30.ご主人様をボコっていいわよ
ハータの町の外に広がる平原に移動する。
このあたりで魔物を見かけたことはない。
町の中で決闘するわけにもいかないので場所を変えた。
アレンのパーティーにいる聖女ディアナは教会の仕事があって来ていない。
アレンパーティーは、アレンとドロシーの2人だけだ。
俺にはリリアンとアリア、そしてハティがついてきている。
俺たちの方が人数が多いが、決闘は1対1だ。なので、みんなは応援になるだろう。情けない戦いは見せられない。
俺とアレンは少し離れたところで向かい合う。
お互い全力が出せるように装備を整えてきた。アレンは鎧に身を包み、前から使っている剣を腰につけている。
魔法使いの俺は距離を保つことが勝利に繋がる。
アレンに近づかれて直接斬りつけられたら、あっさり俺は負けるだろう。
しかし、俺に有利なことは3つある。
・アレンの怪我が完全に治ってないこと。
・アレンが俺の実力を知らないこと
・出ていったハンナの補助魔法でアレンが強化されていないこと
あー、あと。
アレンが俺をナメきって油断していること。
「エルク~ぼっこぼこにしちゃいなさ~い」
ハティが遠くから声をかけてくる。
見ると、みんな手を振ったりしてる。
俺は手を上げて応え、思わず微笑んでる自分に気づいた。
アレンは剣を抜いて肩にかつぐ。
「余裕ぶってんじゃねえぞ雑魚が」
俺はそれに応えない。
気を引き締め、一言。
「いくぞ。勇者候補。俺の仲間を返してもらう」
始まりの合図だ。
アレンが剣を振り上げ、一気に駆け寄る。
俺は地面に手をつき、
「止まれ。アースウォール」
土の壁をアレンの前に出現させる。
さらに、
「アースサンド」
アレンは土の壁へ剣を振り下ろし、一撃で砕く。
が、立ち止まったアレンの足元を砂に変え、動きを鈍らせる。
「なっ!?」
「縛れ。アースバインド」
土のロープが伸びてアレンを縛りあげる。
最初の魔角ルクアスに使った連携だ。
縛りあげ、魔角ルクアスのように、アースバインドを壊そうとするのか様子を見る。
「くそっ。動けねぇ!」
もがいているようだが、土のロープはしっかり拘束している。
アレンに魔角ルクアスほどの力はないみたいだ。
ハンナの補助魔法があれば壊されたかもしれないな。
「来い。アースゴーレム」
次に土のゴーレムを呼び出す。
ゴーレムは動けなくなっているアレンを殴り始める。
今の俺が持つまともな攻撃手段だ。
アレンは鎧着てるし、ある程度殴っても耐えられるだろ。
あとは俺に勝てないことを認めさせるだけだ。
アレンを5,6発殴り、拳を振り上げた状態でゴーレムの動きを止める。
アレンはまだ動けないままだ。
「アレン。負けを認めろ。それともまだ殴られたいのか?」
俺は立ち上がって、アレンに近づき、見下すように問う。
アレンは拘束を解こうともがくが、状況は変わらない。
アレンは俺をチラッと見た後、目をつぶり……
「クソッ」アレンの悔しそうな声。
よし。状況がわかったようだな。後は時間の問題だ。
ヘタに殴り続けるより、考える時間を持たせたほうがいいだろう。
俺はアレンの言葉を待つ。
しかし、
「離れなさい雑魚っ。サンダーストーム!」
上空から雷がいくつも落ちてくる。
ゴーレムに俺を守らせ、アレンから距離を取る。
なんとか防げたが、ゴーレムは黒く変色しボロボロと崩れる。
アレンにも雷が当たり、アースバインドが壊された。
ただ、アレンは雷撃魔法を弱める装備なのか、大きなダメージを負っているようには見えない。
サンダーストーム。広範囲へ中威力の雷を落とす……ドロシーがよく使っていた雷撃魔法だ。
ドロシーを見ると、さらに魔法を詠唱している。
俺は大声で非難する。
「ドロシー何のつもりだ? これは1対1の決闘だぞ」
「知らないわよ。追い出したアレンを殺して、復讐するつもりなんでしょ! そうはいかないわ」
ドロシーは詠唱を続け、魔力を高めている。
次の雷撃魔法は強力そうだ。
ゴーレムで防ぐのはキツそうだな。なんとか邪魔できないか?
