やってやるぜ、大武闘大会! その3
辺境都市バトコンベで開催される大武闘大会は、新しく建設された中央闘技場で開催されます。
そこは、僕が元いた世界で例えますと、ローマのにある円形闘技場を10倍くらいでっかくした感じとでもいいましょうか……あ、こんなことを言ってますけど、僕自身、実物を見たことはないんですけどね。
その闘技場の中ははすり鉢状になっていまして、その中央が闘技会場になっています。
その闘技会場を取り囲むようにして観客席があるのですが、僕達はその観客席を移動しながら弁当や飲み物を販売するわけです。
「……結構きつそうだなぁ」
思わずそう口にしてしまったように、観客席はかなりの急勾配です。
そのため、そこを上下しながら弁当販売を行うとなるとなかなか骨が折れそうです。
魔王である魔王ビナスさんは問題ないでしょうけど、異世界に転移していながらチート能力を何一つとしてもっていない僕にとってはかなり問題がありそうですね。
そんなことを考えているとスアが僕の背中をつんつんとつついてきました。
「どうしたんだいスア?」
僕が振り向くと、スアはその手に羽のついた靴を持っていました。
「……飛翔ブーツ……これで上り下りも楽々、よ」
スアはそう言うと、右手の親指をグッとたてました。
ちなみに、スー-パー人見知りなスアは、周囲の人々の姿が目に入らないようにマスクを被っています。
ちなみにこれ、僕が元いた世界で結構好きだった覆面レスラーの、グレイトストロングマシンって選手のマスクだったりします。
このマスクって、目の部分がメッシュになっているもんですから、適度に視界が制限されまして、スアが周囲の人を気にしなくてすむそうなんですよね。
で、そんなマスク姿のスアからもらった靴ですが、少しだけ宙に浮いた状態で移動出来るんです。
脚力を使う必要がないので、足が疲れないんですよ。
早速その靴を履いた僕は、みんなで屋台の場所へ移動していきました。
屋台スペースは、観客席の中段の一角に設置されています。
僕達以外にも、かなりの数の屋台が軒を連ねていて、開店準備の真っ最中のようですね。
僕達は、15番と書かれた札が置かれている屋台へ移動していくと、早速商品を並べていきました。
僕と魔王ビナスさんは、肩掛け式の箱の中に弁当と飲み物を山済みにしていきます……なぁんて言っていますけど、実はこれ中身が入っていないフェイク品です。
一番上のお弁当だけ本物で、その下はすべて空っぽです。
こうしておけばたくさんの弁当を持って移動しているように見えるけど、箱はとっても軽くて済むわけです。
で、売り物にする弁当は腰につけている魔法袋に満載しています。
売れたら、魔法袋の中から商品を取りだして、それをお渡しようと思っているわけなんですよ。
屋台の方も、大方準備が整いました。
闘技会場の方でも、開会の準備が進められているようです。
「よし、じゃあ開会するまでに一度販売しに行くとしようか」
「はい、かしこまりました」
僕の声に、たすき掛けなさっている魔王ビナスさんが笑顔で答えてくださいました・
「パパ、ビナスさん頑張ってください!」
パラナミオ達の声援に送られながら、僕達は会場内を移動していきました。
僕は右回り、魔王ビナスさんは左回りで客席を回っていきます。
スアの靴のおかげで、足の不安もありません。
「弁当はいかがですか~、タテガミライオンのお肉の弁当ですよ~」
僕は、そう声をあげながら通路を進んでいきました。
すると
「何!? タテガミライオンの肉だって!?」
「そりゃぜひ頂こう」
「おい、こっちもだ」
いきなりあちこちから声がかかってきました。
中には、
「おいおい、ホントにタテガミライオンの肉なんだろうな?」
なんて言われる方もおられましたけど、そううう方には試食を食べて頂きます。
すると、
「うん!? 間違いない! こりゃホントにタテガミライオンの肉だ!」
と、目を丸くなさいまして、すぐに弁当を購入してくださいます。
気が付けば、まだそんなに移動していないのに、僕の周囲には弁当を求めるお客様が殺到なさっていました。
「はいはい、十分数はありますからね」
僕は、笑顔でそう言いながら弁当を手渡してはお金を受け取っていきます。
「あら、あんた……」
そんなお客さんの中に、知った顔がありました。
妖艶な体つきをなさっている、魔法使いの服を着ておられるその女性……
「あぁ、ナカンコンベのフラブランカさんじゃないですか!」
僕は思わず声をあげました。
そうです。
