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謎の球体

「ふう…… あぁあ。なんか、つまんないな」
 高校からの帰り道、中山直也は道端の石ころを蹴とばした。
「なんでこう、毎日パッとしないのかなあ…… 」
 16歳で高校2年生の直也は、学校から進路について考えるように宿題を出されていた。
 勉強も、運動もそこそこ頑張っているし、何も不自由はない。
 でも、毎日淡々と学校と家を往復する毎日に嫌気がさしていた。
 部活もやっていないので、放課後はすぐに家に帰ってパソコンでゲームなどをする毎日である。
 今日も1人で帰宅するところだった。
 自宅までは歩いて20分ほどでつく。途中には住宅地と畑くらいしかないので、道草を食う場所もない。途中にコンビニが1件ある程度である。
 いつも通っている道は、半分くらいは糸川という細い川に沿っている。その名の通り、糸のように細くて流れが速い川である。
 季節は春なので、川に沿ってカラシナが咲いている。目が覚めるような黄色い花畑が伸びていた。
 きれいな花を眺めながら、のんびり歩いているとカラシナのなかに白く光っているところがあるように見えた。
「ヤバいな。ゲームのやりすぎで目が疲れてかすんだかな」
 瞬きを繰り返すと、その光の中に銀色の物体が見えた。
「なんだ。あれは…… 」
 直也は近づいてみた。
「銀色のボールだ」
 恐る恐る手を伸ばしてみた。
 手を触れても大丈夫のようだ。
直径3㎝ほどで、手の中にすっぽりと収まった。
「きれいだな」
 持って帰りたい衝動が起こった。
 悪いことをするわけでもないのに、キョロキョロと周りを見渡して、誰もいないことを確認するとホッとした。
 そのボールを鞄にしまうと、家に持ち帰った。
「ただいま」
 一応いうが、誰もいない。
 両親は共働きなので、夜まで1人で過ごすことが多い。
 兄弟はいない。いつものように2階の自分の部屋に直行した。
 さっき拾ってきたボールを机の上に置くと、鞄をしまい制服のブレザーを普段着に着替えた。
「よく見ると、不思議なつやがあるな」
 鉄球のような物かと思っていたら、青や緑に部屋の風景が写り込んでいるのがわかった。
 ホログラムのような感じもするが、眺めていると少しずつ色が変化しているように見えてきた。
「どんな加工がしてあるのかな…… 」
 眺めているうちに興味が出てきて、パソコンで調べてみた。
「しかし、川辺で光っていたのはなぜだろう。発光していたように見えたけど。光がちょうど反射していたのかな…… 」
 ふと我に返ると、進路の宿題を思い出した。
 鞄から宿題のプリントを取り出した。
「将来やりたいことか…… 」
 しばらく球を見つめていた。自分の顔が歪んで写り込んでいる。それが青から緑へと、そして水色へと変わっていくのがわかった。
 部屋の側面にある本棚や窓のカーテンなどは淵の方に丸みを帯びて細長くなっている。
「もしかして、願いごとを叶えてくれたりして」
 直也は神社で手を合わすときに、願いごとをするのはおかしいと思っている。神様に挨拶をするために手を合わせるのである。
 そのついでに、願いごとをするのでは挨拶にきたというよりも願望をかなえにきたことになってしまう。
「家族が健康でありますように」というくらいならいい。「商売が繁盛しますように」とか「彼女ができますように」と神様にお願いしてどうするのだろう。
 努力すればかなう願望は、自力でやればいい。神様に頼むようでは達成できやしない。
 などと考えていたが、願望が頭をもたげてきた。
「彼女ができて、将来お金持ちになりますように」
 と手を合わせて拝んでしまった。
「ふっ、人間は弱い生き物だな」
 都合がいいように考えたものだ。人間全般ではなくて自分の弱さといい加減さだ。

「ピピピピ…… 」
 翌朝、いつも通り6時に目覚まし時計が鳴った。
 直也は目を覚ました。
「ううぅん。あぁ良く寝たぁ」
 なぜか、背中が痛い。
「イテテテ…… 何だろう…… 」
 目を開けると、天井が高い。
 自分がベッドから降りて床で寝ていたことに気付いた。
「あれ? 落ちたのかな…… 」
 ベッドを見ると、誰かが寝ている。
「ん? お母さん? 」
 近づいて見ると違う。
 直也はまだ夢の中なのかと思って周りを見まわした。
 もう一度ベッドを見ると、同い年くらいの女の子が寝ていた。
 すやすやと寝息を立てている。
「うわあぁ! 」
 ドタドタドタ……
 直也は腰を抜かして1階のリビングに駆け降りて行った。
 リビングでは父がスマホを見て難しい顔をしていた。
「おはよう。直也」
「お、おはよう。ちょっと。お父さん、お客さんを連れて来るなら一言言ってよ」
「お客さん? ハハア。寝ぼけているな」
「じゃあ、お母さん? 」
 キッチンでは母が朝食の支度をしていた。
「どうしたのよ。夢の話? 」
 2人とも驚いたような反応をした。
 本当に知らないようだ。
「俺の部屋に、女の子がいて、俺のベッ、ベッ、ベッドで寝ていて、それで、スースーと…… 俺は床で寝ていて…… 」
「ちょっと落ち着け。直也。そんなわけないだろう。顔を洗ってこい」
 父はスマホのニュースの方が気になるようで、またスマホに視線を落とした。
「そうよ。朝は忙しいんだから。早く支度しなさい」
 母に叱られた。
 自分でも自分が信用できなくなってきた。
 洗面所で顔を洗ってから、あらためて部屋を見れば冷静に見られるかもしれない。
「今日の俺はどうかしているな」
 顔を洗うと、もう一度部屋に戻ってみた。
「やっぱりいるじゃないか…… 」
 呆然としてドアを開けたままベッドを見つめていた。
 数分そうしていたが……
「これは事件だ」
 と呟くと、とりあえずスマホで写真を撮った。
 夢オチにしようとする両親に、事実を突きつけるしかない。
「ほら。みてよ、父さん」
「んっ。これはどこで撮ったんだ? 」
「もう。いい加減にしてくれ。日付と時間を見てくれよ」
 直也はイラ立ってきた。
「ははあ。じゃあ、上で人が寝ているんだな。わかった。わかった」
 釈然としない反応だが、やっと自分の目で確かめる気になったらしい。
 父は直也と一緒に2階へ上がると
 コンコン。
 誰もいないと思っているのにノックした。
 こちらを見てニヤリと笑う。
 真剣みが感じられない。
 ガチャ。
 ドアを開けると、父も直也と同様に固まった。
「……!? 」
「ほらね」
 父は、ゆっくりと直也の方へ振り向いた。
「あの女の子と、どういう関係だ」
 そうきたか、と思った。
「関係も何も、知らない人だよ」
「ウソをつけ! 何かやましいことでもあるのか」
 父が怒りだした。
 騒ぎを聞きつけて母もやってきた。
「ちょっといいかしら」
 部屋を覗くと、母も固まった。
 人間は、理解を超えた事態に対して、固まって対処するようだ。
「この状況を説明しろ」
 なぜか命令口調で、イラ立って父が直也にいった。
 直也は、もう嫌になってきた。
「朝起きたら俺が床で寝ていて、ベッドで知らない女の子が寝ていたんだよ」
「昨日の行動を聞いている」
 父は切り口上に行った。
 グズグズしていると出勤する時間になってしまうと思ったのだろう。
「昨日はリビングで3人で夕飯を食べたでしょ。そのときも、寝るときも誰もいなかったんだよ」
「それで? 」
「それでってなんだよ。何か隠してるとでもいうのかよ」
 直也はどうしたら良いのかわからず、ついカッとなった。
「まあまあ。直也。もう高校生だし、交際してもいい歳なのよ。でも自分の部屋に泊めるのはちょっと…… ね」
「そうだな。家に連絡しないと。心配してるぞ。きっと」
「謝りに行くべきかしら」
「そうかも知れないな」
 父と母は、直也の彼女だという結論に達していた。
 彼女を泊めてしまって、素直にそのことを言えないから虚言を言っていると決め込んでいる。
「あああ! どうしたら…… どうしたら、わかってくれるんだあぁぁ! 」
 ゴン!
 直也は頭を搔きむしって壁に頭を打ち付けた。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ」
「おい。落ち着け。時間もないし、一度リビングに戻って整理しよう」
 3人は朝食を採りながら話した。
「じゃあ。なにか。お前は本当に知らないのか」
 父はまだ疑っている。
「そうだよ。俺みたいに暗い奥手が、いきなり女の子を連れ込むと思うか! 」
 やけくそ気味にいった。
「そういえば、そうね」
 母は納得しつつある。
 ちょっと釈然としないが。
「しかし、彼女の家では今ごろ心配して探しているんじゃないのか」
 父も、こういうしかない流れになった。
「警察に届けているかもしれないわ」
「愛子。仕事は忙しいのか? 」
「急ぎの仕事はないから、私がちょっと残るわ」
「直也も、今日は学校に遅刻していけ。風邪だといえばいい」
「そうね。警察に相談しましょう。届が出ているかもしれないし」
「わかったよ…… 」
 何か、大変なことになってきた。
「しかし、あの子は誰なんだろう」
 困り果てた顔で、直也が言うと、
「まあ、すぐにわかるだろうさ。悪いが、後は頼むぞ」
 父が出勤の支度を整えると玄関から出ていった。


