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旅立ちの日

 ザラール国へと向かう日。
 ルアール国は雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
 トゥイーリはザラール国へと戻るため、ルアール国の王城の入口で馬車を待ちながら、一昨日のジョルジとオリビアの食事会を思い出していた。

 お祝いの日、ルアール国はひさしぶりに雲一つない青空が広がり、町の人は嬉しそうに空を見上げていた。
 ルィスにあるガエウの店には、ルアール国の第一王子エリアスとザラール国の第一王子アシュラフが身分を隠し、アリーナの知り合いとして、ジョルジとオリビアの祝いの席に来ていた。

 エリアスと一緒に外出した日、ガエウの店に行きジョルジとオリビアの結婚式について尋ねたところ、状況がよくない時なので、この店で食事をして二人だけで祝おう、となったと聞いた。
 その話しを聞いたエリアスは二人を祝福するために、その日は食堂を貸し切りにしたいと言い、ガエウに許可をもらった。
 その後、城に戻り、アシュラフにこの日のことを伝えると、
「めでたいことなのだから、一緒に祝福したい」
 と返答があったので、この日の参加となった。
 
 ジョルジとオリビアはひさしぶりに会うアリーナに再開の喜びを表し、アリーナは二人に祝福を送った。

 また旅に出るから、と言ってガエウの野菜スープをみんなで一緒に食べた。
 アシュラフとディヤーはそろって、
「野菜がこんなに甘いなんて……」
 と感激していた。アリーナは
「甘いでしょう?」
 と言って笑った。

「アリーナ、次はいつ会えるのかわからないけど、またこの国に戻ったのなら、この店に寄ってガエウに伝言を頼んでね。また一緒に食事をしましょう」
 別れ際、オリビアと抱き合いながら、再開の約束をして城に戻ってきた。

「トゥイーリ?」
 左手に持っているゆりかごからマレの疲れた声が聞こえ現実に戻る。

 マレはアシュラフ達との話しが終わったあと、一度北のディユ家に戻り、この地を守る力を再度神から授かれるよう奔走していた。
 戻ってきたのは昨日の昼前で、それからご飯も食べずに朝まで眠っていた。
 お疲れ様、の意味を込めてひと撫でする。

「今日はきれいなワンピースを着ているな。少しはあれを見直した」
 マレは少し不満げな声を出しつつも、ワンピースをほめてくれた。

 今日のトゥイーリは白のシンプルなワンピースで、両手の袖口にはレースを施し、左胸の部分にルアール王家の紋章が刺繍されている。
 髪は一つに結んで右肩に流しているが瞳と同じ色の藍色のリボンを使い、頭には白のベレー帽を被った。 
 ベレー帽にも小さくルアール王家の刺繍が施されていた。
 
 トゥイーリの身元について、マテウスはアシュラフの提案を受け入れた。
 提案を受けた翌日に、半年に1度は里帰りさせてほしい、と条件を付けて書類を2枚作成し、両方ともにマテウスの署名を入れていた。
 アシュラフは苦笑いしながらも、書類を確認し、
「父にはすでに話しを通しているので、この書類を一度持ち帰り、ザラール国王の名を署名し、返送します」
 と2枚の書類を預かった。

 その日の昼過ぎに、突然マテウス陛下から話しがしたいと呼び出され、王家専用の食堂に行った。
 ドアを開けて入った時、マテウス陛下の左隣に金髪で青い瞳をした見知らぬ女性がいた。挨拶をしようと思った時に、
「あなたがトゥイーリちゃんなのね?」
 と優しい声で話しかけてきた。
 そこにマテウス陛下が言葉をかけてきた。
「トゥイーリ、紹介が遅くなって申し訳ない。彼女はサラ・アスミンド、私の妻だ」
 と話した。
「はじめまして、トゥイーリちゃん。やっと会えてうれしいわ」
 とふわりと優しく微笑み、こちらに近づいてくる。
 慌てて、スカートをつまみ、膝を少しおり、挨拶をする。
「サラ王妃、初めまして、トゥイーリ・ディユと申します」
「そんな堅苦しい挨拶はいらないわ……今日初めて会ったのだから戸惑うことばかりでしょうけど、あなたの母親代わりとしてこれから頼ってほしいわ」
 と両手を握った。驚いたままサラ王妃の顔を見つめていると、
「陛下と私からのプレゼントを贈りたいの。付き合ってくれるかしら?」
 と少しいたずらっ子のような微笑みを浮かべた。
 トゥイーリは戸惑いながらも、それを受け入れた。
「じゃあ、さっそく」
 と言って、食堂の横にある応接室に連れていかれ、体中のサイズを測られた。
「このあと、この城の針子と知り合いの仕立て屋に声を掛けてワンピースを作るわ!出発は14日よね?4日ほどしか時間がないけど、楽しみに待っていてね!」
 と嬉しそうなサラ王妃に苦笑いを浮かべ、
「楽しみにしています」
 と伝え、部屋を後にした。

