第12話(3)魔王との最終決戦
「!」
中に入ると、広い部屋の奥にある玉座に魔王ザシンが悠然と腰を掛けていた。
「ほう、ここまでくるとは……」
ザシンは低い声で呟く。しかし、その声は威圧感に溢れ、広い部屋にも十分に響き渡る。
「あの四傑を退けたということか……少しは楽しめそうだな」
ザシンは玉座からゆっくりと立ち上がり、数歩前へと歩み出る。黒いマントを翻し、重厚な鎧に身を包み、額には魔族の象徴とも言える太く短く折れ曲がった角が生えている。角の色は禍々しい黒である。
「悪いけど、あっという間に終わらせるよ!」
アパネが地を這うような前傾姿勢で積極果敢に飛び込んでいく。
「ふん……」
「なっ⁉」
アパネが爪で斬りかかるが、ザシンが左手を一閃すると、アパネの体は部屋の壁に激突する。アパネはなんとか半身を起こすが、ガクッと頭を垂れる。
「アパネ!」
「い、今、アパネさんに触りましたか?」
「いや、風圧のみで吹き飛ばしたでござるな……」
スティラの問いにモンドが冷静に答える。
「向こう見ずに突っ込み過ぎよ!」
アリンが進み出る。ザシンが目を細める。
「魔族の娘が魔王である私に刃向うか……」
「何百年前の話をしているのよ! アンタを王だと認めた覚えはないわ!」
アリンが身構える。俺が慌てて声をかける。
「アリン、注意して下さい!」
「分かっているわ! 何もお利口ぶって、サシで臨むことは無いのよ! 召喚士!」
「それを言ったら、意味が無いけどね……!」
ルドンナも前に進み出る。それと同時にアリンが飛び込む。
「ふん……」
ザシンが右手をかざした瞬間、アリンが方向を転換し、真横に飛ぶ。
「むっ……」
「かかったわね!」
アリンが糸を使った模様だ。ザシンの動きが止まる。
「今よ、召喚士! 準備は出来てる⁉」
「詠唱済みよ……来なさい! メガバハちゃん! ビッグジャックちゃん!」
ルドンナが両手をかかげると、巨大な竜、メガバハムートと、大きな雪だるまの妖精、ビッグジャックフロストが現れた。
「その炎で奴の半身を焼き尽くし、またその氷でもう半身を凍てつかせろ!」
ルドンナが命じると、バハムートとジャックフロストがそれぞれ口を開き、凄まじい勢いの火炎と吹雪を同時に吐き出した。
「甘いわ!」
「⁉」
ザシンが叫ぶと、とてつもない風が吹き荒れ、火炎と吹雪ごと、さらに二体の巨大な召喚獣も消し飛ばしてしまった。
「そ、そんな……叫び声だけで⁉」
「ば、馬鹿な……ありえない……」
ルドンナとアリンが呆然とする。
「ふん!」
「きゃあ!」
「どわっ⁉」
ザシンが右腕を乱暴に横に振ると、糸を持っていたアリンが逆に投げ飛ばされ、ルドンナとぶつかり、二人一緒になって吹き飛んで城壁にぶつかる。
「ルドンナ! アリン!」
二人は俺の呼びかけに少し反応したが、倒れ込んだままである。
「一人、二人同時、それでも駄目だったらお次は四人一斉にかしらね……」
メラヌがそう呟きながら前に出る。モンドも前に出て、俺に声をかける。
「勇者殿、指示をお願いするでござる」
俺はやや躊躇いながらも指示を出す。
「……私がどうにか奴の注意を引きますので、メラヌが遠距離から攻撃を。隙をみて、モンドは奴の懐に飛び込んで下さい。スティラは後方に控えつつ、好機があれば攻撃魔法での一撃を狙って下さい」
「わ、分かりました」
スティラが緊張気味に返事をし、メラヌとモンドは黙って頷いた。俺は掛け声を発して、飛び出して行く。
「行きます!『理想の大樹・双樹』!」
「! ショ、ショー様……⁉」
「こ、これはまた珍妙な……」
俺は股間と尻に一本ずつ大木を生やす。初見のスティラとメラヌは戸惑っているようだが、そんなことを気にしている場合ではない。
