プロローグ
──on the game──
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アリッサ:「あはははははははっ。
マリアンヌ、貴女は本当に男を
だますしか能のない愚かな娘ねっ!」
目の前で金髪碧眼の美女が腰に手を当てて
晴れやかに笑っていた。
私は後ろ手を縛られ、なすすべもなく
女の前に膝立ちをし、伯爵令嬢である
アリッサを見上げる。
私の手首には手錠をつけられており、
鎖で重しと結び付けられており、
立ち上がることすらが出来ないのだ。
マリアンヌ:「……」
アリッサに上から見下ろされながらも
私は王女である誇りを失うことなく、
まっすぐ目の前の女の睨み付けていた。
アリッサ:「そんな顔をしても無駄よ。
残念ながら、私は貴女の周りの男のように、
カンタンに騙されたりはしないわ」
私を陥れた女は、汚いものを見るように
私を見下ろし、言い放つ。
そのあからさまな悪意に思わず息を飲む。
アリッサ:「あきらめなさい。もう貴女は
好き勝手な人生を送ることはできないの。
貴女の恋人の元にはもう戻れないわ」
アリッサ:「でももっと、素晴らしい方に
可愛がって頂けるのですから、喜んで
くださいませ」
彼女はその美しい艶やかな金髪をゆらし、
緑がかった青い瞳を細めて見せる。
『国王の愛妾の娘』で一応王女という
立場である私より、
『国王の正妃の妹で伯爵令嬢』である
彼女の方がよほど高貴な姫のように
見えていたのは確かだ。
でも、そんな彼女が何故ここまで
私を追い詰めたいと思うのか……。
マリアンヌ:「アリッサ、貴女はどうして
そこまで私を陥れたいと思うの?」
アリッサ:「貴女がいろんな男を誘惑して、
この国だけでなく、国外にまで
不和をまき散らしたからでしょう?」
アリッサ:「国王夫妻が貴女の為に
どれだけ迷惑をこうむったか
貴女はどうしても理解できないのね」
彼女の言葉に胸に重たい澱のようなものが
たまっていく。確かにこんな平凡な私なのに、
求めてくれる男性は何人もいた。
マリアンヌ:(優しい騎士のランバート。
隣国の筆頭大魔導師キャセルベルクに、
宗教大国アルドラドの次期宗主セファーロ)
マリアンヌ:(他にも何人も……。
みんな私に優しくしてくれた)
マリアンヌ:(それでも、私が望んだのは
たった一人の大切な方だったのに)
運命というのは抗えないものなのだろうか。
何も持っていない私があの人に捧げられる
唯一の物が、また奪われようとしている。
マリアンヌ:(……アルフリード様)
アルフリード:『貴女は私の大切な人だ。
どんなことがあっても
自分を粗末に扱ってはいけないよ……』
彼の声が胸に響く。私を抱きしめて、
優しく囁いてくれた人は、今は海を隔てた
遠く離れた場所にいるのだ。
アリッサ:「さあ、もう出港の時間よ。
もう貴女を助けに来る人はいないわ」
アリッサ:「──宗主様、
彼女がお約束の聖女でございます」
アリッサ:「清らかな身であることは保障
いたしますが、宗主様ご自身でご確認して
頂いても構いません」
アリッサは絶望の淵にたたずむ私の背中を
ドン、と押すようにして、
目の前の男に引き合わせる。
男は舌なめずりをして、じとりと私を
足の先から、頭のてっぺんまで
舐めるように見つめた。
宗教大国の宗主とも思えないような
下卑た笑いを浮かべる男に
逃れようのない絶望感を感じていた。
アリッサ:「それでは私は、ここで
失礼します」
宗主:「ああ、ご苦労。……さあ、
マリアンヌ。こっちに来い。今日から
私がたっぷりと可愛がってやる」
宗主:「ああ、その不細工な手錠を外すか。
誰か、姫の手錠を外してやりなさい」
後ろに控えていた神官にそう告げると、男は
うっそりと頭を下げて私の元に近寄ってくる。
マリアンヌ:「いやっ……やめてっ」
咄嗟に男を突き飛ばそうとした時、
記憶にある香りがふわりと漂う。
???:「無理に動けば怪我をします
。大人しくしていてください。今その
貴女にふさわしくない枷を外しますから」
マリアンヌ:「──?」
小さく耳元で囁かれた声は、
ここにいるはずのない人の声とそっくりで
私は慌ててそっと瞳を伏せる。
???:「マリアンヌ……」
彼はその間に私の鍵を外し、ちらりと
視線を上げて、私の目を見ると、
悪戯っぽく微笑んだ。
マリアンヌ:「……貴方は……」
???:「……貴女がどこにいても
私がかならず助けに参ります、と
そう約束したでしょう?」
次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。
神官の鼠色のフードを取り去ると
彼は高らかに宣言する。
アルフリード:「マリアンヌ姫は私が妻に
と求めた女性だ。手違いがあったようだが
……返してもらっても構わないだろう?」
彼の言葉と同時に、室内の奥に控えていた
神官たちが一斉にフードを外す。
そこには武装した騎士団らしき者たちが
ずらりと並んでいる。
マリアンヌ:「アルフリード様!