謎の女の子

「ああ。どうしたらいいんだろ…… 」
 直也はこれまでこんなに動揺したことはない、と思うほど気が動転していた。
「中学校のテニス部で、県大会に行ったときでもこんなに驚かなかったよ」
 頭を抱えていった。
「とにかく、起こして話をしてみましょう」
「俺にはできそうもないよ。この場合、何か犯罪になったりしないのかな。俺が監禁したみたいじゃないか。彼女がそういったら、俺の人生は終わりだ」
「そんなわけないでしょ。いいわ。母さんが起こしてくる」
 母が2階へ上がろうとした。
「ちょっとまって」
 直也が決然としていった。
「やっぱり自分で起こすよ。何か自分に責任があるなら、やらなくちゃいけない気がする…… 」
 直也は2階に上がると、部屋のドアを見つめた。
「ここを開けたら、後戻りはできない気がする…… 」
 自分の部屋が、すでに非日常の世界に変わっている。
 この先に、今まで経験したことがないような出来事が待っていると感じた。
「ええい! ままよ! 」
 ドアをそろりそろりと、少しずつ開けた。
 ベッドを視界に捉える。
 心臓の鼓動が波打って、うるさくなってきた。
 手は震え、口が乾く……
「何か、まずいことが起きている」
 忍び足で音を立てないように近づいていく。
 やっとの思いで、ベッドの脇に辿り着いた。
 冷汗が背中を流れた。
「も…… もしもし。朝ですよ。起きてください…… 」
 蚊が鳴くような声しかでなかった。
 緊張でのどが締めつけられるように苦しい。
 無理に大きな声をだすと、声が裏返りそうだ。
「も…… もしもおしっ。すみませんが。起きてください」
 脂汗がでてきた。
 声をだすことが、こんなにも難しいなんて。
 そのとき、突然机の上が緑に光った。
「ギッ…… キイイイィイン」
 何ともいえない不快な音が部屋に充満した。
「うわっ」
 思わず耳を塞いだ。
 数分経つと音が小さくなり、光も消えていった。
「んっ。ううん…… 」
 女の子が動く。
 寝転がったまま手を伸ばし、のけぞるように伸びをした。
「ぎゃあぁ! 」
 ドタドタ……
 直也はビックリしてリビングに駆け降りていった。
「どうしたの!? 」
 母が目を丸くしている。
「お、起きた。緑に光って起きた! 」
「大丈夫? あっ。すごい汗…… やっぱり私が」
「いいよ。いいって」
 気を取り直して、もう一度部屋へ向かう。
 ドアは開いたままだ。
「ゴクリ…… 」
 固唾を飲む。
「どうなってるんだ」
 壁に身を寄せると、中を覗いてみた。
 彼女は立ち上がって部屋の真ん中にいた。
 机を興味深げに見つめている。
 思い切って話しかけてみた。
「お。おはよう」
「!? 」
「あ。あのう…… 」
「お……は……よう。あ……の……う」
 透き通った透明感がある、ちょっとハスキーな声だ。
 妙にたどたどしく喋る。
 何か違和感を感じた。
 声を聞いて安心したのか、緊張がとけた。
「キミの名前は」
「キ……ミ、の、なま、えは」
 オウム返しをしていることがわかった。
 もしかして、外国人なのだろうか。
「What’s your name? 」
「ワッ… ツユアネイム」
「外国人なら英語を知ってるかと思ったんだけど。違うみたいだね」
「外国人なら英語を知ってるかと思ったんだけど。違うみたいだね」
 だんだん流暢になってきたようだ。
 突然、後ろで人の気配を感じた。
 振り向くと、白髪頭のおじいさんが立っていた。
「ぎゃっ」
 小さな悲鳴を上げた。
「私はエマ様の身の回りのお世話をしております。執事のムラマサでございます」
 直也は驚きのあまり部屋の隅にうずくまった。
「ひっ。あなたは。ど、どちら様で? 」
「実は折り入ってお願いがございます」
「は、はひ」
「下にいらっしゃるお母様と一緒にお話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
 老爺は慇懃に低姿勢でいった。
 3人はリビングに降りていった。
「あら。もう一人いらしたのね」
 母はサバサバとして、もう驚かない様子だった。
「直也。こちらの方は? 」
「しっ……執事で、ムラマサ様で、こちらがエマ様です」
「あらまあ。混乱しちゃったみたいね」
「突然の訪問に、驚かれるのは無理もございません。私は、こちらのエマ様の世話役をしております。執事のムラマサと申します。こちらは、つまらないものですが」
「あら。ご丁寧にどうも」
 箱はズシリと重かった。
「ひゃっ」
 ゴン!
 鈍い音を立てて、テーブルに落ちた。
「大変失礼いたしました。では私が開けさせていただきます」
 箱の一部を触ると、箱が四方へと開いていく。
 何か光り輝く物がでてきた。
「うっ。うわあああああぁ! 」
「ひゃああぁ! 」
 中には金塊が詰められていたのだ。
「喜んでいただけましたでしょうか。これは私どもの、せめてもの気持ちです」
「こ…… これは、き、金ですか? 」
「そうです。地球ではこの金を基準にして『経済』という力で支配されていると、文献に記されておりましたので。喜んでいただけると思い、用意させていただきました」
「えっ。いま地球って…… 」
 ボソッと呟いた。
 聞こえなかったようだ。
 直也が感じていた違和感の正体が、だんだんわかってきた。
「ちなみに私どもの世界では、金はどこにでもある石ころです。子どもはこの輝きを、珍しがっておもちゃにしますがね」
「かじっていいですか」
 オリンピックの金メダルのようにやってみたかった。直也がかじると、メッキではないことがわかった。
「純金じゃないか」
「こ、これをいただいても…… 」
 母が目を輝かせている。
「母さん。これには裏があるんだよ。うまい話にはドス黒い裏があるかもしれないじゃないか」
 母の目が「¥」マークになっているように見えた。
 人間の醜い部分がでている。
「ムラマサさん。これと引き換えに何を要求するおつもりですか」
「そうですね。何といいましょうか。えっとですね…… 」
 言いにくそうにしている。
 やはり裏があるようだ。
「その前に、あなた方は何者ですか」
「その問いの答えと、お願いごとが繋がっているので一緒に申し上げましょう」
 何だか改まった態度になった。
 母は正常な判断力を失っている。
 自分がしっかりしなくては。
「先ほど、『地球では』とおっしゃいましたね」
「そうです。私たちはパトロール用宇宙コロニーで移動しながら、宇宙の秩序を保つために惑星を調査する仕事をしている者です。地球はあなたがた人間が出現してから、高度な文明を持つに至りました。これほど発達した惑星は我々の星以外には見当たりません」
「はあ」
「こちらのエマ様は超常の力をもつ神の一族であり、特別なお方なのです。今日中山様のお宅にお邪魔いたしましたのは、エマ様に地球の文明を学んでいただき、立派な神になるための教養を与えていただきたいと思うからです。宇宙の秩序を保つため何とぞ、お力添えを」
 ムラマサは、最敬礼で頭を腰まで下げた。
 直也はポカンとして話を聞いていた。
 誇大妄想にしても、よくできた話だ。
 気になるのは、この金塊だ。
 人間は金に弱い生き物である。
「では、私どもが何をすればよろしいのでしょうか」
 母が急に丁寧になった。
「お母様。多くは望みません。エマ様はちょうど高校生のお年頃でいらっしゃいます。こちらの直也様とご一緒に、高校生として学校生活を味わい、こちらで家庭生活を味わわせて差し上げられれば良いのです」
「い、一応主人に聞いてみますね」
 というと、スマホを取りだした。
 呼び出し音5回ででた。
「もしもし。お父さん。事件よ。今すぐ帰ってこられないかしら」
「えっ! 何があった」
「金塊よ。凄い量よ」
「おまえ。大丈夫か」
「神様を高校へ通わせて、家庭生活を味わわせてあげると大金持ちよ」
「何をいっているんだ。忙しいから切るぞ」
「あれっ」
 金をみて舞い上がった母親は、会話もまともにできなくなっていた。
「切れちゃった」
「ふう…… 」
 ため息がでた。
 すると、直也のスマホに着信がきた。
 父からだ。
「直也。何があったんだ」
「あの女の子を、家で養子にしてあげて欲しいんだ。お金のためだけじゃなくて、1人家族が増えたら、楽しいと思うんだ」
「なんだか変なことになってるな。よし。今日は早引けして帰るから待ってなさい」
「父が帰ってくるそうです」
 ムラマサの顔がパッと明るくなった。
「それはよろしゅうございました。日本では家長である父親が物事を決断すると伺っております。これで話がまとまるでしょう」
 ホントにそうだろうか。
「そういえば、エマさん…… まだ言葉を充分話せないようですけど」
 ムラマサがニヤリと笑った。
 口ひげを細く整え、丸眼鏡をかけた老紳士といった容貌である。
 ずっと執事らしく振舞っていたが、いたずらっぽく笑ったので少し驚いた。
「もうそろそろ、理解したと思いますよ」
「何を? 」
「地球の、日本語をです」
「ナオヤ。私の名前はエマよ。よろしくね」
 さっきのきれいなハスキーボイスが聞こえた。
 少し間があった。
「エマ。俺と兄妹になるか? 」
「うん。ナオヤがお兄ちゃんで私が妹。うふっ」