ナカンコンベで魔法雑貨のお店をされているフラブランカさんです。
「フラブランカさんも観戦にお見えになられたんですか?」
「えぇ、ウチのチビがね、どうしても大武闘大会を見たいって言うもんだからさ」
そう言いながらフラブランカさんは、お弁当を10個買ってくださいました。
一緒に観戦に来られている子供さん達の分なんでしょうね。
子供達用にパラナミオサイダーも購入され、ご自分用にはスアビールを購入されたフラブランカさん。
……そうですか、タクラ酒ではダメですか……
「じゃ、頑張ってね店長さん。多分明日も買わせてもらうわ」
「はい、よろしく」
フラブランカさんは軽く手をあげて客席へ向かっていかれました。
◇◇
しばらくすると
『ただいまより、辺境都市バトコンベ大武闘大会を開催いたします』
魔法拡声器から、女性の声が会場中に響いていきました。
その声を合図に、会場内にまるで地鳴りのような大歓声が湧き上がっていきました。
「うわ、すごいなこりゃ」
空気の振動を肌で感じながら、僕は闘技会場へ視線を向けていました。
開会式は、まず最初に辺境都市バトコンベの領主、ゲルターさんの挨拶からはじまりました。
あの人、前回の大会の時に弁当を買いに来てくださったんですよね。
それに続いて、辺境都市連合の代表をしているという辺境都市リバティコンベの領主、サファテさんって人が挨拶を行っていきました。
見た感じ、僕より若そうですね。
「あの若さで、領主で代表って、すごいなぁ」
僕は思わずそんなことを呟いたのですが
「そうクマ、パパはすごいクマ」
そんな僕に、近くの席に座っている女の子が胸を張ってそう言いました。
「お嬢ちゃん、あのサファテさんの娘さん?」
「言っちゃダメって言われてるけど、そうクマ」
そう言いながらドヤ顔をしているんだけど……言っちゃダメって言われてるのに、言っていいのかな?
僕は、そんな事を考えながら思わず苦笑してしまいました。
でもまぁ、これも何かの縁でしょうね。
「よし、じゃあ、お嬢ちゃんのすごいパパと一緒にこのお弁当を食べなよ。特別にお代はサービスしとくよ」
「ホントクマ!? うれしいクマ!」
「ウレシイ」
なんか、そのお嬢ちゃんの横からもう一人女の子がひょこっと顔を出して来たけど……この子も娘さんなのかな。
で、
僕はコロックとティレって名乗った2人に弁当を適当に5つ手渡しました。
「じゃ、お父さんによろしくね」
「おじちゃん、ありがとクマ!」
「アリガト!」
笑顔で手を振ってくれるコロックちゃんとティレちゃんなんだけど、「おじちゃん」って言われて軽く傷ついちゃった僕だったわけです、はい。
子供って、無邪気で残酷ですよね、時々……ははは。
◇◇
開会式のセレモニーが終わり、闘技場内では予選の準備が行われています。
その時間を利用して、僕は一度屋台に戻りました。
すると、スアの姿がありません。
「あれ? パラナミオ、ママはどこ?」
僕がそう言うと、パラナミオは声を出すことなく、自分の足下を指さしました。
そこには、木箱が置かれています。
この木箱って、スアが万が一の際に緊急避難するために持ってきてた箱なんですけど……
スアがこの中に避難しているってことは……僕がいない間に何かあったんでしょうか?
すると、パラナミオが僕の耳元に口を寄せて、小声で話しはじめました。
それによりましと……
「おいお前、そのマスクはグレイトストロングマシンじゃないか!?」
体格のいい女性がいきなりそう言いながらスアに駆け寄ってきてですね
「いやぁ、まさかこの世界でグレイトストロングマシンのマスクを被っているヤツに会えるとはな、どうだお前も一緒に女子プロレスをやらないか?」
そう言って、スアを連れていこうとしたそうなんです。
で、スアは慌てて転移魔法で箱の中に避難しそうでして……
しかし……この世界にこのマスクのことを知っている人がいるなんて、おかしいですね……
「パラナミオ、その女性は名前を名乗っていたかい?」
「あの……確か、ぶれんどさん? とか言われてたような……」
「ブレンドさん?」
はて……その名前は、なんかこっちの世界風な名前ですね……やっぱり僕の考えすぎなのかな?
そういえばブレンドじゃなくてブレード奈々って女子プロレスラーがいたなぁ……膝の故障で長期欠場してたはずだけど、あの人、今頃どうしてるのかなぁ……
僕がそんな事を考えていると、
『お待たせしました。只今より予選を開始します』
会場内にそんな声が響き渡っていきました。