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ー 見えざる手(6) ー

「ふぅ…」
魔道具(フロネシス)をフル稼働させて一気に調合した外傷回復薬(アスクミード)鎮痛薬(レーギミード)魔力酔い覚まし(ケイロンミード)の粗熱を冷水で冷ましながら、大きく息をつく。一度に大量調合する場合は失敗をするわけにはいかないので、どうにも肩に力が入るようだ。ぐぐっと上に伸びをして、凝り固まった肩と背中をほぐす。

「はは、お嬢でもやっぱキツイですか」
「誰でも辛いと思いますよ。この期間内にこの量は…」
「いやいやいや。薬学も錬金術も主席で卒業した秀才が何言ってんですか」
「リーグル様も同じでしょう、あまりからかわないで下さいませ」
「だってだってぇ、もう疲れたし!お嬢だけがこの場の癒しなんすよー!!」

職員たちが手を止めずに『うんうん』と頷く。そんな様子に、私も思わず笑ってしまった。殺伐としそうな作業量の中、こうして軽口を叩いて場を和ませてるのは、リーグル・ノルズリ様。
四家に連なるノルズリ家のご嫡男で、エイル隊の副将軍(アウルヴァング)。お父様の右腕と称される御仁だ。社交に長けた方で、どなたとでも仲良くお話されている姿をよくお見掛けする。
今も、彼が私を気にかけて下さったのは、魔力酔いを起こしていないかどうかを確かめるためだ。

「そうですね…。ミードが冷めるのにもまだ時間がかかりそうですし、また一休みされますか?」
「「「乗ったぁ!!」」」
「…少しは静かに出来んのか、お前たちは…」
「あ、お嬢。閣下はお茶いらないらしいっす」
「そうは言っていないだろう!」

やいのやいのと和やかなじゃれあいが始まった時、調合室のドアがノックされた。職員たちは、何事もなかったかのように作業へと戻り、リーグル様が返事をする。

「入れ」
「失礼いたします。伝令使(サーガ)よりお預かりいたしました」

入室してきたのは、エーシル・ノルズリ様だった。リーグル様の双子の弟君で、とても優秀な魔具技工士(ファーベル)だ。エーシル様もエイル隊の副将軍(アウルヴァング)であり、こちらは、お父様の左腕と称される御仁。

(兄君のリーグル様は、裏表を感じない陽気な雰囲気で社交をなさるけれど、弟君のエーシル様は、知的で柔和な雰囲気で社交をなさるのよね)

そして社交術は異なれど、その異なる人脈から仕入れる情報は、他国の貴族事情、出入りの行商、市井の物価、果ては隊の恋愛事情にまで及ぶというのだから、お父様の耳にはあらゆる情報が入ってくる。
エーシル様が持っているレタートレーには、一通の手紙が乗せられていた。漆黒の封筒に、漆黒の封蝋。魔王にのみ許された色。妖魔族の王城(スキーズブラズニル)からの伝令だ。

『お嬢様、どうかお気をつけて』
「…っ」
————突然、ヘスティアの声が頭によみがえって、肌がぞわっと粟立つ。

「あ。嫌なやつだコレ。そんな気がする」
「…兄上。執務中ですよ」
「うるっせえなぁ。閣下ぁ、魔王様からですよーい」
「開けていいぞ」
「へーい」

妖魔族の王城(スキーズブラズニル)からの伝令は闇属性魔法(エレボスセイズ)で封印されているため、開封にも闇属性魔法(エレボスセイズ)が必要だ。そして、手紙の内容によって、開封できる人物が限られる。エーシル様がお持ちになり、リーグル様に開封許可を出したということは、開封許可は副将軍(アウルヴァング)以上。極めて軍事機密性が高いものということだ。

魔王軍は、魔王様を最高位として、将軍(オクソール)副将軍(アウルヴァング)隊長(イアリ)副隊長(ヴェイグ)一般兵(スルーズ)に階級が分かれる。その他にも主だった役職として、参謀幕僚(ラーズスヴィズ)斥候兵(ラタトスク)伝令使(サーガ)が挙げられる。

手紙に目を通したリーグル様は、いつものお調子者ではなく、軍人のお顔に変わった。
「…アウストリ将軍閣下(オクソール)。お目通しを」
「……チッ、このことだったのか…」

手紙を読み終えたお父様が、チラリと私を見た。
(な、に、この感覚は…)

「ノルン。悪いが、私はこれより登城する。調合についてはリーグルから指示を仰げ」
「は…い、承知、いたしました…」
「…?ノルン、どうした」

ざわざわと胸騒ぎがして心臓が強く脈打ち、遠くで耳鳴りがする。喉に何か詰まっているような感覚がして、息が上手く吸えない。魔力酔い覚まし(ケイロンミード)を飲んだのだから、魔力酔いではないはずだ。

「…ノルン嬢、ご気分がすぐれませんか?」
「は…っ、」
大丈夫だと返事をしたいのに、息が、詰まる。視界が急に揺れたと思った瞬間、体がぐらりと傾いて、すんでのところでエーシル様が支えて下さった。

「ノルン嬢!!」
「お嬢!?」
エーシル様と、リーグル様が同時に叫ぶ。

「慌てるな。魔力酔い覚まし(ケイロンミード)を」
お父様は私の呼吸を確認し、冷静に指示を出す。

「ノルン、飲めるか」
「お、父様…。ごめ、ん…なさ…」
「落ち着け、大丈夫だ」
お父様が魔力酔い覚まし(ケイロンミード)を飲ませようとしてくださるけれど、どうしても上手に飲めなくて、零してしまう。

「経口摂取は無理そうだな…。医務室へ。魔力回路(ヒュレー)へ直接注入しろ」
「はっ」
そのままエーシル様に抱きかかえられたところで、私の意識はぷつりと途切れた。

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