 その時に作られたのが今日着ているワンピースなのだ。
 昨日の夕食前に届けられ、旅立ちの日にふさわしいからという理由で真っ白な絹で作られたワンピースで今まで着たことのない肌触りに内心落ち着かない。

 そんなトゥイーリの様子を見守っているエリアスは今日、ルアール国の第一王子としての正装姿でトゥイーリの右側に立っていた。
「本当にきれいだね。母上に見せられなくて残念だ。次にここに帰ってくるときに着て帰ってきてほしいな」
「はい」
 トゥイーリはしっかりと頷いた。
 その時、アシュラフが入口に姿を現した。
「遅くなってすまん。トゥイーリ、今日は一段ときれいだな」
 アシュラフは目を細め、トゥイーリを見つめていた。
 トゥイーリは、みんなからの言葉に居心地の悪さを感じていた。

 ザラール王家の馬車が3台到着し、小さな馬車には荷物がすでに入っている。
 そしてそれよりすこしだけ大きい馬車に、ルゥルアとなぜか私服姿のジュリアが一緒に乗った。
「エリアスさま、なぜジュリアが馬車に乗っているのでしょう?」
「ああ、父上の許可をもらって、ザラール国でトゥイーリの侍女としてそばにいるためだと聞いたよ」
 その返答にトゥイーリが驚いていると、
「そして、僕も一緒に行くよ!」
 とさらに驚きの一言を伝えたエリアスを見る。
「だって、アシュラフと一緒の馬車なんて、許せないし」
 少しむくれたような表情でそう言ったが、隣のアシュラフはエリアスを半目で見ていた。
「それに、トゥイーリの件でシャラフ国王に確認してもらう書類があって、署名をもらうという仕事があるんだ」
 トゥイーリはエリアスの第一王子としての正装は見送りのためだと思っていたが、違っていたようだ。

 あとはアシュラフ一行が乗り込むだけとなった時、近くでマテウスの声が聞こえた。
「間に合った。見送りに遅れて申し訳ない」
 と言って、トゥイーリに向かって、
「気を付けて行け。いつまでもここで待っている」
 と言い、ためらいがちにトゥイーリのベレー帽越しの頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。
「はい。行ってまいります」
 トゥイーリは腰を折り、頭を下げる。
 マテウスは目に焼き付けるようにその姿をじっと見ていた。
「では、トゥイーリ、国に帰ろうか?」
 とアシュラフが左手を差し出したので、右手をのせるために手を挙げた。
 その姿を見たエリアスは、慌ててアシュラフからトゥイーリの手を取った。
 ぽかーんとしているトゥイーリの右手を握ったまま、
「父上、行ってまいります」
 とマテウスに伝えて、そのまま馬車に乗り込んだ。
 アシュラフは苦笑いを浮かべ、マテウスに体を向けて、
「トゥイーリ嬢をお預かりいたします。約束は必ず守りましょう」
 と言い、頭を下げて馬車に乗り込んだ。
 マテウスは鷹揚に頷くと、小さく、
「娘を宜しくお願いします、アシュラフ殿下」
 と呟いた。
 その言葉が合図になったのか、ゆっくりと馬車はザラール国に向けて動きだした。

 マテウスはその馬車が見えなくなるまで見送っていた。

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