③
「でも、なんかあのことで待ってられなくなっちまった。エニフが『おにいちゃんと結婚したい』なんて言ったろう。お前も同じだと思った。こんなに綺麗に成長しちまって、ほかの男に『交際してくれ』なんて言われたらどうしようかとか、急に気が急いて」
リゲルの口調は静かだった。ゆっくりと、小さな声で、きっと胸に溜まっていたであろう気持ちを教えてくれる。そのどれもがライラにとって、有り余るしあわせの言葉だった。
「こんなことならもっと早く言っておけば良かったんだ」
そこまで言って、リゲルは、そっとライラの体を引きはがした。再び瞳を覗き込まれる。
今ならしっかり見つめられた。優しい、オレンジ色を少し薄くした、星のような瞳を。
「でも、……良かった。お前も俺をそういう意味で好きでいてくれたなんて、幸運すぎるから」
自分のまなざしがどのようになっているかはわからなかった。けれどきっと、羞恥や不安感ではないのはよくわかる。嬉しそうな顔をしていればいい、と思った。
どう見えているかはわからなかったけれど、リゲルはライラのその視線に安心して、また嬉しく思ってくれたらしい。
右手が伸ばされた。もう一度頬に触れられる。
すぐにわかった。もう一度心臓が喉まで跳ねたけれど、それは嬉しい苦しさ。ずっとほしかったものだから。
目を細めて、リゲルがそっと距離を詰める。嬉しいけれど、初めてのことに緊張はどうしようもない。ライラは思わず、ぎゅっと目を閉じていた。
そのくちびるに、ふわっとなにかが触れる。
ほんの一瞬。
なのに、そのくちづけですべてが終わってしまった。
もどかしく感じていた、幼馴染という関係が。
そして新しくはじまった。
恋人同士という、あたたかくてしあわせな関係が。
「昔、言われたろう。『リゲルのお嫁さんになる!』って。俺はあれを、子どもだからこその言葉だなんて思わなかった。ヘンだよな。エニフからの言葉は子どもの一時的な気持ちだと思ったのに、昔からのそれは信じてたから。だから『お前の卒業まで待とう』なんて悠長に構えちまってたのかもしれないな」
一瞬のその、すべてを変える触れ合いを解いて、もう一度リゲルはライラを見つめてくれた。今度はしっかりと、恋人の男としての視線で。やさしく、力強い眼で。
誘われるように、ライラも言っていた。さっきよりもずっと、核心的な言葉を。はっきりとした台詞で。
「リゲルが好き。私もほんとうはずっと、言いたかった」
「そうだったのか。……お互いずっと、待っちまってたんだな」
リゲルは、くす、と笑った。笑うとそのめもとは、とてもやわらかい形になる。
「でももう待たない。遠慮もしない」
言われてもう一度、顔を近付けられる。
今度の触れ合いは、もう少し長かった。
一度目より少しだけ、ほんの数ミリだけ落ち着いて受けられたそれは、琥珀を舐めたらこんな味がするのではないかというような、ほんのり甘い蜜のような味がした。