兄として、妹として

「では。私も地球のことを少し勉強させていただきたいと思います」
 といって、金塊の一つを取り出した。
「調べたところ、金は専門の業者で売るのがよろしいそうですな」
 母に向けて、得意げに笑ってみせた。
 ムラマサは、根本から知的な感じがする。
「そうなんですか」
 そんなことは地球人でも知らない人が多いだろう。
「ちょっと失礼して、一本売ってきます」
 ワクワクしてしょうがない、といった表情で外に出ていこうとした。
「そうだ。実は私、地球で一つ会社を起こしたのです。『Amazen』というインターネット通販関連の会社です。では失礼」
「今のは、何のジョークだ? 」
 宇宙人のセンスはわからない。
 Amazenはスティーン・ジョイズが創業したはずだ。
「さてと。お父さんが帰ってくるまで時間があるわ。お昼にしましょう」
 宇宙人といっていたが、食事は普通だよな。
「うん。気にしなくていいよ。同じもの食べるから」
「うわっ! 心で思ったことがわかるのか」
「うふふ。これでも神だからね」
「隠し事はできないな」
「冗談よ。今のはある程度予測できたからわかったの。心までは読めないよ」
「じゃあ。チャーハンでもつくろうかな。エマちゃん。手伝って」
「はあい」
 何だかいい雰囲気だ。
 素直に妹ができることがうれしい。
 急に家の中が色鮮やかに見えてきた。
 改めて見ると、エマは鼻筋が通っていて、北欧系美人のように整った顔立ちだ。
 愛嬌があって、モテそうに見える。
 まあ、宇宙人で神だったら容姿を自在に変えられるのかもしれない。
 キッチンでは、母がスープを用意し、エマが野菜を切っていた。
 トントントン……
 微塵切りをする音が規則正しく響く。
 少しも途切れることなく、すべて切ったようだ。
 ボウルに入れると、フライパンを温め始めた。
 ごはんと卵を炒め、フライパンを振って混ぜる。
 慣れた手つきに見える。
「エマちゃん。チャーハン作ったことあるの? 」
「えへへ。事前に勉強してきたの」
「凄く上手よ」
 チャーハンと卵スープが食卓に並んだ。
「おいしい」
 ごはんが口の中でほどける感じが、絶妙な炒め加減だった。
「私より上手よ。エマちゃん」
 3人はあっという間にたいらげた。
「ただいま」
 父とムラマサが帰ってきた。
「ちょうどそこで会ってね」
「お父様と少しお話させていただきました」
 父は着替えて、リビングに戻ってきた。
「ねえ。あなた。エマちゃんは、とってもいい子よ。料理も上手で、頭も良いの」
「お父さん。はじめまして。エマと申します。よろしくお願いします」
 エマは屈託のない笑顔を向けた。
「そうか。ムラマサさんから事情は聞いたよ。すぐには信じられないようなことだが、うちで面倒をみようと思う」
「やった! エマ! 」
「ナオヤ。私。お父さんもお母さんもみんな大好き。うれしい」
「それでは。明日から直也さんの高校へ通えるように手配します。養子縁組の手続きもいたしましょう」
 ムラマサは書類を取り出すと、父に促した。
「学用品と制服も用意しなくちゃ」
「うふふ。ご心配なく。用意してきました。それよりちょっと学校を見に行こうよ。ナオヤ」
「えっ。ああ」
 父が使っていた2階の1室がエマの部屋になった。すでに真新しい教科書、制服、ジャージなどが置かれている。
 2人は着替えると高校へと向かった。
 直也が通う高校は、稲村学園稲村高等学校という。私立学校の中では中程度の進学校である。
 成績優秀というわけではいが、真ん中より少し上の成績は維持していた。
 イメージからして、エマは勉強や運動もできそうだ。
 これからどんな生活が始まるのか、楽しみになった。
「ほほおう。これが高校かあ」
 まだ授業をしているようだ。
 外から見ると、しんと静まり返っている。
「ナオヤはどうするの? 」
「せっかく来たから、6時間目の授業を受けてくるよ。エマは帰ってて」
「いってらっしゃい! 」



転校生がやってきた

 キーン、コーン、カーン、コーン……
 6時間目が終わった。
 担任の海老原先生が入ってきた。40代の男の先生である。
 髪の毛は真ん中わけで、知的な印象を与える。国語の先生だ。
「明日の朝、転校生を紹介します」
 と言ったのにはビックリした。
「さっき手続きをするといったばかりなのに…… 」
 掃除が始まる。
 教室を箒ではいて、机を運んでいると、廊下が騒がしくなってきた。
「おい! だれだ。あの超絶美人は? 」
「めちゃめちゃかわいい」
 男子も女子も、口々に言っている。
 騒ぎはだんだん近づいてきた。まさか。
「じゃあん。来ちゃった。ナオヤ」
 海老原先生が近づいてきた。
「この子が転校生か。中山の双子の妹なんだよな。二卵性双生児か」
「そ、そうです。二卵性双生児なんです。えへへ…… 」
「騒ぎが起こってしまったから、掃除は終わりにして帰りなさい」
「高校って、楽しいね」
「すみません。それでは、さようなら」


輝く転校生

「今日から2年A組で一緒に勉強する、中山エマさんです」
「おおお」
 担任にエマが紹介されると、どよめきが起こった。
「やったあ! 」
「エマちゃあん」
 女子からも熱烈な歓迎を受けた。
「中山エマです。趣味は料理です。お友達がたくさんできたらいいなと思ってます。よろしくお願いします」
「なるなるうぅ」
「ぼく、お友達」
「ここにもいるよ」
 すでにその魅力でクラスの中心に入ってきている。
 昨日学校にきて、一目見てから学校中の噂になっていた。
 SNSには写真や動画もアップされていて、ファンクラブができつつある。
 専用のフォトブックを作り始める者もいた。
 もちろん本人の許可を得ていない。
 直也は兄として、しっかり目を光らせることにした。
 またこういうときには、妬みをもつ人がでてくるものだ。
 強い光が当たるところには、濃い影ができる。
 コンプレックスを抱く者もいるはずだ。
 気を引き締めるべきだろう。
「ちょっと、直也も出てきてくれ」
「はい」
 直也はエマの隣に立った。
「えっと。エマは僕の双子の妹です。事情があって、今日から転校してきました。この場を借りていいたいことがあるのですが、写真や動画を撮るときは一言お願いします」
 兄らしくいえた。
 直也は自分に満足した。
「そうだな。写真、動画はトラブルのもとだ。軽はずみにアップしたりしないように。最近ネットトラブルが増えているから注意しなさい」
「はあい」
 皆スマホを持っているし、学校では自分の端末を登録してWi-Fiを使い放題にできるBYODが始まっている。
 授業でも自分の端末で提出書類を書いたり、動画で予習復習することもある。
 密かに普通教科は民間企業が制作した動画の方が質が良いといわれている。
 学校の先生も大変な時代になったものだ。
「席は当分、学校に慣れるまで直也の隣にしよう」
「はい。ありがとうございます」
 すっかりエマは注目の的になった。
 1時間目は数学である。いきなり数Ⅱだが、大丈夫だろうか。
「この問題が解ける人」
 かなりの難問がスライドに映し出された。
 手元の端末に手書きすると映し出される仕組みになっている。
「はい」
 エマが名乗りをあげた。
 そしてすらすらと答えを書いた。
 ものすごいスピードで、字もきれいだ。
「はい。正解です。転校したばかりだけど、心配なさそうだね」
 他の授業でもこんな調子で、エマはどの教科も完璧にこなした。
 体育の時間は、マット運動である。
 2クラス合同で、男女別々のところで授業が行われる。
 マットの上で前転、開脚前転、倒立前転を連続でやった。
 まるで重力に逆らって体が動くかのようにきれいな動きで、これも完璧にやりとげた。
「すごい! 」
「さすがエマちゃん」
「神だ」
 パチパチパチ……
 拍手喝采を浴びているのが聞こえた。
 お昼のお弁当は、エマが作ってくれた。
 冷凍食品は使わず、きちんとだしをとった本格的な料理だった。
「エマ。めちゃくちゃうまいよ」
「いいなあ。直也。俺にもこんな妹がいたらなあ」
 横溝がやってきて、一緒に弁当を広げた。
「見てくれよ。うちは冷凍食品ばっかりだぜ」
「エマちゃん。何でもできて凄いね。あこがれるわあ」
 篠田も一緒に食べ始めた。
 いつもは横溝や男連中としか話さないのだが、エマがいるので女子も話しかけてくるようになった。
「部活はどうするの? 」
 篠田がエマに聞いた。
「部活……? 」
「ええっとお。はは。俺は帰宅部だけど、バレー部とかテニス部とか、写真部とか、美術部とか、放課後になにか運動部か文化部に入るのかなって」
 ときどきエアポケットに入ったように、知らない単語があると会話が止まってしまう。
 やはりしばらくは、直也がついていないと危ない。
 ムラマサさんが、正体は明かさないように、と釘を刺していた。
 運動部に入ると、できすぎて目立ってしまうだろう。
 文化部なら良いと思った。
「私は、ナオヤと同じがいい」
「じゃあ、家に帰る帰宅部だな」
 内心ホッとした。
 まてよ。スポーツも勉強も万能だとしたら、周りが放って置かないのではないだろうか。
「中山エマさんって…… 」
「私です」
「私はバレー部部長の太田です。キミ、運動神経が凄いって評判だけど、よかったらバレーボールやってみない? 」
「あっ。ちょっとお。抜け駆けはだめよ。バスケ部はどう? 私はバスケ部部長の高山よ」
 バスケもバレーもチームプレイだから、優秀な選手に入ってもらいたいのだろう。
 やはり、こんな勧誘が今後もあるのかもしれない。
「ちょっと、見学していこうか」
「うん」
「じゃあ、いま体育館でバレー部とバスケ部が練習するからぜひ見にきてくれるかな」
 さっそく、体育館へ向かった。
 バスケ部もバレー部も、1チームやっとできるくらいの人数だった。
 足腰を鍛える基礎トレーニングに始まり、ボールを使った練習に移る。
 目まぐるしく部員が動き、迫力があった。
 考えてみると、エマは基礎練習などしなくてもいいのではないだろうか。
 元々、普通ではないフィジカルをもっているのだ。
「運動部は、どこもこんな感じで、基礎体力をつけるための練習と、技術的な練習を積み重ねるんだ」
「ほおお。おもしろいね。地球は重力が強いから、負けない足腰を作るんだね」
「ちょっ、外で『地球は』とかいっちゃいけないよ」
 あまり自分がやるイメージはないようだ。
 一応マネージャーさんと、近くにいた部員に挨拶をして立ち去った。
「ありがとうございました。これで失礼します」
 放課後の体育館は熱気があふれていて、いるだけでやる気にさせる。
 だが、エマは生まれつき何でもできるから、向上心とかスポーツ根性モノのストーリーは想像できないだろう。
 こういうキャラはチームプレイには向かない。
 やるなら個人競技だろう。
 帰り道では、部活の話題になった。
「エマは、やりたいスポーツある? 」
「私は、スポーツには向かないのかもしれないね」
 珍しく沈んだトーンでいった。
 俺の考えを察しているのだろう。
 スポーツをする意味から考えなくてはならなくなった。
「人間は、自分の体を鍛えて努力することに価値を見出すものなんだ」
「へえ。そうなんだね。勉強と一緒だね」
「始めからできる人は、努力しなくてもいい。でも、そういう人がいると頑張っている人の邪魔をすることになるかもしれない」
「うん。わかるよ。私は別のことをやった方がよさそうだね」
「エマは何も悪くないよ。ごめんね。こんな言い方をして」
「スポーツをするのは、自分でもあまり気が進まないよ。きっと私に合った何かが学校にあると思うよ」
 あっけらかんとしていった。
「エマは勉強も運動も抜群にできて、皆の人気者だよ」
 家に帰ると、母に言った。
「あら。そうなの。母さんも鼻が高いわ」
「それで、バレー部とバスケ部の勧誘がきたんだけどね」
「運動神経がいいなら、やってみたら」
「うちは部活が弱いから、引っ張りだこだろうけど、努力しなくてもできるエマが入ってプラスになるかな」
「なるほどね。エマちゃんはどう思うの」
「私は、ナオヤのいう通りだと思う」
「そう。じゃ、文化部はどうなの」
「ナオヤ。明日、文化部も見てこようよ」
「ああ。そうだね」
「ところで、父さんと相談したのだけど、私は主婦として家事に専念することにしたわ」
「えっ。そうなの。お金には困ってないし。いいと思うよ」
 エマの分の家事が増えるだろうし、そうすべきだろうと思った。

