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学芸院凰雅と妹3

「ただいま・・・。」
「あ、お兄ちゃんおかえりなさい。・・・え!?どうしたんですかその傷!」
帰宅した兄を見て、重々しいマスクをつけた妹は驚愕した。それは無理からぬことだろう。
服はボロボロ、体中は傷だらけ。何よりその表情は憔悴しきっているのだから。
「ど、どうしたんですか!?」
「ああ、大丈夫だ。心配するな・・・。」
「え?で、でも・・・。」
「・・・トイレットペーパー、買えなかった。すまない。」
「そ、そんなこと。え?まさかそのせいで・・・、じゃないですよね?」
「俺は愛する妹から頼まれたおつかい一つ満足にこなせないダメな兄貴だ・・・。愛を知らない情けない男だ・・・。」
「え?何のことですか?それに、そんなことないです!お兄ちゃんは私の自慢の・・・」
「すまない。・・・今日はもう休ませてくれ。」
「え?あ・・・、お、兄ちゃん・・・。」
心配する妹を振り切って凰雅は自室に籠ってしまった。


凰雅はベッドに倒れこみ、自問自答を繰り返していた。
俺はごく普通の高校生。それは疑う余地もない。
だが俺は愛も恋もわからない。
そんな高校生がいるのか?
ここにいる。俺がいる。
それは俺が普通ではないということなのではないか?
では普通の高校生が知っている愛や恋というものは何なのか。
それも所詮は思い込みであって、本当は皆もよくわからないまま、わかったふりをしているだけかもしれない。
だが奴は、魔造寺狂獄丸は俺が愛を知らぬことに悩んでいることを見抜いているようだった。
そして奴が見せたアレが愛でなくてなんだというのか。
アレが愛でないというのなら、アレは一体なんなのか。


凰雅は悩んだ。
本来、答えのないことを悩むことは凰雅は嫌いであり、普段は絶対にしない。
しかしそれをさせてしまうほど今回のことは凰雅にとってショックなことだったのだ。


コンコン


言葉に溢れる無音の世界から目を覚まさせる音が部屋に響いた。
ドアがノックされた。妹だろう。
休むと言ったのに。そう思った凰雅だったが、それを承知でドアを叩いた妹の気持ちを考えると無視することはできなかった。

「なんだ・・・?」
凰雅はドアを開けて驚愕した。
それは先ほどボロボロの兄を見て驚愕した妹のそれに等しいものだっただろう。
目の前にいたのはいつものマスクを外し、涙と鼻水とヨダレを垂らしながらもグッと兄の目を見る妹の姿だった。

「な、何をしているんだ・・・。」
「お、お兄ちゃんは・・・愛を、しっています。そのことを・・・うっ、くっ、・・・知って、ほしくて。」
「何を言っているんだ、早く俺から離れろ。」
久しぶりに見た妹の素顔、それが苦痛に歪んでいる。
凰雅は妹を苦しませたくない一心で妹を突き放そうとした。
だが。
「離れませんっ!」
妹は突然凰雅に抱き着いた。
「なっ・・・。」
突然マスクを外し現れた妹。その妹が突然抱き着いてきた。そんな予想外の事態に凰雅は少しパニックに近い状態になっていた。
「私が!私がお兄ちゃんを・・・愛していますっ!・・・だから、愛を知らないなんて、・・・はぁ、はぁ、言わないで、くださいぃ・・・。うっぅぅ・・・。」
凰雅は妹の腹から絞り出される決死とも言える告白を受け困惑していた。
(何を言っているんだ?俺たちは兄妹だぞ?)
そう思った凰雅だったが、妹の必死な表情を見て気づかされた。
(そうか・・・。これが兄妹愛というやつか。ふっ、そうだったな。俺は家族を、妹を愛している。そして友を。能丸を!・・・こんな簡単なことだったのだな。愛する友のため、友を守るためなら戦うことも辞さない。これぞ、まさに普通の高校生。・・・そうか、俺は既に知っていたんだ。・・・愛を!)


「ありがとう。」
そう言って妹の体を引きはがす凰雅。
「お、お兄ちゃん・・・。」
愛する妹の腹からの叫びを受け、胸を濡らした凰雅は妹の頭を軽く撫でる。
「その想い。しかと受け取ったぜ。俺は既に愛の何たるかを知っていた。そして、愛をこの身に受けていたんだな。こんな身近にあるってことに気づかなかったんだから、俺も馬鹿だな。」
「お、お兄ちゃぁぁん。ついに、私の気持ち、伝わったんですねぇぇぇ・・・。」


妹の助言を受け、凰雅はまた一歩大人になった。
そして誓いを新たにする。
大事な友を守るため、望まぬ争いに身を投じる覚悟を持つこと、そのために備えること。
それもまた普通の高校生として当然のことなのだ、と。

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