家政婦
「べシヌーラ」という町に着いた。町に着いて早々、掲示板に「家政婦募集」と書かれた求人広告を見つけた。
「ねぇ、家政婦募集だってぇ!私やってみようかなー」
「なんか家政婦って奴隷みたいじゃん。俺は嫌だな」
「私は昔から一度家政婦になってみたかったんだー。1日だけやってみてもいい?」
「好きにしなよ。俺は『ルビア』って旅館にいるから」
私はさっそく家政婦を募集しているフォーミュシア家をたずねた。家の前まで来ると屋敷があまりにも広くてとても驚いた。こんな大きなお屋敷に住めるなんてそうとうのお金持ちなんだろうなぁ。庭に噴水や銅像がある家なんて見た事ない。
ドキドキしながら扉をたたいた。
「すみませーん」
しばらくすると扉がギーっと音をたてながら開いた。
「どちら様ですか?」
すごくきつそうなおばさんが出て来た。
「あ、あの、家政婦募集の広告を見て来たんですけど…」
私はもじもじしながら言った。
「あー、家政婦になりたいのね。いいわ、入って」
「おじゃましまーす」
そーっと中に入った。家の中もこれまた豪華で、見るからに高そうなシャンデリアやじゅうたんやタンスが並んでいた。
「それじゃあ、まずは掃除からしてもらいましょうか。そこに掃除用具が入ってるから、とりあえずほうきと塵とりとモップとバケツを持って来てちょうだい」
え?もう採用されたの?採用試験とかあるのかと思ってたけどこんなにあっさり入れちゃうなんて…嬉しいけどまだ心の準備ができてないよー。でも採用されたからには頑張らなくちゃ!よーし、やるぞー!
「わかりました」
私は言われたものを用意した。
「まずほうきで掃いてからモップがけしてちょうだい。水はあそこにあるから」
「はい」
私はほうきで掃き始めた。結構ゴミがたまってるわね。私の前の家政婦が辞めてから1度も掃除してなかったのかな?それにしても長い廊下ね、ほうきで掃くだけでだいぶ時間くっちゃいそう…
一生懸命ほうきで掃いていると、すぐ近くで何か黒い虫がカサカサ動いた。近づいてよく見るとゴキブリだった。
「ぎゃあ!」
私は思わず大声を出してしまった。
「どうしたの?」
おばさんが急いでかけつけた。
「ちょっとゴキブリに驚いただけです。心配かけてすいません」
「もう、あんまり大声ださないでよね」
私は掃き掃除を続けた。1時間ぐらいしてやっと掃き掃除とモップがけを終わらせた。
「終わったみたいね、まだ汚い所あるけど、今日は初日だから大目に見るわ。次は窓ふきをしてちょうだい」
「はい」
私は窓ふきを開始した。汚れた部分が残らないように隅から隅までキレイにした。ふいてる途中で腕が痛くなったが、なんとか頑張って最後まで拭ききった。これだけキレイにすれば文句はないだろう。私はおばさんに窓ふきが終わった事を報告した。
おばさんは入念にチェックし始めた。そして、目をつりあげて言った。
「なんですかこの汚れは!どこに目をつけてるのよ、しっかりしなさい!」
あっ、そこだけ拭くの忘れてた。それにしてもちょっとムカッとしちゃうな。そんな言い方ってないんじゃない?他はすごいキレイなんだからちょっとぐらい許してくれてもいいじゃない。
私は心の中で文句を言いながら、拭き忘れた所をキレイに拭いた。
「よろしい、では次に洗濯をしてもらいます。この容器に水を入れてしっかり洗ってちょうだい」
「はい」
私はムーオ村にいた時も毎日洗濯をしていたから手慣れたものよ。軽く片付けてやるわ!それにしても洗濯物少ないわね、家の大きさのわりに家族はあまり多くないのかな?これだけしかないなんて…すぐに終わっちゃいそう。
私が手で服をゴシゴシこすっていると、2階から14才ぐらいの少年がおりてきて私の前に立った。
「お姉さん家政婦でしょ?名前はなんて言うの?」
「サラです。よろしくお願いします」
「ふーん、サラさんっていうんだー」
少年はジロジロ私を見ながら言った。そして驚きの行動に出た。
「えいっ!」
なんと少年はいきなり後ろから抱きついてきたのだ!
