67 波乱の晩餐会(2)
食事がデザートに差しかかる頃、〝青の間〟全体に、ルフトヴェーク公国第二皇子ユリウス・ランカー・ルッセの到着が知らされた。
一部、目に見えない緊張が走ったのを、キャロルも感じ取る。
『晩餐の場を中断させてしまい、申し訳ございません、グーデリアン陛下。ユリウス・ランカー・ルッセにございます。ご尊顔の拝謁が叶いました事、恐悦至極に存じます』
話せるのか、話さないのか、ユリウスの第一声は、ルフトヴェーク語だった。
ルフトヴェーク公国は、元々が北方にあるため、山を挟んだり、やや南よりに位置したりする時点で、民族が異なってくる、大陸一の多民族国家だ。
エーレは黒髪だが、このユリウスは、金に近い茶髪で、ヒューバートと同じ民族をルーツにしていると思われた。母親が違うと聞いているから、フレーテ妃が金髪あるいは茶髪なのだろう。
そんなユリウスのルフトヴェーク語の通訳を受けたグーデリアンは、鷹揚に頷いている。
どうしても、フレーテ妃の後ろにいるイメージばかりが先行している為に、キャロルもまじまじと、一挙手一投足を注視してしまう。
ユリウスは、ざっと〝青の間〟を一瞥したようだった。
そして、その視線が最後――クラエスを、捉えた。
『………使えない』
明らかに、
『また、この度はアーロン殿下に第一子ご誕生との事、大変喜ばしく存じます。心ばかりではございますが、お祝いの品を持参しておりますので、後ほど納めさせて頂きます』
だが、そんな表情は、すぐに綺麗に覆い隠し、ユリウスはグーデリアンへの口上を続けた。
「うむ。遠路遥々、大義。アーロンからも、礼を言うが良い」
カーヴィアルの皇帝より、ルフトヴェークの皇帝より、ディレクトアの国王が年上の筈なのだが、最も壮健そうに見えるのが、不思議でままならないものだと、つくづく思う。
国王が在席をしている以上、ユリウスの口上に対して、アーロンが直接礼を言う事は出来ない。話を振られて、ようやく頭を下げる事が出来るのである。
「有難うございます。ルフトヴェーク公国からの心遣いとして、有難く拝受させて頂きます。今後の友好の架け橋と――なれば、良いのですが」
例えディレクトア語を解さないにしても、多少の嫌味と
今のクラエスの挙動不審で、アーロンの中ではすっかり、自分が陥れられようとしている図式が成立したようだ。
『国王陛下』
果たして、ユリウスの頬が、やや
『次の会までのお時間に、陛下にぜひ、拝読頂きたい書類がございます』
「うむ…?」
『我が国のヤルン侯爵家と、貴国のベストラ侯爵家との間で――不正と思われる、ライ麦の取引がございまして』
「⁉」
(順番が違う⁉)
最初は、クラエスがアーロンを告発する筈ではなかったのか。
この突然のユリウスの発言に、目を見開いたのは、キャロルだけではない。
『運良くベストラ侯爵家の者を捕らえましたところ、取引で手にした貨幣に関しては、カラパイア公爵家を経由して、クラエス殿下のお手元に上納されたと伺い――ぜひ殿下に、詳細を伺いたく』
「なっ⁉」
声を上げて、立ち上がったのは、クラエスだ。表情を見るに、クラエスにとっても、予想外と言う事だろう。
アーロンは無言で、続きを見守っている。
『――キャロル様』
ユリウスに険しい視線を向けていたキャロルに、ふいに背後に現れた、ロータスが囁いた。
『舞踏会が行われる予定でした、隣室の〝
『……っ』
キャロルはテーブルに置いていた手で、白一色のクロスを握りしめながら、何とか動揺をやり過ごした。
落ち着け、考えろ、と自分に言い聞かせながら、必死に頭を巡らせる。
『……そっか。「使えない」、か……』
『キャロル様?』
毒か何かが失敗したと分かった時点で、恐らくユリウスが、先にクラエスを切り捨てたのだと、キャロルは察した。
アーロンに関しては、追い込まれたクラエスが、放っておいても騒ぎ出してくれる。
そして、クラエスの私兵を装った、ユリウスの配下が「うっかり」アーロンを手にかける。
順番が変わっても、シナリオの成立は――可能だ。
『ロータス。アーロン殿下に「そのうち、追い込まれたクラエス殿下が話を持ち出すと思いますから、反証、取り押さえ、諸々お任せします」と伝えて貰える?「私は、まずは〝朱の間〟に隠れている刺客を潰してきますので」と』
『承知致しました』
『話が終わっても、私の方には来なくて良いから。とりあえず、ユリウス皇子の周囲を牽制して。――私が、行くまで』
エーレが、監察官としての
『エーレの努力を掠め取って、悪意に利用しようとか……
『………』
本気の怒りモードのキャロルに、一人で〝
場がざわついているのを利用して、そっと席を離れたキャロルは、音を立てないように〝青の間〟の扉を開くと、身体を滑らせるようにして、廊下へと歩み出た。
「ローレンス隊長」
だが数歩足を進めたところで、特徴的な低い声が、彼女を呼び止める。
舌打ちしたいのを堪えつつ、なるべくにこやかにキャロルは振り返った。
「どうかされましたか?――フォーサイス将軍」
「どちらへ…と、伺っても?」
「…ちょっと、ご不浄に?」
「逆方向では?」
「いいえ?王族に害を為そうとか、ロクでもない
隣は〝
「手伝おう」
ほとんど反射的に、フォーサイスはそう答えていたが、キャロルは笑顔を崩さないまま――「不要です」と、言い切った。