万端
兜がユウトの頭を覆う。いくつもの金具で身体につなぎ合わされ、確かに固定された。ハイゴブリンのユウトの身体は人と比べて最も差が大きかったのが後頭部の延びた頭蓋骨と高い鷲のような鼻であったため、その調整には他の部位より手間がかかっている。ユウトは装備しなくてもよいのではと提案もしたが職人たちは納得せず、試行錯誤の上改良が施されていた。ユウトの顔は半分隠され、縦に入った溝からユウトは周りを見渡す。息苦しさは無かった。
「ひとまず装着は終わった。身体を動かしてみろ。違和感はないか?」
ユウトはその場で身体をほぐすように軽く縦に身体を揺らす。そして次第に足踏みを始め、揺れ幅を大きくしていき最後には飛び跳ねだす。それに合わせて肩を大きく回したり腰をねじったりして感覚を確かめた。
「うん!いい感じだ。昨日よりさらに良くなってる。ほとんど鎧を身に着けている感じがしない」
ユウトはここ数日の間に見違えた着心地に感動する。
「もっと時間があればな。身に着けている方が身体が軽いと言わせてみせたかったんだが・・・残念だ」
職人たちはユウトの感想にも若干不服そうな微妙な表情を見せている。
「もともとオレ専用の鎧じゃないんだ。普段と同じ動きができるってだけで十分。ありがとう」
ユウトからの礼に職人たちは頷いて返答した。
そしてユウトに深紅のマントが両肩に着けられる。
「セブル、ラトム、準備出来た。来てくれ」
ユウトの掛け声を聞いてそれまでテントの隅でヴァルの上で待っていたセブルとラトムがユウトに飛び乗った。
セブルはユウトの首周りのマントの縁で柔らかな毛を伸ばし、ラトムはユウトの兜の頂点にある専用にあつらえてもらった足場にとまって尾羽を立てる。最後にユウトは光魔剣を腰に固定した。
「よし、準備は整った。行ってくるよ」
ユウトは立ち並ぶ職人たちを見渡して頷く。
「おう、行ってこい」
「行って盛大にその鎧の力を発揮しろ」
「壊れることなんて気にするなよ。すぐに俺達が改修してやる」
そう言って職人たち皆、たのもしい笑顔を作った。
ユウトは職人たちに見送られながらテントを出る。そしてそこで待っていたデイタスから大魔剣を手に取り、大釜の底を目指して確かな足取りで歩き始めた。
深紅のマントをはためかせ、全身を白地に金色であしらわれた鎧で身を包んだ騎士。その小柄な体躯に不釣り合いな大剣を携える姿で堂々と通り過ぎるユウトを誰もが目に止めた。
ラーラは一人、野営基地内を歩く。そこは野営基地の端にあたり、星の大釜の外縁に添って立ち上げられた連なる物見矢倉が壁のようにそそり立っていた。
その場に集う人の数は多い。しかしその様子は野営基地の他の場所に比べて華やかさがあった。張り詰めた緊張感は薄く、どこか和気あいあいとした空気が流れる。ラーラは歩きながら事あるごとに足を止めにこやかに挨拶と短い会話をしてはまた歩いていた。
そうして挨拶を続けるラーラに呼び止める男性の声が掛けられる。
「やぁラーラ。精が出るね」
その声にぴくりとして立ち止まり、ラーラは振り返った。
「いらしてたのねハーバマリ会長。おかげさまで忙しいわ」
ラーラは変わらない笑顔で答える。その目線の先にいたのはスラリと痩せた体型に日焼けした肌と金色を帯びた髪を長めに切りそろえた背の高い優男だった。
「君がポートネス商会から独立してしまったという知らせを聞いて急いできたんだ。君がいなくなってしまうのはとても残念だよ。ともに会長職を争った君の実力は私が一番知っている。優秀な君を失ったことは我が商会の多大な損失となってしまった」
「ともに争った仲であるなら、貴方は私が次点で満足するような商人でないことも度存じでしょ?」
困ったような笑顔で語るハーバマリにラーラは変わらぬ笑顔で返す。
「はははは確かに。確かに君なら新興であろうとも、すぐに有数の商会へと成長してしまうのだろうな。この基地の的確な物資調達、管理は君によるところが大きいはずだ。君が長年この地で築いた流通経路があってのことだということもわかる。
そんな君のような優秀な商人の台頭は我らの商会の利益にもつながる。ぜひともポートネス商会とも相互繁栄のある取引を願いたい」
ハーバマリはそう言いながら片手で長方形した金属の板を差し出した。
「ええ、もちろん。ぜひ良好な関係を築いていきたいわ。クエストラ商会をこれからどうぞよろしく」
ラーラは差し出された金属板を手に取り、もう片方の手でそれよりも厚みのある金属板を渡し返す。ハーバマリは手に持った瞬間ふっと小さく笑って腰の鞄へとしまった。
「それにしても、随分と要人を集めたものだね。外国の大使に中央政務官まで来ているそうじゃないか。何かマレイ工房長には思惑があるのだろうか?」
「さぁどうかしら。私はマレイ工房長の希望に答えただけよ。気になるなら直接ご本人に尋ねることをお勧めするわ。ではそろそろ」
ラーラはそう言って一歩下がり軽く腰を折る。
「引き留めてしまって申し訳ない。ノエンにもよろしくと伝えてくれ」
ハーバマリも軽く頭を下げて返した。
「ええ、それでは」
ラーラとハーバマリは互いに終始にこやかな笑顔を崩すことはなく別れる。ハーバマリは人ごみにまぎれて見えなくなっていくラーラの後ろ姿を見つめていた。