③
そういえば、と思った。
ライラが毎晩日記をつける習慣ができたのも、リゲルのためだった。「毎晩日記を書いてるんだ」という話をしてくれたのはいつのことだったか。ライラが初等科の、確か十歳前後のことだったはずだ。
文章を綴ることにもようやく慣れてきて、それなりに脈絡のあるものを書けるようになってきた頃。リゲルは五つ上ということもあり、既にはるかに流暢なものを書ける年頃だったはずだ。
「日記っつっても、ちょこっとだけだけどな。今日はどういう仕事をしたかとか、どこに行ったかとか」
小さなノートを見せながら話してくれた。秘密だぞ、と言いながらちょっとだけ開いて中身も見せてくれた。
「まぁ、日記というよりメモ書きみたいなもんかもしれないけど」
その言葉のとおり、書いてある文字はあまり多くなかった。小さなノートの一ページも埋まっていないこともある。リゲルのちょっと角ばった字で、色々な日々の出来事がメモされていた。
「でも役に立つし、どんな一日だったのか自分であとから振り返れるから良いもんだよ」
そんな、なんでもないような言い方をしたけれど、書いているのが楽しいという様子で話してくれたのだった。
それを聞いたライラは単純なもので、翌日には母にねだっていた。「日記帳が欲しいの。日記を付けてみたい」と。母はすんなり受け入れてくれた。
「そうね。日記を毎日つけるのは良いことだわ」
数日のうちには、花柄のかわいらしいノートを買ってもらえて、ライラは喜んでその晩からノートに出来事を書きつけるようになった。
最初の頃は苦戦した。その日あったことを、どう文字で表現していいのかわからなかったのだ。
結局「今日は学校で数学の授業を受けました。難しかったです」だの、「お母さんとケーキを作りました。美味しかったです」だの、一文、二文しかない、稚拙極まりないことしか書けなかった。リゲルのようにきちんとした『日記』には程遠く、幼かったライラはちょっとしょぼんとした。
でも、リゲルはもうすぐオトナになるんだから。私より上手に書けて当たり前なんだから。
そう自分に言い聞かせて、そこから毎晩書いていって。きっと少しずつ文章も、そして字も上達していったと思う。目に見えて上手くなっていくのが嬉しくなった、そのときから毎晩、体調でも悪くない限りは書くようにしている。
自分はその習慣を続けているけれど。
彼は今でも毎日日記をつけているのだろうか?
あのとき見せてくれた、なんの飾りげもない茶色い革張りのノート。きっと彼にはとても大切なものだったろう。今でも持っているのかもしれない。
そんな幸せな想い出の一端を思い出しながら、ライラはベッドに入った。なんだか、あの日の幼い日の自分とリゲルの夢が見られるような気がする。