3.バイトでしっかり稼ぎなさい
「ありがとうございましたー。またお越しください」
俺は笑顔を作り、背筋を伸ばして食堂を出ていくお客様を見送る。
ランチタイムのお客さんが帰っていった。
笑顔・正しい姿勢・はっきりした声。
この食堂で務める全員のあるべき姿だ。
出て行かれたお客様のテーブルの片付けをしようと振り返る。
肩くらいの長さの茶髪の少女とぶつかりそうになる。
「おっと、ごめんね。エルク君」
「こちらこそすみません。サーシャ先輩」
サーシャ先輩。この食堂兼宿屋『スイクーンの寝床』の娘さんだ。看板娘もしていて、人懐っこいかわいらしさがある。
常連客にも大人気で、毎日食べに来ている人からデートをセッティングしろって言われたことがある。
その気持ちはわかる。よくわかる。
「だいぶ慣れてきたね。テキパキ働いてくれて助かるよ」
ニコッと笑い、肩をポンポン叩いてくる。
俺はサーシャ先輩から教わった笑顔で答える。
「ありがとうございます。サーシャ先輩のお陰です」
城塞都市クヴェリゲンを出て行こうとしたけど、おカネをスられて戻ってきて、宿屋の馬小屋を借りだしてから、半年が経った。
ある程度おカネが溜まるまでってことで、併設している食堂で雇ってくれたのだ。
しかも住み込みで、3食ごはん付き。
快適な生活を送っており、不満は1つだけ。
俺を追放したアレンパーティがたまに食べにくることくらいだ。
アレンパーティに新しく入った聖女はディアナといって、俺と同い年くらいの綺麗な人だった。
アレンパーティはそれなりに活躍しているようだが、あまり興味が無いので詳しくは知らない。
この前食べに来たときは、森の奥の悪魔をどーとかこーとかって言っていた。
クヴェリゲンの先にあるガルアスト砦は破られていないが、兵士や冒険者には大きな被害が出ているらしい。
サーシャ先輩はこの街が戦争で危なくなったら別の町に移動するらしいが、今は多くの人が集まる町のためとても稼げている。
俺はこの半年で食堂の仕事を覚えた。次の町でもしっかり働けるはずだ。
泊まれる部屋のある2階から、ハティが下りてきた。
「あ、暇になった? はやくお昼ご飯にしましょうよー」
ごつい首輪と青いワンピースを着たハティがサーシャ先輩に抱き着く。
俺が初給料の前借りで買った服だ。
いつまでも奴隷の格好はかわいそうだからな。
「そうね。2人はお昼休憩していいよ。片付けは私がやっておくし」
「いえいえ、俺が片付けますよ」
「いいから! 代わりに休憩終わりにバリバリ働いてもらうって」
サーシャ先輩はニコッと笑顔になり、ハティを抱き返している。
「はい......わかりました」
「やったー。今日のごはんは何かなー?」
ハティは両手を上げて喜んだ後、隅っこのテーブルに座る。
「おい。無職。もっとありがたがれ」
「しょうがないじゃない。奴隷は主人以外のところで働いちゃいけないって国の決まりがあるの。エルクは私を養う義務があるの!」
この世界の決まり事であるかのような言い方をしてくる。
奴隷が他で働いてはいけないってのは、だいぶ前に奴隷へ過酷な労働をさせた事件があったからだ。
大量の奴隷を買って、単価は高いけどキツイ仕事をさせた悪人がいたらしい。
それ以来、人々への優しさを教えとする聖ユリス教は奴隷制度に反対している。
「奴隷がご主人以外の元で働いちゃいけないのは合ってるが、俺がハティを養う義務はねーよ」
「またまたぁ。私をほっとけないくせにぃ。好きなだけ養っていいのよ」
半年経ってもハティは自立する気は全くなく、体だけ成長した。
人よりよく食べるせいか、14歳にしてはいいスタイルで、大き過ぎず小さ過ぎないといった体つきだ。
俺は調理場から今日のまかない『ブルーボアのジンジャー煮』を持ってきて、一緒に食べる。
ハティは「おいしそー!」と言った後、ガツガツ食っている。
取らねぇからゆっくり食えよ。
他の席を見ると、2席がまだ食事中だ。
1席目は黒いローブの少女が1人で、日替わりスープのおかわりをしている。
日替わりスープは余り物で作った無料のスープだ。
カネの無い人への同情で定評のある、サーシャ先輩のオヤジさんのサービスメニューだ。
数に限りがあるが、結構うまい。
少女はすぐに飲み終わり、サーシャ先輩へおかわりしているが、断られている。
それでも諦める様子を見せず、何か物を渡そうとしている。
粘り強い。いい根性だ。
ハティもあれくらいの根性を見せて欲しい。
別の席には灰色のローブを着た男と、小汚い服を着た男が話している。
「あー。また来てるのね。あの宗教の人」
「ん? 宗教?」
ハティは、綺麗になったお皿をつつき、俺のデザートを見ながら話し出す。
俺のを取りそうだ。
「確か、夜明けのルシファー教団っていう宗教よ。困っている人の弱みにつけこんで勧誘してるらしいわ」
テーブルを見ると、小汚い男が「ありがとう。ありがとう」と言いながら、おカネを渡している。
むちゃくちゃ怪しい。
「あ、そうだ。砦で兵士してる常連さんから聞いたんだけど、強い魔物がたくさん出てきるらしいわよ。いつまで持つかわからないってさ」
「なんだそりゃ? 兵士が住民をビビらせてんのか?」
「うーん。どうなのかな? 危なくなったら俺がハティちゃんを連れて逃げるから安心しろって言ってたし、ビビらせようとした感じじゃないかも。でも、治療院のお姉さんたちも兵士がたくさん運ばれてきて大変って愚痴ってたわ」
ハティは働かない代わりにお客さんの話し相手をよくしている。仕事が無くて暇なだけかもしれんが。
兵士はナンパっぽいが、治療院のほうはマジで危なそうだな。
案外この街はピンチなのかも。
サーシャ先輩へ教えよう。
俺は食べ終わったので立ち上がる。
ハティが俺の服の裾を掴む。
「なんだ? おかわりはねーぞ。夜まで待っとけ」
食いしん坊さんめ。
「ねぇ。そろそろ冒険に出ない?」
うん?
ハティは座ったまま、俺の目の奥を覗き込むように見てくる。
「エルクは頑張ればそれなりに戦えるんだから、手頃なクエストをしたらいいじゃないの」
珍しく、というか初めて、真剣な顔をしている。
「それでーおカネを稼いでー。私に大きな屋敷を買ってくれる約束をしたじゃないの」
大きな屋敷の約束?
……してねーわ!
「おい。適当なこと言ってんじゃねぇ。うなずくところだったじゃねぇか」
「チッ」
チッって! 今、チッって!
まぁいいや。確かに、おカネを稼ぐにはクエストを受けるのが早いな。
戦争中で、たくさんのクエストが募集されているだろうし。
だが、俺の魔法じゃあこのあたりの魔物を倒せるかあやしい。
「よし。王立ギルドに行って仲間募集しようぜ」
強い仲間が入るといいな。
そいつに戦ってもらい、俺は援護や逃げる判断だけをする。
よし、安全第一だ。