すると、リリアンは『マジキャン』を広げてサファイアちゃんの召喚をしようとしているのが見えた。
「エルク! あの巨乳魔法使いは任せてください」
リリアンが俺を助けようとしてくれる。
このままパーティ同士の戦いにしていいのか?
いや、アレンの心を折るためには俺が1人でやってやる。
「リリアン。悪い! ここは俺に任せてくれ」
少しの間の後、うなずくしぐさを見せるリリアン。
だが、『マジキャン』は広げたままだ。
いつでもサファイアちゃんを召喚できるようにしている。
ピンチにならないようにしないと、次は召喚して援護しそうだ。
俺は、息を整えたアレンを見据える。
ニタリと笑うアレン。
「おい雑魚。今の偶然が何度でも通じると思うなよ。さっきは俺が手加減してやっただけだってわかんねぇのか?」
「偶然かどうかは試してみればわかるだろ? 来いよドロシーもまとめて相手してやるよ。ハッ」
「クソ野郎がっ!」
アレンがまた、一直線に駆け寄る。
俺は地面に手をつく。
「アースサンド」
「バカが。同じ手が通じるかよっ」
アレンの足元を砂に変えるが、飛び上がって避けられる。
そりゃそうだよな。
しかし、俺は淡々と、
「アースサンド」
「はぁ? 何度も何度もっ」
またも足元を砂に変え――――避けられる。
今度のアレンは俺に向かって飛び上がっている。
「雑魚がっ。くたばれ」
「アースウォール。アーススライド」
俺の目の前に土の壁を作って、すぐに俺の足元を地面ごと移動させる。
目隠ししながら移動だ。
ドガンと土の壁を壊したアレン。
しかし、そこに俺はいない。
「チッ」
「アースバインド」
俺を探しているアレンへ土のロープを伸ばす。
すぐにそれに気づくアレン。
「それしかできねーのか? 雑魚野郎」
アレンは剣で土のロープをすべて斬り払う。
油断せず、俺の攻撃に対処するアレン。
仮にも勇者候補だ。簡単にはいかないな。
ドロシーの様子を見ると、かなりの強力な魔法を使いそうだ。
まぁ、ドロシーの魔法も『アイギスの盾』を使えば、1回なら完全に防げるし、どうにでもなるだろ。
手の内を把握している奴が相手だと、冷静に作戦が練れるな。
俺が少しよそ見をしていると、アレンが剣の切っ先を俺に向けていた。
え? なんだその構え。何かしてきそうな雰囲気。嫌な予感がする。
俺は急いで『アイギスの盾』を構える。
「雑魚相手に使いたくは無かったんだがな。くたばれ。バースト・ペーネレート」
瞬間。アレンが俺の目の前に、
ガアアアンッ 神速の突進からの突きを――――『アイギスの盾』で防ぐ。
「なっ!? 魔法使い殺しの新技だぞ? なんなんだお前」
「ハッ。そんなの俺には無駄だ」
信じられないものを見たというアレン。
必殺の確信があったんだろう。
めちゃくちゃ危なかったし、死ぬかと思ったが、ここはハッタリをかましとこう。
もう一度使われたら防げない。
「アレン! 離れて。そいつを吹き飛ばしますわ」
「ククッ。終わりだなぁ。エルクゥ」
ドロシーの詠唱が完成する。
勝ちを確信したのか、足を止め、ニタリと笑うアレン。
この場面で使う魔法は、ドロシーの最強魔法だろう。
「神の雷よ。ここに! ディストラクト・ニョルニム・ハンマー」
俺の上空に魔力が集まる。黒い雲ができており、そこから一条の雷が降ってくるだろう。
俺にはカスっただけであの世行きだ。
ま、俺には『アイギスの盾』が……って、今使っちまった。盾の宝珠が全部黒くなってる。
「エルクーーッ!」
俺の仲間が俺の名を叫ぶ。
もう誰も、ドロシー最強の雷撃魔法を止めることはできない。