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21 会いたかったのは貴方じゃない

 さすがと言うべきか、ルフトヴェーク公国の公都ザーフィアは、賑やかな反面、物価も宿代も、少々高額だった。

 そのためキャロルは、公都滞在を短縮し、次の街ルヴェルでの滞在を、その分延ばす事に決めた。
 …決して、公国滞在最後の街には、エーレが来ると言っていたからではない――と思う。

 レアール侯爵領からの派遣護衛に関しては、10人くらいは既にお帰り頂いた筈だった。

 そんなに手駒がいるのか、と言うよりは、面白がって、自分達も参加したい!と名乗り出た、専門外の使用人もいたらしい。

 ルヴェルにまだ誰か残っているのか、それともいよいよ執事長(ロータス)が出て来ているのかは分からない。
 もっとも、ロータスが来ていたら、キャロルには分かる気がしないので、そこは潔く諦めるしかなかった。

 キャロルが、ルフトヴェーク公国滞在の最後に、この街を選んだのには、理由がある。

 この辺り一体、白いスミレと言われる〝レウコユム〟の花の産地で、最盛期を迎えるこの時期、お祭りもあるのだ。そこまで花に詳しくはないものの、せっかくのお祭りなら、見ておきたいと思っての、滞在だ。

「鈴蘭?スノーフレーク?かわいい――」

 小ぶりの鉢植えをいくつも並べたお店の前で立ち止まって、身を屈ませて眺めていたその時――周りの空気が、一変した。

「ほう……」

 聞き覚えのある、ぞっとするような低い声が、背後から聞こえる。

「気配に気付くか……大したものだな、小娘」

 キャロルは振り返らないまま、ただ屈んでいた背中を、ゆっくりと伸ばした。

「何か……御用ですか?」

 最初から殺す気なら、背後をとった時点で、問答無用で斬り捨てている筈だ。

 顔を確認していないが、恐らく、イルハルトと呼ばれていた男――が、背後でクツクツと、低く笑っていた。

「何、キシリーで正体がバレたウチの〝犬〟だが、飼っていた中でも、すこぶる優秀だった。後学のために、いったいどこが決め手になったのか、聞いておきたかっただけだ」

「…そんな後学、イヤだなぁ。対策とりますよね、絶対」

「別に全部でなくとも構わんが。ただし〝勘〟は認めん。そんなでまかせが、通ると思うな」

「……ダメか」

 自分を落ち着かせるように、軽口を叩きながら、キャロルは視線だけを左右へと投げた。

(まだ、2人いたんだ)

 左右の曲がり角から、一人ずつが、腰の剣に手をかけた状態で、こちらを伺っている。

 イルハルトであれば、キャロル一人を相手にするのに、複数を連れて来る必要はない。
 彼らは確実に、侯爵家お抱えの護衛だ。

 彼らは、キャロルの方から見つけたとは言えない。
 恐らくは、こちらの異様な空気に気が付いて、相手の牽制も兼ねて、敢えて姿を現したのだ。

 ロータスには、彼らは合格だと言っておかないといけないだろう。

「ふん…護衛もいたか。だが、あの距離では、私がおまえを斬り捨てる方が早いだろうな」
「私を斬ってる間に捕まえてくれれば…も、期待薄かな」
「やってみるか?」

 背後のヒヤリとした空気には、敢えて気付かないフリで、キャロルは肩だけを器用に、軽くすくめた。

「何でキシリーで正体がバレたのかは、聞かなくて良いんですか?」
「話すつもりがあるのか?」
「全部でなくて良いなら」
「ほう」

 どうやら、剣を抜くのはいったん思いとどまってくれたようなので、キャロルはとりあえず、ひと息ついた。

「……(なま)りと太刀捌き、かな」

「何?」

「キシリーで捕まったあの人、本当は生粋のルフトヴェーク人なのに、わざと移民を装って、おかしな訛りをしてましたよね。それって、実は逆よりも気付かれにくいんですよね。その国の出身者と、実際に会わない限りは」

 しいて言うなら、東京の人間がエセ関西弁を話しているようなものだ。東京に住んでいる限り、実際の関西人と会わない限り、細かい違いは気付かれにくい。
 かえって「そう言うものなのだろう」と、なってしまうのだ。

「……そうか、貴様も移民か、小娘」

ウチの街(クーディア)近辺で、あんな芸人みたいな話し方をする人はいませんよ。バカにしているのかと、ぶん殴りたい衝動を、どれほど(こら)えたことか」

 それでも、監察官業務の一環として、出身を偽る…等必要な事もあるのだろうと、途中まで、自分の中でそう納得していたのだ。

「で、極めつけの、あの古城での襲撃です。窓越しに、チラッと階下を見ただけですけど、それでも目立ってたんですよ。強さ自体は、中の上くらいでしょうけど、何より太刀筋が――あなたの廉価版(コピー)だったから」

「!」

 そこで初めて、イルハルトが軽く息を呑んだ。

「私の廉価版(コピー)…だと?」

「今、あなたの〝犬〟の中でも優秀だったと聞いて、ちょっと納得しました。あなたに少しでも近付こうと、努力したが故の、太刀筋なのだと。出来ればもうちょっと、違う方向に努力して欲しかったですけど。あ、あとは秘密です。ご納得いただけましたか?」

 キャロルの中では、最初から容疑者は一択だった。ただ、それまで一緒に行動を共にしていたエーレ達のために、皆が納得しやすいよう、全員を対象者とした風の、罠を張ったにすぎないのだ。

 一瞬の沈黙のあと、ふいにイルハルトは、キャロルが驚くような笑い声をあげた。

「素晴らしい!小娘、貴様なぜ()()()()にいる?財産か、妻の座が欲しければ、こちらにも同等の権力を持つ後継者はいるぞ?今、私と来るなら、斬り捨てるのはナシにしてやる」

「………は?」

 今なら乗り換えがオトクです――何だか、携帯電話の勧誘みたいに、サラッと声をかけられて、深青(キャロル)は一瞬、絶句した。

 と言うか、妻の座ってなんだ。

「それは興味ないかなぁ……」

「くくっ…だろうな。私も聞いてはみたが、頷かれたところで、かえって興醒めだったかも知れん」

 そろそろ限界か、と、軽口の応酬をしながら、キャロルも思い始めていた。

(あるじ)に伝言があるなら、聞いておいてやろうか」
「うーん…もし即死じゃなく、ちょっとでも足掻けてたら、アイツ頑張ってたぞ、って証言しといて下さい」
「……なるほど」

 面白い、と、イルハルトの唇が動いていた。
 明らかな実力差はあれど、命乞いはせず、最後まで足掻くと言う姿勢が、透けて見えたのだろう。

「なら、三手目まで避けられたら、あとで伝えてやろう……っ!」

 イルハルトはそれを言い終わらない内に、引き抜いた剣をキャロルに向けて、横なぐりに一閃した。

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