「ちょ、ちょっとやめてください」
私は抵抗した。
「やめないよ」
なかなか少年は離れないので、仕方なく腹にひじうちをくらわせた。
「ぐへ…い、いたいよー、ママー」
少年は泣き始めた。するとすぐにさきほどのおばさんが走ってきた。
「どうしたの!?チュルスちゃん」
「サラが僕を殴ったんだよ…」
「まぁ、何て事するの!どういう事よサラ!」
おばさんは怒りで顔が紅潮している。
「その子がいきなり抱きついてきたんで、ビックリして肘が当たっちゃったんです」
「そうなの?チュルスちゃん?」
「そうだけど…きっとサラはわざとやったんだよ」
チュルスはママの服をつかみながら言った。
「そ、そうだったの…で、でもチュルスちゃんは悪くないわ!悪いのはサラよ。だいたい何よ、その露出度の高い服は!誘惑しているとしか思えないわ!家政婦だったらもっと地味な服を着なさい!今度殴ったりしたら承知しませんからね!」
何よその言い分は!この服だってちょっと地味かなと思ってたぐらいなのに、これ以上地味な服なんて持ってないわよ!息子の失態を謝りもせず、責任転嫁するなんて信じらんない!この親子ちょっとおかしいわ!
心の中では私も怒り狂っていたが、決して顔には出さない。
「はい、わかりました」
「わかればいいのよ。洗濯はもういいから料理をしてちょうだい」
「はい」
理不尽な事に文句も言えず、気持ちを押し殺して、ただ『はい』と言うしかない私って本当にアロルの言うように奴隷みたい。なんか嫌になってきたな。もうやめちゃおうかな……………いや、今日だけは頑張るって決めたんだから、初志貫徹しないと!
私は台所で料理を始めた。大きな肉をジュージュー焼いて、野菜を炒めた。お皿に盛りつけていると、15才ぐらいの男の子がやってきた。
「さきほどは弟が大変失礼しました。僕はミヘランと申します」
ミヘランが頭を下げた。
この子は弟と違って一般常識があるようね。
「気にしないで下さい。私はサラです」
「とてもいい匂いがしますね。見るからにおいしそうだ。サラさんって美人なうえに料理もうまいんですね」
「そんな事ないですよ。これくらい誰でもできます」
ミヘランは料理を少しつまんだ。
「うん、うまい!もしかしてサラさんってプロの料理家ですか?」
「いえ、違いますよ」
「でも、ホントにおいしいです」
ミヘランはそう言うと急に真面目な顔になり、私の顔をジッと見た。
「サラさん…実は僕…」
「はい、どうしました?」
「あなたを一目見た時から好きになってしまったみたいなんです!僕とお付き合いして頂けませんか?」
いきなりの告白に私は驚いてどう返答していいかわからなかった。今は家政婦という立場もあるわけだから、下手に断って傷つけちゃってもマズイだろうし…困ったなぁ。でもその気がないのに形だけ取り繕うより、ちゃんと断った方がいいわよね。この子タフそうだし、一度や二度ふられたって大丈夫よね。
「ごめんなさい。実は私、気になってる人がいるんです。申し訳ないですけど他をあたっ
てください」
これでいい、すっぱり諦めてもらおう。
「僕どうしちゃったのかな…サラさんが好きで好きでたまらない。あの…1回だけでもデートしてもらえませんか?」
ふられたのに大したもんだわ。思ったとおりタフね、この子。私の目に狂いはなかったわ。その勇気にめんじて1回だけデートしてあげる。
「1回だけならいいですよ」
「ホントですか!?やったぁー!!!それじゃあ、さっそく今から出かけましょう」
ミヘランは満面の笑みを浮かべている。
「でも、奥様に聞いてからじゃないと…」
「大丈夫です。後で僕から言っておきますから!さぁ行きましょう!」
私は腕をひかれて外へ連れていかれた。
ミヘランは自分のお気に入りの場所に私を案内した。灯台の見晴らし台に連れてくるなんてロマンチックね。ちょっとはセンスあるかも。お金持ちだし、顔も悪くないし、この子は弟と違ってモテるんじゃないかな?
