇ。とりあえずほっといて、一旦福岡に帰りましょうか。ゆうさんにお願いして、桜子ちゃんを無罪放免にしてもらわないと」
ワシの問いに、心春はそう答え、素知らぬ顔をしてお店を出るのだった。