高校の部活動

 翌日の放課後。
「美術部の顧問に見学してもいいか話してみよう」
「うん」
 直也は、美術準備室の沢井先生を訪ねていった。
 準備室のドアには、植物のスケッチがたくさん貼られていた。
 沢井先生の作品である。
 スケッチの隙間をノックした。
 コンコン
「はいっ。どうぞ」
「2年A組の中山直也と、中山エマです。失礼します」
「おお。キミが噂の転校生だね。文武両道で才色兼備だと評判だよ」
「私たちに、美術部の見学をさせてください」
「そうか。美術に興味があるんだね。うちはのんびりしてるから、いつでも来たらいいよ」
 美術室に案内してくださった。
「いつも自分が描きたいものを描き、作りたいものを作っている感じです。せっかくだから、何か描いてみるかい」
 2人は鉛筆で、ちょうどそこにあったリンゴを描いてみた。
 エマはしばらく直也がすることを眺めていた。
「スケッチはしたことある? 」
「初めて描くよ」
 そうだろうな、と思った。
 こんなことが今後も続くのであれば、担任の海老原先生には「記憶喪失」だといっておいた方がいいかもしれない。
「鉛筆でリンゴを写し取ればいいのね。よおし」
 エマが描き始めた。
 目つきが鋭くなり、真剣そのものだった。
 やはりうまい。
 写真のように正確無比に写し取った。
「エマはすごいね」
 そこに数人の女子がやってきた。
「あっ。あの人が噂のエマさんね」
「美術部に入ったのかなぁ」
 こんな会話が聞こえてきた。
 2人の女子生徒が近づいてきた。
「エマさん。私はB組の浜田。こっちが外山よ」
「私はA組の中山エマです。よろしくね」
 この2人は見覚えがあった。
 ちょっと感じ悪い、と前から思っていた。
「あなた。転校してくる前はどこにいたの? 」
 ドキッとした。
 今まで誰にも聞かれなかったことを、直球で聞いてきた。
「…… 」
 エマは、どういえばいいのか答えを用意していなかった。
 事前に打ち合わせるべきだった。
「あれっ。どうしたの? 軽い気持ちで聞いたんだけど」
「何かわけがあるの? 」
 外山がさらに追及してくる。
 下手なことを答えるとSNSで拡散されるかもしれない。
 エマは注目の的だ。
 イメージが崩れるのも、あっという間だろう。
「このお兄さんとは、どんな関係なの? 急に双子の妹ですっていわれても。こんなこと普通じゃないわ」
 ここは下手に答えない方がいいと思った。
 直也はエマに目くばせをした。
「おい。初対面でいきなり突っ込んだこと聞くのは失礼だぞ。親しくもない人に身の上話をするほど馬鹿じゃないぞ」
「あら。ごめんなさいね。私たちも、エマさんみたいにデキる女になりたいわ」
「美人だし。才色兼備で何でもできるなんて。あこがれの的だわ」
 浜田も外山も、くすくす笑っている。
 やはり感じ悪い。SNSで何か悪いことをいっているんじゃないだろうか。
「あらあ。絵も上手なのね」
「でも写真みたいで味気ないわ」
「じゃ。お邪魔してごめんなさい」
 というと立ち去った。
 美術部員ではなかったようだ。
 安心した。
「エマ? 」
 エマが、俯いているのに気付いた。
「味気ない…… ナオヤ。味気ないってどういう意味かな」
「…… 」
 直也は答えに詰まった。
「私、何でもできてしまうから、味気ないの。外山さんがいったように、自分でも思うのよ」
 薄々は感じていた。
 神だから何でもできて当然だ。
 でも、人間は無能だから努力する。
 努力して成功を手に入れると達成感を味わう。
 それがエマにはないのである。
「なんだか、空しいな…… 」
「エマ。気にすることないさ」
 ハッと我に返ったように、エマが笑顔を取り戻した。
「絵を描くのは楽しいよ」
「そうか」
 今日はこれくらいにして、帰宅した。
 ムラマサが、リビングで母と話していた。
「お帰りなさいませ」
 立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。
 さっきの、美術室での出来事を話してみた。
「そうですか…… エマ様。神は孤独なものです。全能であるがゆえに、人間が味わう喜びを失ってしまうことも宿命なのです」


神のアイデンティティ

「おはよう。エマ」
「ナオヤ。私、美術部に入部したいの。一緒に入部しようよ」
 リビングで朝食を食べながら、エマが言った。
 昨日の一件で、エマのコンプレックスを知った。
 きっと絵を描くことで、自分の個性を知ることができるかもしれないと思ったのだろう。
「ああ。いいよ」
 簡潔にいった。
 高校へ向かうと、相変わらずエマは人目を引いた。
「エマちゃんかわいい」
 などという声も聞こえたが、妬みの視線も感じるようになった。

 放課後、美術部顧問の沢井先生を訪ねた。
「おお。そうか。入部するか。じゃあ、今日も描いていくかい」
「昨日は誰もこなかったようですが、活動日が決まっているのですか? 」
「放課後は毎日来ていいことになっているぞ。まあ。あまり固く考えずに各自の事情に合わせて制作したらいい。今日は美術部展に向けた制作の打ち合わせをするから全員くる。ちょうどいいから皆に紹介しよう」
「部員は何人いますか」
「一応5人いるよ」
「では、リンゴをもう一度描かせてください」
 とエマが言いだした。
 昨日浜田と外山に言われたことを気にして、納得がいくまで描いてみたいようだ。
「あっ。中山エマさんだよね」
 B組の松村がやってきた。
「すごい。近くで見るととっても可愛いわ」
「初めまして。中山エマです」
「勉強も運動も凄くできるって噂だよ」
「そんなことないよ」
 エマに関しては、こういう話題しかないようだ。
「俺たち、美術部に入部するのでよろしくね」
「そうなの。エマちゃんが入るなら、みんな気合が入るわ」
「んっ。あれはまさか、噂の中山エマか!? 」
 部長の田村だ。
「こんにちは」
「うわあ。凄い。石膏像みたいに整ってるなあ」
「そうでしょ。石膏デッサンの代わりにエマちゃんを描きましょうよ」
「それはいいな。よし」
「やっぱり噂は本当だたのか。あの中山エマが、こんな冴えない美術部に」
 2年の石川がきた。
「俺は石川洋二郎だ。浜田と外山がエマちゃんのことばっかり言うので、うちのクラスは噂で持ち切りだよ」
 2年の猪瀬と1年の吉岡もきた。
「こんちはあ」
「エマ先輩だあ。もしかして美術部に入ったんですか」
「今日から入部します。よろしくね」
「これで美術部も7人になった。後は1年生が入ってくれればいいのだけど」
「人気には波があるものよ」
 ガヤガヤと騒がしくなってきた。
 騒ぎを聞いて、沢井先生がやってきた。
「中山エマは、えらい人気者だなあ。皆聞いてください。中山直也と中山エマが今日から美術部員に加わりました。2人とも、わからないことは何でも聞いてください」
「中山直也です。2年A組です。よろしくお願いします」
「中山エマです。同じくです」
「よし。早速だが、美術部展にデッサン1枚と他に1点水彩画や油絵などを出品してもらいたい」
「わかりました。早速ですが、エマさんにモデルになってもらってデッサンしたいのですが」
「中山さんはいいかな」
「はい。絵のモデルですね」
 20分ポーズして10分休み、もう一度20分ポーズすることになった。
 背もたれがある椅子を一脚持って来て、エマがそれに座った。
 6人がエマを囲んで描くことになった。
「せっかくだから、混ぜてもらおうかな」
 沢田先生もスケッチブックを持って入ってきた。
 椅子に座ったエマに、ポーズの注文がつく。
 目線の方向やら、足の位置やら。
「ちょっと体を捻ってもらえるかな」
 田村がいうと。
「おいおい。皆、モデルは結構大変なんだぞ。もっと楽なポーズにしてやりなさい」
 沢田先生がたしなめた。
 やっぱりエマは絵になる。美人だし、体が引き締まっていて頭部も体も完璧な比率に見えた。
「よろしくお願いします」
 挨拶をしてタイマーをセットすると、鉛筆が紙を擦る音だけが響くようになった。
 2ポーズがあっという間に終わってしまった。
「凄いわ。やっぱりエマちゃんは美人だから、絵がうまくなったみたいに見えるよ」
 松村が満面の笑みでエマにスケッチを見せた。
「うわあ。上手だね。さすが美術部員」
 エマは他の部員の絵も見せてもらい、しきりに感心していた。
「エマちゃん。ありがとう。今度は私がモデルになるから描いてみて」
 猪瀬が申し出た。
「あっ。私も描いて欲しいです」
 吉岡も言いだした。
 引き続き2人を20分ずつ描くことになった。
 直也は描きながら、ふとエマの顔を見た。
「物凄い集中力で描いているんだな」
 エマの顔を見ると真剣そのもので、息をのむほどだった。
「エマちゃんの絵を見せて」
 猪瀬に見せると
「凄いね。まるで写真みたいだわ」
「どれどれ」
「うわぁ」
「上手ね」
 ため息交じりに、皆褒めていた。
「エマさん」
 松村が深刻そうに呼んだので、視線が集まった。
「私の絵、味気ないって思いませんか」
 当の本人は、俯いて暗い顔をしていた。
 少しの間、部屋の空気が重たくなった。
「昨日、浜田と外山がエマの絵を見てそういったんです。エマはそれをずっと気にしているみたいで…… 」
 田村がエマに近づいてきた。
「エマさん。絵の表現は人それぞれでいいんです。写真のように正確に描写できるということは、客観的に対象を捉えている証拠だよ。それを味気ないと感じる人がいたとしても、それはそう捉えた人の個性がそうさせるのだと思う。現にいま部員のみんなが上手さに驚いていることも、部員の皆の個性だよ。表現する人がいちいち落ち込む必要はないと思う。自分が思ったように描くことが大事なんじゃないかな」
「そうだよ。エマの絵は対象を素直に捉えていると思うよ。観察力が抜群だから皆驚いているのだよ」
 直也は、田村に諭してもらえて嬉しかった。
 自分より美術を良く知っている人が言うと説得力があった。
「そうだ。沢井先生は何ていうかな」
 準備室に入ってエマの絵を見ていただいた。
「そうか。そうか。中山はデッサン力があるなあ。水彩画や油絵を描いたら、どんなにリアリティを表現できるか。楽しみだよ」
 素直に喜んでくださった。
「やっぱり浜田と外山が、悪意を持っていっただけなんじゃいかな。だれも、味気ないなんて思わないよ」
 直也は美術部に入って良かったと思った。
 エマのコンプレックスにどう向き合えばいいのかわからなかったが、何も問題はない、と皆が受け入れてくれる。
「先生。ありがとうございます。私、自分の絵が写真みたいで味気ないと思っていました」
 エマも落ち着きを取り戻していた。


