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がんばる研修生の皆様 その3

 新たに加わった6人の研修を始めて数日経ったある日のこと。
 そろそろ最初の3人、アレーナ・クヨヨン・カアラの3人をどこかの支店に配属しようかと考えていた僕のところに5号店店長のシャルンエッセンスがやってきました。
 転移ドアをくぐってやってきたシャルンエッセンスなのですが、その後ろには3人の人々が続いています。
「リョウイチお兄様、ナカンコンベ商店街組合からの紹介状を持った皆様が訪ねてこられましたのでお連れいたしましたわ」
「ありがとうシャルンエッセンス……だけど、仕事中は店長って呼ぶようにって言ったでしょ?」
「あ、も、申し訳ありませんわ、リョ……い、いえ、店長様」
 相変わらず、僕の事を熱烈に兄と慕ってくれているのはありがたいのですが、呼称にはホント気をつけてほしいものです。そのせいでアルカちゃんなんかシャルンエッセンスのことを、僕のホントの妹と勘違いしちゃいましたからね。

 恐縮しきりなシャルンエッセンスからみなさんの履歴書を受け取った僕はそれに目を通していきました。

 1人目はシャゲさんという人族の女性です。
 赤い花の髪留めが目立つ感じですね。少女のような容姿ですが成人はなさっておられるそうです。商店街組合がそこは確認済みとのことなので、まぁ、大丈夫でしょう。

 2人目はアレーナさんという、こちらも人族の女性ですね。
 緑色の髪をなさっていて、割としっかりした感じの方なのですがシャルンエッセンスに続いて僕の前に移動してくる際に、何にもない上に非常に短い距離で3度も蹴躓いておられたのが悪い意味で目立っていた感じです。

 3人目はツバキさんという狐人の方です。
 狐の耳と尻尾が見えていますね。ツバキさんもシャゲさん同様に相当幼く見えるのですが、こちらもシャゲさん同様成人なさっているようです。

 ナカンコンベ商店街組合の紹介では、3人とも商店街組合が斡旋した短期のバイトを何件も無難にこなしているそうです。ナカンコンベ商店街は正社員を紹介する前にこうした短期バイトを斡旋してその働き具合などを紹介の判断材料にしているそうなんですよね。
 算術・接客・体力なども問題なしと太鼓判がおされています。
 ただ、アレーナさんの特記事項に
『何もないところでよく転びます』
 と書かれていたのですが……商店街組合にわざわざ注意書きされるくらいよく転ぶんだ、と、妙な意味で感心した僕でした。

 3人ともナカンコンベ在住とのことで、勤務するとなるとご自宅から通勤ということになるわけですが、そこはコンビニおもてなしです。スア製の転移ドアが全本支店を結んでいますからね、特に問題はありません。
 
 この転移ドアですけど、スアのお弟子さん……スアのお茶会メンバーの中で転移魔法を一番得意にされているバテアって魔法使いの人でも、常時ドア状態にして維持するのは難しいそうでして、必要に応じて転移ドアを呼び出しているんだそうです。転移ドアを使用出来るだけでも相当すごいらしいのですが、スアはそのドアをいくつも常時展開出来ているんですよね……しかも平然と。なんと言いますか、ホントにスアってば規格外ですよね、ほんと。

 僕は3人を本店の奥にある応接室に通して簡単な面接を行いました。
 さすがにナカンコンベ商店街組合の紹介だけあって、3人とも受け答えもしっかりしていますし、表情もいい感じです。これなら、研修を受けてもらっても問題ないでしょう。
「では、明日から研修を受けてもらいますので今日は帰って頂いて結構ですよ」
 僕の言葉に、3人は一斉に立ち上がると
「「「よろしくお願いいたします」」」
 と元気に挨拶してくれました。
 待っていてくれたシャルンエッセンスに連れられてナカンコンベへ通じている転移ドアをくぐっていった3人なのですが
「あいたぁ」
「あたたぁ」
「あひゃあ」
 と、アレーナさんが何もないところで3度もすっころんでしまいまして、