「『理想の大樹・旋風』!」
俺は体を思いっ切り回転させて突っ込む。自分で言うのもなんだが、俺はどうやらここにきて、この技を完璧にものにしたようだ。少し複雑な気分だが。先程よりも速いスピードが出せている。俺はザシンとの距離をあっという間に詰める。目的はあくまでザシンの注意を引くことであったが、これならば俺が奴の首を獲ることも可能ではないだろうか。流石に無理か……いや、いける、もらった!俺は短い間にそんな自問自答をしつつ突進する。ザシンの反応は鈍いように思える。何故なら俺の方を全く見ていないからだ。目で追えていないのだ。やった、俺の勝ちだ!四傑どころか、魔王相手にだって立派に戦えるじゃないか。そんなことを色々と考えていた次の瞬間……
「……くだらん」
「ぬおわっ⁉」
ザシンが右の人差し指を斜め上に向ける。突然の強風を受けた俺は成すすべもないまま、突進の方向を半ば強制的に変えさせられ、ザシンの斜め後方の壁に思い切り突っ込む。
「ショ、ショー様! 大丈夫ですか⁉」
「な、なんとか……」
大木がクッションとなってくれた為、衝撃はわずかではあるが緩和された。俺は片手を挙げてスティラの呼びかけに応える。
「これも想定の内よ!」
間髪入れず、メラヌが突っ込む。想定出来ていたのなら止めて欲しかった。
「魔法使いか……」
「ところがどっこい!」
メラヌは二丁拳銃を発射する。
「何?」
ザシンはやや驚いた様子を見せる。メラヌはニヤリと笑って声を上げる。
「これは数百年前には無かったでしょう!」
「……」
ザシンが右手を突き出すと、二発の銃弾が空中で止まる。メラヌが驚く。
「な、なんですって⁉」
「強い『殺意』を感じた……動きを感知するのは容易だ……」
「くっ……」
「金具で弾いているのか? ……こんなところか」
「ぐっ⁉」
ザシンが空中で止まった銃弾を指でパチンと弾く。二発の弾丸がメラヌの肩や膝に当たる。メラヌは苦痛に顔を歪めて、その場に屈み込む。ザシンが笑う。
「ある意味面白い魔法であったな……!」
「きええい!」
モンドが後方に回り込み、刀で斬りかかる。
「ふむ……」
「なっ……⁉」
モンドが渾身の一振りを放つものの、ザシンは振り向きざまに左手の指二本で刃の先を挟み込むようにして受け止める。
「カタナか……これはまた珍しいものを使っているな」
「ぐっ、う、動かん……」
「ふん!」
「どわっ⁉」
ザシンが左手を振り上げると、モンドの体が刀ごと反転し、地面に転がる。
「こんなものか……」
「ごはぁ!」
ザシンが右足でモンドを蹴り飛ばす。モンドの体も城壁にぶつかる。モンドは何とか刀を杖代わりにして立ち上がろうとするが、バランスを失って倒れ込む。
「残るは貴様か、エルフ……」
スティラはやや後ずさりするが、意を決して立ち止まり、杖を構えてザシンを睨み付ける。
「『地獄の業火』! 『切り裂きの烈風』!」
「なに⁉」
ザシンはやや驚く。スティラが立て続けに強力な火と風の魔法を放ったからだ。
「『裁きの雷』!」
スティラはすぐ雷を放つ。上から雷、左右から火と風と、三方向から同時にザシンを襲う。
「ぬっ!」
「これは躱せないはず!」
「躱さねば済むこと!」
「⁉」
ザシンが右手を挙げ、指先に大きな黒い球体を生じさせる。以前見た爆炎魔法の一種であろうか。ザシンが球体を浮かび上がらせる。
「消えろ……! 『漆黒の闇』!」
球体が消えたもの、スティラの放った魔法も全て消え失せてしまった。
「そ、そんな……」
スティラが膝をつく。魔力の大量消費に伴い、体力も相当消耗したのだろう。
「まあ、所詮はこんなところか、ちょっとした退屈しのぎにはなったが」
ザシンが玉座から俺たちを見下ろして淡々と呟く。