神と体育祭

 もうすぐ体育祭なので、LHRで出場する種目が話し合われた。
「エマちゃんは速いから100m走と100mリレーのアンカーで決まりだね」
 体育委員の長野が教壇に立って、種目を黒板に書き写してから言った。
「今年はいい勝負できるかもしれないよ」
 他のクラスメイトもエマに期待をかけている。
「えへへ。こういうのもいいもんだね。ナオヤは何に出るの」
「俺は、何でもいいよ」
 運動が苦手な生徒は、障害物競走とか、グルグル回るリレーというその場で回って目を回してから走る競技に殺到した。
 3人4脚リレーと、ムカデリレーも人気だった。
 足が速い生徒以外は団体競技をやりたがるものである。
「結局俺は200m走と100mリレーか」
「ナオヤも結構速いから、自信もって走ろうよ」
「じゃあ、100mリレーは中山直也君が1走で、エマちゃんがアンカーってのはどうかな」
「おお。中山チームに賛成」
「よし。チーム中山」
 なんとなくノリでナオヤが1走になってしまった。
 本来男子がアンカーを走るものである。
 だがビジュアル的にエマが颯爽とアンカーを走る絵を誰もがイメージして決めたようだ。
「まあ。体育祭もお楽しみの要素があるから、タイムだけで決めなくてもいいか」
 直也はそういって自分を納得させた。

 家に帰ると、ムラマサに体育祭の選手決めがあったことを話した。
「なるほど。皆で思い切り走って、得点を争う。こういう行事をエマ様は楽しみにしておられましたよね」
「うん。ハチマキしめて走ってみたかったの」
 だが、直也は心配していた。
 それをムラマサにいってみた。
「喜んでいるところ、水を指すようで申し訳ありませんが、もしエマが全力を出してしまうと、事件になるかもしれません」
「と、いいますと」
「例えば、世界記録を更新してしまった場合です。そこまでいかなくても、全国大会レベルのタイムを出せば、見る人が見ればわかるかもしれません。体育祭でタイムは測りませんが、陸上部の生徒と一緒に走ったり、男子と一緒に走ったりすればわかります」
「なるほど。直也さんはすっかり、お兄さんらしくなられましたね。安心してエマ様をお任せできます」
「だからエマ。リレーでは決して男子より速く走らないように気をつけるんだ。あと100m走でもあまり差をつけすぎないように」
「はい。わかりました。ナオヤのいう通りにします」
「直也さん。美術部はどうでしたか。昨日の様子が気になっていたのですが」
「美術部の人たちは、エマのデッサン力を認めてくれました。顧問の沢井先生は、水彩画や油絵を描くのを楽しみにしている、とおっしゃいました。昨日の件は、ある生徒の僻みからくる悪意ある言葉が原因だったと思いました」
「そうですか。出る杭は打たれる、といいますが、今後もエマ様に敵対する人がでてくるでしょう。これも社会性を身につけて成長するために必要な試練なのです」
「僕も同じように思います。自分と反りが合わない人は、どこにでもいますから」

 体育祭当日、ハチマキとゼッケンが配られた。
「わあい。これつけると、気分がでてくるね。きつめにしめて、気合い入れよっと」
「そうだね。俺も気合い入ってきた。エマ。昨日いったことは忘れないようにね」
「うん。楽しんでいこう」
 女子100m走では、エマがトップだった。
 不自然な部分もなく、安心した。
「よし。200m走だ。応援してくれ」
「フレー。 フレー。 ナオヤ」
 直也は途中で少し失速気味だったが、同じ走者のなかでは1位だった。
「やったね。ナオヤも1位だよ」
「うん。なんか今日は調子が良かった。エマ効果だな」
 そして最終種目の、100mリレーが始まった。
「ヨーイ! 」
 パン!!
 合図とともに直也は、頭が真っ白になった。
 無我の境地で腕と足をできるだけ速く、無駄なく回転させることだけを考えていた。
「よっし! 1位でバトンを渡したぞ」
 途中で2人に抜かれて3位に後退した。
 そしてアンカーのエマへバトンが渡る。
「いっくぞお! 」
 エマもテンションが最高潮に達していた。
 凄まじいダッシュで2人を抜き去ると、2位の選手と間を開き過ぎないようにペースを保ってゴールした。
「やったあ。うちのクラスが1位だ」
「エマちゃん凄い」
「神だ」
「A組の守護神」
「救世主」
 そして総合でもA組が優勝した。

「ああ。今日は楽しかったなあ」
「直也さん。こんなに生き生きしたエマ様は久しぶりに見ましたよ。ここにきて本当に良かったです」
「いえ。僕も、エマと一緒だと何でも上手くいくような気がしています。お礼をいいたいのはこっちですよ」

神降臨

「文部科学省を通じて本校に通達がありました」
 職員朝会で、校長が連絡をした。
 高宮良治校長は、定年間近の58歳である。
 恰幅が良くて、声に張りがある。
 肌艶がいいので実年齢よりも若く見える。
 教員は若く見える先生が多い。
 若い生徒と接しているからである。
「文科省から、本校の教育活動を視察に来られたとのことです。先生方は、普段通りに授業をしていてください。私が対応します」
「おお。文部科学省…… 」
「何事だろう」
 職員室にどよめきが起こった。
 県の教育委員会が監査にくるこそはあるが、文部科学省から直接の通達があることはない。
 それに、うちみたいな中堅私立高校に視察にくるとは、意図がわからない。
 2学年からも、
「朝のショートホームルームで生徒に説明して、いつも通りにしていているように、と連絡してください」
 と念を押された。
「何かただ事じゃない気がするが…… 」
 海老原は唸った。
 そして、ショートホームルームの時間、出席を取った後、
「今日は、外部からお客さんがいらっしゃいます。きちんと挨拶するようにしてください。校長先生もみにいらっしゃいますが、いつも通り授業を受けてください」
 担任の海老原先生が、重々しくいった。
「ねえ。エマ。誰がくるんだろう。雰囲気がいつもと違うような…… 」
 エマは、考えごとをしているようで、ハッと我に返った。
「うん。多分大丈夫だと思うよ」
 何となく様子がおかしい。
 まあ、平静を装っていることにしよう。
 3時間目、国語の時間のことだった。
 廊下に、校長先生の姿が見えた。
「神田さん。こちらが本校の教室です。今、国語の授業をしています」
「ふむ…… 」
 神田と呼ばれた男は神田秀一という。40代に見えるが、高宮校長よりも威厳があって厳かな雰囲気を漂わせている。心なしか身体から光を放っているようにも見える。口ひげを蓄えて、スラッと背が高い紳士といった風体である。
「皆一生懸命に勉強していますわね」
 妻の神田智美も40代のようだ。知的な雰囲気を感じさせる。こちらも背が高い。
「ああ。校長先生。このクラスをしばらく見学したいと思っておる。校務もあるでしょうから、お構いなく」
「すみませんね。突然お邪魔して。校長先生は戻ってお仕事をなさっていてください」
「いえ。滅相もございませんが、たまっている仕事があるのも事実です。お言葉に甘えさせていただきます。ご用がありましたら校長室までお越しください」
 校長は恭しく一礼すると、校長室へと戻っていった。
「ふふふ…… エマ。すっかり馴染んでいるじゃあないか…… 」
「そうね。こうして見ていると、安心したわ。周りの友達からも慕われているようね。隣にいるのがナオヤさんね。いつもエマがお世話になってます。ありがとう…… 」
 ナオヤとエマには、廊下の2人の声が聞こえていた。
 脳に直接話しかけるように、テレパシーで意思疎通ができるようだ。
「ナオヤ。外で話しているのは、私のパパのゼノンと、ママのエリスよ。地球では神田秀一と神田智美と名乗っているの。よろしくね…… 」
 エマもテレパシーで話しかけてきた。
「ナオヤからも声を送れるようにしたから、念じてみて…… 」
「エマ。こんな感じ? 」
 直也は口から声が出ないように注意しながら、頭で念じた。
「そう。その調子よ。外の2人とも会話できるわ」
「エマ。地球の学校はどうかしら? 」
「ママ。とっても楽しいわ。直也はいつも私を守ってくれるの。こんなの初めてよ…… 」
「うむ。ムラマサから報告を受けておる。ナオヤ君…… 」
「はい…… 」
 直也はとても緊張した。
 神の威圧感を、言葉の端々から感じ取っていた。
「娘は…… エマは君に出会って本当に良かったと思っておる。地球に来てからとても明るくなった。父親として礼を言う…… 」
「ナオヤさん…… エマには、地球の人たちへ愛情を持って欲しいのです…… それが、宇宙の秩序を守るために不可欠な素養になるでしょう…… 」
「は、はい。僕には、重大な使命が与えられたと思っています。エマさんは、特別な一族に生まれ育っていることをムラマサさんからお聞きしました」
 話をしている間に、休み時間が来たようだ。
 キーン、コーン、カーン、コーン……
「きりーつ、礼」
「ありがとうございました」
「うむ。礼に始まり、礼に終わる。地球人の中でも、日本人は礼節を重んじると聞いた。そのとおりの民族であるな…… 」
「エマ。お前の溌溂とした様子が見られて、ママもパパも安心しました…… 」
「中山さんのお宅で待っている。話の続きは後でしよう…… 」
「わかったわ…… 」
「では後ほど…… 」
 休み時間になると、堰を切ったように廊下に飛び出していったり、教室でおしゃべりを始めたり、スマホをいじったりしている。
「いやっほーうぃ! 」
「ねえ! 面白い芸人見つけたの。みてみて! 」
「どれどれ。うわはははは! 」
「うきゃあああぁ! 」
 2人の神の眼にはどう写ったのだろうか。
 直也は一抹の不安を感じた。
 50分間授業を受けて、抑圧された感情が休み時間に一気に爆発する。
 10分足らずの時間だが、その間に有り余るエネルギーを吐き出し、醜態を晒す者もいる。
 直也は50分間勉強をしてもさほどストレスをため込まないし、休み時間に叫びたい気持ちになったことはない。
 改めて考えると、自分は冷静だな、と思って少し安心した。
「うむ。元気があってよろしい…… 」
「あはは。すごい元気ね。私にも分けて欲しいわ…… 」
 2人は楽し気に、蜂の巣をつついたような光景を見守っていた。
「では。失礼するよ。ナオヤ君…… 」
「はい…… 」
 テレパシーで挨拶した。

