ー 見えざる手(6) ー
「ふぅ…」
「はは、お嬢でもやっぱキツイですか」
「誰でも辛いと思いますよ。この期間内にこの量は…」
「いやいやいや。薬学も錬金術も主席で卒業した秀才が何言ってんですか」
「リーグル様も同じでしょう、あまりからかわないで下さいませ」
「だってだってぇ、もう疲れたし!お嬢だけがこの場の癒しなんすよー!!」
職員たちが手を止めずに『うんうん』と頷く。そんな様子に、私も思わず笑ってしまった。殺伐としそうな作業量の中、こうして軽口を叩いて場を和ませてるのは、リーグル・ノルズリ様。
四家に連なるノルズリ家のご嫡男で、エイル隊の
今も、彼が私を気にかけて下さったのは、魔力酔いを起こしていないかどうかを確かめるためだ。
「そうですね…。ミードが冷めるのにもまだ時間がかかりそうですし、また一休みされますか?」
「「「乗ったぁ!!」」」
「…少しは静かに出来んのか、お前たちは…」
「あ、お嬢。閣下はお茶いらないらしいっす」
「そうは言っていないだろう!」
やいのやいのと和やかなじゃれあいが始まった時、調合室のドアがノックされた。職員たちは、何事もなかったかのように作業へと戻り、リーグル様が返事をする。
「入れ」
「失礼いたします。
入室してきたのは、エーシル・ノルズリ様だった。リーグル様の双子の弟君で、とても優秀な
(兄君のリーグル様は、裏表を感じない陽気な雰囲気で社交をなさるけれど、弟君のエーシル様は、知的で柔和な雰囲気で社交をなさるのよね)
そして社交術は異なれど、その異なる人脈から仕入れる情報は、他国の貴族事情、出入りの行商、市井の物価、果ては隊の恋愛事情にまで及ぶというのだから、お父様の耳にはあらゆる情報が入ってくる。
エーシル様が持っているレタートレーには、一通の手紙が乗せられていた。漆黒の封筒に、漆黒の封蝋。魔王にのみ許された色。
『お嬢様、どうかお気をつけて』
「…っ」
————突然、ヘスティアの声が頭によみがえって、肌がぞわっと粟立つ。
「あ。嫌なやつだコレ。そんな気がする」
「…兄上。執務中ですよ」
「うるっせえなぁ。閣下ぁ、魔王様からですよーい」
「開けていいぞ」
「へーい」
魔王軍は、魔王様を最高位として、
手紙に目を通したリーグル様は、いつものお調子者ではなく、軍人のお顔に変わった。
「…アウストリ
「……チッ、このことだったのか…」
手紙を読み終えたお父様が、チラリと私を見た。
(な、に、この感覚は…)
「ノルン。悪いが、私はこれより登城する。調合についてはリーグルから指示を仰げ」
「は…い、承知、いたしました…」
「…?ノルン、どうした」
ざわざわと胸騒ぎがして心臓が強く脈打ち、遠くで耳鳴りがする。喉に何か詰まっているような感覚がして、息が上手く吸えない。
「…ノルン嬢、ご気分がすぐれませんか?」
「は…っ、」
大丈夫だと返事をしたいのに、息が、詰まる。視界が急に揺れたと思った瞬間、体がぐらりと傾いて、すんでのところでエーシル様が支えて下さった。
「ノルン嬢!!」
「お嬢!?」
エーシル様と、リーグル様が同時に叫ぶ。
「慌てるな。
お父様は私の呼吸を確認し、冷静に指示を出す。
「ノルン、飲めるか」
「お、父様…。ごめ、ん…なさ…」
「落ち着け、大丈夫だ」
お父様が
「経口摂取は無理そうだな…。医務室へ。
「はっ」
そのままエーシル様に抱きかかえられたところで、私の意識はぷつりと途切れた。