「どうだろうか、貴様らはここで殺すには惜しい。私の配下にならぬか? 見たところ多くの種族が顔を揃えている。『多種族共生』とやらを信条に掲げている今のメニークランズにとってはまさしくうってつけのものたちではないか。そうだ、それが良い、違うか?」
「じょ、冗談も休み休み言え!」
俺は斜め後ろからザシンに声をかける。ザシンは心底退屈そうに振り返る。
「そもそも貴様は頭数に入っていないぞ。期待外れの転生者の勇者殿……」
「! 『憩いの森』!」
「⁉」
俺は玉座の間に全く似合わない森を発生させる。少し俺の右手の甲が緑色に発光したような気がしたが、今は気にしている場合ではない。俺は皆に声をかける。
「皆さん、森の中に模様と形状が特徴的な太い木が何本かあります。その木を削ると、白い樹液が飛び出してきます。その樹液は回復薬の原液として使われています。それを飲んで下さい。直接飲んでも問題はないです。それである程度は体力が戻るはず!」
「戻ったよー!」
「速いな⁉」
アパネの言葉に俺も驚いた。
「誰でも良いから、あのステンドグラスをぶっ壊して!」
アパネは玉座の真上にある立派なステンドグラスを壊すよう指示し、メラヌが従う。
「!」
メラヌの発射した銃弾により、ステンドグラスが割れ、月の光が差し込む。
「そう、今宵は満月……ボクら狼の獣人は、月夜になれば、よりその力を発揮出来る!」
「ぐっ、いつの間に!」
木々の隙間から玉座の方を見ると、アパネがザシンに取り付いた。
「『狼牙斬』!」
「ぐはっ……!」
ザシンは首に噛み付いたアパネを振り払うが、まさしく首の皮一枚が繋がっているに過ぎない状態になる。続いてメラヌの転移魔法により、ザシンの近くにピンポイントで現れたモンドとルドンナが畳み掛ける。
「『退魔一閃』!」
「メガバハちゃん、『焼き尽くせ』!」
「ぐおっ!」
モンドの刀でザシンの左腕は飛び、メガバハムートの炎で右腕は黒焦げになった。
「どんどんいくわよ、アリンちゃん!」
メラヌが転移魔法で自らとアリンをザシンの近くに転移させる。
「召喚士、ジャンフェちゃんのおっきい拳借りるわよ、『拳糸』!」
「『退魔弾・連弾』!」
硬度ある糸を巻き付けたジャイアントフェアリーの巨大な拳によって、ザシンの左脚は潰れ、メラヌの連続射撃を喰らった右脚は立つこともままならない姿になった。
「とどめはお願いね!」
メラヌによって転移させられた俺とスティラが玉座の前で倒れ込むザシンに近づく。
「『裁きの雷』!」
スティラの放った雷が容赦なくザシンの頭に直撃し、ザシンはほとんど動かなくなった。後は俺だ、残った心の臓を突けば、魔王の息の根は完全に止まる。俺は心臓に向かって剣を突き立てようとしたその時……
「やれやれ、魔王よ、こんなところで死んでしまうとは情けない」
「お、お前は⁉」
いつのまにか、玉座の後ろに大賢者セントラが立っていたのである。驚く俺を尻目にセントラが杖をかざして呪文を唱える。
「し、しまった!」
俺はセントラを阻止しようとしたが、時既に遅く、セントラの杖の先から放たれた黒い光がザシンの体を包み込み、強い光を放った。
「……こ、これは⁉」
俺は唖然とした、巨大な二足歩行の竜がそこには立っていたからである。
「これが魔王ザシンの真の姿だ」
「お、お前は一体……?」
「いちいち説明するより見てもらった方が早いな……」
すると、セントラの禿頭から太く短く折れ曲がった白い角が生える。
「ま、魔族だったのか⁉」
「そうだ……貴様らなかなかしぶとかったが、それも最後! ここが貴様らの墓場だ!」
「なにを! って、う、うわあああ!」
「ショー様! ……ザシンに飲み込まれてしまった……!」