「ただいま」
 家に帰ると、ゼノンとエリス、ムラマサがリビングにいた。
「おお。お帰りなさいませ」
 ムラマサは部屋の入口に立っていた。
 両親を間近でみると、神々しい光を放っているのがわかる。
 その光は、緑から青へと、色みを変化させている。
「この光、どこかで見たような…… 」
 直也は小さな声で呟いた。
「ナオヤ君。折り入って話があるのだ。長い話になる。荷物を置いて、着替えたら戻ってきて欲しい」
 ゼノンの口調から、ただ事ではない雰囲気を感じた。
 直也とエマはそれぞれの部屋に戻ると、リビングへと降りてきた。
「パパ。あの話をするの? 」
 エマは緊張した面持ちになっている。
「そうだ。ナオヤ君は、地球人の中でも屈指の才能を持っている。きっとうまくいくだろう」
「!? 才能? 」
 何かが自分の知らないところで始まろうとしている。大きな何かが……
 直也は直観的に、覚悟を決めた。
「まずは、エマを君に預けて良かった。余の予想以上に相性が良かったようだ。エマとナオヤ君はこれから一蓮托生の運命を辿ることになる」
 未来を知っているような言い方だ。
 神だからある程度は予見しているのだろう。
「…… 」
 しばらく沈黙があった。
 重い空気が流れた……
「ゴクリ…… 」
 直也は何が明かされるのか、固唾を飲んで待った。
「まずは、ナオヤ君。君には地球の命運を託すことになる…… だからすべてを明かそうと思う。覚悟はあるかな? 」
「はい」
 直也はなぜか迷わなかった。
 自分は神の一族と話している。
 そしてエマは家族だ。
 だからゼノン様が言うことは、家族の言葉だ。
 何でも受け入れてみせる、と思っていた。
「お母様もこちらへ来てください…… 」
 エリスがキッチンにいた母を促した。
 きょとんとしてこちらを一瞬みた。
 そして母はパタパタと直也の隣に座った。
 こんなとき、ちょっぴり場を和ませてくれる。
 母をみてそんなことを思った。
「まずは、君が拾ったボールだが…… 」
 そうだった。あのボールは机の片隅に置いたままだ。
 あれが一体……
「フィシキ・ディナミスという。『フィシキ』と呼んでいる。あれには神の一族の能力を込めてあるのだ」
「神の一族の能力…… 」
「地球人である君がフィシキを使えば、神の能力の一部を使うことができる」
「えっ? 僕がですか…… 」
「そうだ。君にあのボールを託す。エマと共に、ある使命を頼みたいのだ」
「使命…… 」
 少し沈黙があった。
「神の一族の中には、地球人を危険視する者たちがいる」
「パパ。アポロ一派に動きがあったのね」
「そうだ。エマとナオヤ君に、力を貸してほしいのだ…… 」
「地球人を危険視している、とおっしゃいましたね。神が地球に何かしようとしているとしたら、一大事です! 詳しく聞かせてください」
 直也は事の重大さを認識していた。
 自分はまだ神のことを良く知らない。
 せいぜい、エマが何でもできる秀才だということ。そしてやろうと思えば人間を遥かに超えたパフォーマンスを発揮できること。そして、どうやら瞬間移動ができること。これくらいである。
「神が本気で地球人を滅ぼそうと思えば、他愛ないのではありませんか!? 」
 つい語気が強くなり、不安が口を突いてでた。
 すると、ずっと黙っていたエリスが口を挟んだ。
「ナオヤ君。私はエマが鍵を握っていると思っています。アポロも話せばわかるはずです。本気で地球を侵略しようとはしないと思います。ただ、私たちと考え方が違うのです。どうか、あなたにもエマにお力添えを願いたいのです…… 」
「エマは神ですが、僕はただの人間です。何ができるのでしょうか」
「いや。君は素質を持っている。ただの人間ではないようだ」
「先ほどのフィシキを使えば何かできるという意味ですか? 」
「それだけではない。人間的な魅力があるのだ。地球人は排他的な者が多い。中山家のように、知らない女の子を受け入れたりはしないものだ。だがナオヤ君も、ご両親も瞬時に決断した。そしてこんなにエマが心を許している…… この愛情深さが鍵になるのだ…… 」
「ナオヤ君。もし危険があるようなら、私たちが必ずあなたを守ります。アポロと話をしていただけないでしょうか…… 」
 このゼノン様と、エリス様は宇宙神である。恐らく自分は地球人代表として、地球を守るために何かをすることになる。
 ことの深刻さは理解した。だが、自分は他愛ない日常を享受して生きてきた凡人だ。
 これからも宇宙神とは関わらずに、生きていくこともできるかもしれない。
 こんな弱い自分も心の中にいた。
 直也はこんなとき、無関心を決め込むような人間ではない。
 だが、これから起こることに不安を感じていた。
「お母さんはどう思う? 」
 傍らでぼんやり見守っていた母に、聞いてみたくなった。
「直也が決めなさい」
 短く端的に、決然といった。
 母は覚悟を決めていると悟った。
「では、エマと一緒に参ります。アポロ様と話をするのですね」
 エマはじっと直也を見つめていた。
「ナオヤ。ありがとう。私は地球人を必ず守るからね」
「では、余とエリスは先に行っている。詳しいことはムラマサに説明してもらおう…… 」
「はい。かしこまりました」
「ナオヤさん。フィシキを持って来てください」
 自分の部屋に戻り、持って来た。
 いつも緑や青に輝いていた玉が、黄色に輝いている。
「これは…… アポロの影響を受けているのかもしれません。このフィシキは、神の意志の力を敏感に受け取ってさまざまな効果を表します。全能の最高神であられるゼノン様は緑、知恵の神であられるエリス様は青で表されます」
「じゃあ、今まで青や緑に輝いていたのは、お二人の意志の力だったのですか」
「概ねそうだと思います。神はたくさんいますから、他の神の影響もあるはずですが…… 」
「改めて見ると、さまざまな色を含んでいるようだ。そして今は緑になっている」
「これからは肌身離さず持っていて。もしかしたらフィシキを通じて力を使うかもしれないから」
「では、説明いたしますので、心してお聞きください。まず、太陽神アポロ様と、月の神ルナ様は地球にとても近しい立場にあられます。お子様のマルス様も含めて、地球人に対する期待が高いのです」
「なるほど。地球は太陽の恵みで成り立っているし、月は最も近い衛星だからですね。マルスは軍神なので、好戦的なのでしょうか」
「概ねお察しの通りです。ですが、地球人の方々は、宇宙へ進出するようになりました。最近は火星探査も本格化してきています。恐らく、有人で火星へ行く日はそう遠くありません」
「ニュースで見ました。宇宙エレベーター計画、一般企業の宇宙開発への進出などこれから宇宙へ地球人が出ていって、科学が発展すると思います」
「そうです。それは素晴らしい進歩である反面、地球に収まりきらなくなった地球人が、宇宙に住みかを探しに行く、と見ることもできます」
「なるほど。人口増加は歯止めが効かなくなっています。そして環境汚染も…… 」
「地球人を危険視するアポロ様は、宇宙を汚染されることを危惧しておられます」
「僕は科学の専門家ではないし、一般的な知識しかないですが、大丈夫でしょうか…… 」
「ゼノン様と、エリス様が決断されたのですから…… 私もナオヤさんを信じていますよ」
「マルス様というお子さんがいいるということですが、どんな方ですか」
「マルス様は、軍神ですので気性が激しくて好戦的です。ですが危害を加えるようなことはないと思います。それに、エマ様もいらっしゃいますので…… 」
 何か意味ありげにムラマサがニヤリとした。
「では、我々のコロニー『エデン』へ参りましょう」
「はっ。はい…… 」
 一抹の不安を抱えながら、直也とエマの地球の命運をかけた旅が始まったのである。


