③
「キアラ様たってのお願いで、水色のドレスがよろしいと」
「……はぁ」
気の抜けた声で、サシャは目の前のテーブルに広げられたカタログを見つめた。向かいの席には貴族の、控えめではあるが明らかに庶民ではない衣服の女性が腰かけてページを繰っていく。
貴族の使うような、部屋を丸々借り切れるような高級カフェ。勿論、以前お邪魔したお城のような最高級品ではないが、庶民のサシャからしたら過ぎる装飾の施されている豪華なテーブルと椅子が設置されていた。このような慣れないようなところで打ち合わせとなっている次第。
あれから、一週間もあとには次の手紙がやってきた。キアラ姫からの『嬉しいわ』『ありがとう』『詳細をおつきに伝えさせるわ』との手紙と共に、王室の使用人の方が二人やってきた。
例のおつきの男性だけではなく、もう一人は妙齢の女性。キアラ姫付きのメイドだそうだ。
『水色のドレス』。カタログに載っているものは色が様々であった。が、この形で水色で仕立てるということらしい。
「キアラ様はどちらかというとふんわりされた雰囲気のドレスを好まれますからね。サーシャ様にはもう少し色っぽいものをと」
確かにキアラ姫はまだ少女も良い年齢であるし、かわいらしい雰囲気のドレスが良く似合う。実際、ミルヒシュトラーセ王室パーティーでもふんわりした膝丈スカートのドレスを着ていた。
しかしサシャにと指されたものは随分色っぽかった。王室のドレスだ、上品ではあるものの、胸元がかなり開いていてスカートもしゅるっとタイトなもの。
「い、色っぽいなんて」
「歌姫様ですから」
表現に動揺したのだけど、メイドは、しれっと言う。確かにバーで着るドレスもどきもこういう形が多いけれど、あのような王室などで着るとなるとためらってしまう。
「これなどキアラ様が気乗りされておられましたわ」
「そ、そう、ですか……光栄です……」
結局言われるがままにそのドレスにすることになり、採寸は前回測ったものをそのまま使うとのことで免除された。
ドレスも決まったあとは詳しい打ち合わせに入る。
ひにちはヴァレンタイン当日。ランチタイムとティータイムを過ごすという、聞いてみれば、まぁ、『女子会』であった。女の子のやりたいことは庶民も上流階級も、そう変わらないということの模様。
ランチの間は出番がないが、催し物の一環として食休み後あたりに二、三曲歌ってほしいとのこと。
「お歌はこちらがよろしいと言われておりましたわ。練習など大丈夫でしょうか」
紙に書いたリストを見せられたが、それは意外なリストアップだった。もっと高尚な歌……聖歌のような……を想像していたのだが、意外や、街でヒットしているポップスばかりである。これならバーでも何度も歌っている。