 1回目では前を歩いていたツバキさんのスカートを思いっきりずり下ろしてしまい、
「ひゃああ!? ボクのスカートになんてことするんですかぁ!?」
 なんてことが起きてしまいました。

 2回目の際には、後ろ向きに倒れ混みながら後方を歩いていたシャゲさんのスカートに手をかけてしまったアレーナさんだったのですが、シャゲさんはあっという間に姿を消してしまったんです。
 どうやら、気配を消して素早く動くことが出来る方のようですね。
 ……ただ、アレーナさんの手の中にスカートだけが残っていた次第でして、ほどなくすると近くの柱の陰から、
「あの……スカート返して……」
 上着を必死に引き下ろして下着が見えないようにしている、真っ赤な顔をしたシャゲさんが姿を現した次第です。

 そして3回目には僕のズボンに手をかけてしまったアレーナさんだったのですが、次の瞬間アレーナさんの姿が消え去ってしまいました。
 次の瞬間
「ひゃ~~~~」
 というアレーナさんの悲鳴に続いて、川の中に落下する音が……

 で、

 横を向くと、そこには水晶樹の杖を構えたスアの姿があったわけです。
「……旦那様に、何すんのよ」
 と、まぁ……真っ赤な顔で怒っているスアによって、川に放り込まれてしまったアレーナさんでした。

 その後、着替えを貸してあげて、それに着替えたアレーナさん
「……アレーナさん、とりあえずその癖は直す方向で頑張ろうか」
「はい……善処します」
 僕の言葉に恐縮しきりな様子で、何度も頭を下げていた次第です。

◇◇

 ある程度の人数が集まったので、各地の商店街組合に提出していた求人はここで一度取り下げさせてもらいました。

 ただ、ナカンコンベからは
「出来たらもう若干名検討いただけないですです?」
 との打診を受けました。

 何でも、コンビニおもてなしはナカンコンベの中でも優良企業リストの上位に位置しているそうなんです。
 そのため、今回の求人に対しても募集を開始してからまだ数日しか経っていないにも関わらず応募が三桁に達していたんだそうです。
 このあたりでは一番大きな都市であるナカンコンベでそこまで認められていたということで僕も嬉しくなったのですが
「さすがに雇いすぎるわけにはいかないしなぁ……」
 あれこれ思い悩んだ挙げ句、
「すいませんが、次回また機会があったらってことにさせてください」
 ナカンコンベ商店街には改めてお断りをさせてもらった次第です。

 気持ちはありがたいのですが……僕が元いた世界で営業していた際のコンビニおもてなしでは、父の代に
「コンビニおもてなしで雇ってよ、友達だろ?」
「店長、私の友達も雇ってあげてよ、いいでしょ?」
 そんな申し出をほいほい受けて雇いすぎた結果、人権費がとんでもないことになったって経験をしてるだけに、どうしても慎重にならざるを得ないんですよね。
 せめてバイトにしとけばいいのに全員正社員雇用してたもんだから社会保険料の事業主負担分だの福利厚生施設の整備だの……はい、それはもうすごいことになりました……すいません、その際のごたごたは黒歴史なのでちょっと胸の奥にしまわせてください。
 ……スアもありがとね、よしよししてくれて……

◇◇

 魔王ビナスさんによる新人研修も無難に進んでいます。
 明日からは最初に研修を受け始めた3人を

 アーリアさんは2号店
 クヨヨンさんは4号店
 カアラさんは5号店

 それぞれ実地研修を兼ねてバイト扱いで各支店での勤務を始めてもらう予定にしています。
 この調子で、他の6人の研修も順調に進んでいけば、この先店舗展開を検討してくれているブリリアンが新店舗や新出張所の話を持ってきても迅速に対応出来ますからね。
 
 僕は、本店のレジで接客を行いながら、魔王ビナスさんの後ろをついて周りながら指導を受けている6人をあたたかい眼差しで見つめていました。

「あひゃあ!?」
「な、なんでまたボクのスカートをぉ!?」
「……わ、私のスカートも返して……」

 ……どうやら、アレーナさんのすっころび癖の修正はまだまだ時間がかかりそうですね……

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