理想郷エデン

「フィシキをしっかりと両手で握ってください」
 ムラマサが緊張した面持ちでいった。
「ナオヤはこれから空を飛ぶのよ。私とムラマサが引っ張っていくから、心配しないでね」
 エマがにこやかに、いってくれた。
 正直不安以外になにもない。
 これから神の本拠地へ向かうのだ。
「ははは。ナオヤさん。宇宙旅行ですよ。楽しんでください」
 ムラマサが笑った。
「ではっ。お母様、地球ではあっという間の時間です。夕飯までに帰りますのでご用意をお願いします」
「いってらっしゃーい。宇宙旅行かぁ。お土産よろしくね! 」
 母はいつも和やかだ。
「ふははは。もう開き直るぞ。いってきまーす」
「じゃあ。足から重力が抜けていくから、できるだけ動かないようにね」
 というと、ふわっと浮き上がった。
「うわっ。天井にぶつかる! 」
 と思ったら、突き抜けて空に出ていた。
 今の季節は初夏である。すでに夜6時をまわっていたので、辺りは薄暗かった。
「うひゃあ! 家が小さくなってく」
「直也は初めてだから、ゆっくり行くね」
「では、あとはエマ様にお願いします。私は一足先に失礼いたします」
「うん。ありがとう。ムラマサ」
 すると、ムラマサの身体が一瞬虹色に輝いた!
 フシュン!
 後には静寂が残った。
 下には日本列島が見える。
 どんどん小さくなっていく……
「少し寒くなってきたな」
「そうね。空気のバリヤーを張ってるけど、外はマイナス10℃以下だからね。成層圏に入るとマイナス30度以下になるから、そろそろ温めるわ」
 というと、暖房がついたように暖かくなった。
「あったかくなった…… 」
「24℃くらいに保つわ。空気は地球の空気と入れ替えながら行くわ。エデンの空気も地球と組成はほとんど同じだけど、少しずつそっちへ近づけて慣らすわね」
「エマ。宇宙の温度は何度なの? 」
「宇宙には空気がないから、空間の温度は3ケルビン。つまりマイナス270℃なの。太陽の赤外線で温められるから、物質の温度は日なたで120℃。日陰でマイナス150℃になるわ」
「げっ。俺は生きて帰れるのかな」
「私を信じて。これから太陽光線を直に浴びないように、熱線反射シールドを張るわ。そうそう。もしかしたら、ナオヤが1人で移動する状況になるかもしれないから、そのときは空気のバリヤーと熱線反射シールドを張ると覚えておいて」
「どうやるの? 」
「フィシキに向かってイメージして、頭の中で念じれば大丈夫よ」
 これだけでも神の力の凄さがわかった。
「うわっ。太平洋だ! すごいぞ。本当に地球は青かったんだ」
「うふふ。せっかくだから、楽しんでね」
「中国の万里の長城が見える! Gogglesマップよりくっきり見える! ああ。写真撮りたい! スマホ持ってくればよかった」
「これから200,000km先にあるコロニーへ向かうわ。月までが384,400kmだから、その半分くらいよ」
「うわあ。すごい! 」
「ナオヤ。宇宙の方を見て」
「ん? うん…… 星がたくさん見えるね。大気がないから、地球よりずっとたくさん見える…… 」
「私たち、神の一族は、この広い宇宙を旅しているの。こんなに広いのに、文明を持っている星は地球と私たちが住む『オフィール』以外にはないのよ」
「そう考えると、奇跡のようなことだね。生命が生まれて、進化を遂げてここまで発達したんだね…… 」
「ロマンチックな気分になったかしら…… 」
「エマ。僕らが出会ったのは、奇跡なのかな…… 」
「そうね。ナオヤのような人に出会えたことは幸運だったわ…… 」
「星は超新星爆発や、星間雲の衝突で生まれる。そして最後は赤く巨大化し、超新星爆発で砕け散る…… ほら、あそこに赤色巨星が見える。もうすぐ一生を終えるんだ…… 」
「私たちは、限られた時間を生きている…… だから生きる意味を考えるのよ…… 」
 エマは、直也を見つめている。
 直也も見つめ返した。
「エマ…… 」
 お互いに手を握りあった。
 そして、唇を重ねた……


理想郷エデン

「見えてきたわ。あれがエデンよ」
 エマが指さす方向に大きな銀の球体が見えた。
「まるで、でかいフィシキだね」
 コロニー自体が7色に輝きを放っている。
 そして、周囲の宇宙を反射して映し出す。
「この中に神がいるのか…… 」
「地球では神話や伝承でエデンを空想しているけど、エデンは科学と叡智の結晶なのよ」
 エマと直也はそのまま速度を落とさずに向かって行く。
「ちょっ。ぶつかるんじゃあ…… 」
「大丈夫。このまま中に入るわ」
 カッ!
 周囲が光に包まれた。
 そして光が晴れていく……
 一瞬の出来事だった。
 直也は、草原に立っていた。
「お帰りなさいませ。エマ様。そして、ナオヤさん。ようこそエデンへ」
 ムラマサと、もう一人少女が立っている。
「フーちゃん! 」
 エマが駆け寄って、抱きしめた。
「ふふふ。エマお姉ちゃん。会いたかったよう」
「ナオヤに自己紹介して」
「私はアフロディテといいます。エマの妹です」
 アフロディテはエマと背格好はほぼ一緒で、同じ年のようだ。
 美の女神だが、美形というよりも愛嬌があって可愛らしい。
「では早速ですが、アポロの居城へ向かいましょう」
「ナオヤさん。フィシキをご覧ください」
 ウエストポーチにしまっていた球体を取り出した。
「んっ? 赤い…… 赤1色になってますね」
「これはね。ナオヤの力を示した色だよ」
「やはり。ナオヤさん。宇宙に来られてから、力が覚醒しつつあります。実は、これから会うアポロ様とルナ様は、元地球人なのです」
「ちょっと待ってください。ゼノン様もおっしゃいましたが、僕の『力』とか『才能』と言われているものは何なのですか? 」
 ムラマサはエマに意味ありげに目くばせをした。
「ナオヤ。心を落ち着けて、宇宙を想像して」
 目を閉じて、さっき見た大宇宙を頭に描く。
「こうかな…… 」
「そう。もっと心を宇宙に開いて。できるだけ広く…… 」
 ビビビッ…… キイイイイィン……
 フィシキが共鳴するように鳴りだした。
 赤い光がナオヤの身体を包み、全身から炎が立つように見える。
「おお。ナオヤさん。あなたはやはり…… 」
「熱い! 何だか身体の奥からマグマが湧き出るような…… 」
「ナオヤ。私を見て」
 エマの体も赤い炎に包まれていた。
「私は炎の神。そして、ナオヤにも私の力を分けたのよ」
「ナオヤさんの才能があればこそです。そして、エマ様のすべてを無条件に受け入れた心の器量がこの共鳴を起こさせたのですよ」
「お姉ちゃん。ナオヤさんと…… 」
「フーちゃん。それ以上言っちゃだめよ」
「では、参りましょう」


太陽と月、そして戦いの神

 お城といっていたが、こじんまりとした建物だった。
 神の家、というと聖書では質素な家をイメージしている気がする。
 中世の教会などは華麗で荘厳な装飾をした巨大な建物だ。
 そしてお城、というと戦争で守りの要となる要塞である。
「ムラマサさん。ここでは神同士で争いごとが起きることもあるのですか? 」
 素朴な疑問を投げかけた。
「そうですね。考え方の違いから、対立することはあります。ですが神は誇り高い精神と、強大な力をお持ちですから、表立って争うことは少ないです」
「アポロ様は地球を危険視している、とゼノン様からお聞きしました。何か不安を感じます…… 」
「ナオヤ様。ゼノン様がおっしゃることにも、判断されたことにも間違いはないですよ」
 城というよりは小さな古民家といった建物から、少年が出てきた。
「やあ。エマ。地球に行ってたんだって? 地球の汚染された空気で病気にならなかったか? 」
 親し気に話しかけてきた。
「マルス。地球の空気は汚染されてなんかいないわ! 」
 マルスは直也と同い年に見える。グラディエイターのコスプレのように兜と籠手、具足を身に着けて、いかにも軍神らしい出で立ちである。
「おっと。失礼。軽はずみな批判は自分の品位を落としますね」
「私たちは月の神と、太陽の神とお話しに来たのだけど」
「そうだな。ゼノン様からお話は伺っている。俺が案内しよう…… 」
「ありがとう」
 門の中に入ると、庭に様々な植物が植えられていて、綺麗に整えられていた。
「そちらのお客さんが、地球人かな」
「そうよ。あなたがいきなり変な言いがかりをつけるから、紹介し損ねたわ。中山直也さんよ」
「地球人の文明は、神が導いたものだ。断って置くが、すべてこちらが元祖で地球人が真似ているのだよ」
 庭を抜けると衛兵に声をかけ、眩しい白壁の建物に入った。
 石造りの神殿といった感じの建物で、入口から奥へ向かって廊下が続いている。
 突き当りに、大きな両開きの扉があった。ここにも衛兵が左右に直立不動で立っている。
「この中だ。俺はここで待っている」
「いよいよね…… 」
「緊張してきた…… 」
 コンコン……
 マルスが扉をノックした。
「エマ様とナオヤ様が来ました。入ります」
 ギギイイイィ……
 木製の荘厳な扉が開かれていく。
 中は薄暗かった。
「では、私は外におります」
 アポロ様は子どもの躾には、厳しいようだ。
 さっきの不遜な態度は消えていた。
 バタン……
 扉が閉まると、だんだん目が慣れてきた。
 奥に明かりがあって、2人椅子に腰かけてこちらを見つめている……
 微動だにしない……
 物凄い威圧感が漂っていた。
「エマです。お久しぶりです。こちらは地球から来た中山直也さんです」
「……」
 沈黙が怖い。
 闇の中に神の上半身が、不気味に照らし出されていた……
 光源が下にあるので、余計に大きく、神秘的に見える。
「もしかしたら、ここで殺されるのかも…… 」
 こんな弱気が芽生えてきた。
 どれくらいたっただろうか。
 数分かもしれないし、小一時間かもしれない。
 地球の命運をかけた謁見だというプレッシャーばかりが膨らんでいった。
「もし…… ナオヤ……さん…… 」
「ハッ! はい! 」
 声が裏返りそうになった。
 ルナの声は優しく穏やかだった。
「エマは地球で何をしていましたか…… 」
 質問の意味を、頭を高速回転して考え抜いた。
 地球人に不信感を持っているのであれば、何か被害を受けたと思ったのだろうか。
 いや。ただ単に身内が元気に過ごしていたか、軽く聞いたのかもしれない。
 待てよ…… 相手は神だ。
 元々知っていることを、ナオヤの口から聞こうとしているのだろう。
 何を答えるかによって印象ががらりと変わる。
 初めからこちらが、警戒心を持っていることが伝わると話しにくくなるだろう。
 月並みだが普通は「元気に過ごしていました」くらいでいい。
 しかし、具体的な方がいいのではないか。
 そうだ。
 「元気にしていましたか」とか、神らしく「息災でしたか」みたいに聞くのが自然だ。
 「何をしていましたか」には地球への不安がにじみ出ている気がする。
 それなら、安心させるべきだ。
 どう言えばいい?
 普通に高校生活を送っていたとか、クラスの人気者でしたとか、勉強も運動も成績優秀ですというのがいいのか。
 神なのだから、人気者でも成績優秀でも当たり前だ。
 直也は目が回ってきた。
「はい。僕と一緒に高校へ通いました」
 沈黙に耐えられず、言葉を口走った。
 緊張して、物凄く早口になっていた。
「ふふ…… そう。それは良かった。ゼノンは地球の生活を味わってほしいと言ってたから。地球人はよそ者を嫌う傾向があるのです。宇宙人にさまざまな実験をして、なぶり殺された事件もありました」
「すっ。すみませんでした! 」
 直也は涙ぐんでいた。
「ふっ。そういじめるでないぞ。ルナ…… 」
「いえ。僕は地球人代表としてここに来たと思っています。ルナ様がおっしゃることは、ごもっともです」
 エマが苛立ちを露わにした。
「ナオヤは私にとても良くしてくれています。ルナ様。誤解とはいえ、言いすぎです。謝ってください」
「あら。ごめんなさいね。あなたはとても責任感が強い好男子ですよ…… エマ。いいお友達ができたわね」
 エマは声を張り上げる。
「多くの地球人は、宇宙人を警戒しているのです。私たちが地球人に対して持っている気持ちと一緒です! 」
 珍しく感情的になっている。
「ルナよ…… ちょっと失敗しているぞ…… 話しにくくなったではないか…… 」
「エマ。あなたがナオヤとそのご両親に守られて、とても有意義に過ごしていることは聞いています…… 」
「炎の神に火をつけるとはな…… 仕切り直そう。本来我々が出向くべきだった。一度ゼノンの所へ帰りたまえ」
 このやりとりで、神が人間味あるものに思えてきた。
 部屋を出ると、マルスが待っていた。
「エマ…… 」
 マルスも呆然としている。
「うっ。ごめんなさい。私…… 悔しくなって。ごめんなさい。一人で感情が昂っちゃって…… 」
 目からポロポロと涙が落ちた。
「地球人のために泣いてくれる神がいる。エマがいれば、きっとうまくやっていけると思うよ」
 直也は心からそう思った。