……なんでこんなところにっ」
それは私がずっともう一度会いたいと
切望していた人だ。
だが……周りにいた宗主をはじめとした
高位の神官たちが一斉に跪いたのを見て、
息をのむ。
宗主:「あ、アルフリード皇太子。
……失礼いたしました。
何かこちら側で手違いがあったようです」
先ほどまで脂下がった笑みを浮かべていた
男は脂汗を流し、その場に平伏する。
マリアンヌ:「あの……皇太子?」
私の大事な人は、隣国のあまり高位ではない
貴族で、皇太子などではなかったはず。
彼は困ったような照れた笑いを浮かべる。
アルフリード皇太子:「いろいろ黙ってて
すまなかった。だがここからはお互い
秘密はなしだ。ゆっくりと……話をしよう」
マリアンヌ:「はい……」
優しい瞳に見つめられて、私は嬉しさ
いっぱいで涙をこぼしながら頷く。
アルフリード皇太子:「もうこのような
ところに用事はない。
マリアンヌ、一緒に私の国へ帰ろう」
私は優しくて頼りになる最愛の人の言葉に
緊張の糸が切れ、彼の腕の中でゆっくりと
気を失ったのだった。
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***
「ついにっ、ついに、エンディングだあああああ」
長かった……ここまで実に長かったのだ。
だが、貴重な夏休みをこのゲームのみに使い果たし、ここ一週間ほどの睡眠を犠牲にしつつ頑張った成果が今ここにっ!
オーケストラサウンドの甘い調べに乗って、さらさら金髪の美麗な皇太子が、黒髪黒目の愛らしい私(が操作しているキャラであるマリアンヌ)の手を取る一枚絵が画面に映っている。
このキャラクターデザインも日本人が投影しやすい感じで可愛くて良かったんだよなあ。
そして画面は船に乗った二人。夕陽に照らされた海が美しく二人を見守っている。
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アルフリード:「マリアンヌ、私には
もう貴女しか見えない」
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はぁ、イケボ、最高っ!
ボイス付、たまらん。
画面の中で麗しいお姿で優しく微笑んでくれるアルフリード皇太子を見て、私はうっとりとする。
しかもこの方、眉目秀麗、才色兼備?
とにかくめちゃくちゃかっこいいヒーローなのだ。
なのにさ、ヒロインのことだけ不器用で、ちょっとツンデレで、ヒロイン限定で、赤くなったりしてさ。
……最高かっ。
そして彼は、カンストした私の魅力に、デレがマックス状態。
ようやくふたりの間の障害もなくなり、互いの気持ちを確認したのだ。
はふはふ。
後はひたすら甘いシーンを堪能せねばっ。
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アルフリード:「マリアンヌ、私は貴女に
どれだけの負担を掛けてきたのだろうか」
アルフリード:「まだ私に貴女を幸せに
することが許されるのであれば、
私は貴女の手を取って、一生守っていきたい……」
マリアンヌ:「アルフリード様……」
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思わず鼻をすすって涙をこらえる。
この皇太子、めっちゃ誠実なんだよなあ。身分を偽っていたのもヒロインを守る為だったみたいだし。
全ては夢だったの、とか言っちゃって、彼をあきらめて引き下がったヒロインのことを、必死に探して救出してくれたところは、もう感動で涙がこぼれたし。
画面の中では、運命に翻弄された二人が今まさにハッピーエンドを迎えている。
「はうぅぅぅぅ。よかった、マリアンヌ、本当によかったよおお」
……胸がきゅんきゅんするぅ。
萌え殺されて心臓が痛い。
海賊に攫われて奴隷市場に連れて行かれそうになったり。
エロジジイな貴族の愛人にされそうになったり。
最後は、ライバルの令嬢に騙されて、巨大宗教国へ聖女という名前で売り飛ばされかけて……。
あのままだったらおっさんに手籠めにされて、神殿で慰み者にされて娼婦エンドだもんなあ……。よかったよ、救出されてっ!
「てか、ホント嫌な奴だったなあ……。いや、でもまあ、えげつないライバルって、ストーリーの盛り上げには欠かせないしっ。こうなってみたらナイスアシストよね」
悪役の伯爵令嬢アリッサは、マリアンヌを蹴落とすために、悪い噂を流して回ったり、碌でもない男にマリアンヌを襲わせようとしたり……。
ヒーローにないことないこと吹き込んで、ヒロインの身近な人間にも、ヒーローの悪い所を吹き込んで、ふたりの中を分断させたり。
まさに悪役令嬢の名にふさわしく、獅子奮迅の活躍をしたのだ。
でもまあ、こうしてヒロインはハッピーエンドになり、彼女もそれ相応の罰を受けることになったらしく、そういう意味でもスッキリなんだけどね。
「はぁ。面白かった。このゲーム」
後でレビューサイトで☆を五つ入れておかなければ、と思いつつ、船上で海を見つめながら、夕陽に照らされてキスをする二人の美しいシーンを潤んだ瞳で見つめていると、最後に。
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→go to endding
or
to be continue?
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という画面が出てきた。
「あれ、この話、まだ続くのかな?」
皇太子との今後も知りたいし、ボーナスステージとかあるのなら見てみたい。
そんな軽い気持ちで私は方向キーを動かす。
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go to endding
or
→to be continue?
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そして。深く考えることなく決定ボタンを押した。
まさかそれがとんでもない出来事のはじまりになるなんて全く思いもしないで……。