「どうですか?ここから見る景色がこの辺りでは1番いいんです」
「確かにステキですね」
「あの、サラさんってどういう男の人が好みなんですか?」
「強くて、優しくて、誠実な人…かな」
「そうですか。僕はだいたい当てはまってると思うんですがねぇ…好きな食べ物はなんですか?」
「桃とスイカです」
「へー、そうなんですか。やっぱりサラさんと話しているととっても楽しいです」
「私も楽しいですよ」
あー、つまらない。ここへ来る時もずっと話をしていたけど、全然楽しくない。アロルと話してる時はいつでも笑えるのになぁ…
「サラさん…」
「ん?なんですか?」
「好きだーーー!!!」
ミヘランはいきなり大声で叫ぶと、抱きついてきた。やっぱりこの子も弟と変わらないわね…
「ダメよ…離れてください」
私はミヘランの体を手で押した。
「あっ、すいません。僕とした事が…つい…」
ミヘランはすぐに私から離れてくれた。やっぱり弟とは違うかも。もし離れなかったらまた殴っちゃうとこだったわ。
「おいおいおい、さっきから見てりゃあ、ベタベタいちゃつきやがって、ムカつくなぁお前ら」
近くにいた2人組の男のうちの一人が私達に言った。
「あなた達の気持ちなんてどうでもいいです。失礼します。行こうサラさん」
ミヘランは私の腕をつかみ、階段を降りようとした。しかし、男共が私達の前まで来て道をふさいでしまった。
「なめてんじゃねぇぞ、ちょっと痛いめみた方がいいみたいだな」
男はすごんでみせた。
「あまり僕を怒らせない方がいい。死ぬ事になる」
ミヘランも怒りをあらわにしている。
もしかしてミヘランって強いの?見かけによらないわね。
「行くぞ、クソガキ!」
「こい、チンピラ!」
そう言った直後、ミヘランは一瞬で吹っ飛ばされた。
やっぱりハッタリだったのね。まったくしょうがないわね。
私は男にローキックをかました。
「いてぇーーー。な、なにすんだこの女!クソッタレがー」
男は右フックを放った。私は左手でガードすると右手で男の鼻にストレートをくらわせた。男は鼻血を出した。痛そうにして鼻をおさえている。
「調子にのるんじゃねぇーー!!」
もう一人の男が向かってきた。私はアッパーを繰り出した。しかし、男はサッと体を後ろへそらし、勢いをつけて頭突きをしてきた。私は余裕で攻撃をかわしたみせた。頭突きなんてくらう人いるのかしら?男は右手でジャブを打ってきた。ジャブをよけると同時に私はクルっと回転して裏拳を放った。しかし、この攻撃もかわされてしまった。この後もしばらく一進一退の攻防が続いた。
こんな男に魔法は使いたくなかったけど、仕方ないわね。
「ガトリングシャワー!」
私は水魔法を使い、男を攻撃した。
「ふげぇ」
男は防ぐ事ができず、全弾命中し、ついに倒れた。
「これに懲りてもう悪さするんじゃないわよ。さぁ行きましょう、ミヘランぼっちゃま」
ミヘランは目をキラキラさせながらサラを見つめた。
「すごいですねサラさん!僕感激しました!こんなに強い人見た事ないです。ますます好きになっちゃいましたよ!僕何度ふられてもサラさんの事あきらめませんから!」
「それはどうも」
私とミヘランは屋敷に戻った。勝手に出て行ってしまい、奥様はカンカンに怒っていた。しかし、ミヘランがかばってくれたので、説教はすぐに終わった。説教の後、庭の草むしりと風呂掃除をしてその日は終了となった。私はすぐにアロルのいる宿に帰った。
「どうだった?家政婦は?」
アロルがさっそく聞いてきた。
「もう二度とやりたくない」