神の暴走

 ゼノンの神殿は丘の上にある。
 最高神という立場からか、中央の、周囲を見渡せる場所だった。
 外観はこちらも簡素だった。
 石造りの柱をあしらっていて、入口から廊下が奥に続いている。
 入口でムラマサが待っていた。
「おお。エマ様。おかえりなさいませ。お優しいエマ様ですから、地球人を思ってこのように…… 」
 エマの目が泣きはらして赤くなっていた。
「ただいま」
 普通に言うと、重いドアを開けた。
 ギイイィィ……
 アポロが中にいた。
「ああ。ありがたや。ゼノンに殺されるところだったぞ」
「誰がお前を殺せるのだ。ユーモアのつもりか」
「おい。最高神にも嫌われたぞ。もう生きていけないな…… 」
 眉をㇵの字にして困った顔をして見せた。
 少し心が落ち着いた。
 アポロは懐が深い人物のようだ。
「アポロよ。ここは、余から話そう。どうも話がこじれたようだ」
「そうだな。内心困っていたのだ。では。あの件はくれぐれもよろしく頼むぞ」
 エマに声をかけようとしたが、ためらって何も言わずに出ていった。
「うむ。ナオヤ君。フィシキと共鳴したようであるな」
「はい。先ほど赤い光を帯びて、エマ様と同じ光が体から出ました」
「そして、エマは地球人を愛するようになった…… 」
 エマがドキッとした顔をした。
 そして直也を見た。
 直也は照れくさくなって俯いていた。
「余もあまり器用な方ではなくてな…… こんなとき娘にどう言葉をかければいいのか…… 」
「アポロ様は、地球人に害をなす方のようには見えませんでした」
「うむ。だがな。アポロの配下の神がいるのだが…… 」
「ウラノスね。何を企んでるの? 」
「エマよ。落ち着くのだ。順を追って話そうではないか」
「私は落ち着いているわ」
「6600万年前、地球上に栄えていた恐竜たちが、鳥類を除いてすべて絶滅した。そのとき、宇宙から病気を起こす細菌が持ち込まれたのだ」
「まさか…… 」
「ウラノスはどこにいるのですか? 」
「地球へ行った」
「エマ! 地球へ戻ろう」
「待ちたまえ! アポロの話はまだ続きがある…… 」
「ウラノスは中山家の近くに向かったのだ」
「地球での名前は天野翔という。その細菌はとても感染力が強い。下手をすると、神も感染する」
「わかったわ。天野翔とテロリストを探すわ」
「待ってくれ。俺も行く」
 振り返ると、マルスがいた。
「母を、悪く思わないでくれ。俺も地球へ向かうよう命令したのは母だ…… 」
「ウラノスは、地球に細菌をばらまく気なのか? 」
「ナオヤ。ウラノスも神だ。だが、残念ながら地球のテロリストと繋がっているという噂がある…… 」
「何てことだ…… 」
「埼玉県さいたま市で世界環境サミットが開かれる。そこをテロリストが乗っ取る計画がある! 」
「うむ。エマ。ナオヤ。マルスよ。直ちに地球へ向かい、ウラノスとテロリストを止めるのだ! 」
「御意! 」
 3人は地球へと向かった……
 マルスは地球では剛田武と名乗っている。
 背はナオヤよりも一回り大きい。
 精悍な顔つきで、気性は穏やかだが、激しい闘志を内に秘めている。
 目立たないように、地球人の普段着に着替えていた。
「さいたま市では、世界環境サミットに備えて厳戒態勢が敷かれている。どうやってテロリストを見つけたらいいだろう…… 」
「私とマルスに任せて。ウラノスの色は白よ。フィシキも変化するはず」
 世界環境サミットの会場である、庁舎のが見える公園にやってきた。
 道路を警察が封鎖して、検問をしているようだ。
「ナオヤはここで待っていて。私とマルスで取り押さえるから」
 というと、2人は姿を消した。
「そろそろサミットが始まる時間だ」
 直也はスマホを取り出すと、ライブ中継を再生した。
 ギギッ……キイイイィィン!
「フィシキが白く光っている! ウラノスがいるんだ」
 すると、中継番組の議長の席に、見知らぬ男が現れた。
 男が手を上げると、会場の人々が金縛りにあったように動きを止めた。
 そして別の男が語り始めた……
「このカプセルには、人類を滅亡させる細菌が入っている。今地球上にある薬では治療できない…… 」
「仲間を解放しろ…… さもないとこのカプセルを……」
 子どもじみた要求だ。
「馬鹿じゃないのか…… こんなカプセルを見せて、細菌が入っていると言っても…… 」
 次の瞬間、カプセルが弾け飛んだ!
「狙撃されたんだ! まずい! あのカプセルは本物なのに! 」
 ギッ…… キイイイイィン……
 赤い! エマの色だ!
 マルスが目の前に現れた。
 呆然として、顔色が真っ青だ……
「ナオヤ…… エマは…… 」
「エマがどうした! 」
「カプセルと細菌を回収して宇宙へ出た…… 」
 マルスは呆然とした顔のままで言った……
 頭が真っ白になったナオヤは、フィシキに向かって念じた。
「俺を! エマの元に連れて行ってくれ! 」
 ギギッ! キイイイイイィィン……
「エマっ! どこだ! 」
 宇宙にでた。星が物凄いスピードで後ろへ流れている。
「ナオヤ……!? 」
 エマが前方に見えた。
 バリヤー越しに声が聞こえた。
「エマ…… こんなこと…… 」
「私のことはいいのよ。地球人の皆さんが無事ならね。これも神の務めですから」
 きっぱりと言った。
「高校の体育祭。リレーで走ったとき、最高だったなぁ…… うふふ」
 バリヤ―の中に座り込んで、こちらを眺めて笑った。
「エマ! エデンに行こう! ゼノン様なら何とかできるかもしれない! 」
 エマは宇宙をぼんやりと眺めていった。
「さっき聞いてみたのよ。無理みたい…… 」
「そんな! 全能の神なんだ! ウソだ! 何かの間違いだ! 」
「いいのよ…… 私は満足してるわ…… 」
 直也は知恵をふり絞って、解決策を考え続けた。
 体中が熱くなり、血が沸騰しそうになった。
「ねえ。ナオヤ。人間も、神も…… 限られた時間を生きているでしょう…… 」
「えっ!? 」
 ハッとした。
 神も人間もいつか死ぬ。
 エマも自分も……
「でも、でも! 何とかするんだ! 」
「一生分の感動を、数か月で味わうことだってあると思うの」
「何を言ってるんだ! エマ…… 」
「きっと地球へ行って、ナオヤに出会うまで、私は死んでいたのよ…… 」
「何とか治して戻る方法を考えよう! 」
 必死で考え続ける。
「ありがとう。ナオヤ…… 」
 エマは立ち上がり、ナオヤに向かって手をかざした。
 その双眸は薄く開かれている。
 真っ直ぐに身体を向けると、穏やかな笑みを浮かべた。
 だが、頬は涙がはらはらと伝っている……
「エマ!どうする気だ」
「私は太陽の中心に向かうわ。そうすれば太陽の核融合で…… すべてが…… 分解される…… 」
「いやだ! やめろ! やめてくれ! 」
 両眼がしっかりと開かれ、直也の顔を見つめている。
 直也はエマの眼を見つめ返した。
 これが最期なのだと直観した……
 神の力が放たれる刹那、2人は笑い合った……
 頭の中を高校生活の思い出が駆け巡った……
「さようなら…… ナオヤは私の命。肉体は滅んでも、あなたの記憶の中で生き続けるわ…… 」


エピローグ

 直也は高校3年生になっていた。
 部屋の机にあった、謎の金属球は消えてなくなった。
「そういえば、進路希望調査を書かなくちゃ…… 」
 鞄の中からプリントを取り出した。
「俺は、宇宙飛行士になる! うん」
 夢みたいな話だが、自分にはそれ以外に道はない。
「エマに少しでも近づくんだ。宇宙開発に関わって、もっと宇宙を知りたい…… 」
 高校では、エマは海外留学をしたことになっていた。
「エマはもういない。ムラマサさんも。神の皆さんも…… あれは夢だったような気もする…… 」
 ナオヤは時々太陽観察用フィルムを取り出して、太陽を見る。
「こうすれば、いつでもエマに会える…… 」
 しばらく太陽の輝きを見ていた。
「エマ。人間は努力すれば神に近づけることを…… 見せてあげるよ」
 参考書の山に手をつけると、いつもの勉強を始めた……

宇宙人エマ ~UCHUJINEMA~

FIN

「宇宙神エマ・フィシメイキア ~UCHUJINEMA~」につづく



この物語はフィクションです。

しおり